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桟原 将司(さじきはら まさし、1982年8月21日 - )は、大阪府出身の元プロ野球選手投手)。

桟原 将司
HT-Masashi-Sajikihara.jpg
阪神時代(2008年7月2日、舞洲ベースボールスタジアム)
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 大阪府
生年月日 (1982-08-21) 1982年8月21日(36歳)
身長
体重
184 cm
93 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 投手
プロ入り 2003年 ドラフト4巡目
初出場 2004年4月28日
最終出場 2010年9月10日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

コメディアンハナ肇の兄は桟原の祖父で、桟原から見ればハナは大叔父となる。

目次

経歴編集

プロ入り前編集

大阪府出身[1]大阪桐蔭高校では1年後輩に岩田稔がいた。

高校卒業後、社会人野球新日本製鐵広畑に入社。2003年にはエースとして最速150km/hの直球スライダーを武器に5年ぶりとなる第74回都市対抗野球大会出場に貢献。本大会では日産自動車九州と対戦し初戦敗退。

2003年度ドラフト会議にて阪神タイガースから4巡目指名を受けて入団。背番号は40

阪神時代編集

2004年は新人ながらリリーフ陣の一角として44試合に登板。夏場は成績を落としたものの、9月以降は持ち直して防御率3.48を記録するなど即戦力となった。

2005年は前年不調だった夏場は好調だったものの、9月以降失速し登板数は減少。しかし、9月6日には中日戦で日本プロ野球史上14度目、セントラル・リーグ史上9人目、球団史上石川緑以来2人目となる3者連続3球三振を記録。二軍では主に抑えとして21試合に登板、防御率2.29、リーグトップの12セーブを記録した。JFKに対して、橋本健太郎江草仁貴らとあわせてSHEと命名された。千葉ロッテマリーンズと対戦した日本シリーズでは第3戦で初登板したが、福浦和也に満塁本塁打を浴びるなど打者4人に対し一死も取れずに降板。以後シリーズでの登板がなかった為、日本シリーズにおける生涯防御率は未算出のままである。

2006年はシーズン初登板となった5月5日の対横浜ベイスターズ戦で打ち込まれ二軍降格となったが、セ・パ交流戦後の7月に一軍昇格した後は14試合に登板して防御率1.10を記録した。

2007年はシーズン前にオーバースローへの転向を試みたりシンカーの習得に励むなど試行錯誤をし、二軍で25試合に登板して防御率1.82を記録した。しかし、一軍では苦手とする左打者に対する被打率が4割を超え、登板機会の多くが敗戦処理に終わり、2008年は二軍でも精彩を欠き一軍での登板機会はなかった。

2009年は7月に2年ぶりの一軍昇格。9月21日の対横浜戦で救援登板し、清川栄治を抜いて初登板以来115試合連続無敗の日本プロ野球新記録を樹立した。その後、10月3日の対東京ヤクルトスワローズ戦で、後に西武でチームメイトになる鬼崎裕司にプロ初本塁打を打たれて敗戦投手となり、連続無敗記録は116試合でストップした(2015年に巨人の高木京介が記録更新)。

2010年は一軍登板6試合に留まり、9月10日の対ヤクルト戦で左ひざを痛めて、翌日に出場選手登録を抹消された[2]。10月19日に大阪府内の病院で左ひざ関節鏡視下によるクリーニング手術を受け、23日より阪神鳴尾浜球場でリハビリを開始した[3]

2011年シーズンは手術の影響で育成選手契約でスタートしたが、6月に2軍で実戦復帰登板し、6試合で無失点と安定した成績を挙げ、7月30日に再び支配下選手に登録された。背番号は79となったが[4]、一軍登板はなく10月9日に球団から戦力外通告を受けた[5]。その後12球団合同トライアウトに参加し、11月24日埼玉西武ライオンズが獲得を発表した[6]。背番号は43[7]

西武時代編集

2012年は一軍での登板はなく、10月2日に戦力外通告を受けた[8]。その後、現役引退を表明[9]

現役引退後編集

2013年からは、地元・大阪の飲食店に勤務し[10]、2014年9月より大阪市北区堂島で飲食店『とり焼き さじ』を経営している[11]。この模様は2015年2月11日 関西テレビ「よ〜いドン!」で紹介された。

詳細情報編集

年度別投手成績編集





















































W
H
I
P
2004 阪神 44 0 0 0 0 2 0 2 -- 1.000 230 54.1 57 6 13 0 4 52 2 0 21 21 3.48 1.29
2005 26 0 0 0 0 1 0 0 1 1.000 169 39.1 40 6 12 0 3 35 1 0 20 16 3.66 1.32
2006 15 0 0 0 0 1 0 0 2 1.000 68 17.0 12 1 5 0 1 19 0 0 6 6 3.18 1.00
2007 17 0 0 0 0 1 0 0 0 1.000 79 17.2 23 1 3 0 2 20 1 0 11 9 4.58 1.47
2009 15 0 0 0 0 0 1 0 0 .000 84 19.0 20 1 10 0 0 21 2 0 7 4 1.89 1.58
2010 6 0 0 0 0 0 1 0 0 .000 34 7.0 10 0 2 0 1 8 3 0 5 5 6.43 1.71
通算:6年 123 0 0 0 0 5 2 2 3 .714 664 154.1 162 15 45 0 11 155 9 0 70 61 3.56 1.34

背番号編集

  • 40 (2004年 - 2010年)
  • 117 (2011年 - 同年7月29日)
  • 79 (2011年7月30日 - 同年終了)
  • 43 (2012年)

脚注編集

  1. ^ “阪神タイガース選手プロフィール2011 桟原 将司”. (2011年10月25日). http://hanshintigers.jp/data/player/2011/79.html 
  2. ^ “阪神・桟原手術受け退院、リハビリ開始”. サンケイスポーツ. (2010年10月22日). http://www.sanspo.com/baseball/news/101022/bsb1010220502003-n1.htm 2010年10月30日閲覧。 
  3. ^ “左ひざ手術の阪神・桟原がリハビリ開始”. デイリースポーツ. (2010年10月23日). http://www.daily.co.jp/newsflash/2010/10/23/0003553451.shtml 2010年10月30日閲覧。 
  4. ^ 育成選手との支配下選手契約締結について 阪神タイガース公式サイト、2011年7月30日。
  5. ^ 阪神、大ナタ大量8選手に戦力外通告”. サンケイスポーツ (2011年10月10日). 2011年10月10日閲覧。
  6. ^ 選手獲得について”. 埼玉西武ライオンズ (2011年11月24日). 2011年11月24日閲覧。
  7. ^ 【西武】武山捕手と桟原投手の入団を発表日刊スポーツ、2011年12月2日閲覧。
  8. ^ 埼玉西武ライオンズ選手来季契約について”. 埼玉西武ライオンズ (2012年10月2日). 2012年10月6日閲覧。
  9. ^ “西武から戦力外の元阪神・桟原が引退”. デイリースポーツ. (2012年10月27日). http://www.daily.co.jp/baseball/2012/10/27/0005481925.shtml 2013年4月14日閲覧。 
  10. ^ テンダラー白川の『SATOOMI BLOG』2013年8月26日付記事「鶏」
  11. ^ http://www.dream-next.jp/?p=1867 真木将樹の元プロ野球選手名鑑サイト

関連項目編集

外部リンク編集