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横浜雙葉中学校・高等学校(よこはまふたばちゅうがっこう・こうとうがっこう)は、神奈川県横浜市中区山手町にあるキリスト教系(カトリック系)の私立女子中学校高等学校。高等学校においては生徒を募集しない完全中高一貫校[1]学校法人横浜雙葉学園が設置する。神奈川の女子御三家の一つ。

横浜雙葉中学校・高等学校
YokohamaFutaba highschool.jpg
過去の名称 横浜紅蘭女学校
国公私立の別 私立学校
設置者 学校法人横浜雙葉学園
校訓 徳においては純真に
義務においては堅実に
設立年月日 1900年明治33年)
共学・別学 男女別学(女子校)
中高一貫教育 完全一貫制
課程 全日制課程
単位制・学年制 学年制
設置学科 普通科
学期 2学期制
高校コード 14502F
所在地 231-8653
北緯35度26分9.71秒 東経139度39分6.33秒 / 北緯35.4360306度 東経139.6517583度 / 35.4360306; 139.6517583座標: 北緯35度26分9.71秒 東経139度39分6.33秒 / 北緯35.4360306度 東経139.6517583度 / 35.4360306; 139.6517583
外部リンク 横浜雙葉中学高等学校
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目次

概要編集

横浜雙葉学園の源流をたどれば、17世紀半ばのフランスにまで遡る。当時宗教戦争などで混乱していたフランス国内で貧しい家庭の子どもたちを助けるため、ミニム会修道士ニコラ・バレ神父 (1621-1686) は1662年、無料の小さな学校を設立。2年後には教師として働く修道女(シスター)たちのためのサンモール修道会(1991年に「幼きイエス会」と名称変更)を2年後に設立した。

1872年明治5年)、「キリシタン禁制の解かれる希望が見えてきた。今すぐ宣教女に来てほしい」というベルナール・プティジャン司教からの要請に応え、メール・マチルドら5名がシスター(修道女)としては初めて横浜に来日し、山手居留地58番に外国人子女教育および貧困孤児養育事業を開始。山手居留地83番に「横浜修道院」、また「仁慈堂」(じんじどう)と名付けられた孤児院を開設した。「仁慈堂」は350人もの子供と80人の乳幼児を収容した。1875年(明治8年)正式な孤児院として認可され、1900年(明治33年)山手88番に一般の子女を対象にした横浜紅蘭女学校を開校、これが現在の横浜雙葉中学・高校の前身となる。なお、孤児院は1902年普通教育を授ける菫(すみれ)女学校となったが、関東大震災で横浜紅蘭女学校と共に壊滅。菫女学校は東京に移り、太平洋戦争開戦によって歴史を閉じることになる。

中等教育を行う学校としては創立は1900年明治33年)であるが、1914年大正3年)には横浜紅蘭女学校付属初等科、幼稚園(現在の横浜雙葉小学校)を開設している。

小中高一貫教育であり、横浜雙葉小から約85名、中学から約100名が入学する。なお、若干名帰国生も募集している。

中3から希望者対象にフランス語の課外授業がある。

高校では大学受験を念頭に置いた授業が行われている。学校行事や学習を通して総合的な力を身につけることを目標としている。

沿革編集

  • 1900年明治33年) - 一般子女向けに横浜紅蘭女学校として開校
  • 1933年昭和7年) - 横浜紅蘭高等女学校設立認可
  • 1945年(昭和20年) - 5月、横浜大空襲にて全校舎壊滅。7月に焼け跡地下室で授業を始める
  • 1947年(昭和22年) - 校名を紅蘭女学院とし、六三制が発足[2]
  • 1951年(昭和26年) - 校名を雙葉中学校・高等学校に変更
  • 1958年(昭和33年) - 校名を横浜雙葉中学校・高等学校に変更

活動編集

  • 2009年(平成21年)3月に、高校生が検察官役を競う横浜地方検察庁主催の「検察官甲子園」で優勝した。

進学実績編集

2017年度の大学合格実績は卒業生175名のうち国公立大学に50名(横浜市立大学8名、東京外国語大学6名、東京大学5名)、私立大学早稲田大学38名、慶應義塾大学34名、日本女子大学40名などである。

交通編集

著名な出身者編集

脚注および参照編集

関連項目編集

外部リンク編集