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目白駅

日本の東京都豊島区にある東日本旅客鉄道の駅

目白駅(めじろえき)は、東京都豊島区目白三丁目にある、東日本旅客鉄道(JR東日本)山手線である。

目白駅
Mejiro-Sta.JPG
駅舎(2008年7月)
めじろ
Mejiro
JY 15 高田馬場 (0.9km)
(1.2km) 池袋 JY 13
所在地 東京都豊島区目白三丁目3-1
駅番号 JY 14
所属事業者 東日本旅客鉄道(JR東日本)
所属路線 山手線
キロ程 14.2km(品川起点)
電報略号 メシ
駅構造 地上駅橋上駅
ホーム 1面2線
乗車人員
-統計年度-
38,190人/日(降車客含まず)
-2018年-
開業年月日 1885年明治18年)3月16日
備考 業務委託駅
山区 東京山手線内東京都区内
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当駅には山手線電車のみが停車し、それ以外の列車は通過する。また、特定都区市内制度における「東京都区内」および「東京山手線内」に属している。当駅は「東京山手線内」のJR駅で、中心駅(運賃計算上の基準駅)である東京駅から最も遠い(最短経路である上野・池袋経由で13.5 km、中央本線以南では恵比寿駅が品川・大崎経由で12.4 kmと最遠)。駅番号JY 14

山手線の単独駅は当駅と新大久保駅のみである。

歴史編集

日本鉄道の第一区線第一部(品川川口、のちに品川線、山手線と改称)の敷設にあたり設置された。地元および清戸道(現・目白通り)沿道の各村からたびたび設置請願があり、その通り清戸道に接して設置されている[1]。駅舎の竣工が遅れたため路線の開業から半月遅れで開業したが[2][3]、駅開業4日前になっても敷地の買収が完了していないことを示す史料があり、買収手続きが遅れていたことが理由と思われる[4]。その後、当駅と田端駅を短絡する豊島線(田端-巣鴨-雑司ヶ谷(未成)-目白、開業時には山手線に編入)が計画されるが[5][6]、当駅は地形から将来的な拡張に支障が予想されたため池袋駅を設けて接続するように変更された[7][8]。この際には、目白駅近辺の住民から豊島線敷設への反対もあったとされている[1]

駅構造編集

池袋駅が管理する業務委託駅JR東日本ステーションサービス委託)[11]島式ホーム1面2線の地上駅。日本で初めて橋上駅舎を採用した駅としても知られる。出口は目白通りに1か所ある。池袋寄りにエレベーターエスカレーターが設置された。2009年に、市ケ谷駅とともにJR東日本の駅で初めてLEDライト型の案内サインが設置された。

駅構内にはNewDaysMINIやカフェ デンマルク、クイーンズウェイなどがあり、カートによる販売なども行われている。駅正面および隣接する公衆トイレの壁面には、ステンドグラスが使用されている。

のりば編集

番線 路線 方向 行先
1   山手線 内回り 新宿渋谷品川方面
2 外回り 池袋上野東京方面

(出典:JR東日本:駅構内図

利用状況編集

2018年(平成30年)度の1日平均乗車人員38,190人である[利用客数 1]。山手線内の駅では鶯谷駅に次いで2番目に利用客が少ない。

近年の推移は下記の通り。

年度別1日平均乗車人員[統計 1][統計 2][統計 3]
年度 1日平均
乗車人員
出典
1990年(平成02年) 42,767 [* 1]
1991年(平成03年) 42,975 [* 2]
1992年(平成04年) 43,890 [* 3]
1993年(平成05年) 43,981 [* 4]
1994年(平成06年) 43,518 [* 5]
1995年(平成07年) 43,235 [* 6]
1996年(平成08年) 43,510 [* 7]
1997年(平成09年) 43,345 [* 8]
1998年(平成10年) 42,616 [* 9]
1999年(平成11年) [JR 1]41,640 [* 10]
2000年(平成12年) [JR 2]39,505 [* 11]
2001年(平成13年) [JR 3]39,354 [* 12]
2002年(平成14年) [JR 4]39,151 [* 13]
2003年(平成15年) [JR 5]39,143 [* 14]
2004年(平成16年) [JR 6]39,168 [* 15]
2005年(平成17年) [JR 7]39,065 [* 16]
2006年(平成18年) [JR 8]39,441 [* 17]
2007年(平成19年) [JR 9]40,472 [* 18]
2008年(平成20年) [JR 10]39,282 [* 19]
2009年(平成21年) [JR 11]38,218 [* 20]
2010年(平成22年) [JR 12]37,568 [* 21]
2011年(平成23年) [JR 13]37,355 [* 22]
2012年(平成24年) [JR 14]37,684 [* 23]
2013年(平成25年) [JR 15]37,932 [* 24]
2014年(平成26年) [JR 16]37,190 [* 25]
2015年(平成27年) [JR 17]38,008 [* 26]
2016年(平成28年) [JR 18]37,939 [* 27]
2017年(平成29年) [JR 19]38,179 [* 28]
2018年(平成30年) [JR 20]38,190

駅周辺編集

 
全国商工団体連合会
 
切手の博物館

駅改札口は1箇所のみであり、東西方向に走る 目白通り東京都道8号千代田練馬田無線)に直結している。駅のすぐ東側が学習院大学学習院中等科・高等科である。

駅周辺には、その他にも日本女子大学、、川村中学校・高等学校、目白デザイン専門学校、日本外国語専門学校、東京教育専門学校、赤堀栄養専門学校などが立地し、学生・生徒の乗降客が多い。また和敬塾という学生寮の最寄駅でもある。近隣には尾張徳川家の子孫が収集した史料がある徳川林政史研究所がある。

現在の「ホテルメッツ目白」の辺りにはかつて山手貨物線(埼京線・湘南新宿ライン)の貨物集配所があったが、貨物輸送の減少とともに廃止・撤去された。

1970年代以前は、この集配所下には学習院方面からの湧水が湧き出、側溝が学習院下に向かっていた。

バス路線編集

隣の駅編集

東日本旅客鉄道(JR東日本)
  山手線
高田馬場駅 (JY 15) - 目白駅 (JY 14) - 池袋駅 (JY 13)

脚注編集

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記事本文編集

注釈編集

  1. ^ 朝日新聞1994年8月4日夕刊。他の駅で喫煙コーナー設置による分煙が採用されたため、統一する形でいったん取りやめとなった。2009年4月より再度全面禁煙化。

出典編集

  1. ^ a b 『豊島区史』通史篇2、東京都豊島区、1983年、231-236頁。全国書誌番号:84034221
  2. ^ a b c d 平岡厚子「目白駅駅舎の変遷に関する考察-一九二〇年代の橋上駅の問題を中心として-」『生活と文化:豊島区立郷土資料館研究紀要』第24巻、2015年。
  3. ^ 「日本鉄道会社広告」『読売新聞』、1885年3月1日、朝刊4面。「右之内目黒目白の両駅ハ停車場落成候迄ハ旅客乗降取扱不申候事」
  4. ^ 伊藤暢直「解説」『鉄道関係史料I(日本鉄道編)』豊島区立郷土資料館 編、豊島区、2006年、199-209頁。全国書誌番号:21250689
  5. ^ 『東京市区改正委員会議事録』第10巻、東京市区改正委員会、1900年。NDLJP:784710/212
  6. ^ 伊藤暢直「日本鉄道池袋停車場設置経緯に関する考察(一)」『生活と文化:豊島区立郷土資料館研究紀要』第14巻、2004年、 27-36頁。
  7. ^ 日本鉄道田端目白間終点変更ノ件 - 国立公文書館デジタルアーカイブ
  8. ^ 伊藤暢直「日本鉄道池袋停車場設置経緯に関する考察(二)」『生活と文化:豊島区立郷土資料館研究紀要』第15巻、2005年、 20-31頁。
  9. ^ 「日本鉄道会社広告」『読売新聞』、1885年3月15日、朝刊4面。「来る十六日より汽車発着時刻左之通り改正且つ目黒目白の両駅も同日より開始す」
  10. ^ 鉄道ジャーナル』第21巻第11号、鉄道ジャーナル社、1987年9月、 126頁。
  11. ^ JR東日本ステーションサービス事業エリア
  12. ^ 「(仮称)目白2丁目プロジェクト」建築計画の概要 及び、入居テナントの一部決定について (PDF)”. NTT都市開発 (2013年1月15日). 2014年7月11日閲覧。
  13. ^ 目白の街に誕生する駅前商業施設「(仮称)目白2丁目プロジェクト」の名称・出店テナント決定について (PDF)”. NTT都市開発 (2014年8月27日). 2014年9月18日閲覧。
広報資料・プレスリリースなど一次資料編集

利用状況編集

JRの1日平均利用客数
  1. ^ 各駅の乗車人員 - JR東日本
JR東日本の1999年度以降の乗車人員
JRの統計データ
  1. ^ 東京都統計年鑑 - 東京都
  2. ^ 新宿区の概況 - 新宿区
  3. ^ としまの統計 - 豊島区
東京都統計年鑑

関連項目編集

外部リンク編集