相楽左之助(さがら さのすけ)は、和月伸宏著作の少年漫画るろうに剣心 -明治剣客浪漫譚-』に登場する架空の人物。

声優は上田祐司、幼少時は渕崎ゆり子、英語版はレックス・ラング、ソニー版ではデレク・スティーヴン・プリンス、映画版やOVAではグレイ・G・ハドック、幼少時はブライアン・シッダール。ドラマCDでは関智一、幼少時は結城比呂が勤めた。実写映画では青木崇高。舞台(宝塚歌劇)では、本公演は鳳翔大、新人公演は真地佑果が演じている。

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プロフィール編集

  • 身長:179cm
  • 体重:71kg
  • 生年月:1860年万延元年)2月
  • 星座:魚座
  • 血液型:B
  • 出身地:長野県諏訪
  • 特技:長距離走
  • 趣味:昼寝
  • 好きな食べ物:焼き魚

人物像編集

怪力と打たれ強さが自慢で、徒手空拳や巨大な刀剣「斬馬刀」で戦う東京一の喧嘩屋。幕末時代は赤報隊の一員として活動し、自分達の保身から逆族の汚名を着せた明治政府に与していた緋村剣心(人斬り抜刀斎)に戦いを挑むが敗北。以降は剣心の人柄に惚れ込み、頼れる仲間として物語に深くかかわっていく。

長身で細身の体格。逆毛だった髪型をしており、「トリ頭」と呼ばれることも多いが、左之助自身は「自慢の髪型」と言い、馬鹿にされるのを嫌っている。服の背中に「」という文字を入れている(作中では「悪一文字」と呼ばれる)。性格は直情的な熱血漢。気風のいい兄貴肌の人物で、その性格を慕う舎弟も数多く存在する。一本調子な面ゆえ、斎藤や恵には馬鹿・阿呆呼ばわりされているが、旧友である月岡津南のテロは失敗すると看破したり、雷十太の真古流の理念も頭から否定する薫とは逆に一定の理解を示しているなど、冷静な一面も見せる。また、喧嘩屋稼業の時代は喧嘩相手について調べ上げてから戦い方を考えるなど(剣心との戦いの際も京都まで出向き、二週間かけて経歴を調べ上げた)、切れ者としての描写も多い。

人にあだ名をよく付ける。「ヒゲメガネ」(浦村署長)・「エセ恵比寿」(比留間喜兵衛)・「ブタ饅頭」(谷)・「エムっ禿げ」(不動沢)・「デコっ禿げ」(川路利良)・「半デコ」(右喜)・「ホウキ頭」(沢下条張)など。

※以下はアニメでの設定。

観柳の脅しに屈し一人で向かう恵を制止するなど、原作と比べてやや良識人の一面を見せることがある。その一方蒸気機関車や写真が苦手で、横浜に行くときは「湯気で動く訳がなく、狐か狸にだまされている」と言っていた(写真が嫌いなのは「あれは人間の魂を吸い取るもの」と信じていたため)[1]。しかし、劇場版では蒸気機関車にはしゃぐ描写もある。特にアニメではギャグキャラクターとしての役回りを演じることが多く、サーカスでナイフ投げの的にされて逃げたり、露天風呂で弥彦と一緒に薫と恵の入浴を覗こうとして反撃されたりしていた。

また月岡津南と共に内務省を襲撃した際は赤報隊として最後まで剣心と対決し、津南のために捨石になるつもりで命を懸けたが剣心に敗北する。そして気絶しながらも「これで本物のニセ官軍にならずに済んだ」と感謝を述べ、それを聞いた津南が改心するという結末になっている。原作では津南と剣心の対決になっており、途中で左之助も改心して津南を気絶させているため大分展開が異なっている。

来歴編集

万延元年(1860年2月父・東谷上下ェ門(ひがしたに かみしもえもん)と母・奈々芽(ななめ、本編では既に故人)との間に生まれる。信州出身で、赤報隊に憧れて家出し準隊士となった。隊長の相楽総三を師と仰ぎ、維新後も彼と同じ相楽の姓を名乗るほど尊敬している。その後、赤報隊が「偽官軍」として汚名を着せられ抹殺されたことで、維新志士や明治政府を憎み、敵対視していた。 原作では赤報隊は無実を証明するために出頭し、出向いた全員が打ち首となった。アニメでは左之助含めて銃士隊に包囲され問答無用で仲間たちが射殺されていき、最後まで相良総三を連れて逃げたが崖に追い詰められ、左之助だけでも生きるようにと総三に突き落とされ逃げ延びたエピソードになっている。

明治となってからもその恨みは消えず、“斬”馬刀の“左”之助に由来した「喧嘩屋 斬左(けんかや ざんざ)」の異名の下、喧嘩屋(喧嘩の代行人)としての裏稼業で生計を立てていたが、剣心と出会い徐々にその心を変化させていく。喧嘩屋を廃業してからは収入が無いため、普段は神谷道場にたかりに行ったり、赤べこでツケにしてもらったりして生活していた。

京都編では自分を完膚なきまでに倒した斎藤を一方的にライバル視し、決着を付けることを望んでいた。しかし志々雄との戦いの後、斎藤が行方不明になってからは決着を付けるのではなく、彼を超えることを目標にするようになり、人誅編では斎藤に対する対抗心を見せなくなった。

数々の戦いの後、故郷の家族を助けるために、政府高官に立ち向かったことでお尋ね者となる。それを逃れるためにアメリカ・ヨーロッパ経由で(つまり地球一周して)モンゴルに渡り馬賊となった。彼の「悪一文字」は弥彦と弟の央太に受け継がれた。

家族編集

父親・上下ェ門(かみしもえもん) 41歳
母親・菜々芽(ななめ) 生年不詳-明治9年(1876年)没
妹・右喜(うき) 16歳
弟・央太(おうた) 6歳

弟・央太は左之助が家出した後に生まれ、母・菜々芽は左之助帰郷時の2年前に他界している。

四民平等の際、左之助が実家から離れており、上下ェ門らは東谷姓を、左之助は相楽姓を名乗ったため他の家族と姓が違う。なお、回想場面で赤報隊時代の左之助が「四民平等の世になれば俺も姓を名乗れる」と語っているように当時の左之助は姓がない(士農工商の時代では、姓を名乗れるのは士族だけ)。

特記事項編集

人物像のモデルとなっているのは、新選組十番隊組長原田左之助で、名前も原田に由来している。外見上のモチーフは小畑健の漫画『魔神冒険譚ランプ・ランプ』の魔神ランプ。

『るろうに剣心 -キネマ版-』では武田観柳の集めた刺客のうちの一人として登場。斬馬刀は所持しておらず「喧嘩屋 斬左」の異名も登場しない。その代わり二重の極みを習得済で「悪一文字」が異名になった。デザインの変更点として、拳には包帯ではなく赤いナックルグローブを装着している。これは、より徒手空拳で戦闘するキャラクターであることを強調するためと、二重の極みを撃つ前にナックルグローブを外す動作があったらカッコイイかなという二つの意図があり、さらには仮面ライダー2号を意識したためとのこと[2]

完全版第5巻におけるキャラクターをリファインする企画「剣心再筆」では、斬馬刀が実在のものに近い普通の日本刀形状となり、それに合わせ服装も変わっている。悪一文字は背中の入れ墨。

実写映画版においては基本的な設定は変わっていないが剣心らとの出会い方が異なる。剣心と戦いこそするが彼の説得で途中で戦いをやめている。

銀幕草紙変においては剣心と闘ってみたいと思っていたものの、対決する場面はない。また、妙の提案で赤べこの用心棒を引き受けており、喧嘩屋以外の収入を得ている。

『るろうに剣心』の後の作品である『GUN BLAZE WEST』は、ほぼ同じ時代のアメリカが舞台であるため、もし打ち切りにならずに連載が続いていれば『るろうに剣心』本編後の左之助が登場する可能性もあったと『剣心皆伝』で作者が語っている。

技・武器編集

デコピン一発で大男を吹き飛ばすほどの怪力と、寸鉄や鉄球を頭に受けても決して怯まない天性の打たれ強さを誇る。流派に則った技は習得しておらず、剣心に斬馬刀を折られてからは、徒手空拳での我流の喧嘩闘法が戦闘スタイル。反面「防御を知らなすぎる」と斎藤に指摘され、一度は防御を学ぶことも考えたが、破壊の極意「二重の極み」を習得することで、剣心や斎藤にも引けを取らない実力を身につけた。

乱打(らんだ)
反撃の隙を与えないほどの連続パンチを敵に叩き込む。斎藤との闘いで「後の先を取る」戦闘方法を封じ込めるために使用。しかし斎藤には通用せず、逆に乱打し返された。

斬馬刀編集

騎馬兵士を馬ごと斬ることを目的に製造された巨大な刀。刃は両刃かつ肉厚・幅広で柄も長い(実写映画版では片刃で、原作ほど幅は広くない)。その重量は刀剣類の中でも最大級で、完璧に使いこなせたものは1人もいないとされる。左之助の斬馬刀は応仁の乱の頃の骨董品で、手入れを全くしていないために切れ味は皆無だが、左之助はその重量を生かし、もっぱら叩き潰すことに使用する。

剣心との闘いで攻撃が「打ち降ろす」か「薙ぎ払う」かに限定される弱点を見抜かれ、剣心に斬り落とされてしまう。それ以降、左之助は徒手空拳で戦ってきたが、人誅編では二重の極みが使えない状態であったため、代わりの策として鎹で繋ぎあわせて修復、再登場を果たす。しかし、続く戌亥番神との戦闘で無敵鉄甲を破壊して完全に砕け散った。左之助は斬馬刀に相当の愛着を持っていたらしく、完全に砕けた際は心の中で別れを告げ、その後に番神が新・無敵鉄甲に対しての薀蓄を語った際には「斬馬刀を無駄死にさせてしまった」と激怒していた。

なお、ゲーム作品ではPS『十勇士陰謀編』以外の全ての作品で登場しており、PS『維新激闘編』では徒手空拳の「相楽 左之助」と斬馬刀を使う「喧嘩屋 斬左」が別キャラクター扱いとなっており、PS2『京都輪廻』では左之助は通常は素手で戦うが葛藤モードになると斬馬刀を使用する。PSP『再閃』では斬馬刀所持が初期設定になっており、徒手空拳で戦うにはラウンド毎に斬馬刀を手放す必要がある。

実写映画版においては剣心との戦いは途中でやめたため、斬馬刀も破壊されておらず、観柳邸の庭での戦闘で使用した他、続編の『京都大火編』でも使用された。『伝説の最期編』では手持ちしていただけで戦闘では使っていない(同作のノベライズ版では安慈との戦いで使用したが、「二重の極み」で粉々に破壊された)。

史実の斬馬刀とは形状は別物。詳しくは大太刀を参照。

二重の極み編集

十本刀の1人明王の安慈との修行で習得。

二重の極み(ふたえのきわみ)
“万物必壊”を誇る破壊の極意。京都へ向かう道中で出会った悠久山安慈から伝授される。基礎しか教わっていないため、全身で繰り出せる安慈とは違い、左之助が使えるのは右手の正拳のみ。
本来、すべての物質には抵抗(=強度、硬度)が存在するために、その衝撃が完全に伝わることはない。だが刹那の拍子(75分の1秒)に二度の衝撃を打ち込むと、第一撃は通常通り物体の抵抗で緩和されるが、刹那に打ち込まれた第二撃の衝撃は、抵抗を一切受けることなく完全に伝わるため、物質の硬度に関わらず粉々に粉砕することができる。
京都編終盤で三重の極みを放って右手に大きな損傷を受けていたにも関わらず、さらに二重の極みを使って右手が砕けた状態になった左之助は以後、使用の度に右手に負担を溜め、治療する恵を困らせる。
『キネマ版』の左之助は、初登場時から二重の極みを会得しており、「下諏訪で出遭った破戒僧から会得した」と語っている[3]。また『キネマ版』では右手だけではなく左手でも使用可能。剣心相手に披露したが、双龍閃で極み外しをされた。また、番神の無敵鉄鋼(『キネマ版』では「剣心再筆」でのリファインを反映して、水銀を錬成した液体金属という設定)には衝撃伝導が狂わされて単発では通用しなかった。
三重の極み(さんじゅうのきわみ)
安慈との闘いで一度だけ使用。二重の極み一撃の威力では安慈に劣る左之助が、二重の極みの正拳突きから対象の抵抗がゼロのうちに、さらに右拳を開いて彼の怪力による五指の衝撃を上乗せした技。これによって技の破壊力が増幅し安慈にも打ち勝つが、引き換えに右拳に大きな損傷を受けた。
二重の極み 改良型[4](ふたえのきわみ かいりょうがた)
二重の極みを撃てないほどに右拳の様態が悪化した左之助が、不動沢一家との戦いで不動沢が巨大な岩に隠れた時、彼独自の発想で編み出した二重の極みの新たな型。安慈伝の本流と違い、両手を使うために乱発はできず戦力的には本流に劣るが、右手だけでなく左手を添え、重ねる衝撃を両手に振り分けることで、右手への負担を今までの半分以下に軽減することに成功した。四神・白虎との戦いではより洗練された技として放ち、右拳の怪我がまだ完治していないにも関わらず、進化を続ける左之助の姿に剣心は感心した。
二重の極み 連ね撃ち(ふたえのきわみ つらねうち)
『キネマ版』での戌亥番神との対決で、衝撃伝導の拍子を狂わせる無敵鉄甲の特性を見切った左之助が放った二重の極みの応用技。右拳の二重の極みを撃ち込んだ後、真反対の方向に左拳の二重の極みを撃ち込み、そこから更に左右の拳で二重の極みの乱打を連続で撃ち込むことで、無敵鉄甲の内側に衝撃を無理矢理押し込んで強引に破壊に繋げた。

脚注編集

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  1. ^ 22話より。
  2. ^ 『るろうに剣心 -特筆版- 下巻』146頁。
  3. ^ 『るろうに剣心 -特筆版- 上巻』70頁。
  4. ^ 『剣心華伝』121頁。

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