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神田 松鯉(かんだ しょうり)は、講釈師の名跡。初代が「神田祭」に掛け、晩年に名乗った隠居名がはじまりである。当代は3代目。

初代編集

本名:玉川 金次郎(たまがわ きんじろう)、1841年9月 - 1921年4月27日

2代目編集

本名:玉川 悦太郎(たまがわ えつたろう)、1885年(明治18年)9月8日 - 1967年(昭和42年)4月22日

初代の子息。1896年に父に入門し神田悦山を名乗り浅草公園金車で初舞台。神田小伯山を経て1904年に父の名跡・2代目神田松鯉を襲名。

瀬戸内晴美の小説「花野」のモデルになった。80歳過ぎても高座に上がり続けた。

3代目編集

3代目 神田 松鯉(1942年(昭和17年)9月28日 - )は、講談師。日本演芸家連合理事。日本講談協会落語芸術協会所属。落語芸術協会では参与を務める。

3代目 神田かんだ 松鯉しょうり
本名 渡邉 孝夫[1]
生年月日 (1942-09-28) 1942年9月28日(77歳)
出身地   日本群馬県前橋市
師匠 2代目神田山陽
弟子 3代目神田山陽
神田鯉風
神田山吹
神田阿久鯉
神田鯉栄
神田松之丞
神田松麻呂
神田鯉花
名跡 1.神田陽之介(1970年 - 1973年)
2.神田小山陽(1973年 - 1992年)
3.3代目神田松鯉(1992年 - )
出囃子 のっと
活動期間 1970年 -
活動内容 講談師
所属 日本講談協会
落語芸術協会
主な作品
「ビジネス講談」
受賞歴
第6回放送演芸大賞ホープ賞(1978年)
文化庁芸術祭賞(1988年)
重要無形文化財の保持者(人間国宝)(2019年)[2]

1961年前橋商業高校卒業。劇団文化座、俳優集団民衆舞台をへて、歌舞伎役者2代目中村歌門落語家2代目談洲楼燕枝の長男)に入門。

1970年2代目神田山陽に入門。神田陽之介を名乗る。1973年、神田小山陽に改名し、二ッ目昇進。1977年、真打昇進。1992年に「3代目神田松鯉」を襲名。

得意ネタは「村井長庵」他150席。他に1980年より「ビジネス講談」を創る。

趣味は、俳句、篠笛、ゴルフ。

受賞等編集

一門編集

弟子には3代目神田山陽神田鯉風神田山吹神田阿久鯉神田鯉栄神田松之丞、神田松麻呂、神田鯉花。

外部リンク編集

脚注編集

  1. ^ 《官報》令和元年10月25日 第118号 より
  2. ^ [1]
  3. ^ [2]