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前橋市

日本の群馬県の市。県庁所存地

前橋市(まえばしし)は、群馬県の中南部にある中核市。群馬県の県庁所在地である。1892年(明治25年)の市制施行当時の区域は旧:勢多郡(当時:東群馬郡)。現在の市域は、旧:勢多郡(旧:東群馬郡・南勢多郡)・群馬郡佐波郡(旧那波郡)の区域で構成される。2001年(平成13年)4月1日に特例市に移行し、2009年(平成23年)中核市に移行した。

まえばしし
前橋市
上野総社神社
前橋市旗 前橋市章
前橋市旗 前橋市章
日本の旗 日本
地方 関東地方
都道府県 群馬県
団体コード 10201-6
法人番号 9000020102016
面積 311.59km2
総人口 334,299[編集]
推計人口、2018年4月1日)
人口密度 1,073人/km2
隣接自治体 高崎市伊勢崎市桐生市渋川市沼田市北群馬郡吉岡町榛東村佐波郡玉村町
市の木 ケヤキイチョウ
市の花 バラツツジ
キャッチフレーズ 水と緑と詩のまち
前橋市役所
市長 山本龍
所在地 371-8601
群馬県前橋市大手町二丁目12番1号
北緯36度23分22.2秒東経139度3分48.3秒座標: 北緯36度23分22.2秒 東経139度3分48.3秒
前橋市役所
外部リンク 公式ウェブサイト

前橋市位置図

― 市 / ― 町 / ― 村

特記事項
平成の大合併前の前橋市
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目次

概要編集

古くは厩橋と書き、江戸時代に前橋に改められた。中世での読み方は「まやばし」(『前橋市史』第2巻、1973、前橋市、6-15頁)、初めの読み方は「うまやばし」であったと推定される。明治時代には製糸業で栄えた都市の一つとなった。戦後は工場誘致を積極的に行い、同時に区画整理を推進した。2001年平成13年)4月1日に国から特例市に指定され、2009年(平成21年)4月1日に中核市へ移行した。中心地域は旧東群馬郡前橋町を中心とする地域。

ニュースなどでは「まえばし」の「え」の部分のみが高いアクセントで読まれるが、地元では平板型アクセントで発音するのが普通である。「前橋市」と読むときの「まえばし」である。NHKでは2016年(平成28年)にアクセント辞典を改訂した際、「まえ\ばし」を第1アクセントとしつつ、平板型の発音も「地元放送局アクセント」として許容している[1]

市章は1909年明治42年)の制定で、旧前橋藩主・越前松平氏の馬印「輪貫」(わぬき)から採用された[2]。外円と内円の半径比は1対0.73に規定されている[2]

地理編集

 
JR東日本群馬総社駅近辺を蛇行する利根川と前橋市街。利根川の奥は烏川

関東平野の北西端、赤城山南麓に位置する。市内には利根川広瀬川などが流れる。伏流水による水質の良さで知られ、中心部で供給される水道水は、その地下水である。又、全国の都道府県庁所在地では海から最も遠い。鉄道交通では中心駅の前橋駅が幹線から外れているため、隣の高崎市にある高崎駅が前橋市への中継点の役割を果たしている。

また、海岸より100km以上離れた内陸に位置するにもかかわらず、市の中央部から南部にかけては海抜が100m前後と低い[3]。また、市の北部には海抜1000m以上の地点も存在し、富士見町赤城山の黒檜山南面では海抜1823m[4]の地点がある一方、下阿内町の利根川河川敷では海抜64m[5]の地点もあり、市内で標高差が1759mもある。

  • 山岳:駒ヶ岳(1,685m)、地蔵岳(1,674m)、長七郎山(1,579m)、荒山(1,572m)、鈴ヶ岳(1,565m)、鍋割山(1,332m)
  • 河川:利根川、広瀬川、桃ノ木川、荒砥川、赤城白川、大正用水
  • 湖沼:大沼、小沼、覚満淵、千貫沼、荒子沼
1986年(昭和61年)撮影の前橋市中心部周辺の空中写真。利根川が北から南へ流れる。1986年撮影の18枚を合成作成。
国土交通省 国土画像情報(カラー空中写真)を基に作成。

気候編集

太平洋側気候内陸性気候を併せ持つ。新潟県長野県から北西の季節風が吹き、県境にまたがる山岳部に甚大な積雪をもたらし、前橋市に到達する風は乾燥している。この冬の北西からの乾燥した季節風は「上州のからっ風」と呼ばれ、この影響で晴天の日が多いが数年に一度30cmを超える激しい大雪に見舞われることもあり、平成26年豪雪では観測史上最高となる最深積雪73cmを記録している。群馬県の平野部にある前橋、伊勢崎から埼玉県の熊谷にかけての高崎線沿線沿いの上武地域は冬の最低気温が比較的高く、南関東内陸部の地点(府中、八王子、佐倉など)よりも高いことが多い。

は内陸部に位置するため地表が温まりやすく、熊谷埼玉県北部)などと並び暑さが烈しい。2001年(平成13年)7月24日気象庁管区での最高気温の記録としては第5位となる40.0℃を記録した。更に、この高温のためが多い特徴がある。

前橋市(1981-2010)の気候
1月 2月 3月 4月 5月 6月 7月 8月 9月 10月 11月 12月
最高気温記録 °C (°F) 22.0
(71.6)
24.6
(76.3)
27.1
(80.8)
32.4
(90.3)
36.5
(97.7)
38.3
(100.9)
40.0
(104)
39.1
(102.4)
38.1
(100.6)
33.0
(91.4)
26.6
(79.9)
25.2
(77.4)
40.0
(104)
平均最高気温 °C (°F) 8.8
(47.8)
9.4
(48.9)
12.9
(55.2)
19.0
(66.2)
23.5
(74.3)
26.2
(79.2)
29.7
(85.5)
31.3
(88.3)
26.7
(80.1)
21.2
(70.2)
16.0
(60.8)
11.4
(52.5)
19.7
(67.5)
平均最低気温 °C (°F) −0.8
(30.6)
−0.4
(31.3)
2.6
(36.7)
8.0
(46.4)
13.1
(55.6)
17.5
(63.5)
21.4
(70.5)
22.6
(72.7)
18.9
(66)
12.5
(54.5)
6.5
(43.7)
1.7
(35.1)
10.3
(50.5)
最低気温記録 °C (°F) −11.8
(10.8)
−9.0
(15.8)
−7.8
(18)
−3.1
(26.4)
0.3
(32.5)
6.0
(42.8)
11.9
(53.4)
13.6
(56.5)
8.4
(47.1)
0.6
(33.1)
−3.5
(25.7)
−7.4
(18.7)
−11.8
(10.8)
降水量 mm (inch) 26.2
(1.031)
32.1
(1.264)
61.5
(2.421)
78.1
(3.075)
101.9
(4.012)
145.2
(5.717)
197.3
(7.768)
202.3
(7.965)
220.6
(8.685)
115.5
(4.547)
44.7
(1.76)
23.1
(0.909)
1,248.5
(49.154)
降雪量 cm (inch) 8
(3.1)
9
(3.5)
4
(1.6)
0
(0)
0
(0)
0
(0)
0
(0)
0
(0)
0
(0)
0
(0)
0
(0)
2
(0.8)
24
(9.4)
平均月間日照時間 210.1 194.3 206.2 199.7 192.6 132.2 139.0 165.1 126.2 161.0 179.3 205.1 2,110.9
出典 1: 気象庁[6]
出典 2: 気象庁[7]

隣接する自治体編集

群馬県庁舎展望ホールから見た前橋市街(上:東方面、下:北方面)

歴史編集

町村制施行当時の町村編集

旧・前橋市(平成の大合併前の前橋市)

旧・大胡町

旧・粕川村

旧・宮城村

旧・富士見村

東群馬郡前橋町成立後の周辺町村との境界線変更・合併など編集

  • 1889年(明治25年)4月1日 - 町村制施行により、東群馬郡 前橋曲輪町、前橋北曲輪町、前橋南曲輪町、前橋神明町、前橋柳町、前橋石川町、前橋堀川町、前橋田中町、前橋横山町、前橋本町、前橋竪町、前橋桑町、前橋萱町、前橋榎町、前橋田町、前橋立川町、前橋紺屋町、前橋連雀町、前橋相生町、前橋中川町、前橋片貝町、前橋新町、前橋芳町、前橋百軒町、前橋大塚町、天川村および紅雲分村、前代田村、宗甫分村、天川原村の各一部、南勢多郡前橋小柳町、前橋細ヶ沢町、前橋諏訪町、前橋向町、前橋神明町、才川村、清王寺村、岩神村、一毛村、国領村、萩村の区域をもって東群馬郡前橋町が成立。町役場は横山町24番地に置かれる。
  • 1892年(明治25年)4月1日 - 東群馬郡前橋町が市制施行して前橋市となる。町村制施行と同時に市制施行した場合を除くと、初の市制施行である。関東地方では水戸市横浜市東京市(現・東京都区部)に次いで4番目の市制施行。
  • 1901年(明治34年)4月1日 - 勢多郡上川淵村大字六供、天川原、市ノ坪、前代田、宗甫分、紅雲分を編入(境界変更)。
  • 1951年(昭和26年)4月1日 - 勢多郡桂萱村大字三俣の一部を編入(境界変更)。
  • 1954年(昭和29年)4月1日 - 勢多郡上川淵村下川淵村芳賀村桂萱村群馬郡東村元総社村総社町を編入合併。
  • 1954年(昭和29年)6月4日 - 勢多郡南橘村から大字上小出・川原の一部を編入(境界変更)。
  • 1954年(昭和29年)9月1日 - 勢多郡南橘村を編入合併。
  • 1955年(昭和30年)1月20日 - 群馬郡清里村および新高尾村大字鳥羽、中尾の各一部を編入合併。
  • 1955年(昭和30年)4月1日 - 勢多郡木瀬村大字天川大島、上大島、女屋、上長磯、東上野、野中を編入(境界変更)。
  • 1957年(昭和32年)10月10日 - 勢多郡城南村大字小島田・下長磯を編入(境界変更)。
  • 1960年(昭和35年)4月1日 - 勢多郡城南村大字駒形町・東駒形町を編入(境界変更)。
  • 1960年(昭和35年)4月1日 - 佐波郡玉村町大字西善、山王、中内、東善を編入(境界変更)。
  • 1965年(昭和40年)-1967年(昭和42年) - 中心市街地における住居表示の施行により、中心市街地の町名の大半が消滅する。
  • 1967年(昭和42年)5月1日 - 勢多郡城南村を編入合併。
  • 1968年(昭和43年)7月1日 - 高崎市と境界変更。
  • 1989年(平成元年)4月1日 - 佐波郡赤堀町と境界変更。
  • 1990年(平成2年)9月1日 - 勢多郡大胡町と境界変更。
  • 1993年(平成5年)1月26日 - 北群馬郡吉岡町と境界変更。
  • 1993年(平成5年)9月1日 - 伊勢崎市と境界変更。
  • 1996年(平成8年)11月1日 - 勢多郡富士見村と境界変更。
  • 1998年(平成10年)11月1日 - 群馬郡群馬町と境界変更。
  • 1998年(平成10年)11月1日 - 勢多郡富士見村と境界変更。
  • 2000年(平成12年)11月1日 - 勢多郡大胡町と境界変更。
  • 2004年(平成16年)12月5日 - 勢多郡大胡町・宮城村粕川村を編入合併。
  • 2009年(平成21年)5月5日 - 勢多郡富士見村を編入合併。

高崎市との関係編集

 
前橋市への県庁誘致に尽力した初代前橋市長・下村善太郎
 
明治時代の群馬県庁

前橋市と南西に隣接する高崎市は、競合・対立関係にあるとされ、 よく「行政や文化の中心は前橋、交通や商業の中心は高崎」といわれることがある。これは前橋に県庁が置かれており、日本銀行の支店、国の出先機関や大手金融機関、県民会館に代表される県の施設や医療施設などが集中するなど、古くから行政の中心地として機能してきたのに対し、高崎は古代から東山道・鎌倉街道が開け、江戸時代には中山道・三国街道・日光例幣使街道などの主要幹線が交差する一大交通拠点であり、現代においても新幹線高速道路などの県内交通の拠点としての地位を占めていることによる。同じような例にかつての埼玉県さいたま市併合前における行政都市旧浦和市と、交通・商業都市旧大宮市がある。

両市の関係はよくいえば「両翼興県」であり両市においての前橋高崎連携事業でもキーワードとなっている。県庁が置かれ萩原朔太郎ら多くの文人を輩出している「文化都市」前橋と、駅の周辺や古くからの街道沿いに商業施設が密集する「商業都市」高崎は、しばしば好対照として比較される。ただし実際は、後述のとおり年間商品販売額の県内第1位は前橋市であり、一方の高崎市は前橋市にない公営美術館(ただし市立美術館としてアーツ前橋として開設された。)、地方オーケストラとして著名な群馬交響楽団といった文化施設・団体を擁するなど、一面的な比較が難しいのも事実である。

前橋市と高崎市の人口は、1920年(大正9年)の第一回国勢調査より、一貫して面積の広い前橋市が優勢であり、桐生市に首位を譲った時期を除き、群馬県下一の座を維持していた。しかし高崎市による2006年(平成18年)10月1日の榛名町合併により、高崎の人口は前橋市を上回ることになった。もっとも、高崎市は純山村である旧倉渕村などを市域に含めているため、人口密度やDID(人口集中地区)人口では依然として前橋市が上回っている。

両市の競合・対立関係は、以下に挙げる明治初期の県庁誘致合戦がその原因の一つである。現在の群馬県が成立した当時、県庁は前橋に置かれていたが、一時県庁は高崎に移転して置かれた。しかし、高崎城が当時の兵部省の管轄に入ったため、市内に散在する手狭な仮庁舎に各部署が分散配置された。当時、生糸の輸出で財を成していた前橋では、生糸商人と後の初代市長・下村善太郎により、県庁を厩橋城跡に誘致する事を明治政府に提案し、10万円の移転資金を用意することで移転を了承する旨を要求される。

当時、安田銀行の支店長の給与が17円であった時代において、明治政府もこの巨額な資金を用意するのは不可能と思われていた。ここで下村善太郎は自ら1万円を寄付することで先鞭をつけ、取り纏めを5,000円の寄付をした荒井其次郎など数名に依頼した。明治維新の年に川越藩から松平氏と共に移住して財をなした荒井氏などは、その伝を頼りとすると共に有志に勝手に巨額な金額を算定して請求書を送りつけるなどの強引な資金集めをした。

しかし、応じない高額納税者もあり期限が迫っても巨額な資金要求のため5万円まで集まったところで頓挫する。困った下村善太郎はこの5万円を持って上京し直談判をした。明治政府は集まった巨額な金額に驚くと共に移転を了承した。これによって、県庁は前橋に戻り、県庁所在地として確定した。この当時の前橋市の経済力には驚くほどの目を見張るものがあり、多額の資金を用意出来なかった高崎と対比できる。

高崎市民は、明治政府に県庁の奪還を幾度も訴えるが、いずれも却下されている。これにより、発展の基盤を奪われた高崎市民は、前橋に対する感情を悪化させた。この経緯が前橋に対するわだかまりとして残り、高崎市民・前橋市民が互いに対抗意識を抱くこととなる。

現在では、前橋・高崎およびその周辺自治体の商工会議所などが主体となり、県央政令指定都市の実現を目指した活動や、両市役所による前橋高崎連携事業など官民一体となった活動が行われているなど新たな局面も生まれている。

なお地政的には、江戸時代の前橋藩領・高崎藩領は入り組んでいた。一例を挙げれば、現在は高崎名物とされる「縁起だるま」で知られている少林山達磨寺は、前橋藩を守護する寺院である。一方、上野国府や総社神社・国分寺を含む古代上野の中心地域は高崎藩領であり、前橋城(現在の群馬県庁舎)の対岸にまで及んでいた。

高崎の藩域は、初代高崎藩主井伊直政の時代を除いて前橋藩を上回ることはなかった。しかし前橋藩主松平氏が利根川の氾濫で前橋城を廃し、江戸中期から幕末までの約100年間(江戸を中心に隆盛した化政文化時代を含む)は居城を川越に移したこと(川越藩の分領となる)などから、陣屋が置かれた前橋は城下町としての発展が少なかった。

1869年(明治2年)、明治政府により東京 - 京都の両市を結ぶ鉄道建設計画(中山道幹線)が発表され、1883年(明治16年)日本鉄道よって上野 - 熊谷間などが開業。翌1884年(明治17年)には上野 - 高崎間が開通した。古代から交通の要衝であった高崎は、交通の拠点として、また商都として発展することとなった。

後年、上越線開設の際にターミナル駅を巡って前橋・高崎間で誘致合戦が行われた。前橋駅をターミナルとする案は実現しなかったが、当時の幹線ルートであった三国街道よりもかなり東側(利根川右岸)を通過するルートで敷設され、新前橋駅経由で高崎駅がターミナルとなることで決着した。

地域編集

町丁・行政区編集

本庁管内編集

本庁管内は概ね小学校の学区によって9つの地区に細分化されている。

桃井地区編集
  • 大手町一丁目(1966年(昭和41年)曲輪町、石川町、南曲輪町の各一部が合併し成立)
    • 大手町一丁目区(全域)
  • 大手町二丁目(1966年(昭和41年)曲輪町、石川町、南曲輪町、北曲輪町の各一部から成立)
    • 大手町二丁目区(全域)
  • 大手町三丁目(1966年(昭和41年)曲輪町、北曲輪町、神明町、岩神町の各一部及び柳町の全域から成立)
    • 大手町三丁目区(全域)
  • 紅雲町一丁目(1966年(昭和41年)紅雲町、石川町、南曲輪町の各一部から成立)
    • 紅雲町一丁目区(全域)
  • 紅雲町二丁目(紅雲町、石川町、南曲輪町、前代田町の各一部から成立)
    • 紅雲町二丁目区(全域)
  • 本町一丁目(1966年(昭和41年)本町、曲輪町、南曲輪町、北曲輪町、堀川町、田町の各一部から成立)
    • 本町一丁目区(全域)
  • 千代田町一丁目(1966年(昭和41年)北曲輪町、神明町の各一部から成立)
    • 千代田町一丁目区(全域)
中川地区編集
  • 三河町一丁目(1966年(昭和41年)萱町、芳町、大塚町、新町の各一部から成立)
    • 三河町一丁目区(全域)
  • 三河町二丁目(1966年(昭和41年)片貝町、大塚町、中川町の各一部から成立)
    • 三河町二丁目区(全域)
  • 朝日町一丁目(1966年(昭和41年)百軒町の一部から成立)
    • 朝日町一丁目区(全域)
  • 朝日町二丁目(1966年(昭和41年)百軒町、新町、高田町の各一部から朝日町二丁目)
    • 朝日町二丁目区(全域)
  • 朝日町三丁目(1966年(昭和41年)百軒町、新町、天川町、高田町の各一部から朝日町三丁目)
    • 朝日町三丁目区(全域)
  • 朝日町四丁目(1966年(昭和41年)新町、天川町の各一部から成立)
    • 朝日町四丁目区(全域)
  • 本町三丁目(1966年(昭和41年)天川原町の一部及び片貝町の全域から成立)
    • 本町三丁目区(全域)
敷島地区編集
  • 昭和町一丁目(1965年(昭和40年)萩町、岩神町の各一部から成立)
    • 昭和町一丁目区(全域)
  • 昭和町二丁目(1965年(昭和40年)萩町、岩神町の各一部から成立)
    • 昭和町二丁目区(全域)
  • 昭和町三丁目(1965年(昭和40年)萩町、岩神町、上小出町、下小出町の各一部から成立)
    • 昭和町三丁目区(全域)
  • 平和町一丁目(1965年(昭和40年)向町、神明町、岩神町の各一部から成立)
    • 平和町一丁目区(全域)
  • 平和町二丁目(1965年(昭和40年)向町、神明町、岩神町の各一部から成立)
    • 平和町二丁目区(全域)
  • 住吉町一丁目(1966年(昭和41年)細ヶ沢町、向町、岩神町の各一部及び琴平町の全域から成立)
    • 住吉町一丁目区(全域)
  • 住吉町二丁目(1966年(昭和41年)細ヶ沢町、小柳町、清王寺町、栄町の各一部から成立)
    • 住吉町二丁目区(全域)
南部地区編集
  • 六供町(1901年(明治34年)上川渕村から編入。1951年(昭和26年)までは大字六供)
    • 六供町区(一部)
    • 六供町生川区(一部)
  • 六供町一丁目(1967年(昭和42年)六供町、天川原町の各一部から成立)
    • 六供町区(一部)
    • 六供町生川区(一部)
  • 六供町四丁目(1967年(昭和42年)六供町、天川原町の各一部から成立)
    • 六供町区(全域)
  • 南町一丁目(1967年(昭和42年)紅雲町、宗甫分町の各一部から成立)
    • 南町一丁目区(全域)
  • 南町二丁目(1967年(昭和42年)宗甫分町、六供町から成立)
    • 南町二丁目区(全域)
  • 南町三丁目(1967年(昭和42年)紅雲町、宗甫分町、前代田町、天川原町から成立)
    • 南町三丁目区(全域)
  • 南町四丁目(1967年(昭和42年)宗甫分町、市之坪町、天川原町から成立)
    • 南町四丁目区(全域)
城東地区編集
  • 日吉町一丁目(1966年(昭和41年)清王寺町、東町の一部から成立)
    • 日吉町一丁目区(全域)
  • 日吉町二丁目(1966年(昭和41年)東町の一部から成立)
    • 日吉町二丁目区(全域)
  • 日吉町三丁目(1966年(昭和41年)清王寺町、東町の一部から成立)
    • 日吉町三丁目区(全域)
  • 城東町一丁目(1966年(昭和41年)清王寺町、栄町の各一部から成立)
    • 城東町一丁目区(全域)
  • 城東町二丁目(1966年(昭和41年)諏訪町、栄町の各一部から成立)
    • 城東町二丁目区(全域)
  • 城東町三丁目(1966年(昭和41年)諏訪町、一毛町の各一部から成立)
    • 城東町三丁目区(全域)
  • 城東町四丁目(1966年(昭和41年)一毛町の一部から成立)
    • 城東町四丁目区(全域)
  • 城東町五丁目(1966年(昭和41年)清王寺町、栄町の各一部から成立)
    • 城東町五丁目区(全域)
若宮地区編集
  • 国領町一丁目(1966年(昭和41年)国領町、萩町の全域から成立)
    • 国領町一丁目区(全域)
  • 国領町二丁目(1966年(昭和41年)国領町、萩町の全域から成立)
    • 国領町二丁目区(全域)
  • 若宮町一丁目(1966年(昭和41年)清王寺町、才川町の各一部から成立)
    • 若宮町一丁目区(全域)
  • 若宮町二丁目(1966年(昭和41年)清王寺町、才川町、清王寺町、国領町の各一部から成立)
    • 若宮町二丁目区(全域)
  • 若宮町三丁目(1966年(昭和41年)才川町、国領町の各一部から成立)
    • 若宮町三丁目区(全域)
  • 若宮町四丁目(1966年(昭和41年)才川町、東町の各一部から成立)
    • 若宮町四丁目区(全域)
  • 日吉町四丁目(1966年(昭和41年)清王寺町、才川町、東町の各一部から成立)
    • 日吉町四丁目区(全域)
天川地区編集
  • 天川原町(一部は1901年(明治34年)上川渕村から編入。1910年(明治43年)までは大字天川原)
    • 天川原町一丁目区(全域)
  • 天川原町一丁目(1967年(昭和42年)天川原町、六供町の各一部から成立)
    • 天川原町一丁目区(全域)
  • 天川原町二丁目(1967年(昭和42年)天川原町、六供町、天川町の各一部から成立)
    • 天川原町二丁目区(全域)
  • 天川町(1910年(明治43年)までは大字天川)
    • 天川町区(一部)
    • 第一天川町区(一部)
  • 文京町一丁目(1967年(昭和42年)中川町、天川原町、高田町の各一部から成立)
    • 文京町一丁目区(全域)
  • 文京町二丁目(1967年(昭和42年)天川町、天川原町、高田町の各一部から成立)
    • 文京町二丁目区(全域)
  • 文京町三丁目(1967年(昭和42年)天川町、天川原町、高田町の各一部から成立)
    • 文京町三丁目区(全域)
  • 文京町四丁目(1967年(昭和42年)天川町、高田町の各一部から成立)
    • 文京町四丁目区(全域)
岩神地区編集
  • 敷島町(1954年(昭和29年)に南橘村大字上小出、南橘村大字川原の各一部から成立)
    • 敷島町区(全域)
  • 緑が丘町(1964年(昭和39年)川原町から分立)
    • 緑が丘町区(全域)
  • 岩神町一丁目(1965年(昭和40年)岩神町、神明町の各一部から成立)
    • 岩神町一丁目区(全域)
  • 岩神町二丁目(1965年(昭和40年)岩神町の一部から成立)
    • 岩神町二丁目区(全域)
  • 岩神町三丁目(1965年(昭和40年)岩神町の一部から成立)
    • 岩神町三丁目区(全域)
  • 岩神町四丁目(1965年(昭和40年)岩神町の一部から成立)
    • 岩神町四丁目区(全域)
中央地区編集
  • 千代田町二丁目(1966年(昭和41年)北曲輪町、桑町、竪町、横山町、立川町の各一部から成立)
    • 千代田町二丁目区(全域)
  • 千代田町三丁目(1966年(昭和41年)竪町、立川町、栄町の各一部から成立)
    • 千代田町三丁目区(全域)
  • 千代田町四丁目(1966年(昭和41年)横山町、立川町、榎町、桑町、紺屋町の各一部から千代田町四丁目から成立)
    • 千代田町四丁目区(全域)
  • 千代田町五丁目(1966年(昭和41年)榎町、紺屋町、萱町の各一部から成立)
    • 千代田町五丁目区(全域)
  • 表町一丁目(1966年(昭和41年)堀川町、南曲輪町、石川町、紅雲町、前代田町、田町の各一部から宝町一丁目が成立。同日、表町一丁目に改称)
    • 表町一丁目区(全域)
  • 表町二丁目(1966年(昭和41年)田中町、相生町、前代田町、天川原町の各一部から宝町二丁目が成立。同日、表町二丁目に改称)
    • 表町二丁目区(全域)
  • 本町二丁目(1966年(昭和41年)本町、田町、相生町の各一部及び連雀町の全域から成立)
    • 本町二丁目区(全域)

上川渕地区編集

  • 上佐鳥町
    • 上佐鳥町区(全域)
  • 橳島町
    • 橳島町区(全域)
  • 朝倉町
    • 上朝倉町区(一部)
    • 下朝倉町区(一部)
  • 後閑町
    • 後閑町区(全域)
  • 下佐鳥町
    • 下佐鳥町区(全域)
  • 宮地町
    • 宮地町区(全域)
  • 西善町(1960年(昭和35年)玉村町から編入した地域)
    • 西善町西善区(一部)
    • 西善町上両家区(一部)
    • 西善町下両家区(一部)
    • 西善町矢田区(一部)
  • 山王町(1960年(昭和35年)のち玉村町から編入した地域)
    • 山王町区(全域)
  • 中内町(1960年(昭和35年)のち玉村町から編入した地域)
    • 中内町区(全域)
  • 東善町(1960年(昭和35年)のち玉村町から編入した地域)
    • 東善町区(全域)
  • 朝倉町一丁目(1975年(昭和50年)朝倉町の一部から成立)
    • 朝倉町一丁目区(全域)
  • 朝倉町二丁目(1975年(昭和50年)朝倉町の一部から成立)
    • 朝倉町二丁目区(全域)
  • 朝倉町三丁目(1975年(昭和50年)朝倉町の一部から成立)
    • 朝倉町三丁目区(全域)
  • 朝倉町四丁目(1975年(昭和50年)天川町、朝倉町、後閑町の各一部から成立)
    • 朝倉町四丁目区(全域)
  • 山王町一丁目(1975年(昭和50年)山王町の一部から成立)
    • 山王町一丁目区(全域)
  • 広瀬町一丁目(1975年(昭和50年)朝倉町、後閑町の各一部から成立)
    • 広瀬町一丁目区(一部)
    • 広瀬第一団地区(一部)
    • 広瀬町一丁目天神山区(一部)
    • 広瀬町一、二丁目南部区(一部)
  • 広瀬町二丁目(1975年(昭和50年)後閑町、西善町の各恥部から成立)
    • 広瀬町二丁目区(一部)
    • 広瀬町一、二丁目南部区(一部)
  • 広瀬町三丁目(1975年(昭和50年)後閑町、山王町の各一部から成立)
    • 広瀬町三丁目区(全域)
  • 山王町二丁目(1980年(昭和55年)東善町、下大島町、小屋原町、駒形町、山王町の各一部から成立)
    • 山王町二丁目区(全域)

下川渕地区編集

  • 公田町(旧下川淵村大字三公田)
    • 公田町区(全域)
  • 横手町
    • 横手町区(全域)
  • 亀里町
    • 亀里町竜門区(一部)
    • 亀里町阿内宿区(一部)
    • 亀里町寺家区(一部)
    • 亀里町矢島区(一部)
  • 鶴光路町
    • 鶴光路町区(全域)
  • 新堀町
    • 新堀町区(全域)
  • 下阿内町
    • 下阿内町区(全域)
  • 力丸町
    • 力丸町区(全域)
  • 徳丸町
    • 徳丸町区(全域)
  • 房丸町
    • 房丸町区(全域)
  • 下川町(1980年(昭和55年)亀里町、新堀町、横手町の各一部が合併し成立)
    • 下川町区(全域)

芳賀地区編集

  • 勝沢町
    • 勝沢町区(全域)
  • 小神明町
    • 小神明町区(全域)
  • 端気町
    • 端気町区(全域)
  • 五代町
    • 五代町区(全域)
  • 鳥取町
    • 鳥取町区(全域)
  • 小坂子町
    • 小坂子町区(全域)
  • 嶺町
    • 嶺町区(全域)
  • 金丸町
    • 金丸町区(全域)
  • 高花台一丁目(1977年(昭和52年)勝沢町、小坂子町、鳥取町の各一部から成立)
    • 高花台一丁目区(全域)
  • 高花台二丁目(1977年(昭和52年)勝沢町、小坂子町、嶺町の各一部から成立)
    • 高花台二丁目区(全域)

桂萱地区編集

  • 幸塚町
    • 幸塚町区(全域)
  • 上沖町
    • 上沖町区(全域)
  • 下沖町
    • 下沖町区(全域)
  • 東片貝町
    • 東片貝町区(全域)
  • 上泉町
    • 上泉町区(全域)
  • 石関町
    • 石関町区(全域)
  • 亀泉町
    • 亀泉町区(全域)
  • 荻窪町
    • 荻窪町区(全域)
  • 堀之下町
    • 堀之下町区(全域)
  • 堤町
    • 堤町区(一部)
    • 堤町北区(一部)
    • 堤町ローズタウン区(一部)
  • 江木町
    • 江木町区(一部)
    • 江木町第二区(一部)
    • 江木団地区(一部)
    • 萱野団地区(一部)
    • 東ローズタウン区(一部)
  • 三俣町一丁目(1977年(昭和52年)三俣町の一部から成立)
  • 三俣町二丁目(1977年(昭和52年)三俣町の一部から成立)
  • 三俣町三丁目(1977年(昭和52年)三俣町、幸塚町、下沖町、上沖町の各一部から成立)
  • 西片貝町一丁目(1977年(昭和52年)西片貝町、三俣町、上泉町の各一部から成立)
    • 西片貝町区(全域)
  • 西片貝町二丁目(1977年(昭和52年)西片貝町、三俣町、上泉町の各一部から成立)
    • 西片貝町区(全域)
  • 西片貝町三丁目(1977年(昭和52年)西片貝町の一部から成立)
    • 西片貝町区(全域)
  • 西片貝町四丁目(1977年(昭和52年)西片貝町の一部から成立)
    • 西片貝町区(全域)
  • 西片貝町五丁目(1977年(昭和52年)西片貝町、城東町四丁目、城東町五丁目の各一部から成立)
    • 西片貝町区(全域)

東地区編集

  • 箱田町
    • 東箱田後家町区(一部)
    • 西箱田町区(一部)
  • 後家町
    • 東箱田後家町区(全域)
  • 前箱田町
    • 前箱田町区(全域)
  • 川曲町
    • 川曲町区(全域)
  • 稲荷新田町
    • 稲荷新田町区(全域)
  • 下新田町
    • 下新田町区(一部)
    • 下新田町南区(一部)
    • 下新田町東陽区(一部)
  • 上新田町
    • 上新田町区(全域)
  • 小相木町
    • 小相木町区(全域)
  • 古市町
    • 古市町区(全域)
  • 江田町
    • 江田町区(全域)
  • 朝日が丘町(1963年(昭和38年)上新田町の一部から成立)
    • 朝日が丘町区(全域)
  • 前箱田町二丁目(1966年(昭和41年)前箱田町から分立)
    • 前箱田町区(全域)
  • 光が丘町(1969年(昭和44年)小相木町、後家町、上新田町の各一部から成立)
    • 光が丘町区(全域)
  • 大利根町一丁目(1969年(昭和44年)上新田町、箱田町、後家町の各一部から成立)
    • 大利根町区(全域)
  • 大利根町二丁目(1969年(昭和44年)上新田町、箱田町、稲荷新田町、下新田町の各一部から成立)
    • 大利根町区(全域)
  • 新前橋町(1978年(昭和53年)石倉町、古市町の各一部から成立)
    • 新前橋町区(全域)
  • 古市町一丁目(1978年(昭和53年)古市町、小相木町、石倉町の各一部から成立。2016年(平成28年)箱田町の一部を編入)
    • 古市町区(全域)
  • 小相木町一丁目(1978年(昭和53年)小相木町、石倉町、古市町の各一部から成立)
    • 小相木町区(全域)
  • 青葉町(1982年(昭和57年)前箱田町から分立)
    • 青葉町区(全域)
  • 古市町二丁目(2016年(平成28年)箱田町、古市町の各一部から成立)
    • 古市町区(全域)

元総社地区編集

  • 元総社町
    • 元総社町第四区(一部)
    • 元総社町78区(一部)
  • 大友町
    • 大友町区(一部)
  • 大渡町
    • 大渡町区(全域)
  • 石倉町(旧元総社村大字内藤分→元総社村大字石倉)
    • 石倉町上石倉区(一部)
    • 石倉町中部区(一部)
  • 鳥羽町(のち新高尾村から編入)
    • 鳥羽町東部区(一部)
    • 鳥羽町西部区(一部)
  • 石倉町二丁目(1958年(昭和33年)成立)
    • 石倉町中部区(全域)
  • 石倉町三丁目(1958年(昭和33年)成立)
    • 石倉町中部区(全域)
  • 問屋町一丁目(1969年(昭和44年)成立)
    • 問屋町区(全域)
  • 問屋町二丁目(1969年(昭和44年)成立)
    • 問屋町区(全域)
  • 石倉町一丁目(1974年(昭和49年)成立)
    • 石倉町中部区(全域)
  • 石倉町五丁目(1975年(昭和50年)成立)
    • 石倉町上石倉区(全域)
  • 元総社町一丁目(1977年(昭和52年)元総社町の一部から成立)
    • 元総社町第一区(全域)
  • 元総社町二丁目(1977年(昭和52年)元総社町の一部から成立)
    • 元総社町第二区(全域)
  • 元総社町三丁目(1977年(昭和52年)元総社町、総社町総社の各一部から成立)
    • 元総社町第三区(全域)
  • 大友町一丁目(1977年(昭和52年)成立)
    • 大友町区(全域)
  • 大友町二丁目(1977年(昭和52年)成立)
    • 大渡町区(全域)
  • 大渡町一丁目(1977年(昭和52年)成立)
    • 大渡町区(全域)
  • 大渡町二丁目(1977年(昭和52年)成立)
    • 大渡町区(全域)
  • 下石倉町(1978年(昭和53年)小相木町、古市町、石倉町、大渡町の各一部が合併し成立)
    • 下石倉町区(全域)
  • 石倉町四丁目(1983年(昭和58年)成立)
    • 石倉町上石倉区(全域)

総社地区編集

  • 総社町植野
    • 総社町植野区(全域)
  • 総社町総社
    • 総社町粟島区(一部)
    • 総社大渡町区(一部)
    • 総社町山王区(一部)
    • 総社町城川区(一部)
    • 総社町立石区(一部)
    • 総社町新田区(一部)
  • 総社町高井
    • 総社町高井区(全域)
  • 総社町桜が丘(1967年(昭和42年)総社町植野の一部が独立し成立)
    • 総社町桜が丘区(全域)
  • 総社町一丁目(1975年(昭和50年)総社町総社、大渡町の各一部が合併し成立)
    • 総社町巣烏区(全域)
  • 総社町二丁目(1975年(昭和50年)総社町総社、大渡町の各一部が合併し成立)
    • 総社町野馬区(全域)
  • 総社町三丁目(1975年(昭和50年)総社町総社、大渡町の各一部が合併し成立)
    • 総社町鍛冶町区(全域)
  • 総社町四丁目(1975年(昭和50年)総社町総社、大渡町の各一部が合併し成立)
    • 総社町大屋敷区(全域)
  • 高井町一丁目(1976年(昭和51年)総社町総社、総社町高井、総社町植野の各一部が合併し成立)
    • 総社町高井区(全域)

清里地区編集

南橘地区編集

  • 上細井町
    • 上細井町区(全域)
  • 下細井町
    • 下細井町区(全域)
  • 北代田町
    • 北代田町区(全域)
  • 下小出町
    • 下小出町区(全域)
  • 龍蔵寺町
    • 龍蔵寺町区(全域)
  • 青柳町
    • 青柳町区(全域)
  • 荒牧町
    • 荒牧町区(全域)
  • 日輪寺町
    • 日輪寺町区(全域)
  • 川端町
    • 川端町区(全域)
  • 田口町
    • 田口町区(全域)
  • 関根町
    • 関根町区(全域)
  • 川原町(旧南橘村大字川原島新田→南橘村大字川原)
  • 南橘町(1962年(昭和37年)青柳町、日輪寺町、荒牧町の各一部から成立)
    • 南橘町区(全域)
  • 上小出町一丁目(1982年(昭和57年)上小出町の一部から成立)
    • 上小出町区(全域)
  • 上小出町二丁目(1982年(昭和57年)上小出町、下小出町の各一部から成立)
    • 上小出町区(全域)
  • 上小出町三丁目(1982年(昭和57年)上小出町、下小出町の各一部から成立)
    • 上小出町区(全域)
  • 下小出町一丁目(1982年(昭和57年)上小出町、下小出町、昭和町三丁目の各一部から成立)
    • 下小出町区(全域)
  • 下小出町二丁目(1982年(昭和57年)上小出町、下小出町の各一部から成立)
    • 下小出町区(全域)
  • 下小出町三丁目(1982年(昭和57年)上小出町、下小出町の各一部から成立)
    • 下小出町区(全域)
  • 関根町一丁目(1983年(昭和58年)関根町の一部から成立)
    • 関根町区(全域)
  • 関根町二丁目(1983年(昭和58年)関根町の一部から成立)
    • 関根町区(全域)
  • 関根町三丁目(1983年(昭和58年)関根町、荒牧町、川原町の各一部から成立)
    • 関根町区(全域)
  • 荒牧町四丁目(1983年(昭和58年)関根町、荒牧町、川原町の各一部から成立)
    • 荒牧町区(全域)
  • 川原町一丁目(2010年(平成22年)川原町の一部から成立)
    • 川原町区(全域)
  • 川原町二丁目(2010年(平成22年)川原町の一部から成立)
    • 川原町区(全域)
  • 荒牧町一丁目(2012年(平成24年)荒牧町の一部から成立)
    • 荒牧町区(全域)
  • 荒牧町二丁目(2012年(平成24年)荒牧町の一部から成立)
    • 荒牧町区(全域)
  • 荒牧町三丁目(2012年(平成24年)荒牧町の一部から成立)
    • 荒牧町区(全域)

永明地区編集

城南地区編集

荒砥地域

木瀬地域

大胡地区編集

  • 大胡町
    • 大胡町区(全域)
  • 茂木町
    • 茂木町区(全域)
  • 堀越町
    • 堀越町区(一部)
    • 堀越町堀下区(一部)
    • 足軽町区(一部)
  • 横沢町
    • 横沢町区(全域)
  • 滝窪町
    • 滝窪町区(全域)
  • 東金丸町(旧大胡町大字金丸。2004年(平成16年)に既存の金丸町と区別するため東金丸町へ改称)
    • 東金丸町区(全域)
  • 河原浜町
    • 河原浜町区(全域)
  • 樋越町
    • 樋越町区(全域)
  • 上大屋町
    • 上大屋町区(全域)

宮城地区編集

粕川地区編集

(地域内の大字名はすべて「粕川町」を冠する)

富士見地区編集

(地域内の大字名はすべて「富士見町」を冠する)

旧町名一覧編集

桃井地区編集
  • 神明町(桃井地区、現在の平和町一丁目、平和町二丁目、岩神町一丁目、大手町三丁目、千代田町一丁目、千代田町三丁目の各一部。1966年(昭和41年)消滅)
  • 曲輪町(桃井地区、現在の大手町一丁目、大手町二丁目、本町一丁目、本町二丁目の各一部。1966年(昭和41年)消滅)
  • 北曲輪町(桃井地区、現在の大手町二丁目、大手町三丁目、千代田町一丁目、本町一丁目の各一部。1966年(昭和41年)消滅)
  • 柳町(桃井地区、現在の大手町三丁目の一部。1966年(昭和41年)消滅)
  • 南曲輪町(桃井地区、現在の大手町一丁目、大手町二丁目、紅雲町一丁目、紅雲町二丁目、本町一丁目、表町一丁目の各一部。1966年(昭和41年)消滅)
  • 石川町(桃井地区、現在の大手町一丁目、大手町二丁目、紅雲町一丁目、紅雲町二丁目、本町一丁目の各一部。1966年(昭和41年)消滅)
  • 紅雲町(桃井地区、現在の表町一丁目、南町一丁目、南町三丁目、紅雲町一丁目、紅雲町二丁目の各一部。一部は1901年(明治34年)上川渕村から編入。1910年までは大字紅雲分。1967年(昭和42年)消滅)
中川地区編集
  • 大塚町(中川地区。現在の三河町一丁目、三河町二丁目の各一部。1966年(昭和41年)消滅)
  • 中川町(中川地区。現在の三河町一丁目、文京町一丁目の各一部。1967年(昭和42年)消滅)
  • 片貝町(中川地区。現在の本町三丁目の一部。1966年(昭和41年)消滅)
  • 芳町(中川地区、現在の千代田町五丁目、三河町一丁目の各一部。1966年(昭和41年)消滅)
  • 百軒町(中川地区、現在の朝日町一丁目、朝日町二丁目、朝日町三丁目の各一部。1966年(昭和41年)消滅)
  • 新町(中川地区、現在の三河町二丁目、朝日町一丁目、朝日町二丁目の各一部。1966年(昭和41年)消滅)
敷島地区編集
  • 向町(敷島地区、現在の平和町一丁目、平和町二丁目、住吉町一丁目の各一部。1966年(昭和41年)消滅)
  • 細ヶ沢町(敷島地区、現在の住吉町一丁目、住吉町二丁目の各一部。1966年(昭和41年)消滅)
  • 小柳町(敷島地区、現在の住吉町二丁目の一部。1966年(昭和41年)消滅)
  • 萩町(敷島地区、現在の昭和町一丁目、昭和町二丁目、昭和町三丁目、国領町一丁目、国領町二丁目の各一部。1910年(明治43年)までは大字萩。1966年(昭和41年)消滅)
  • 琴平町(敷島地区、現在の住吉町の一部。1928年(大正3年)岩神町字琴平前、字河岸北から分離。1966年(昭和41年)消滅)
  • 岩神町乙(敷島地区、現在の昭和町一丁目、昭和町二丁目、昭和町三丁目、平和町一丁目、平和町二丁目、住吉町二丁目の各一部。1910年(明治43年)までは大字岩神。1966年(昭和41年)消滅)
  • 岩神町(敷島地区、現在の岩神町二丁目、岩神町三丁目、岩神町四丁目の全域及び昭和町一丁目、昭和町二丁目、昭和町三丁目、平和町一丁目、平和町二丁目、岩神町一丁目、大手町三丁目住吉町二丁目の各一部。1910年(明治43年)までは大字岩神。1928年(大正3年)消滅)
城南地区編集
  • 市之坪町(城南(現・南部)地区(旧桃井地区)、現在の南町四丁目の一部。(1901年(明治34年)上川渕村から編入。1951年(昭和26年)までは大字市之坪。1967年(昭和42年)消滅)
  • 前代田町(城南(現・南部)地区(旧桃井地区)、現在の紅雲町二丁目、表町一丁目、表町二丁目、南町三丁目の各一部。一部は1901年(明治34年)上川渕村から編入。1951年(昭和26年)までは大字前代田。1967年(昭和42年)消滅)
  • 宗甫分町(城南(現・南部)地区(旧桃井地区)、現在の南町一丁目、南町二丁目、南町三丁目、南町四丁目の各一部。一部は1901年(明治34年)上川渕村から編入。1951年(昭和26年)までは大字宗甫分。1967年(昭和42年)消滅)
城東地区編集
  • 諏訪町(城東地区(旧・中川地区)、現在の城東町二丁目、三丁目の各一部。1966年(昭和41年)消滅)
  • 清王寺町(城東地区(旧・敷島地区)、現在の若宮町一丁目、若宮町二丁目、日吉町一丁目、日吉町二丁目、日吉町三丁目、日吉町四丁目、城東町一丁目の各一部。1910年(明治43年)までは大字清王寺。1966年(昭和41年)消滅)
  • 一毛町(城東地区(旧・中川地区)、現在の城東町三丁目、城東町四丁目、西片貝町五丁目の各一部。1910年(明治43年)までは大字一毛。1966年(昭和41年)消滅)
  • 栄町(城東地区、現在の城東町一丁目、城東町二丁目、城東町五丁目、千代田町三丁目、住吉町二丁目の各一部。1928年(昭和3年)一毛町から分離。1966年(昭和41年)消滅)
  • 東町(城東地区、現在の日吉町一丁目、日吉町二丁目、日吉町三丁目、日吉町四丁目の各一部。1951年(昭和26年)桂萱村大字三俣の一部から成立。1966年(昭和41年)消滅)
若宮地区編集
  • 才川町(若宮地区(旧・敷島地区)、現在の若宮町一丁目、若宮町二丁目、若宮町三丁目、若宮町四丁目、日吉町四丁目の各一部。1910年(明治43年)までは大字才川。1966年(昭和41年)消滅)
  • 国領町(若宮地区(旧・敷島地区)、現在の若宮町二丁目、若宮町三丁目、国領町一丁目、国領町二丁目の各一部。1910年(明治43年)までは大字国領。1966年(昭和41年)消滅)
天川地区編集
  • 高田町(1934年(天川地区(旧・城南(現・南部)地区)、現在の朝日町二丁目、朝日町三丁目、文京町一丁目、文京町二丁目、文京町三丁目、文京町四丁目の各一部。昭和9年)天川町字高台、同町字矢田町から分離。1967年(昭和42年)消滅)
岩神地区編集
  • 岩神町甲(岩神地区(旧・敷島地区)、現在の岩神町二丁目、岩神町三丁目、岩神町四丁目の全域及び岩神町一丁目、大手町三丁目の各一部。1910年(明治43年)までは大字岩神。1966年(昭和41年)消滅)
中央地区編集
  • 桑町(中央地区(旧・桃井地区)、現在の千代田町四丁目、千代田町五丁目の各一部。1966年(昭和41年)消滅)
  • 竪町(中央地区(旧・桃井地区)、現在の千代田町二丁目、千代田町三丁目の各一部。1966年(昭和41年)消滅)
  • 連雀町(中央地区(旧・桃井地区)、現在の本町二丁目の一部。1966年(昭和41年)消滅)
  • 紺屋町(中央地区(旧・桃井地区)、現在の千代田町四丁目、千代田町五丁目の各一部。1966年(昭和41年)消滅)
  • 榎町(中央地区(旧・桃井地区)、現在の千代田町四丁目、千代田町五丁目、三河町一丁目の各一部。1966年(昭和41年)消滅)
  • 本町(中央地区(旧・桃井地区)、現在の本町一丁目、本町二丁目の各一部。1966年(昭和41年)消滅)
  • 横山町(中央地区(旧・桃井地区→中央地区)、現在の千代田町二丁目、千代田町四丁目の各一部。1966年(昭和41年)消滅)
  • 萱町(中央地区(旧・中川地区→城東地区)、現在の千代田町四丁目、千代田町五丁目、三河町一丁目の各一部。1966年(昭和41年)消滅)
  • 立川町(中央地区(旧・中川地区→城東地区)、現在の千代田町二丁目、千代田町三丁目、千代田町四丁目の各一部。1966年(昭和41年)消滅)
  • 田町(中央地区(旧・桃井→城南(現・南部地区)地区、現在の本町一丁目、本町二丁目、表町一丁目の各一部。1966年(昭和41年)消滅)
  • 相生町(中央地区(旧・桃井地区)、現在の本町二丁目、表町二丁目の各一部。1966年(昭和41年)消滅)
  • 堀川町(中央地区(旧・桃井→城南(現・南部)地区、現在の本町一丁目、表町一丁目の各一部。1966年(昭和41年)消滅)
  • 田中町(中央地区(旧・桃井→城南(現・南部)地区、現在の表町二丁目の一部。1966年(昭和41年)消滅)
桂萱地区編集
  • 三俣町(桂萱地区、現在の三俣町一丁目、三俣町二丁目、三俣町三丁目、西片貝町一丁目の各一部。1977年(昭和52年)消滅)
  • 西片貝町(桂萱地区、現在の西片貝町一丁目、西片貝町二丁目、西片貝町三丁目、西片貝町四丁目、西片貝町五丁目の各一部。1977年(昭和52年)消滅)
南橘地区編集
  • 上小出町(南橘地区、現在の下小出町一丁目、上小出町一丁目、上小出町二丁目、上小出町三丁目の各一部。1982年(昭和57年)消滅)
  • 関根町(南橘地区、現在の関根町一丁目、関根町二丁目、関根町三丁目、荒牧町四丁目の各一部。1982年(昭和57年)消滅)

教育編集

大学・高等専門学校編集

高等学校編集

群馬県立
前橋市立
私立

中学校編集

廃校編集

小学校編集

廃校編集

特別支援学校編集

専修学校編集

各種学校編集

学校教育以外の施設編集

ナンバープレート編集

前橋市と北群馬郡吉岡町は、ご当地ナンバーである前橋ナンバー(群馬運輸支局)が交付される。

人口編集

  • 人口:343,391人
    • 男性:167,883人
    • 女性:175,508人
  • 世帯数:140,515世帯
  • 人口密度:1,101.88人/km2

(2011年(平成23年)12月31日現在)

 
前橋市と全国の年齢別人口分布(2005年) 前橋市の年齢・男女別人口分布(2005年)
紫色 ― 前橋市
緑色 ― 日本全国
青色 ― 男性
赤色 ― 女性
前橋市(に相当する地域)の人口の推移
1970年 273,864人
1975年 293,135人
1980年 311,121人
1985年 325,304人
1990年 335,704人
1995年 338,845人
2000年 341,738人
2005年 340,904人
2010年 340,291人
2015年 336,154人
総務省統計局 国勢調査より

行政編集

前橋市の歴代市長
氏名 在職期間
初代 下村善太郎 1892年(明治25年)5月19日 - 1893年(明治26年)6月2日
2 弥城友次郎 1893年(明治26年)7月23日 - 1898年(明治31年)9月22日
3 笹治元 1898年(明治31年)11月11日 - 1902年(明治35年)5月9日
4 稲葉秀作 1902年(明治35年)6月13日 - 1910年(明治43年)1月14日
5 江原桂三郎 (初代) 1910年(明治43年)2月28日 - 1911年(明治44年)9月20日
6 今鉄平 1911年(明治44年)10月23日 - 1913年(大正2年)6月14日
7 木村二郎 1913年(大正2年)8月30日 - 1925年(大正14年)8月30日
8 竹内勝蔵 1925年(大正14年)9月16日 - 1931年(昭和6年)10月6日
9 田中稲一 1931年(昭和6年)11月7日 - 1933年(昭和8年)12月9日
10 江原桂三郎 (2代) 1933年(昭和8年)12月24日 - 1941年(昭和16年)12月23日
11 堀康雄 1942年(昭和17年)2月23日 - 1946年(昭和21年)11月13日
12 関口志行 1947年(昭和22年)4月5日 - 1958年(昭和33年)5月31日
13 石井繁丸 1958年(昭和33年)7月12日 - 1978年(昭和53年)7月11日
14 藤井精一 1978年(昭和53年)7月12日 - 1988年(昭和63年)1月11日
15 藤嶋清多 1988年(昭和63年)2月28日 - 1996年(平成8年)2月27日
16 萩原弥惣治 1996年(平成8年)2月28日 - 2004年(平成16年)2月27日
17 高木政夫 2004年(平成16年)2月28日 - 2012年(平成24年)2月27日
18 山本龍 2012年(平成24年)2月28日 - 現在

市長編集

現市長は山本龍(やまもと りゅう)。前群馬県議会議員で、2012年(平成24年)2月19日に行われた市長選挙により選出され、2012年(平成24年)2月28日就任。前任は、高木政夫(たかぎ まさお)で、2期・8年間、前橋市長を務めた。3期目を目指し2012年(平成24年)2月の市長選挙に出馬したが、山本龍に敗れた。

2004年(平成16年)2月15日の市長選挙(有権者数225,986人、投票率48.83%)の結果は次の通りである。

  1. 高木政夫 - 56,232票
  2. 萩原弥惣治 - 44,406票
  3. 生方秀男 - 8,334票

2008年(平成20年)2月17日の市長選挙(投票率52.40%)の結果は次の通りである。

  1. 高木政夫 - 66,006票
  2. 金子泰造 - 60,102票
  3. 生方秀男 - 7,678票

2012年(平成24年)2月19日の市長選挙(投票率49.06%)の結果は次の通りである。

  1. 山本龍 - 65,173票
  2. 高木政夫 - 51,552票
  3. 亀田好子 - 9,650票
  4. 樋口和彦 - 7,037票

市役所及びその関連施設一覧編集

  • 市役所本庁(前橋市大手町二丁目12番1号)
    • 市民サービスセンター上川淵(前橋市後閑町35番地)※上川淵公民館併設
    • 市民サービスセンター下川淵(前橋市鶴光路町701)※下川淵公民館併設
    • 市民サービスセンター桂萱(前橋市上泉町141番地3)※桂萱公民館併設
    • 市民サービスセンター芳賀(前橋市鳥取町817番地)※芳賀公民館併設
    • 市民サービスセンター元総社(前橋市元総社町三丁目1番地1)※元総社公民館併設
    • 市民サービスセンター東(前橋市箱田町543番地1)※東公民館併設
    • 市民サービスセンター総社(前橋市総社町総社1538番地2)※総社公民館併設
    • 市民サービスセンター南橘(前橋市日輪寺町158番地)※南橘公民館併設
    • 市民サービスセンター清里(前橋市青梨子町339番地)※清里公民館併設
    • 市民サービスセンター永明(前橋市小屋原町1758番地3)※永明公民館併設
  • 城南支所(前橋市二之宮町1320番地)※城南公民館併設
  • 大胡支所(旧大胡町役場)(前橋市堀越町1115番地(旧・勢多郡大胡町大字堀越1115番地))
  • 宮城支所(旧宮城村役場)(前橋市鼻毛石町1426番地3(旧・勢多郡宮城村大字鼻毛石1426番地3))
  • 粕川支所(旧粕川村役場)(前橋市粕川町西田面216番地1(旧・勢多郡粕川村大字西田面216番地1))
  • 富士見支所(旧富士見村役場)(前橋市富士見町田島240番地(旧・勢多郡富士見村大字田島240番地))
  • 水道局(前橋市岩神町三丁目13番15号)

前橋広域圏における「平成の大合併」の経緯編集

この地域の合併協議は最終的な決着まで紆余曲折があった。

政府の合併推進施策を受け、以前から結びつきの強かった前橋広域圏(前橋市・大胡町宮城村粕川村富士見村)の首長は、2001年(平成13年)夏に新潟県を視察中、同県弥彦村で会合(いわゆる「弥彦会談」)を行った。この席で、「合併特例法期限内に熟度の高まった所から順次合併」という方針が決められ、関係市町村は合併検討に動き出した。

弥彦会談では、実質的には4町村が「前橋市に編入」で大筋合意となっていた。しかし、富士見村と粕川村は議会から待ったがかかる形となり、2002年(平成14年)に任意合併協議会が開催された時、参加したのは前橋市・大胡町・宮城村であった。4か月後、議会の了承を取り付けた粕川村も任意合併協に加わる。

富士見村は当時の関口村長が議会の圧力もあり自立を表明。しかし住民は反発し村長はリコールで失職する。リコールによって「前橋市との合併」という意思が示されたものの、その後就任した星野村長は当初「中立」というスタンスをとった。そして住民投票を行ったところ結果は合併賛成が63%となり、前橋市との1市1村で法定合併協議会を設置する。

この間にも、前橋・大胡・宮城・粕川の合併協議会は順調に進み、2003年(平成15年)秋に合併調印。そして2004年(平成16年)12月5日に合併。前橋・富士見の合併協議も2004年(平成16年)夏に「2005年(平成17年)5月1日合併」で一度は決着し、調印となった。

しかし、その後富士見村議会が合併に反対。2度出された合併議案を共に否決し、星野村長は「自立」表明することになる。合併協議会は解散、合併調印も取り消された。

この地域の合併に伴って富士見村1村のみが孤立して残存し、前橋広域圏行政が消滅することとなった。取り残された富士見村は消防など一部行政を前橋市へ事務委託しなくてはならず、合併解消に際しては県の仲裁で何とかこれを取りつけた。調印を反故にされた形の前橋市側は実質的な報復措置として、富士見村民の前橋市営斎場利用料や市立工科大学入学料をはじめとする優遇措置を廃止、村民は以前よりも不便を強いられることになった。

富士見村内の有力者間抗争で長引いた泥仕合が村内社会の分裂をも招いて一般村民の不興を買ったこともあり、2007年(平成19年)の富士見村長選では合併推進派が村長に当選。さらに村議会議員選でも、合併推進派の勢力が拡大した事に伴い、2008年(平成20年)1月15日に3度目の正直となる合併協議会が設置され、2009年(平成21年)5月5日に富士見村は前橋市に合併された。

住所表記編集

  • 前橋地域は変更なし。
  • 大胡地域(旧・勢多郡大胡町)と宮城地域(旧・勢多郡宮城村)は大字名の後に町が付く。
    • 勢多郡大胡町大字茂木→前橋市茂木町
    • 勢多郡宮城村大字柏倉→前橋市柏倉町
      旧大胡町の金丸だけは前橋市の金丸町と名称が重複してしまうため、「東金丸町」となった。
  • 粕川地域(旧・勢多郡粕川村)と富士見地域(旧・勢多郡富士見村)は旧村名に町を付け、その後に大字名が付く。
    • 勢多郡粕川村大字女渕→前橋市粕川町女渕
    • 勢多郡富士見村大字田島→前橋市富士見町田島

土木事業編集

議会編集

市議会編集

  • 定数:38人
  • 任期:4年
会派名 議員数
清新クラブ 12
真政会 9
市民フォーラム 6
日本共産党前橋市議会議員団 5
公明党 4
心世紀 3
未来の会 2
真澄会 1
市民の会 1
43
※2009年(平成21年)5月31日増員、2012年(平成24年)3月16日現在

群馬県議会(前橋市選出)編集

  • 定数:8名
  • 任期:2015年(平成27年)5月11日〜2019年(平成31年)5月10日
議員名 会派名 備考
岩上憲司 新星会
中沢丈一 自由民主党
水野俊雄 公明党
小川晶 リベラル群馬 党籍は無所属
狩野浩志 自由民主党
酒井宏明 日本共産党
本郷高明 リベラル群馬 党籍は無所属
安孫子哲 自由民主党

衆議院編集

選挙区 議員名 党派名 当選回数 備考
群馬県第1区(前橋市、沼田市など) 尾身朝子 自由民主党 2 選挙区

司法編集

姉妹都市・提携都市編集

日本国外の3都市、日本国内の1都市と交流関係を結んでいる。前橋市ではいずれも「友好都市」名義である[11]

日本国内編集

萩出身の初代群馬県令楫取素彦の縁による[12]。前橋市は県庁設置等によって楫取の功績を多としており[12][13]前橋公園(建碑当初は高浜公園)に功徳碑が立てられている[12]

日本国外編集

固有名詞の表記は前橋市のウェブサイトに従った。

オルビエートと前橋の間には民間団体の交流があったが[14]、1994年(平成6年)より広がりを見せ[14]、両市長の相互訪問を経て[14]、民間主体の交流を支援する「友好都市」としての提携に至った[14]。オルビエート市には「スローシティ(チッタスロー)協会」の本部が置かれていることから、前橋市がスローシティ運動に関心を寄せ、2017年(平成29年)には前橋市の赤城地域がスローシティ協会に加入している[16][17]
1993年(平成5年)、前橋市の大工棟梁田子和則が、アラバマ州知事、バーミングハム市長、アラバマ日米協会会長の依頼を受けて、植物園 (Birmingham Botanical Gardens (United States)の日本庭園に茶室を建設したのが契機[14]。以後、民間交流が盛んとなる[14]。1997年(平成9年)にはアラバマ日米協会から田子に「サムエル・ウルマン賞」が贈られた[14]。この縁でサムエル・ウルマン記念館と前橋文学館の交流も開始[14]。前橋市には「前橋青春の会」が設立され、市民の寄付金により「青春の詩碑」が建設された[14]
大胡町で育った伊藤幸男(全米州教育庁長官連合協議会)がメナーシャで日本語教育に携わっていたことが契機となり[19][20]、1998年(平成10年)度から大胡小学校がメナーシャ市立グロビス小学校と交流を開始[14]。その後、滝窪小学校と同市ジェファーソン小学校との交流も始まり[14]、両市の中学生の相互訪問も行われるようになった[14]。2002年(平成14年)に大胡町とメナーシャ市が姉妹都市提携[14]。2004年(平成16年)、大胡町は前橋市と合併するが、前橋市は大胡町の姉妹都市提携を継承、2005年(平成17年)にあらためて友好都市協定書を取り交わした[14]

経済編集

産業編集

年間商品販売額(万円)
(2004年(平成16年)度商業統計調査、いずれも調査当時の市部、%は県内に占める割合)
年間商品販売額(万円、2004年(平成16年))
204,945,840 (群馬県全体の33.9%を占め、県内第1位)
売場面積(m2、2004年(平成16年))
424,789(群馬県全体の15.4%を占め、県内第1位)
製造品出荷額(百万円、2004年(平成16年))
653,635(群馬県全体の8.6%、太田市のほぼ2分の1であり、大泉町に次いで県内第3位)

関東・甲信越エリアを統括する団体・企業編集

工業編集

市内各所に合計十七ヶ所の工業団地を造成。(カッコ内は主な進出企業)

この他、粕川町中之沢に近自然工法を取り入れたサンデンの赤城事業所(サンデンフォレスト)、元総社町に理研鍛造、岩神町に富士機械がある。市内を代表する大工場として、JR前橋駅南東にダイハツ車体本社・工場があったが、2004年(平成16年)11月をもって大分県中津市に移転した(現在のダイハツ九州)。「サッポロ一番」のサンヨー食品は前橋で創業し、現在は朝倉町に本社工場を構える。登記上の本社は東京都港区に置かれている。

2012年(平成24年)12月現在分譲を行っている工業団地は以下の通り。(市工業課)

  • 五代南部工業団地(敷地北端に上武道路開通)

農業編集

前橋市の2007年(平成19年)農業産出額は310億円で、市町村別で全国16位、群馬県内の農業産出額に占める割合も13.8%に達する。ちなみに「平成の大合併」前の2003年(平成15年)農業産出額でも県内一位で、168億6千万円であった。

特徴的なのは、畜産業の産出額210億円(全国6位)、乳用牛の産出額55億円(全国17位)、豚の産出額69億円(全国9位)と畜産関連の生産額が突出していることであり(いずれも農林水産省平成19年農業産出額データより)、これは前橋の農業産出額を全国トップレベルに押し上げている要因でもある。いずれの数値も群馬県内全体の産出額の20%前後のシェアを占めている。近年では「TONTONのまちまえばし」として、官民挙げてPR活動を行っている。

畜産以外でも大正時代から市内の耕地整理を進めており、1980年代までに市内の大部分で耕地整理が行われ、整然と区画された耕地が郊外に広がっている。

金融編集

 
群馬銀行本店
 
東和銀行本店

この他に横浜銀行足利銀行大光銀行栃木銀行などの地方銀行第二地方銀行が支店を置いている。

証券編集

このほかにみずほ証券が前橋プラネットブースを、大和証券グループ本社が前橋営業所を開設している。

商業編集

中心市街地は商業の衰退が著しく、再活性化が目下の最重要課題とされている。反面商業施設は、後述の要因により市街地外周や郊外に多く立地している。

以前の前橋では、千代田町2丁目-5丁目に位置する中心商店街が商業の中心であった。1990年代頃になると、前橋駅前に出店したイトーヨーカドーサティなどの大型店舗や、郊外の駐車場完備・ロードサイド展開の専門店等に利用客が流れるようになった。加えてライフスタイルの変化や自動車保有率全国1位という車社会、市の中心駅である前橋駅と離れた商店街の立地、駐車場の不足、市内中心部の人口減少などの要因のほか、旧日本銀行前橋支店跡地の八番街開発の停滞や商店の後継問題なども絡んで商店街の衰退が進み、全国有数の「シャッター商店街」としてマスコミに取り上げられることも多くなった。1972年(昭和47年)に6万人近くあった商店街の歩行者通行量は、1992年(平成4年)には4万人弱、2004年(平成16年)には1万人程度と激減している[21]

2000年代以降も中心商店街の外周や郊外にはショッピングセンターが相次いで出店した。2007年(平成19年)3月には前橋駅南東の文京町に大型ショッピングモール「けやきウォーク前橋」が、2009年(平成21年)4月には小屋原町駒形バイパス沿いに「ガーデン前橋」がオープンした。また中心商店街から東に2.5kmの上泉町にはスーパーマーケットベイシアが大型店(前橋モール店)を出店したほか、地場スーパーのフレッセイは、駒形町と若宮町、荒牧町に中規模のショッピングセンターのほか、中心街の前橋プラザ元気21内に、前橋プラザ店をオープンさせている。

商店街の最盛期には以下に代表される大型店舗があったが、スズラン以外全て中心商店街から移転および撤退した[注釈 1]

  • 長崎屋(1964年(昭和39年)開店、1985年(昭和60年)閉店。前橋東宝の場所に進出)
  • 丸井(1968年(昭和43年)開店、1986年(昭和61年)閉店。丸井跡地は、現在スズラン前橋店新館)
  • 前三百貨店(1964年(昭和39年)開店、1985年(昭和60年)閉店。※三越提携)
  • ニチイ(1972年(昭和47年)開店、1993年(平成5年)閉店)
  • LIVIN(1975年(昭和50年)西友として開店。後に前橋西武 → LIVIN、2004年(平成16年)閉店。※西友母体)
  • LIVIN別館のWALK(1987年(昭和62年)開店、2006年(平成18年)閉店)

ニチイは千代田町の店舗を一旦閉店させた後、中心商店街から1.2km北に位置する国領町のグンゼ工場跡地にサティ前橋サティ)として移転オープンさせた。また、ダイエーも六供町と国領町のシルクプラザ内に2店舗あったが、ダイエーは完全撤退した(※ダイエーの撤退は、イトーヨーカドーやサティとの競合やダイエー自体の業績悪化によるものである[要出典])。

2006年(平成18年)1月29日にLIVIN別館で単体として残っていたWALKが閉店したことにより、WALKの中にあったテアトル前橋西友も閉店。後にユナイテッド・シネマが開業するまで前橋市から映画館も全て無くなった。その後テアトル前橋西友跡は、前橋芸術週間という団体の運営により2009年(平成21年)12月4日に名画座「シネマまえばし」として再オープンしている。

けやきウォークや郊外のショッピングセンターの相次ぐ開業に加えてGMS業態自体の不振により、イトーヨーカドー前橋店は2010年(平成22年)8月16日[22]に、前橋サティは同年10月17日[22]に閉店した。その後イトーヨーカドー前橋店はエキータ前橋として、前橋サティは前橋リリカとして再オープンした。

最近まで、イオングループ北関東自動車道前橋南IC南側の農地に超大型ショッピングセンターを建設する計画があった。この土地はかつてカルフールが出店を計画していた場所であり、それよりも広い敷地(約25ha)で、全国最大規模のショッピングセンターとなる予定だった。しかし、関係各署との調整難航や大型店の郊外出店を規制する「まちづくり三法」改正で出店が難しくなったために出店を断念した。

前橋市および地元まちづくり対策協議会は、上記イオン進出予定地含む周辺地域の開発事業「前橋南部拠点地区開発」の主たる事業者をベイシアに決定。ベイシアやカインズホームを核店舗とする、同社最大になる敷地面積23haの「パワーモール前橋みなみ」が2010年(平成22年)12月に第1期オープンした。

家電量販店最大手にまで成長したヤマダ電機は前橋で創業、日吉町に本社を構えていたが2008年(平成20年)7月1日をもって本社を高崎駅前に移転した。会社の急拡大に伴い横浜市みなとみらい地区に本社機能の一部を移し大型店鋪を併設する計画だったが、周辺道路の渋滞を懸念した横浜市側が土地の譲渡売却を断念。その後、JR高崎駅東口へ新本社を移転新築した。

 
ベイシアビジネスセンター

一方で、ベイシアは前橋に本部を移転した。前橋南ICに近い亀里町に、ベイシア本体とセーブオンベイシア電器などグループ企業十社の本社が、創業地の伊勢崎から2006年(平成18年)1月に移転し、業務を開始している。近年ではさらに前橋南IC付近の開発が進み、先述の「パワーモール前橋みなみ」に北関東初進出となるコストコがオープンした。

文化編集

交通編集

前述の通り、市の商業施設の郊外移転や自動車保有率全国1位という車社会から、公共交通機関の利用者は減少傾向にあり、特にバスにおいては1990年代より不採算路線の相次ぐ廃止や上毛電鉄の路線バス事業撤退、自治体による欠損補助を受けて運行を維持する路線の拡大など深刻な状況下にある[23]

道路編集

 
県道17号のケヤキ並木(前橋駅前)
高速道路
国道
県道(主要地方道)


主な市道
  • 国体道路 (利根川東岸の道路。沿線にグリーンドーム前橋敷島公園県総合スポーツセンター)
  • 東部環状線
    • 通称「東部バイパス」。全線片側2車線。県道2号線(天川大島町交差点)、国道50号線、県道3号線、県道4号線と国道17号(群大病院東交差点)を連絡する。
  • 西部環状線
    • 国道17号線(元総社町南交差点)と県道12号線を連絡する。さらに南部大橋線を介して県道11号線、県道2号線(天川大島町交差点)を連絡する。
  • 江田天川大島線
    • 西部環状線の南側で江田町・天川大島町間を連絡する片側二車線の環状線。県道11号線との重複部、朝倉町内の一部区間が開通。

鉄道編集

 
前橋駅南口
東日本旅客鉄道(JR東日本)
上越線
両毛線

※ かつては前橋大島駅付近に東前橋駅が、下増田町に下増田駅が設置されていたが、1968年(昭和43年)の両毛線全線電化に際して休止(実質廃止)、1987年(昭和62年)に正式廃止されている。

上毛電気鉄道
上毛線

バス編集

ヘリコプター編集

メディア編集

観光編集

2011年(平成23年)度の観光客数は5,917,400人で、群馬県内市町村別第一位であった[24]

観光地・植物園編集


名所・旧跡編集

 
群馬県庁舎
 
水道資料館

編集

スポーツイベント編集

名物・特産物編集

出身著名人編集

政治家編集

  • 鈴木貫太郎 - 海軍大将、太平洋戦争終戦時の首相。
  • 田邊誠 - 元・日本社会党委員長(第11代)。
  • 佐田玄一郎 - 衆議院議員、比例代表北関東。
  • 宮崎岳志 - 前・衆議院議員、財務金融委員会委員、厚生労働委員会委員、政治倫理の確立及び公職選挙法改正に関する特別委員会委員、元・上毛新聞記者、群馬県1区選出。
  • 桑原功 - 元・衆議院議員、法務委員会委員、政治倫理の確立及び公職選挙法改正に関する特別委員会委員、元・前橋市議会議員、元・群馬県議会議員、比例代表北関東。

官僚編集

実業家編集

文化人編集

アナウンサー編集

スポーツ選手編集

芸能編集

その他編集

ゆかりのある人物編集

大名編集

前橋を舞台とした作品編集

その他編集

脚注編集

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注釈編集

  1. ^ また食品スーパーとしては、ヤナイストアーが2011年7月28日[要出典]をもって事業停止している。

出典編集

  1. ^ 井上裕之 (2016年11月1日). “日本地名と「地元放送局アクセント」〜積年の課題に解を求めて〜”. NHK放送文化研究所. 2017年4月27日閲覧。
  2. ^ a b 市政概要 平成27年度版 (PDF)”. 前橋市議会事務局 (2015年9月1日). 2015年9月1日閲覧。
  3. ^ 前橋市ウェブサイト http://www.city.maebashi.gunma.jp/sisei/444/445/p001292.html による
  4. ^ 前橋市ウェブサイト http://www.city.maebashi.gunma.jp/sisei/444/445/p001292.html による
  5. ^ 前橋市ウェブサイト http://www.city.maebashi.gunma.jp/sisei/444/445/p001292.html による
  6. ^ 前橋 1981-2010年”. 気象庁. 2012年11月17日閲覧。
  7. ^ 前橋 観測史上1~10位の値”. 気象庁. 2012年11月17日閲覧。
  8. ^ a b 前橋市立みずき中学校
  9. ^ 事業報告書 平成23年度 学校法人平方学園
  10. ^ 【1月17日】市町村立学校の廃止及び設置について【前橋市】(義務教育課)”. 2017年8月15日閲覧。
  11. ^ (Q&A)前橋市の姉妹都市や友好都市について知りたいのですが。”. 前橋市 (2011年9月30日). 2016年8月31日閲覧。
  12. ^ a b c d 萩市(山口県)”. 前橋市. 2016年8月31日閲覧。
  13. ^ a b (PDF) ふるさと萩のすがた. 萩市. p. 6. https://www.city.hagi.lg.jp/uploaded/attachment/2469.pdf 2016年9月14日閲覧。. 
  14. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r 姉妹(友好)提携情報”. 自治体国際化協会. 2012年10月27日時点のオリジナル[リンク切れ]よりアーカイブ。2016年8月31日閲覧。
  15. ^ オルビエート市”. 前橋市. 2016年8月31日閲覧。
  16. ^ “前橋でゆったりライフ実現を 「チッタスロー協会」加入 国内2例目、赤城地域の自然生かす”. 産経新聞. (2017年6月24日). http://www.sankei.com/region/news/170624/rgn1706240040-n1.html 2017年10月19日閲覧。 
  17. ^ “前橋市、スローシティーに認定”. 日本経済新聞. (2017年6月24日). https://www.nikkei.com/article/DGXLZO18058100T20C17A6L60000/ 2017年10月19日閲覧。 
  18. ^ バーミングハム市”. 前橋市. 2016年8月31日閲覧。
  19. ^ a b メナーシャ市”. 前橋市. 2016年8月31日閲覧。
  20. ^ 一本の電話から始まった交流のお手伝い”. 国際フォーラム通信63. 財団法人国際文化フォーラム (2004年7月). 2016年8月31日閲覧。
  21. ^ みんな「まち」へ行こう」 (pdf) 、『広報まえばし』第1,305号、前橋市役所、2005年12月1日、 3頁、2015年9月1日閲覧。
  22. ^ a b “上毛新聞・重大ニュース2010 「前橋の大型2店撤退 郊外型出店で打撃」”. 上毛新聞社. http://www.jomo-news.co.jp/news/kikaku/judai10/05.htm 2015年9月1日閲覧。 
  23. ^ 全市域デマンド化研究会第1回研究会議:資料2(前橋市審議会資料)
  24. ^ 群馬県統計情報提供システム
  25. ^ “前橋の観光大使に円楽さんら 30年前に「墓」取得、死んだら住民票移す”. 高崎前橋経済新聞. みんなの経済新聞. (2016年3月25日). http://takasaki.keizai.biz/headline/2684/ 2016年12月13日閲覧。 
  26. ^ “「まえばし観光大使」の委嘱について” (日本語) (PDF) (プレスリリース), 群馬県前橋市, (2016年3月24日), http://www.city.maebashi.gunma.jp/sisei/450/465/006/p016252_d/fil/20160324_1.pdf 2016年12月13日閲覧。 
  27. ^ 旧前工岩神校舎が、いよいよ取り壊しになります”. 群馬県立前橋工業高等学校. 2016年2月25日閲覧。
  28. ^ 神海英雄SOUL CATCHER(S)5巻
  29. ^ 神海英雄『SOUL CATCHER(S)9巻
  30. ^ 映画「そして父になる」、ロケ地「前橋」出身の助監督が撮影秘話”. 前橋高崎経済新聞. 2016年2月27日閲覧。

参考文献編集

関連項目編集

外部リンク編集