笑い
笑い(わらい)とは、楽しさ、嬉しさ、おかしさなどを表現する感情表出行動の一つ。
笑いは一般的に快感という感情とともに生じ、感情体験と深くかかわっている。また、笑いは感情表現の中でも極めて特殊なものであり、すぐれて人間的なものである。一般的に動物の中で笑うのは人間だけである。怒り、悲しみなどの表現は動物にもあるが、笑いがすぐれて人間的である理由として、笑いには「笑うもの」と「笑われるもの」という分離があり、何かを対象化するという心の働きが必要となる[1]。
概要編集
人は笑うとき、ごく一般的には陽性の感情(快感)に伴って表情が特有の緊張をし(笑顔)、同時に特有の発声(笑い声)を伴う。通常は自分以外の対象があって、それから受ける印象に基づいてそれが好意的であれば表情に笑いが生じ、特に刺激的な場合には発声が伴う。さらに程度がひどくなると全身に引きつけるような筋肉の収縮が伴い、涙が出ることがある。人間はこのような表現を意識的に使い分けることができ、これにより微細な感情を表現する。たとえば、表情を変えずに笑い声だけをあげた場合、冷やかしや威嚇などの表現となり得る。否定的な意味合いを持つ笑いも存在する。また、自己を笑いの対象とする笑いには自嘲のように複雑な感情を伴うものもあり、自虐などとは区別される。
対象化編集
笑いが快感にだけ伴って起こるわけではないが、感情体験と深くかかわっていることは明白である。人間の心の働きを理性と感情という二分法に従えば、しばしば理性に価値が置かれ、感情は下に見られがちである。理性は人間特有のものであり、感情は動物的であるとされるためだが、このような考えに立つ人は感情を表出することははしたないと考え、それをできるだけ排除すべきと主張する。笑いがすぐれて人間的である理由として、笑いには「笑う者」と「笑われる者」という分離があり、その意味において何かを「対象化」する心の働きが存在する事実があると、心理学者の河合隼雄は指摘している。
この「対象化」は人間だけがなしうることで、自と他を明確に分離し、自が他を「対象」として見る。その際に、自分が対象に対し突然の優越を感じる際に笑いが生じると、トマス・ホッブスやマルセル・パニョルなどは主張した。河合は優越感と言ってしまうのには限定が強過ぎるが、笑うためには笑う主体がある程度の安定感を持つことが必要であるとし、不安定な時には恐怖や不安が先行するため「笑っている場合じゃない」という状況になると説明し、さらに優越とまではいかなくても、対象の中に見出した「ズレ」の感覚を楽しむとでも表現する方が広く笑いを説明しているのではないかとする[1]。
この「対象化」には自分自身も含まれる点に特徴があり、自分自身の馬鹿げた考えを苦笑したりする際にも適用される。この対象化が必要とされる点において、それは感情に関わるものでありながら、人間のみに特徴的に出てくるものである。怒りの感情は、全体的状況に自分自身が入り込んでいるため、対象化は生じない。笑いは自然に生じるもので、考えや意志で引き起こしたりすることはできない。しかし、自然に生じるといってもある程度、心に余裕がないと出てこない。緊張の高い時のほか、何かに夢中になっているときにも笑いは生じない。真面目に物事に取り組み、緊張が高まっている状況下では、人間の自我がその状況の中に入り込み一体化することで、対象化が起こらない。あるいは、緊張感が高い状況下で、上手に人を笑わせる人がいると、笑いによって緊張がほどけ余裕が出、自分自身を対象化することができることもある。しかし、この場合に笑わせることができる人は、そのような状況からやや距離を置いて、安定してみていることができる人に限られる[1]。
上記からわかるように、適切な「距離」を置くことは、笑いの必須条件であり、このような心理的距離をもてるのは、人間のみにできうることである[1]。
生理的な効果編集
笑いによって自律神経の頻繁な切り替えが起こる。
医学・脳神経科学的観点編集
笑いは体に良い影響を及ぼすと言われるが、仮説の範疇を出ない。笑うことで頬の筋肉が働き、また動くことにより、ストレスが解消され、鎮痛作用たんぱくの分泌を促進させ、ストレスが下がることにより血圧を下げ、心臓を活性化させ、運動した状態と似た症状を及ぼし、血液中の酸素を増やし、さらに心臓によい影響を与えるなど、様々な説明がなされるが、科学的に実証されているわけではない。笑うと気分がよくなるなど、経験的には好ましい印象があることから、臨床においては、笑いの効用を期待して循環器疾患の治療過程に取り入れる試みもある。2019年に山形大学医学部は、滅多に笑わない人はよく笑う人に比べて死亡率が2倍にのぼり、脳卒中などの心血管疾患の発症率が高いことを発表した[2]が、笑いと健康との疫学的調査では、方法面での制約から、レトロスペクティブなアプローチが用いられることが多く、マスコミを通して通して報道される研究結果の解釈は慎重に行わなければならない。
また、笑い発生の機序として、てんかん患者の「笑い発作」の症例から側頭葉と視床下部が笑いの起点となっていることが示唆されており、副交感神経系優位に伴う顔面神経核の働きにより強制的な笑顔が生じると考えられている。[3]
笑いの分析編集
笑いは構図(シェーマ)のずれによって生じるとする説があるが、異論もある。例えばコントなどで滑って転ぶ政治家が演じられて笑いが起きたとすると、「政治家は真面目で威厳ある人で、滑って転ぶことなどありえない」という構図を受け手が持っていて、それがずらされたことによって笑いが起きたことになる。しかし、受け手の常識が「政治家に威厳があるとは限らない」「滑って転ぶことは意外な出来事ではない」「政治家が転ぶというネタは目新しいものではない」といったものであった場合、構図のずれが発生しないため笑いは起きない。同じ出来事に対して笑いが起きるかどうかは、受け手の持つ構図にも依存すると言える。
また、笑いは立場によって意味を変える性質がある。ある出来事がある人にとっては面白おかしい出来事であっても、ある人にとっては笑えない出来事であることもある。
さらに、笑いには攻撃的なものと愛他的・親和的なものの二つがあるとされている[4][5]。しかし、愛他的・親和的であることを意図した笑いであっても、受け取る側は攻撃されたと感じることもある。笑いを分類する心理学研究は、1990年代から2000年を過ぎることまで活況を呈し、多数の心理尺度が作成されたが、笑いを客観的に分類できるとする説には10年以上前から疑問が呈されており、海外の主流な笑い研究では、安易な分類は避ける傾向にある。
新生児と笑い編集
微笑は新生児においても観察され、覚醒時のみならず、睡眠中にも規則的な周期を伴って生起する。これは新生児微笑と呼ばれるもので、養育者の注意を引き関心を維持させる機能を担った生得的行動と推測されている。実際、新生児微笑に対して養育者は高い確率でポジティブな応答を返すことが知られている。このような相互作用の結果、乳児は生後2~3か月の頃から社会的交渉を持つために周囲の者に対して自発的に微笑を向けるようになる(社会的微笑)。
発声を伴う哄笑は生後3.5~4か月で起こるようになる。何らかの外的刺激への反応として生じるもので、社会的微笑から派生したものと考えられている。しかし、笑いを喚起する刺激には驚きや恐怖をもたらす要素が含まれることから、発達的に先行する泣きから派生したものと見る説もある。
笑いの研究編集
- 古代
- 18世紀
- 19世紀
- フランスの詩人シャルル・ボードレールは、有意義的滑稽(人間の振る舞いによって引き起こされる普通の笑い)と、絶対的滑稽(グロテスクによって引き起こされる深遠で原始的な笑い)があるとした。
- スコットランドの哲学者・心理学者アレクサンダー・ベインは、笑いとは、私たちを安心させる些細なこと、卑俗なことに接触による緊張した状態から逃れた状態である。笑わせてくれるまじめさ、荘厳さの形であるとした。
- イギリスの社会学者ハーバート・スペンサーは、強い感情、精神や肉体という、笑いの一般的な理由として、他の筋肉運動と異なり、特に目的もない筋肉運動から笑いが構成されるということに注目するべきだと主張した。
- 笑うのは動物の中でもヒトだけであると考えられてきた。しかし、進化論の提唱者であるチャールズ・ダーウィンは、オランウータンやチンパンジーといった類人猿をくすぐると笑い声をあげると書いている。
- 20世紀
- オーストリアの精神科医ジークムント・フロイトは「ユーモアは自我の不可侵性の貫徹から来る」と説いた。
- フランスの哲学者アンリ・ベルクソンは自身の研究『笑い』において、ボードヴィル演劇を素材として笑いの原因を考察した。ここでは「笑いは、生命ある人間に機械的なこわばりが生じた結果である。」としている。
- 日本でも、落語家の桂枝雀が、笑いは緊張の緩和によって起こるという「緊緩理論」を立てている。
- 笑いには、免疫系のNK細胞(ナチュラルキラー細胞)の活性を高めるなどの健康増進作用があると言われている。
- オランダの霊長類学者ヤン・ファンフーフは、笑いの起源と進化についての仮説を提唱した。笑いは微笑み(スマイル)と声の伴う笑い(ラフ)の二つに大きく分類でき、スマイルはサルの仲間が自分より強いサルに対してみせる「歯をむき出しにする表情(グリマス)」から、ラフはサルの仲間が遊びにおいてみせる「口をまるくあける表情(プレイ・フェイス)とそれに付随するあえぎ声(プレイ・パント/笑い声)」からそれぞれ進化したという(プレイ・フェイスは霊長類に広く見られるが、笑い声を発する種は限られる)。
- 21世紀
人間以外の霊長類の笑い声編集
チンパンジーや、ゴリラ、ボノボ(ピグミーチンパンジー)、オランウータンなどは、取っ組み合いや追いかけっこ、くすぐりあいなどの遊びにおいて、人間の笑い声に似た声をあげる。また、この種のチンパンジーの行動は、野生状態でも飼育下でも記録されている[6]。くすぐられる、追いかけられるといった受身の側のチンパンジーが笑うことが多い。人間とチンパンジーは、腋の下や腹など、くすぐられた際に笑いが生じやすい体の領域(くすぐったい領域)が共通している。プレイ・フェイスは遊びを誘う時や一人遊びでもよく見られるが、笑い声が起こるのは他者との遊びが始まってからである。チンパンジーは大人になってからも笑う(遊ぶことが減るので頻度は下がる)。人間との相違点として、人間は笑い声が伝染して多数が一斉に笑うことがあるがチンパンジーにはそのようなことが無いということや、野生のチンパンジーには言語によるユーモアや、嘲笑、他者を笑わせる「おどけ」が見られないことなどが指摘されている[7]。また、チンパンジーの笑い声は呼気と吸気が交互に繰り返されることが多い点と、しゃがれ声であるという点で人間の笑い声と音響的に異なる。
笑いを取る行動・演芸編集
笑いを取る職業編集
職業編集
著名なコメディアン編集
笑いに関する表現編集
- 笑顔
- 爆笑、大爆笑 - その場にいる人の多くが笑うこと
- 苦笑
- 失笑
- 冷笑
- 照れ笑い
- 微笑
- 愛想笑い
- 空笑
- 嘲笑
- 憫笑
笑いについての名言・格言・四字熟語編集
- 破顔一笑
- 呵々大笑
- 抱腹絶倒
- 一笑に付す
- 一笑を買う
- 笑壺に入る
- 笑みの中の刀
- 笑中に刀あり
- 笑いを噛み殺す
- 笑う門には福来る
- 笑い三年泣き三月
- 痘痕も靨(笑窪)
- 目屎鼻屎を笑う
- 樽抜き渋柿を笑う
- 怒れる拳笑面に当たらず
- 来年のことを言うと鬼が笑う
笑いの種類編集
- 含み笑い
- 薄ら笑い
- せせら笑い
- 作り笑い
- 苦笑い
- 思い出し笑い
- 独り笑い
- 高笑い
- 馬鹿笑い
- 追従笑い
- 貰い笑い
- 誘い笑い
- 嘲笑い