ゴリラは、霊長目ヒト科ゴリラ属(ゴリラぞく、Gorilla)に分類される構成種の総称。

ゴリラ属
ニシゴリラ
ニシゴリラ Gorilla gorilla
分類
ドメイン : 真核生物 Eukaryota
: 動物界 Animalia
: 脊索動物門 Chordata
亜門 : 脊椎動物亜門 Vertebrata
: 哺乳綱 Mammalia
: 霊長目 Primates
: ヒト科 Hominidae
: ゴリラ属 Gorilla
学名
Gorilla I. Geoffroy, 1852[1]
タイプ種
Gorilla gorilla (Savage, 1847)[1]
和名
ゴリラ属[2]
分布域
橙:ニシゴリラ、黄:ヒガシゴリラ

分布

アンゴラカビンダ)、ウガンダガボンカメルーン南部、コンゴ共和国コンゴ民主共和国東部、赤道ギニア中央アフリカ共和国南部、ナイジェリア東部、ルワンダ[2][3][4]

形態

体重オス150 - 180キログラム、メス80 - 100キログラム[3]。飼育下のオスでは299キログラムの記録がある[5]。毛衣は黒や暗灰褐色[2]

出産直後の幼獣は体重1.8キログラム[3]。オスは生後13年で背の体毛が鞍状に白くなり、シルバーバックと通称される[2]。生後18年で後頭部が突出する[3]

ゴリラは血液型を有するが、これはABO式血液型などのヒトの血液型と比較できるものではない[6][7][8]

分類

ギリシャ語で「毛深い部族」という意味の「Γόριλλαι (gorillai)」が由来とされている。本属の構成種の和名として大猩猩(おおしょうじょう、だいしょうじょう)が使用されたこともある[2]猩猩は元は架空の動物の名前であるが、オランウータンの漢名とされていた。過去には本属をチンパンジー属に含める説もあった[2]

以前はゴリラ Gorilla gorilla のみで本属が構成され、1929年に213個の頭骨の比較から西部個体群(基亜種ローランドゴリラ G. g. gorilla)と東部個体群(亜種マウンテンゴリラ G. g. beringei)の2亜種に分けられた[4]。1961年に下顎骨の比較から亜種を独立種として、マウンテンゴリラから東部低地個体群(亜種ヒガシローランドゴリラ G. beringei graueri)を分割する説もあった[4]。一方で1971年には近年まで主流とされた1種3亜種(基亜種ニシローランドゴリラ G. g. gorilla・亜種マウンテンゴリラ G. g. beringei・亜種ヒガシローランドゴリラ G. g. graueri)とする説が提唱され、亜種ヒガシローランドゴリラはニシローランドゴリラとマウンテンゴリラの中間型と考えられていた[4]ミトコンドリアDNACOII遺伝子やDループ領域の分子系統推定から、西部個体群(基亜種ニシローランドゴリラと亜種クロスリバーゴリラ)と東部個体群(基亜種マウンテンゴリラと亜種ヒガシローランドゴリラ)との遺伝的距離がチンパンジー属の種間距離(チンパンジーボノボ)に匹敵する解析結果が得られたことで以下の2種に分ける説もある[4][9][10]。ミトコンドリアDNAの解析から、ニシゴリラヒガシゴリラが分岐したのは250万年前と推定されている[9]

分類・英名はMSW3(Groves, 2005)、和名は山極(2015)に従う[1][4]

約1000万年前にヒト族へと続く系統からゴリラ属が分かれたと推定されている[11]。また、分子進化時計を使い、ヒト属ゴリラ属の分岐を 656万 ±26 万年前とする研究結果もある[12]

生態

本属に関する生物学的知見は、高地で眠り病などの伝染病を媒介するツェツェバエ類などの昆虫が少なく牧畜が行われていたため、一部の現地住民を除いて食用として狩猟されることが少なかったこと、農作物を食害することが少なく、害獣としての地元住民との軋轢が少なかったこと、これらにより人間に対する警戒心が薄く、直接観察しやすかったこと、高い木がなく下生えが密生した環境に生息するため、草が倒れた痕跡で追跡しやすかったこと、ほとんど樹上に登らないため、痕跡が途絶えにくいこと、アフリカで最も古い国立公園であるヴィルンガ国立公園に生息し、保護が早くから進められていたことなどの理由から、近年までヒガシゴリラの基亜種(以下マウンテンゴリラ)を中心とした知見に基づいていた[13]

多湿林に生息する[3]。国土の80 %以上を熱帯雨林が占めるガボンでは、ニシゴリラの基亜種(以下ニシローランドゴリラ)が国内のサバンナを除く環境すなわち海岸の低木林・一次林・二次林にも生息することが判明している[14]。生息密度は主に1平方キロメートルあたり1頭だが、コンゴのニシローランドゴリラ個体群では湿地での個体密度が1平方キロメートルあたり5頭に達することもある[14]昼行性で、夜間になると日ごとに違う寝床を作り休む[3]。10 - 50平方キロメートルの行動圏内で生活し、1日あたり0.5 - 2キロメートルを移動する[3]

亜種や地域によって変化があるものの社会構造は端的にいえば、(1)単独のオス、(2)オス1頭とメス複数頭からなる群れ、(3)複数の雌雄が含まれる群れ、からなる[15]。オスが成体になっても群れに残る傾向があるマウンテンゴリラを除くと、複数の雌雄が含まれる群れを形成することは少ない[15]。オスの幼獣が産まれて成長すれば複数の雌雄が含まれる群れとなるが、通常は父親が後から産まれたオスが群れのメスと交尾しようとすると威嚇し交尾を抑制するために後から産まれたオスは群れから離脱してしまい、オス1頭とメス複数頭からなる群れに戻る[15]。群れのオスが死亡した場合には、後から産まれたオスが群れを引き継ぐこともある[15]。群れの大きさは低地では20頭以下、高地では30頭以上の群れを形成することもある[15]。例として亜種ヒガシローランドゴリラでは、同亜種でも低地個体群と高地個体群では群れの大きさが異なる[15]。群れ同士の関係は同じ地域であっても変異があり、マウンテンゴリラのヴィルンガ個体群はある時期には群れ同士が威嚇するだけで激しい衝突はせず、異なる群れの幼獣同士で遊ぶこともあるといった報告例があったが、別の時期にはオス同士では激しく争い命を落とすこともあり、子殺しも行うといった報告例がある[13]

食性は植物食傾向の強い雑食で、果実、植物のアリシロアリなどの昆虫を食べる[3]。低地では種にかかわらず果実食傾向が強く、果実が豊富な環境では果実を主に食べ、食べる果実の種数がチンパンジーと同程度に達することもある[16]。本属とチンパンジーが同所的に分布するガボンの調査例では、食性の57 %(果実では79 %)がチンパンジーと重複する[16]。マウンテンゴリラは季節によって果実なども食べるが、乾季に食物が少なくなると植物の葉・芽・樹皮・根などの繊維質植物を食べる[3]。低地ではアリを日常的に食べ、糞の内容物の調査では糞中からアリの破片(コンゴ共和国24 %、カフジ=ビエガ国立公園およびロペ30 %、中央アフリカ43 %)が発見された例もある[16]。食べるアリの種類や、採食方法などは地域差がある[16]。採食方法の例として、平手で地面をたたく・平手で樹上の巣を壊す・手の上に巣を乗せアリを叩き落とす・アリの群れに手を突っ込んで舐めるなどといったものがある[16]。シロアリが生息しない高地に分布するヒガシゴリラは、植物についているダニクモを無作為に食べることで動物質を補っていると考えられている[14]。マウンテンゴリラは自分の糞も含めた糞食を行い、腸内細菌の摂取や未消化の食物を再吸収していると考えられている[14]

捕食者としてヒョウが挙げられる[15]。例としてヴィルンガ山地キソロでのシルバーバックの個体がヒョウに殺されたという報告例、コンゴ共和国のン・ドキでヒョウの糞の内容物の調査からオスの骨が発見された例、中央アフリカのザンガ・サンガ国立公園でヒョウに襲われた報告例などがある[15]。カフジ=ビエガ国立公園のヒガシローランドゴリラの個体群では、オスが死亡した群れでメスや幼獣が主に地表に作っていた寝床(68.8 %)を樹上に作るようになった報告例がある(地表の寝床の割合が22.9 %まで減少)[15]。この群れはオスが合流すると、60 %の割合で再び地表に寝床を作るようになった[15]。これはオスがいなくなったことで、捕食者を避けようとしたためだと考えられている(カフジ=ビエガ国立公園にはヒョウはいないが、1970年代までは目撃例があったとされる)[15]。動物学者の小原秀雄は、ゴリラを含む類人猿は知能が高いので恐怖や痛みに極めて敏感であり、ヒョウなどの捕食動物には不得手であると述べている[17][注釈 1]

繁殖様式は胎生。妊娠期間は平均256日[3]。出産間隔は3 - 4年[3]。寿命は約40 - 50年で、53年の飼育記録がある[3]。2017年1月17日に死亡したアメリカオハイオ州のコロンバス動物園にいた雌のゴリラ「コロ」は60歳まで生きた。死亡時には子供が3頭、孫が16頭、曾孫が12頭、玄孫が3頭いた。また、彼女は人間に飼育されている環境下で誕生した初のゴリラでもあった[18]

前肢を握り拳の状態にして地面を突くナックルウォーキングと呼ばれる四足歩行をする[19]

発見以来、長年に渡って凶暴な動物であると誤解されてきたが、研究が進むと、交尾の時期を除けば実は温和で繊細な性質を持っていることが明らかになった[20]。かつてドラミングが戦いの宣言や挑発の手段と考えられていたが、山極寿一によれば、胸をたたいて自己主張し、衝突することなく互いに距離を取るための行動だという[21][22]。また、群れの間では多様な音声を用いたコミュニケーションを行い[23][24]、餌を食べる時などに鼻歌のような声を出しているのが確認されている。

人間を除けば 天敵は ヒョウだけである。

人間との関係

カルタゴ航海者ハンノが紀元前6世紀にアフリカ西海岸を周航した際に遭遇した野人の集団の呼称が「ゴリラ」だったとされるが、現地語ではゴリラという呼称は確認されていない[2]。この野人が本属であることも疑問視されている[2]

森林伐採や採掘による生息地の破壊、食用(ブッシュミート)の乱獲、内戦、感染症などにより生息数は減少している[3][25]。森林伐採により交通網が発達し奥地へ侵入しやすくなるとともに輸送コストも安くなったこと・経済活動の破綻により都市部の失業者が森林のある地域へ大量に移入したこと・内戦により銃器が流出し狩猟に用いられるようになったことなどの理由で食用の乱獲は増大している[25]。生息地は保護区に指定されている地域もあるが、密猟されることもある[3]

飼育施設などで飼育されることもある。コロンバス動物園が世界で初めて飼育下繁殖に成功した[10]日本では、1954年に初めて輸入されて以降、2005年現在ではニシローランドゴリラのみ飼育されている[10]。1961年にマウンテンゴリラが2頭輸入されているが、2頭とも数日で死亡している[10]。日本では、1970年に京都市動物園が初めて飼育下繁殖に成功した[10]。1988年に「ゴリラ繁殖検討委員会」が設置され、1994年から各地の飼育施設で分散飼育されていた個体を1か所に集めて群れを形成し、飼育下繁殖させる試み(ブリーディングローン)が恩賜上野動物園で進められている[10]

日本では、2018年現在ゴリルラ属(ゴリラ属)単位で特定動物に指定されている[26]

ギャラリー

脚注

注釈

  1. ^ 1961年2月、ウガンダ国内のムハブラ山でシルバーバックや雌の個体がクロヒョウに捕食された例や、西洋人狩猟家が目撃例として、雌ゴリラが原住民達に棒で殴打され一方的に撲殺された例を挙げている[17]

出典

  1. ^ a b c Colin P. Groves, "Order Primates,". Mammal Species of the World, (3rd ed.), Don E. Wilson & DeeAnn M. Reeder (ed.), Johns Hopkins University Press, 2005, Pages 111-184.
  2. ^ a b c d e f g h 岩本光雄 「サルの分類名(その4:類人猿)」『霊長類研究』第3巻 2号、日本霊長類学会、1987年、119-126頁。
  3. ^ a b c d e f g h i j k l m n 山極寿一 「ゴリラ」『動物世界遺産 レッド・データ・アニマルズ6 アフリカ』小原秀雄・浦本昌紀・太田英利・松井正文編著、講談社、2000年、147-148頁。
  4. ^ a b c d e f 山極寿一 「第4章 ゴリラを分類する―種内の変異が示唆すること」『ゴリラ 第2版』、東京大学出版会、2015年、95-123頁。
  5. ^ 小寺重孝 「オランウータン科の分類」、今泉吉典監修『世界の動物 分類と飼育 1 霊長目』東京動物園協会、1987年、91-95頁。
  6. ^ “Blood Groups in the Species Survival Plan”. アメリカ国立医学図書館. (2010年9月7日). http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC4258062/ 2016年1月14日閲覧。 
  7. ^ PubMed Central, Table 4: Zoo Biol. 2011 Jul-Aug; 30(4): 427–444. Published online 2010 Sep 17. doi: 10.1002/zoo.20348”. National Center for Biotechnology Information, U.S. National Library of Medicine. 2019年5月7日閲覧。
  8. ^ “Five-year effort produces a registry of blood types for captive great apes”. ワシントン・ポスト. (2011年1月3日). http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2011/01/03/AR2011010306095.html 2016年1月14日閲覧。 
  9. ^ a b 内田亮子 「現生および中新世大型ヒト上科の変異と進化」『Anthropological Science』104巻 5号、1996年、日本人類学会、372-375頁。
  10. ^ a b c d e f 落合-大平知美、倉島治、赤見理恵、長谷川寿一、平井百樹、松沢哲郎吉川泰弘日本国内の大型類人猿の飼育の過去と現在」『霊長類研究』第22巻 2号、日本霊長類学会、2006年、123-136頁。
  11. ^ 池田清彦『38億年生物進化の旅』新潮社、2010年、186頁。ISBN 9784104231065 
  12. ^ ヒトはいつチンパンジーと別れたか (遺伝子電子博物館 - 国立遺伝学研究所
  13. ^ a b 山極寿一 「第2章 マウンテンゴリラ ―古典的イメージからの脱却」『ゴリラ 第2版』、東京大学出版会、2015年、21-55頁。
  14. ^ a b c d 山極寿一 「第3章 ローランドゴリラ ―新しいゴリラ像をさぐる」『ゴリラ 第2版』、東京大学出版会、2015年、57-93頁。
  15. ^ a b c d e f g h i j k 山極寿一 「第5章 変化する社会 ―その要因をさぐる」『ゴリラ 第2版』、東京大学出版会、2015年、125-154頁。
  16. ^ a b c d e 山極寿一 「第6章 二つの類人猿 ―ゴリラとチンパンジー」『ゴリラ 第2版』、東京大学出版会、2015年、155-193頁。
  17. ^ a b 小原秀雄 『殺るか殺られるか猛獣もし戦わば : 地上最強の動物は? 』 KKベストセラーズ、1970年。[要ページ番号]
  18. ^ ゴリラの「コロ」、60歳で死ぬ オハイオ州の動物園”. CNN. 2020年9月12日閲覧。
  19. ^ 木村賛「サルからヒトの二足歩行を考える」『バイオメカニズム学会誌』第38巻第3号、バイオメカニズム学会、2014年、169-174頁。 
  20. ^ 「争い」は進化の結果か ゴリラに学び 人を知る(8)”. 日本経済新聞 電子版. 2020年4月14日閲覧。
  21. ^ ゴリラが胸をたたくわけ|福音館書店”. 福音館書店. 2020年4月14日閲覧。
  22. ^ 春秋”. 日本経済新聞 電子版. 2020年4月14日閲覧。
  23. ^ ゴリラに非音声の「幼児語」を確認”. natgeo.nikkeibp.co.jp. 2020年4月14日閲覧。
  24. ^ Communicaton:ゴリラたちの"おしゃべり" 類人猿の音声コミュニケーション - JT生命誌研究館”. www.brh.co.jp. 2020年4月14日閲覧。
  25. ^ a b 山極寿一 「第7章 共存 ―野生ゴリラの現状と保護対策」『ゴリラ 第2版』、東京大学出版会、2015年、195-235頁。
  26. ^ 特定動物リスト [動物の愛護と適切な管理]”. 環境省. 2018年7月11日閲覧。

関連項目