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コント(conte)とは笑いを目的とする寸劇である。フランス語で「短い物語・童話・寸劇」を意味する conte が語源。

日本での黎明期のコントで傑作と語り継がれているものに、昭和6年に榎本健一が主演した「大悲劇・最後の伝令」などがある。また、終戦後の浅草界隈で演じられた「日本3大コント」として、「仁丹」「天丼」「レストラン殺人事件」の3つが挙げられている[1]。2006年には、九世野村万蔵南原清隆とタッグを組み、「コントと狂言が結婚したら!?」をコンセプトに、「現代狂言」の名においてコラボレーションを試みた。演劇用の劇場はもとより、ストリップ劇場・ライブハウスや寄席などの演芸場で演じられている。コメディ(喜劇)との違いは、「コメディは役者がやってコントは芸人がやるもの」とされる。

目次

コントの形態編集

コント編集

大抵は5〜20分程度である。これよりも長い内容も存在するものの、それらは軽演劇や喜劇として分類される。衣装や小道具を用いずそのまま演じることもあるが、化粧や衣装、着ぐるみなどで役を作り、道具やセットなどが予め用意されている場合もある。

主に軽演劇の役者が戦後ストリップ劇場のショーの幕間に演じた物や、キャバレーなどの営業のために持ちネタを短縮して演じた芝居が広まったものをコントと呼んでいたためか、1970年代では長編になればなるほど芝居がかってくる傾向にあった。中にはメッセージ性の高いコントもある。例としては、自殺しようとする人を止めようと説得する『自殺コント』などがある。

漫才における役割の基本がボケとツッコミなのに対し、コントにおける役割の基本はフリとコナシである[2][3]。初めてコンビ名に『コント』を冠したコント55号を例にとれば、萩本欽一がネタを振り、坂上二郎が振られたネタを受けてこなしていた。コント55号はもともとアナーキーな芸風だった。常識人の坂上二郎に対し、萩本が難癖をつけて暴力的に追い詰めていく。萩本欽一の暴力性や狂気が売りだった。

近年ではおぎやはぎサンドウィッチマンのように本来はコントとして作ったネタを漫才に作り替え、コント漫才として演じる芸人も増えている(ただし、小道具を用いないものがほとんどである)。逆に漫才のネタをコントとして演じる芸人もいる。

「私たちが覚えたのは『浅草コント』っていう特別なもの。(中略)台本は無いですね。コメディアン同士で打ち合わせもしない。演出家の先生が来て、衣装出してあるからやっておくようにって。『俺から先に出ていくよ』くらいしか話さない。台本には『コント』ってあって、名前が書いてあるだけ」「私たちにはネタを見せるって感覚がないんです。お客さんに応じて変わってしまうから」[4]

漫才とコントの違い「強いて言えば、言葉で笑いをとるのが漫才で、コメディアンは動きで笑いをとる。それが大きな違いかな。我々はまず、言葉で笑わしちゃいけないっていう修行をするわけです」[5]

最近では笑いの要素の無いテレビドラマでも、演出が単純、あるいは役者の芝居が下手なことを揶揄して「コント」と呼ぶ人も居る。

ショートコント編集

「ショートコント」とは和製外来語で、数秒から数十秒程度の短い寸劇のこと。衣装や小道具を用いずにそのまま演じる場合がコントよりも多い[独自研究?]。また、短時間のため、伏線を張ることも少ない。非現実的な状況を演じるものもある。日本では、最初にウッチャンナンチャンがショートコントを確立させていった[要出典]

テレビバラエティ番組でのコント編集

テレビバラエティ番組のコントでは、主人公に個性的なキャラクターを設定する場合が多い。また、そのキャラクターの登場するコントをシリーズ化することによってストーリーに深みを持たせたり、知名度を上げてキャラクターグッズ製作に乗り出すことも多い。また、番組中にコミックソングのコーナーを設けるなどして楽曲販売も重視することもある。

ドリフ大爆笑』や『志村けんのだいじょうぶだぁ』などの番組では、何年経っても飽きさせないようにマンネリズムの美学を追求しており、同じ内容や結末のコントを新規撮影の際に細かな演出や出演者を変化させている。

『めちゃ×2イケてるッ!』や『はねるのトびら』などコント主体だった番組がゲームコーナーやトーク・ロケなどの別企画増加により、コントコーナーがほぼ皆無になったり、コント番組で無くなっていく例も多い。

歴史編集

草創期から1980年代頃のバラエティ番組ではお笑いタレントの絶対数が少なかったこともあり、『シャボン玉ホリデー』のように歌手やアイドルがコントに挑戦することがほとんどで、1970年代のザ・ドリフターズの『8時だョ!全員集合』はコントを公開生放送していた。

1980年代頃までのコント番組のレギュラー出演者は『志村けんのだいじょうぶだぁ』の田代まさしや『とんねるずのみなさんのおかげです』のチェッカーズのように芸人よりも歌手が多かった。また1980年代頃までのコント番組は大抵歌手やアイドルの歌唱コーナーが設けられており、逆にコントコーナーが存在していた音楽番組もあった。『ドリフ大爆笑』『カックラキン大放送!!』『とんねるずのみなさんのおかげです』『ヤンヤン歌うスタジオ』など。

1980年代頃までは各局の看板番組や人気番組はコント番組が多く、芸人がブレイクするきっかけの番組も大半がコント番組であった。

1980年代から1990年代初頭には『オレたちひょうきん族』内の『タケちゃんマン』や『とんねるずのみなさんのおかげです』内の『仮面ノリダー』をはじめとするヒーローもののパロディコントが流行し、社会現象を巻き起こした。

1990年代中期には『ダウンタウンのごっつええ感じ』で様々なコントが放送され以後のバラエティ番組へ多大な影響を与えた。

1990年代後半から2000年代初頭では『笑う犬』シリーズで、『てるとたいぞう』や『小須田部長』などといったストーリー重視の連続ものコントが展開されていた。

2001年に創設されたM-1グランプリ以降はコントではなく、漫才を中心に活躍する芸人が増えており、お笑い芸人の数は増加傾向にあるが、コント番組の人気は下降傾向にある。これは、コントのセットなどで予算がかかることが多いのに対して、漫才は道具の持ち込みが基本的にしなくてもよいというテレビ局側の理由もある。しかし2005年には『ワンナイ』『リチャードホール』『ミンナのテレビ』『ウタワラ』『10カラット』と各局でコント番組やコントコーナーのある番組が復活傾向にあった時期もあったが、2006年にワンナイが打ち切られ『アメトーク』がヒットし、2007年に『すべらない話』2008年に『しゃべくり007』とその後もトーク番組がヒットし2009年にひな壇芸人が流行語大賞にノミネートするとコント番組は各局で再び減少した。

以降テレビのコント番組の数が減少傾向にあり、2010年代以降、地上波のゴールデン・プライムタイムでのコント番組はNHK以外ほとんど設定がなくなっている。

2016年に『SMAP×SMAP』が終了してからは、民放ではコント番組のレギュラー放送は事実上消滅している。

2008年からコントNo.1決定戦『キングオブコント』が放送開始し、第1回優勝者にバッファロー吾郎が選ばれた。

主なコント番組編集

終了したものも含めると、コント番組には以下のようなものがある。

NHK編集

TBS編集

日本テレビ編集

フジテレビ編集

BSフジ編集

テレビ朝日編集

テレビ東京編集

地方放送局編集

毎日放送

朝日放送

読売テレビ

関西テレビ

CBCテレビ

東海テレビ

福島放送

ネット配信編集

コントコーナーが存在していた番組編集

ここではコント番組以外の番組や、番組リニューアルなどでコントコーナーが追加あるいは番組の途中までにコントコーナーがあった番組を紹介する。

脚注編集

  1. ^ 『喜劇人哀楽帖』向井爽也著、文化出版局
  2. ^ 『「笑」ほど素敵な商売はない』萩本欽一著、福武文庫(p112~113、183)
  3. ^ 2010/3/17放送 フジテレビ特番「悪いのはみんな萩本欽一である」でのコメント
  4. ^ 『ブルータス』2016年11月15日号 萩本欽一インタビュー「笑い王から見た漫才」
  5. ^ 『ブルータス』2016年11月15日号 萩本欽一インタビュー「笑い王から見た漫才」
  6. ^ 1998年以降は総集編など不定期放送
  7. ^ 単発スペシャルとして現在放送中
  8. ^ CS放送フジテレビONEにて隔月放送

関連項目編集