臼井城(うすいじょう)は、現在の千葉県佐倉市臼井田付近にあった日本の城[1]。佐倉市指定史跡[2]

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臼井城
千葉県
臼井城遠景
臼井城遠景
城郭構造 連郭式平山城
天守構造 なし
築城主 臼井常康
築城年 12世紀中頃か
主な城主 臼井氏原氏酒井家次
廃城年 1604年慶長9年)
遺構 土塁、空堀、土橋、石垣、郭
指定文化財 佐倉市指定史跡
位置 北緯35度44分18.21秒 東経140度10分45.24秒 / 北緯35.7383917度 東経140.1792333度 / 35.7383917; 140.1792333
地図
臼井城の位置(千葉県内)
臼井城
臼井城
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本丸空堀

概要編集

永久2年(1114年)、平常兼の子の常康が臼井に居を築き臼井六郎を称したと伝えられるが、その居館がこの臼井城であったかどうかは定かではない。臼井氏の中興の祖といわれる臼井興胤14世紀中頃)が本領である臼井に復帰し、臼井城を居城としたというが[1]、これについても出典が1715年成立の『総葉概録』であるため、史実として見ることに慎重な見解もある[1]。確実な史料に現れるのは15世紀後半である[1]

城は、下総台地の北西端にあたる臼井台地を占めており、印旛沼に注ぐ手繰川・鹿島川に挟まれている[1]

歴史・沿革編集

享徳の乱の折、文明10年(1478年)12月10日の境根原合戦千葉自胤に敗北した千葉孝胤は、臼井教胤の養子となっていた一族の臼井持胤[注釈 1]の守る臼井城に籠城した。7ヶ月に及ぶ籠城戦の末、文明11年(1479年)7月15日に包囲を緩めた様子を見た城方が打って出て、激戦となり、そして落城したと伝えられる(鎌倉大草紙)。その時太田道灌の甥の太田資忠らが討ち死にし、現在も臼井城の土塁の上に太田資忠の墓が残されている。

その後、足利政氏の次男足利義明小弓城を征圧し小弓公方を自称した際には、臼井城主の臼井景胤は小弓公方側に立ち、千葉孝胤の嫡男勝胤とは立場を異にした。だが天文7年(1538年)10月第一次国府台合戦で足利義明が討ち死にした後は千葉氏の影響下に復した[注釈 2]

永禄4年(1561年臼井久胤の時、上杉謙信小田原攻めに呼応した里見勢上総大多喜城正木信茂[注釈 3][3]に攻められ臼井城は落城し、久胤は結城城結城晴朝を頼って脱出、臼井氏は滅亡した。なお一説によれば、その時城は後見していた久胤の母方の祖父に当たるとされる原胤貞に乗っ取られた状態で、まだ10代だった久胤は軟禁状態にあったともされ、正木信茂の攻撃による混乱を好機ととらえ、原胤貞の娘とされる母とともに城を脱出し結城氏に臣従したとも言われており、結局、臼井城は原氏の手中に収まったとのことである。

永禄9年(1566年)には、上杉謙信と里見義弘に攻められ原胤貞らが臼井城に立て籠り[4]、3月20日には落城寸前となったものの[5]、原胤貞より指揮を受け継いだ軍師白井浄三の知謀とその指示に基づいた北条氏側の松田康郷らの戦ばたらきにより謙信を大敗させている(詳細は「臼井城の戦い」参照)。

天正2年(1574年)に原胤栄(胤貞の子)は里見勢に生実城を追われたため、その後原氏が臼井城を本拠とする。

戦国時代末期には原氏が城主であったが、天正18年(1590年)の小田原征伐徳川氏に敗れ、酒井家次が3万石で入封する(臼井藩)。文禄2年(1593年)に城内より出火し灰燼に帰し、その後酒井家次は慶長9年(1604年)12月、上野国高崎藩に加増移封、臼井藩は廃藩となり、臼井城も廃城となった[6]

室町時代後期以降の戦乱の時代において、後期千葉氏の拠る本佐倉城と比べて歴史的により重要な役割を果たしたが、戦乱の時代が終わり、土井利勝により慶長15年(1610年)に佐倉城が完成するに至ってその役目を終えた。

現在は臼井城址公園として整備されている[7]

年表編集

脚注編集

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注釈編集

  1. ^ 持胤が養子になった後に実子俊胤が生まれ、持胤は俊胤に家督を譲ったが、後見する立場にはあったとされる。
  2. ^ 佐藤博信はこの時期に既に臼井氏は千葉氏によって制圧されており、そのために北上の道を断たれた足利義明は西下総への進出とそれに伴う北条氏との対決(国府台合戦)に踏み切ったとする。
  3. ^ 従来の説では正木時茂とされるが、今日の研究では時茂はこの時には既に病死して嫡男の信茂が家督を継いでいたとされている。

出典編集

  1. ^ a b c d e 柴田龍司 1986, p. 434.
  2. ^ 「指定・登録文化財一覧表」佐倉市公式HP
  3. ^ 滝川恒昭「正木時茂に関する一考察」(『勝浦市史研究』2号、1996年)
  4. ^ 大野太平『房総里見氏の研究』(寶文堂書店、1933年)289頁
  5. ^ 外山信司「上杉謙信の臼井城攻めについて」(『千葉城郭研究』第9号、2008年)
  6. ^ 柴田龍司 1986, p. 436.
  7. ^ 「臼井城址公園」佐倉市公式HP

参考文献編集

ゆかりの人物編集

関連項目編集

外部リンク編集