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佐倉市(さくらし)は、千葉県北部の印旛地域に位置する人口約17.1万人の。国際観光モデル地区[1][2]に指定されている。歴史的町並みは城下町「佐倉」として日本遺産に認定されている[3]。千葉県内では習志野市に次いで第10位の人口規模である。

さくらし
佐倉市
ユーカリが丘の超高層マンション群 佐倉高等学校記念館 佐倉ふるさと広場 佐倉城址公園 旧堀田邸 国立歴史民俗博物館
Flag of Sakura, Chiba.svg 千葉県佐倉市市章.svg
佐倉市旗 佐倉市章
1955年4月1日制定
日本の旗 日本
地方 関東地方
都道府県 千葉県
団体コード 12212-2
法人番号 8000020122122
面積 103.69km2
総人口 171,531[編集]
推計人口、2018年10月1日)
人口密度 1,654人/km2
隣接自治体 千葉市四街道市八千代市印西市八街市印旛郡酒々井町
市の木 サクラ
市の花 ハナショウブ
他のシンボル -
佐倉市役所
市長 西田三十五
所在地 285-8501
千葉県佐倉市海隣寺町97番地
北緯35度43分24.5秒東経140度13分26.2秒
佐倉市役所
外部リンク 公式ウェブサイト

佐倉市位置図

― 政令指定都市 / ― 市 / ― 町 / ― 村

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佐倉藩城下町軍都として栄え、市内には佐倉城跡や武家屋敷群が現存し、国立歴史民俗博物館などを有する文化都市[4]佐倉順天堂を中心に蘭学の先進地であり「西の長崎、東の佐倉」と呼ばれた西洋医学の街でもある[5]。古くから交通の要衝として江戸と佐倉城および成田山新勝寺を結ぶ佐倉街道[注 1]が整備され、近年は住宅都市としてユーカリが丘を中心に大規模なニュータウン開発が進む[6]

目次

地理編集

千葉県の北部、下総台地(北総台地)の中央に位置する。南東から北西に向かって緩やかに傾斜している下総台地と、台地を侵食した谷津および印旛沼から成り立っている。県庁所在地である千葉市成田国際空港まで約15 - 20キロメートル圏内に位置する。東京都都心から約40キロメートルの地点に位置し[7]、地価高騰のおりは東京都心50キロメートル圏まで通勤圏が拡大したことにより、東京都区部へ通勤する人が増加し、都市雇用圏の定義による東京都市圏(東京都区部および千葉市)や成田都市圏成田市)のベッドタウンとして発展している。東京都特別区部への通勤率は20.4パーセント(平成22年国勢調査)。

気候編集

佐倉市
雨温図説明
123456789101112
 
 
51
 
9
-2
 
 
56
 
9
-1
 
 
113
 
12
2
 
 
111
 
18
8
 
 
113
 
22
13
 
 
144
 
24
17
 
 
129
 
28
21
 
 
107
 
30
22
 
 
200
 
26
19
 
 
155
 
21
12
 
 
94
 
16
6
 
 
38
 
12
0
気温(°C
総降水量(mm)
出典:[1]

千葉県北西部から北東部にかけての内陸地域で、内陸性気候の特色が強い。年間通して比較的温暖な気候に恵まれ、全域が太平洋側気候海洋性気候)に属する県内において最も寒さの厳しい地域である。筑波颪の影響を受けると1月の平均最低気温は-2.0℃に達し、時には-5.0℃から-8.0℃前後まで下がることもある。

人口編集

平成27年国勢調査より前回調査からの人口増減をみると、0.32%増の172,739人であり、増減率は県下54市町村中15位、60行政区域中18位。

 
佐倉市と全国の年齢別人口分布(2005年) 佐倉市の年齢・男女別人口分布(2005年)
紫色 ― 佐倉市
緑色 ― 日本全国
青色 ― 男性
赤色 ― 女性
佐倉市(に相当する地域)の人口の推移
 
総務省統計局 国勢調査より

歴史編集

 
佐倉へ向かう佐倉街道沿いの長閑な風景、歌川広重名所江戸百景』より「逆井のわたし」

市内中央部の江原台には、日本考古学草創期に注目を集めた遺跡があり、東端には、白鳳期の長熊廃寺跡が残る。印旛沼を中心に、多くの原始古代遺跡がある。

鎌倉時代室町時代を通じて下総守護として発展した下総千葉氏は、戦国時代になると本佐倉城(国の史跡、現・酒々井町本佐倉)を拠点とし、ここに佐倉千葉氏が成立した。戦国時代末期になると後北条氏の配下となり安房里見氏の侵攻に対抗している。千葉親胤は鹿島城(のちの佐倉城)の建立に着手するが暗殺され、一族の鹿島幹胤が引き継ぐも建設途上で死去。完成を目指した千葉邦胤は家臣に殺害される。後北条氏豊臣秀吉小田原征伐で滅亡すると、鹿島城は建設途上で焼かれ、千葉氏も滅亡してしまう。その後近くの臼井城徳川四天王の一人酒井忠次の息子である酒井家次が(臼井藩、後に佐倉藩領に編入)、同じく弥富城には北条氏一族の北条氏勝が(岩富藩、後に転封により収公)入城している。

江戸時代初期には土井利勝が鹿島城を改造して佐倉城を築き、その後、堀田氏の居城となり、老中首座となった堀田正亮が11万石とし、佐倉は城下町として繁栄した。佐倉藩は、武田(徳川)家、松平家等、老中や大老となる幕閣の中心人物が入封する重要な藩であった。江戸から佐倉城までは佐倉街道が整備され、市川宿・船橋宿・大和田宿(八千代市)・臼井宿(佐倉市)を経て目的地の佐倉に至る。この街道を経由して成田山新勝寺へ向かう成田参詣が隆盛するに従い、文化年間頃より成田街道という愛称で呼ばれるようになった。幕末の老中堀田正睦は蘭学を奨励し、佐藤泰然佐倉順天堂(現・千葉県指定史跡佐倉順天堂)を開かせた。また、「西の長崎、東の佐倉」として西洋医学の街としても栄えた[5]。現在では、国道296号(新町周辺のみ)を通称蘭学通りとして、その名を残している。明治時代以降は佐倉城址に歩兵連隊が置かれ、陸軍軍都として栄えた[8]

1871年(明治4年)7月15日廃藩置県により佐倉県が置かれ、同年11月13日に佐倉県は印旛県と改められた。また1873年(明治6年)に城跡に軍隊(佐倉連隊)がおかれた。

沿革編集

  • 1889年4月1日 - 町村制施行に伴い、印旛郡佐倉町臼井町内郷村志津村根郷村和田村、[弥富村 (千葉県)|弥富村]]、千代田村旭村が成立。
    • 佐倉町 ← 佐倉13町、鏑木村、大蛇村、鍋山新田
    • 臼井町 ← 臼井村、臼井田町、臼井台町、江原町、江原新田、角来村
    • 内郷村 ← 大佐倉村、岩名村、飯野村、飯野町、土浮村、山崎村、下根村、下根町、萩山新田、飯田村
    • 志津村 ← 上志津村、下志津村、井野村、井野町、先崎村、上座村、小竹村、青菅村
    • 根郷村 ← 六崎村、寺崎村、太田村、城村、石川村、大篠塚村、小篠塚村、神門村、木野子村
    • 和田村 ← 上代村、高岡村、直弥村、八木村、高崎村、宮本村、米戸村、寒風村、上別所村、天辺村、上勝田村、下勝田村、瓜坪新田、坪山新田、長熊村
    • 弥富村 ← 岩富町、岩富村、坂戸村、内田村、飯塚村、宮内村、西御門村、七曲村
    • 千代田村 ← 羽鳥村、飯重村、吉見村、生ヶ谷村、畔田村、内黒田村、物井村、亀崎村、長岡村、栗山村、下志津新田
    • 旭村 ← 馬渡村、成山村、中台村、中野村、小名木村、和田村、上野村、南波左間村、和良比村、山梨村、鹿渡村、吉岡村
  • 1937年2月11日 - 佐倉町と内郷村が合併し、佐倉町となる。
  • 1940年12月23日 - 千代田村が町制施行し、千代田町となる。
  • 1954年3月31日 - 佐倉町、臼井町、志津村、根郷村、和田村、弥富村が合併し、佐倉市になる(面積:89.79平方キロメートル、人口:35,196人)。千葉県内で11番目の市制施行となる。同日に成田市も市制施行。
  • 1955年3月10日 - 旭村の大字馬渡を編入。千代田町と旭村の残部が合併し、四街道町となる。
  • 1957年1月1日 - 四街道町(現・四街道市)の旧千代田町域の生谷畔田吉見飯重羽鳥を編入。
  • 1968年4月 - 人口5万人突破。
  • 1969年6月1日 - 千葉市宇那谷町、内山町(現・花見川区)の一部を編入。
  • 1980年4月 - 人口10万人突破。
  • 1984年3月1日 - 旧弥富村域、内田、坂戸の一部を千葉市に編入。
  • 1985年6月1日 - 下志津原上志津原上志津、下志津の各一部を千葉市(現・花見川区)に編入。
  • 1990年6月1日 - 四街道市と境界変更。
  • 1991年11月 - 人口15万人突破。
  • 1999年10月1日 - 佐倉市の一部と千葉市の一部を等積交換(境界変更)。
  • 2004年4月1日 - 市制50周年式典が行われる。

佐倉市を構成している旧町村編集

合併構想編集

2004年(平成16年)10月4日に「佐倉市・酒々井町合併協議会」が設置されたが、2005年(平成17年)3月13日に酒々井町で実施された「佐倉市との合併の是非を問う住民投票」(投票率61.17%)では合併賛成4,016票、合併反対6,535票の結果となり、反対が賛成を上回ったため、酒々井町長綿貫登喜男は合併協議会の離脱を申し入れた。3月19日に開催された第9回合併協議会ではこの案件が協議され、その結果廃止することが決定し、3月29日に酒々井町議会、翌3月30日には佐倉市議会で合併協議会廃止議案が可決されたため4月30日をもって合併協議会は解散した。

四街道市と一部の市議らが有志交流会を開くなどし、周辺市町村との合併で将来的に中核市を視野に入れている[9]とされるが、近年では具体的な動きはない。

地域編集

佐倉地区編集

佐倉市の行政の中心で、京成佐倉駅周辺には市役所裁判所検察庁などの官公庁ほか、佐倉郵便局、市立美術館、オフィスビル、マンションなどが立地する。またJR佐倉駅周辺には佐倉警察署、千葉県印旛合同庁舎、佐倉商工会議所などの官公庁が位置する。この地区の台地には旧佐倉藩佐倉城があった事から、寺院の集中地や変則交差点、クランク状の道など、城下町の面影が今も色濃く残る。1982年(昭和57年)当時には、調査により24棟の武家屋敷が現存していることが確認され、その時点では日本で最多の残存数であった(2010年(平成22年2月)時点では、復元公開している3棟の武家屋敷を併せて10棟現存)。佐倉城の跡地は佐倉城址として整備され、隣接する地には国立歴史民俗博物館が開設され、佐倉の歴史と文化を今に伝える。また印旛沼を北に望み、草ぶえの丘、市民の森、岩名運動公園など、各種レジャー施設などが位置する。人口密度は志津地区に次いで2番目に高い。

志津地区編集

佐倉市西部に位置し、最も東京寄りの地区。ニュータウンとして開発されているユーカリが丘を含む。佐倉市の人口の約4割が住み、人口密度は市内で最も高い。京成線沿線のユーカリが丘駅志津駅を中心として都市化が急速に進んだ。ユーカリが丘駅前からは新交通システムが走り、ショッピングモールシネマコンプレックスなどの商業施設の他、120メートル級の超高層マンションが数棟ある。その一方で駅から離れた新川(印旛放水路)沿いの地域などでは、田園風景や山林も残る。

臼井地区編集

かつては臼井城城下町として、のちに宿場町として北部を中心に栄えた。1970年代後半に大規模な区画整理事業が行われ、国道296号沿いに位置し利用者の増大により、狭隘著しい京成臼井駅が区画整理事業と同時に現在の位置に移転が行われ、北部から南部に市街地が移った。現在、駅前にはショッピングセンターが位置し、閑静な住宅街が広がっている。また、現在[いつ?]でも北部には宿場町の頃の名残が見られ、自然資産などにも恵まれ、隣接する印旛沼と相まって、自然豊かな住宅地が形成されている。千代田地区との関わりが深く、「臼井・千代田地区」とあわせて呼ばれる場合もある。

千代田地区編集

千代田地区はかつて、1950年代に四街道町(現・四街道市)から編入した地域である。農村が広がる地域だが、北部の臼井地区に隣接する地域には大手デベロッパーにより、1990年代から染井野(みずきヶ丘:佐倉そめい野邸苑都市)が造成された。街の中心部には大型量販店などが立地し、計画人口約1万人の街が完成する予定である。

根郷地区編集

JR佐倉駅より南側の地域が主に根郷地区である。かつては農村地域だった地区であるが、地区の南側を通る国道51号によって高度経済成長期より都市化が進み、1972年(昭和47年)の東関東自動車道佐倉インターチェンジの開通に伴い、大規模な工業団地が多く造成された。また交通の便の良さから住宅団地の造成が行われ、千葉県立佐倉南高等学校千葉敬愛短期大学などの学校も開設され、人口の増加も著しい地区となっている。また近年、寺崎地区で区画整理事業が始まっており、今後発展が期待される地区である[誰?]。人口も若年層を中心に増加傾向にある。

弥富・和田地区編集

近郊農業が盛んな地域である。市内で最も人口が少なく面積が最も広い地区で、市の面積の3分の1を占めている。弥富地区には川村記念美術館が立地し、17世紀から現代絵画までの多くの作品が展示されている。また、千葉市とまたがる地域に開発研究施設が集まる千葉リサーチパークが造成されており、ハイレベルな開発研究拠点の集積などが図られている。和田地区は地区全体が市街化調整区域であり、養豚ヤマトイモの生産が主な産業となっている。近年、人口は減少傾向にある。

地区 大字・町名
佐倉地区 飯田飯田干拓飯田台飯野飯野干拓飯野町岩名裏新町大佐倉大佐倉干拓大蛇町鹿島干拓海隣寺町鏑木町鏑木仲田町上代栄町下根下根町樹木町城内町白銀新町千成高岡田町土浮土浮干拓中尾余町鍋山町並木町萩山新田萩山新田干拓藤沢町本町将門町宮小路町宮前弥勒町最上町野狐台町山崎
志津地区 青菅井野井野町小竹小竹干拓上志津上志津原下志津下志津原上座中志津西志津西ユーカリが丘先崎先崎干拓南ユーカリが丘宮ノ台ユーカリが丘
臼井地区 稲荷台印南臼井臼井田臼井台臼井田干拓江原江原新田江原台王子台角来新臼井田八幡台南臼井台
千代田地区 畔田飯重生谷染井野羽鳥吉見
根郷地区 石川・大崎台・大作・大篠塚・太田・表町木野子・神門・小篠塚・山王・城・寺崎・藤治台・春路・馬渡・六崎
和田地区 天辺・瓜坪新田・上勝田・上別所・米戸・寒風・下勝田・高崎・坪山新田・長熊・直弥・宮本・八木
弥富地区 岩富・岩富町・飯塚・内田・坂戸・七曲西御門・宮内

住宅団地編集

  • 松ヶ丘団地
  • 角栄団地

隣接している自治体・行政区編集

行政編集

市長編集

歴代市長編集

行政機関編集

警察編集

消防編集

佐倉市八街市酒々井町消防組合 - 1972年(昭和47年)に設立された一部事務組合で、佐倉市、八街市、酒々井町の2市1町で運営されている。

  • 佐倉消防署
    • 神門出張所
    • 臼井出張所
    • 角来出張所
  • 志津消防署
    • 志津南出張所
消防団(全7分団)
  • 第1分団 佐倉地区
  • 第2分団 志津地区
  • 第3分団 臼井地区
  • 第4分団 根郷地区
  • 第5分団 和田地区
  • 第6分団 弥富地区
  • 第7分団 千代田地区
  • 佐倉市消防本部付 女性消防部(2008年4月1日発足、2014年4月現在17名)

国の機関編集

県の機関編集

  • 千葉県印旛合同庁舎
    • 千葉県印旛健康福祉センター(印旛保健所)
    • 千葉県佐倉県税事務所
    • 千葉県印旛地域振興事務所
    • 千葉県北部林業事務所印旛支所
    • 千葉県印旛農業事務所
    • 千葉県印旛土木事務所
    • 千葉県教育庁北総教育事務所
  • 千葉県水産総合研究センター内水面水産センター

立法編集

市議会編集

  • 定数:28名
  • 任期:2015年(平成27年)4月30日 - 2019年(平成31年)4月29日[10]
  • 議長:櫻井道明(さくら会)
  • 副議長:森野正(公明党)
会派名 議席数 議員名(◎は代表)
さくら会 13 ◎清宮誠、櫻井道明、石渡康郎、中村孝治、押尾豊幸、山口文明、川名部実、村田譲史、爲田浩、平野裕子、敷根文裕、高木大輔、望月圧子
公明党 4 ◎森野正、久野妙子、岡村芳樹、小須田稔
市民ネットワーク 3 ◎伊藤壽子、五十嵐智美、大野博美
日本共産党 2 ◎荻原陽子、木崎俊行
のぞみ 2 ◎橋岡協美、徳永由美子
無会派 4 冨塚忠雄、藤崎良次、山本英司、斎藤明美
28

県議会編集

  • 選挙区:佐倉市選挙区
  • 定数:3名
  • 任期:2015年(平成27年)4月30日 - 2019年(平成31年)4月29日[10]
氏名 会派名 当選回数
西田三十五 自由民主党千葉県議会議員会 5
入江晶子 市民ネット・社民無所属
伊藤昌弘 自由民主党千葉県議会議員会 3

衆議院編集

議員名 党派名 当選回数 備考
秋本真利 自由民主党 2 選挙区
奥野総一郎 国民民主党 3 比例復活

産業編集

  • 農業
印旛沼や、印旛沼へ流れる鹿島川・新川・手繰川・高崎川周辺を中心に稲作が盛ん。また、和田地区では大和芋(ヤマトイモ)の栽培も行われている。
  • 工業
根郷地区に工業団地(第一 - 三、熊野堂)があり、フジクラデンカポリマーなどの工場がある。弥富地区には、複合研究都市「ちばリサーチパーク」がある。

市内に本社を置く企業編集

市内の主な大型店・ショッピングセンター編集

国際交流編集

1987年に佐倉日蘭協会を設立し、市立小中学校での交流事業など、草の根の国際交流を続けている。日蘭修好380周年佐倉記念事業として、印旛沼のほとりにある佐倉ふるさと広場に、日蘭親善のシンボルとして本格的なオランダ風車が建てられている。

教育編集

医療機関編集

 
東邦大学医療センター佐倉病院

詳しくは「市内の医療機関一覧(医科)」を参照。以下総合病院一覧。

近隣には日本医科大学千葉北総病院印西市)などもある。

交通編集

鉄道編集

JR東日本「佐倉駅」
京成電鉄「ユーカリが丘駅」

各種媒体などで市の中心駅は佐倉駅JR東日本)とされることが多い。しかし、利用者数はユーカリが丘駅京成臼井駅がJR佐倉駅を上回る。また、市役所の最寄り駅は京成佐倉駅となっている。

東日本旅客鉄道(JR東日本)

  総武本線

  成田線

  • - 佐倉駅 -
京成電鉄

  京成本線

山万

山万ユーカリが丘線(環状線)

バス編集

路線バス編集

高速バス編集

ユーカリが丘ユーカリが丘駅京成臼井駅 - 東京駅 ※京成バス、ちばグリーンバス、千葉内陸バスが運行

  • マイタウン・ダイレクトバス
    • 佐倉インタールート

国立歴史民俗博物館・宮小路町・DIC川村記念美術館 - 東京駅 ※ちばグリーンバスの運行。

コミュニティバス編集

道路編集

高速道路編集

志津、臼井、千代田、佐倉地区から上り方面へは千葉北インターチェンジ四街道インターチェンジの方が近い。

国道編集

県道編集

主要地方道
一般県道
その他

報道機関・出版・放送局編集

ケーブルテレビ局編集

FM局編集

新聞社編集

観光編集

市北部に印旛沼、その沿岸に自転車道自転車歩行者専用道路)千葉県道406号八千代印旛栄自転車道線(通称「印旛沼自転車道」)があり、散策に適している。また、観光用の屋形船が市を南北に流れる鹿島川から出ている。また、市内在住の有森裕子高橋尚子小出義雄監督と共に走っていたコースが印旛沼沿岸を中心にあり、現在は金メダルジョギングロードとして整備されている。

市内には有名建築家が設計した建物が多く存在する。

佐倉地区編集

  • 佐倉武家屋敷、佐倉順天堂記念館、鏑木町・新町・弥勒町などに点在する寺社や旧商家など、佐倉藩だった頃の姿をそのまま保存した歴史的建造物。
  • 旧佐倉藩武家屋敷群(武家屋敷通り) 市内には10棟の江戸時代建築の武家屋敷が現存しており(2010年(平成22年)2月現在)その数は関東地方では最多である。明治初頭建築の広義での武家屋敷を併せるとその残存数はさらに増える。特に市内宮小路町の鏑木小路にある武家屋敷通り沿いには非公開の個人住宅を含め5棟の武家屋敷が連続して残り、その内3棟が復元され一般に公開され、観光スポットとなっている。侍の杜と名付けられた旧佐倉藩士2家分の武家屋敷地を利用した緑地も公開されている。関東では唯一の武家屋敷群である。
  • サムライの古径(こみち)ひよどり坂 江戸時代の記録にも出てくるその当時からほとんど変わらない竹林内の坂道である。旧佐倉藩武家屋敷群に隣接している。様々な種類の竹垣が効率よく配されている。「侍」と書かれた御簾垣もある。武家屋敷通りと併せ、観光スポットになっている
  • 旧堀田邸 最後の佐倉藩主が明治期に本邸として使用した住居。建物、庭園ともに良好に残っている。
  • 佐倉城址公園 水堀、空堀、天守台・櫓台跡などが良好に残っており、日本100名城に選定されている。
  • 国立歴史民俗博物館 佐倉城址公園に隣接。
  • 佐倉市立美術館
  • 佐倉新町おはやし館
  • 佐倉ふるさと広場
  • 塚本美術館 平安時代から現在までの日本刀専門のユニークな美術館。
  • 甚大寺
  • 麻賀多神社

臼井地区編集

  • 臼井城址公園
  • 印旛沼サンセットヒルズ
  • 野鳥の森
  • 佐倉草ぶえの丘
  • オランダ風車(佐倉ふるさと広場のシンボル)春には一面にチューリップ畑、秋にはコスモス畑が広がる。
  • 佐倉印旛沼国際花火大会 1956年の「佐倉樋之口橋納涼花火大会」に始まり、1989年に現在の名前になった。世界各国の花火を集め、佐倉ふるさと広場近くから花火を打ち上げる。毎年8月の第一土曜日に行われ、約2万人の見物客で賑わっていたが、市の財政難と見物客のマナーの悪さ、安全上の問題を理由に2005年度より中止される。しかし、市民からの要望や、蕨市長の公約の1つでもあり、2007年度より佐倉市民花火大会として再開した。

根郷地区編集

DIC(旧称・大日本インキ化学工業)の創業者である川村家が収集した美術品を展示。JR佐倉駅前、京成佐倉駅前より直通シャトルバスを運行。

文化財編集

番号 種別 名称 所在地 所有者または管理者 指定年月日 備考
1 重要文化財(建造物) 旧堀田家住宅
  • 座敷棟
  • 居間棟
  • 書斎棟
  • 玄関棟
  • 湯殿
  • 門番所
  • 土蔵
鏑木町字諏訪尾余274 佐倉市 平成18年7月5日
  • 座敷棟、居間棟、書斎棟、玄関棟 明治23年
  • 湯殿 明治44年頃
  • 門番所 明治23年頃
  • 土蔵 明治後期
2 史跡 井野長割遺跡 井野字長割835-1他 佐倉市・他
(佐倉市立井野小学校周辺)
平成17年3月2日 縄文時代後期から晩期、大規模な環状盛土遺構。
3 史跡 本佐倉城 佐倉市大佐倉字宮下1568他 佐倉市・他 平成10年9月11日
番号 種別 名称 所在地 所有者または管理者 登録年月日 備考
1 建造物 千葉県立佐倉高等学校記念館 鍋山町18 千葉県 平成17年7月12日 明治43年竣工。木造2階建、銅板葺。久野節後藤政次郎設計。

出身有名人編集

政治家編集

の杜の一部が家族の借家の跡であり、説明看板が設置されている。)

産業・実業編集

学者編集

スポーツ編集

芸能・マスコミ編集


その他編集

市内在住の著名人編集

市内元在住の著名人編集

名誉市民・市民栄誉賞編集

名誉市民編集

市民栄誉賞編集

ほか

佐倉市を舞台にした作品編集

アニメ・漫画編集

映画・ドラマ編集

CM編集

  • 進研ゼミ「若者たち」篇(2004年:ベネッセコーポレーション、京成臼井駅)
  • 進研ゼミ中学講座「つながるバトン」篇(2006年:ベネッセコーポレーション、佐倉市立佐倉東中学校など)

楽曲編集

  • 市出身のバンド・BUMP OF CHICKENの複数の楽曲に、市内の公園等の名称、またはそれをモチーフとしたスポットが登場する(『透明飛行船』の「宮田公園」など)。

その他編集

キャラクター
  • 佐倉・城下町400年記念事業において市のマスコットキャラクター・カムロちゃんが誕生し、活動している[14]

関連項目編集

参考資料編集

  • 『電子図書館 満開佐倉文庫』内田儀久著・中央公論事業出版・2003年・ISBN 489514206X
  • 『写真に見る佐倉』佐倉市・2004年

脚注編集

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注釈編集

  1. ^ 文化年間頃より「成田街道」という愛称で呼ばれるようになった。

出典編集

  1. ^ 1 国際交流の促進”. www.mlit.go.jp. 2019年5月20日閲覧。
  2. ^ 成田国際空港を活かす佐倉のまちづくり” (日本語). NPO法人まちづくり支援ネットワーク佐倉の公式サイト. 2019年5月22日閲覧。
  3. ^ 北総四都市江戸紀行・江戸を感じる北総の町並み」として2016年4月25日に認定
  4. ^ 「佐倉・城下町400年記念」 - イベント・事業のご案内”. www.city.sakura.lg.jp. 2019年5月23日閲覧。
  5. ^ a b 近堂 浩正、「真・風水―自然環境の優劣が人間の優劣に影響を及ぼす」P100、文芸社、2001年11月
  6. ^ 都市計画の視点から見た中量軌道システム 「山万ユーカリが丘線」 (PDF)”. 一般社団法人 建設コンサルタンツ協会 (2011年11月). 2014年8月24日閲覧。
  7. ^ 佐倉市ホームページ「What's 佐倉市」 Archived 2006年10月6日, at the Wayback Machine. より。
  8. ^ 佐倉市歴史的建造物基本調査 | 伝統技法研究会”. den-gi.jp. 2019年5月23日閲覧。
  9. ^ 朝日新聞 2002年1月8日付 朝刊、千葉地方面、P.35
  10. ^ a b 平成23年中に実施された選挙 / 千葉県 Archived 2015年9月24日, at the Wayback Machine.
  11. ^ 佐倉親善大使の任命書を手渡しました”. 佐倉市 (2018年5月9日). 2019年4月17日閲覧。
  12. ^ 佐倉親善大使 モンキー・パンチ氏のご逝去について”. 佐倉市 (2019年4月17日). 2019年4月17日閲覧。
  13. ^ 佐倉フィルムコミッション ロケ実績 佐倉市
  14. ^ 佐倉・城下町400年記念事業 キャラクター・ロゴ紹介 佐倉市

外部リンク編集

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