茨城ゴルフ倶楽部

茨城ゴルフ倶楽部(いばらきゴルフくらぶ)は、茨城県つくばみらい市小島新田に広がるゴルフ場である。

茨城ゴルフ倶楽部
茨城ゴルフ倶楽部
茨城ゴルフ倶楽部の空中写真。。
北側に隣接するゴルフ場は常陽カントリー俱楽部。
東南側に隣接するゴルフ場は筑波カントリークラブ。

2008年5月6日撮影。国土交通省 国土地理院 地図・空中写真閲覧サービスの空中写真を基に作成。
所在地 日本の旗 日本
茨城県つくばみらい市小島新田
座標: 北緯36度0分9.76秒 東経140度3分10.39秒 / 北緯36.0027111度 東経140.0528861度 / 36.0027111; 140.0528861
Nuvola apps kolf.svg 概要
開業 1962年昭和37年)9月28日
運営 メンバーシップコース
設計 上田 治
運営者 株式会社Nikkan
トーナメント ・2013年 第78回 日本オープンゴルフ選手権競技大会
Nuvola apps kolf.svg コース
東コース

OUT IN
HOLE PAR YARD HOLE PAR YARD
1 5 528 1 4 442
2 3 240 2 4 445
3 4 461 3 4 398
4 4 395 4 3 184
5 4 410 5 4 400
6 3 199 6 5 586
7 4 389 7 4 470
8 4 445 8 3 223
9 5 582 9 5 539
36 3649 36 3687
西コース

OUT IN
HOLE PAR YARD HOLE PAR YARD
1 4 362 10 4 370
2 4 400 11 4 428
3 5 549 12 5 541
4 4 447 13 3 214
5 5 535 14 4 435
6 3 196 15 3 211
7 4 437 16 4 393
8 3 208 17 5 566
9 4 418 18 4 415
36 3552 36 3573

Nuvola apps kolf.svg その他
公式サイト 茨城ゴルフ倶楽部
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概要編集

安達幸三郎商店は、1930年昭和5年)、「名古屋ゴルフ倶楽部」(1929年(昭和4年)開場、設計・大谷光明)に芝生を納入し、ゴルフ場と関りを持ったのが始まりである[1]。ゴルフ場の建設は、「信太山ゴルフ倶楽部(大阪府、1935年(昭和10年)開場)」、「小金井カントリー倶楽部(東京都、1937年(昭和12年)開場)」などの造成工事の実績がある[1]

戦後荒川河川敷の「東京都民ゴルフ場」(1955年(昭和30年)開場、設計・上田治)が、台風でコースが冠水したため、安達貞市は新たなゴルフ場建設に向けてコース用地を探した[1]。候補地は、茨城県伊奈村小島新田、牛久沼の原野である[1]太平洋戦争時に放置状態の土地で、安達建設グループ「日観興業株式会社」により、36ホール規模分の買収が開始された[1]

1960年(昭和35年)1月、コース設計を上田治に依頼、コースの工事は安達建設株式会社によって着工された[1]。上田治は丸ノ内ホテル設計図を作成し、設計図を伊奈村に運ぶ繰り返しだった[1]。安達貞市は注文を付け、東コースはスロープとマウンドに変化を付け、バンカーを少なくしたコースに、西コースは池を中心にした戦略的なコースである[1]

1961年(昭和36年)4月、東コースが完成し、仮開場された[1]。翌1962年(昭和37年)9月28日、西コースが完成し、東コースと西コースが正式開場された[1]2011年平成23年)7月1日、日観興業株式会社の名称を「株式会社Nikkan」に変更した[2][3]

コースは林間コースで、各ホールは豊かな松林でセパレートされていて、地形は平坦であるがドッグレッグしている[2][3]。東コースはフェアウェイは広いが、マウンドがあり、谷や池があり難易度も高い[2][3]。西コースは大きな池がコースを横切り、池越えが6ホールもあり油断ができない[2][3]

日本のプロゴルフメジャー大会の1つ、日本ゴルフ協会主催競技でもあり、日本選手権大会に相当する、日本オープンゴルフ選手権競技大会など多くの大会開催の実績がある[2][3]

上田治設計の代表的な8コースで「上田治クラシック会」を結成している、地域を越えてお互いにゴルフを楽しみ、会員間の親睦交流をはかり、倶楽部運営の活性化の一助としている[4]。「門司ゴルフ倶楽部」(福岡県、1934年(昭和9年)開場)、「大阪ゴルフクラブ」(大阪府、1937年(昭和12年)開場)、「古賀ゴルフ・クラブ」(福岡県、1953年(昭和28年)開場)、「下関ゴルフ倶楽部」(山口県、1956年(昭和31年)開場)、「奈良国際ゴルフ倶楽部」(奈良県、1957年(昭和32年)開場)、「小野ゴルフ倶楽部」(兵庫県、1961年(昭和36年)開場)、「茨城ゴルフ倶楽部」(茨城県、1962年(昭和37年)開場)、「広島カンツリー倶楽部」(広島県、1963年(昭和38年)開場)[4]

所在地編集

〒300-2352 茨城県つくばみらい市小島新田

コース情報編集

  • 開場日 - 1962年9月28日
  • 設計者 - 上田 治
  • 施工者 - 安達建設株式会社
  • 面積 - 1,480,000m2(約44.7万坪)
  • コースタイプ - 林間コース
  • コース - 36ホールズ、パー144、東コース7,336ヤード、西コース7,125ヤード、コースレート東コース75.1、西コース73.4
  • グリーン - 2グリーン、ベント(ペンクロス)、ニューベント
  • フェアウエイ - コーライ
  • ラフ - ノシバ
  • プレースタイル - 乗用カート(5人乗り)、キャディ付き
  • 練習場 - 20打席 260ヤード
  • 休場日 - 毎週月曜日、12月31日、1月1日[2][5]

クラブ情報編集

  • 支配人 - 倉持 治
  • 所属プロ - 細川 和彦、西塚 大介、石島 美加
  • ハウス面積 - 3,180m2(961.9坪)
  • ハウス設計 - 山下寿郎設計事務所(現・株式会社山下設計
  • ハウス施工 - 国際建設株式会社[2][6]

ギャラリー編集

交通アクセス編集

競技開催実績編集

エピソード編集

  • 安達建設株式会社の安達貞市は「いいコースを造るのは、平坦な土地が第一」との信念を持っていた[9]
  • 安達貞市には苦い経験がある、1938年昭和13年)、「霞ヶ関ゴルフ倶楽部(現・東京ゴルフ倶楽部)」を造ったとき、隣接の「霞ヶ関カンツリー倶楽部」36ホールを見せつけられた。「これからのチャンピオンコースは18ホールでは不足、36ホールのダブルチャンピオンコースだ」と言っていた[9]

脚注編集

[脚注の使い方]
  1. ^ a b c d e f g h i j 『美しい日本のゴルフコース BEAUTIFUL GOLF CULTURE IN JAPAN 日本のゴルフ110年記念 ゴルフは日本の新しい伝統文化である』、ゴルフダイジェスト社「美しい日本のゴルフコース」編纂委員会編、「茨城ゴルフ倶楽部」、東京 ゴルフダイジェスト社、2013年12月、2021年2月8日閲覧
  2. ^ a b c d e f g 「茨城ゴルフ倶楽部」、会社概要、2020年8月22日閲覧
  3. ^ a b c d e 「茨城ゴルフ倶楽部」、ゴルフホトライン、2020年8月22日閲覧
  4. ^ a b 「下関ゴルフ倶楽部」、上田治クラシック会、2021年3月23日閲覧
  5. ^ 「茨城ゴルフ倶楽部」、ゴルフダイジェスト、ゴルフ場詳細、2020年8月22日閲覧
  6. ^ 「茨城ゴルフ倶楽部」、ゴルフホトライン、2020年8月22日閲覧
  7. ^ 「茨城ゴルフ倶楽部」、アクセス、2020年8月22日閲覧
  8. ^ 「日本オープンゴルフ選手権競技」、日本ゴルフ協会、2020年8月22日閲覧
  9. ^ a b 『美しい日本のゴルフコース BEAUTIFUL GOLF CULTURE IN JAPAN 日本のゴルフ110年記念 ゴルフは日本の新しい伝統文化である』、ゴルフダイジェスト社「美しい日本のゴルフコース」編纂委員会編、「茨城ゴルフ倶楽部」、東京 ゴルフダイジェスト社、2013年12月、2021年2月8日閲覧

関連文献編集

  • 『月刊ゴルフマネジメント』、26 (通号 262)、「ゴルフ倶楽部を考える(235)茨城ゴルフ倶楽部の創設 日本ゴルフコース100年史」、井上勝純著、東京 一季出版、2005年11月、2020年8月22日閲覧
  • 『月刊ゴルフマネジメント』、26 (通号 263)、「ゴルフ倶楽部を考える(236)茨城ゴルフ倶楽部の発展 日本ゴルフコース100年史」、井上勝純著、東京 一季出版、2005年12月、2020年8月22日閲覧
  • 『ゴルフ場ガイド 東版』2006-2007、「茨城ゴルフ倶楽部(茨城県)」、東京 ゴルフダイジェスト社、2006年5月、2020年8月22日閲覧
  • 『美しい日本のゴルフコース BEAUTIFUL GOLF CULTURE IN JAPAN 日本のゴルフ110年記念 ゴルフは日本の新しい伝統文化である』、ゴルフダイジェスト社「美しい日本のゴルフコース」編纂委員会編、「茨城ゴルフ倶楽部」、東京 ゴルフダイジェスト社、2013年12月、2020年8月22日閲覧

関連項目編集

外部リンク編集