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フランス海軍 装甲巡洋艦 デュ・ピュイ・ド・ローム

装甲巡洋艦(そうこうじゅんようかん)とは、巡洋艦の一種。それまでの防護巡洋艦と比し、水線部舷側を防御する装甲帯と装甲板で覆われている事で区別される。19世紀後半から20世紀半ばにかけて、整備・運用された。

装甲帯巡洋艦編集

 
装甲帯巡洋艦の先駆者、「クニャージ・ポジャールスキー

元来、艦砲では沿岸要塞に対抗できないのがセオリーとされていた。しかしクリミア戦争フランス軍が実戦投入した装甲浮き砲台が要塞攻撃を成功させたことで、状況は一変した。この戦訓を踏まえて、フランス海軍1859年に進水させた「ラ・グロワール」と、これに対抗してイギリス海軍が1860年に進水させた「ウォーリア」により、世界の海軍は装甲艦の時代に突入した。これらの装甲艦により攻撃された場合、要塞の優位性は盤石とはいえなくなっていた。鋼鉄艦・蒸気船時代の到来とともに、造修・補給を担う基地を世界各地に維持することが重要になっていたことから、各国海軍の遣外艦隊はこれに対抗する必要が生じた[1]

このことから、イギリス海軍初の巡洋艦である「シャノン」などは水線部に帯状の装甲を施しており、装甲帯巡洋艦belted cruiser)と称される[2]。またこれに先行して、1870年ロシア帝国海軍が竣工させた「クニャージ・ポジャールスキー」は、世界で初めて水線防御を施した軍艦と称される[3]。しかし、特に英艦は装甲艦の延長線上の設計思想で建造されていたために、巡洋艦として必須の航洋性能が低い傾向があったほか、防御重量の増大を避けるために装甲帯の幅を極端に圧縮した結果として、排水量が計画値よりも増えると、装甲部分が容易に水没して意味をなさなくなるという問題があった[2]

このため、イギリス海軍の装甲帯巡洋艦は1884年度計画のオーランド級が最後となり、以後は防護巡洋艦に移行した[2]。一方、当時第2・3の海軍国であったフランスやロシアは水線部装甲をもつ巡洋艦を重視し、建造を継続した[4]。特にロシアが1875年に竣工させた「ゲネラール=アドミラール」は、装甲帯巡洋艦というよりは、むしろ世界初の装甲巡洋艦として評価されている[5]

装甲巡洋艦編集

1880年代後期以後の速射砲の普及は、防護巡洋艦に破滅的な影響をもたらした。防護巡洋艦では、船体内の艦枢要部は防護甲板の下で守られており、上部構造物については、ここに浸水が生じても隔壁により防止できるという目論見から無防備に晒されていた。しかし1894年の黄海海戦では、短時間に大量の榴弾を投射された結果、艦枢要部が直撃弾を受けずとも、非装甲部が徹底的に破壊されて戦闘能力を喪失する例が多発した。この戦訓から、垂直防御をもたない防護巡洋艦の価値は急激に衰退した[2]

 
装甲巡洋艦の断面。赤が装甲、灰色が防御区画としても用いる石炭庫。水線部舷側に装甲を有する[6]

防護巡洋艦の戦術価値低下とともに、防護巡洋艦のうち大型の艦では、再び垂直防御の導入が図られた[2]。これが装甲巡洋艦であり、その端緒とされるのが、フランス海軍が1890年に竣工させた「デュピュイ・ド・ローム」である[7]。また上記の通り、ロシア帝国海軍が1875年に竣工させた「ゲネラール=アドミラール」は、その先鞭をつけたものとして評価されている[5]

かつての装甲帯巡洋艦で断念された広範囲の装甲と航洋性能の両立を実現した背景の一つが、製鋼技術の進歩であった。この時期にはハーヴェイ鋼やクルップ鋼のように耐弾性の高い装甲鋼板が開発され、従来の普通鋼より薄い装甲板でも所期の防弾性能を発揮できるようになっていた。しかしそれでもなお、装甲重量の抑制のためには防弾性能の妥協が必要であり、中口径速射砲に抗堪する程度に留められた。この結果、艦砲の大口径化に伴って装甲板の厚みを増すことができず、自艦の主砲に堪えられない防御力を持つ軍艦として発達していくこととなった[2]

これらの装甲巡洋艦は、通常の巡洋艦と同様に通商破壊や商船護衛、前路哨戒や植民地警備といった任務に投入されていたが、19世紀末ないし20世紀初頭には、更にこれを準主力艦として位置付けて、同種艦数隻で戦列を構成して戦艦部隊とともに行動する運用法が生じた。日本海軍の六六艦隊計画1896年開始)も主力艦として戦艦6隻・装甲巡洋艦6隻を整備する計画であり[6]日露戦争日本海海戦にも主力艦として投入されている[6]

さらに、装甲巡洋艦の攻撃力を戦艦に匹敵するほどに増大させたイギリスのインヴィンシブル級大型装甲巡洋艦が1908年に竣工した[8]。これは、戦艦「ドレッドノート」の影響を受けた単一口径巨砲搭載艦であり、高速力であったが、防御力は従前の装甲巡洋艦と同等であった[8]。この種の艦は、後に巡洋戦艦(Battlecruiser)と類別されるようになった。しかしこれらは、攻撃力に比して弱体な防御力という弱点を有しており、特にこれが顕著だったイギリス海軍の巡洋戦艦は、ユトランド沖海戦において砲塔への直撃弾によって瞬時に轟沈した艦もある[7]

このように、第一次世界大戦において、装甲巡洋艦は(巡洋戦艦でさえも)装甲と砲力においてはどうしても戦艦に及ばないことが明白となり、その存在意義は消滅した。また水雷兵装の進歩にともなって巡洋艦にそれほど砲力が必要とされなくなったこと、加えてワシントン海軍軍縮条約では、一部の艦が排水量1万トン以上の主力艦保有制限枠の対象[注 1]となったことも、艦の減少に繋がった。1930年ロンドン海軍軍縮会議において、重巡洋艦軽巡洋艦という新しい定義がなされ、旧式化もあり、主要海軍では装甲巡洋艦と言う種別自体が消滅した。ただし、チリ海軍の「ジェネラル・オヒギンズ」やスウェーデン海軍フィルギア等、一部海軍では第二次世界大戦期でも運用されていた[9]

各国の装甲巡洋艦編集

世界で最初に蒸気機関のみで航行する装甲巡洋艦を竣工させたフランス海軍から順に各国の装甲巡洋艦を竣工順に並べる。

フランス海軍編集

帝政ロシア海軍編集

  • パミャート・アゾヴァ級(1890年竣工、6,670トン、20.3cm(35口径)単装砲2基、15.2cm(35口径)単装砲13基、17ノット)1隻
  • リューリク(I)(1895年竣工、11,690トン、20.3cm(35口径)単装砲4基、15.2cm(45口径)単装砲16基、18.7ノット)1隻
  • ロシア(1897年竣工、12,195トン、20,3cm(45口径)単装砲6基、15.2cm(45口径)単装砲14基、19ノット)1隻
  • グロムボイ(1900年竣工、11,359トン、20.3cm(45口径)単装砲6基、15.2cm(45口径)単装砲20基、20ノット)1隻
  • バヤーン(I)1902年竣工、7,835トン、20.3cm(45口径)単装砲2基、15.2cm(45口径)単装砲8基、22.5ノット)1隻
  • アドミラル・マカロフ級(1906年竣工、7,835トン、20.3cm(45口径)単装砲2基、15.2cm(45口径)単装砲8基、22.5ノット)3隻
  • リューリク(II)(1906年竣工、15,170トン、25.4cm(50口径)連装砲2基、20.3cm(45口径)連装砲4基、21.5ノット)1隻

アメリカ海軍編集

  • ニューヨーク(1893年竣工、8,200トン、20.3cm(35口径)連装砲2基+同単装砲2基、20ノット)1隻
→1911年2月、サラトガと改名→1917年12月、ロチェスターと改名

イタリア海軍編集

  • マルコ・ポーロ(1894年、4,580トン、15.2cm(40口径)単装砲6基、17ノット)1隻
  • ヴェットール・ピサニ級(1898年、6,720トン、15.2cm(40口径)単装砲6基、19ノット)2隻
    • ヴェットール・ピサニ、カルロ・アルベルト
  • ジュゼッペ・ガリバルディ級(1901年、7,350トン、25.4cm(40口径)単装砲1基+20.3cm(45口径)連装砲1基、19.7ノット)3隻
    • ジュゼッペ・ガリバルディ、ヴァレーゼ、フランチェスコ・フェルッキオ
  • ピサ級(1909年、9,960トン、25.4cm(45口径)連装砲2基、19cm(45口径)連装砲4基、23ノット)2隻
  • サン・ジョルジョ級(1910年、9,832トン、25.4cm(45口径)連装砲2基、19cm(45口径)連装砲4基、23.2ノット)2隻
    • サン・ジョルジョ、サン・マルコ

日本海軍編集

  • 浅間型(1899年イギリス、アームストロング社造船所にて竣工、9,700トン:、20.3cm(45口径)連装砲2基、21.5ノット)2隻
  • 八雲(1900年ドイツ、フルカン造船所にて竣工、9,695トン: 20.3cm(45口径)連装砲2基、20.5ノット)1隻
  • 吾妻(1900年フランス、ロワール社サン・ナゼール造船所にて竣工、9,326トン、 20.3cm(45口径)連装砲2基、20ノット)1隻
  • 出雲型(1900年イギリス、アームストロング社造船所にて竣工、9,775トン、 20.3cm(45口径)連装砲2基、20.8ノット)2隻
  • 春日型(1904年イタリア、アンサルド社造船所にて竣工、7,700トン、春日は25.4cm(40口径)単装砲1基、20.3cm(45口径)連装砲1基、日進は20.3cm(45口径)連装砲2基、20.0ノット)2隻
  • 筑波型(1907年竣工、13,750トン、30.5cm(45口径)連装砲2基、20.5ノット)2隻
  • 鞍馬型(1911年竣工、14,636トン、30.5cm(45口径)連装砲2基、20.3cm(45口径)連装砲4基、21.25ノット)2隻

ドイツ海軍編集

イギリス海軍編集

オーストリア=ハンガリー帝国海軍編集

チリ海軍編集

  • エスメラルダ(イギリスから1895年購入、8,500トン、20.3cm(40口径)単装砲2基、22.25ノット)
  • ジェネラル・オヒギンズ(イギリスから1896年購入、8,500トン、20.3cm(45口径)単装砲4基、21.6ノット)

スペイン海軍編集

インファンタ・マリア・テレサ(Infanta Maria Theresa)、ビスカヤ(Vizcaya)、アルミランテ・オクェンド (Almirante Oquendo)
プリンセサ・デ・アストゥリアス(Princesa de Asturias)、カルデナル・シスネロス(Cardenal Cisneros)、カタルーニャ(Cataluña)

スウェーデン海軍編集

  • フィルギア(1907年竣工、4,980トン、15.2cm(50口径)連装砲4基、22ノット)1隻

ギリシャ海軍編集

脚注編集

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注釈編集

  1. ^ 海軍軍備制限ニ關スル條約 第二款 日本海軍では生駒、鞍馬、伊吹が廃艦となった。

出典編集

  1. ^ Friedman 2012, §0.
  2. ^ a b c d e f 中川 1996, pp. 167-173.
  3. ^ ポルトフ 2010, pp. 16-23.
  4. ^ 青木 1996.
  5. ^ a b ポルトフ 2010, pp. 154-159.
  6. ^ a b c 田村 2007.
  7. ^ a b 青木 1999.
  8. ^ a b 海人社 1990.
  9. ^ 本吉 2018.

参考文献編集

  • Friedman, Norman (2012). British Cruisers of the Victorian Era. Naval Institute Press. ISBN 978-1591140689. 
  • Gardiner, Robert (1979). Conway's All the World's Fighting Ships 1860-1905. Naval Institute Press. ISBN 978-0870219122. 
  • 青木, 栄一「船体 (技術面から見たイギリス巡洋艦の発達)」『世界の艦船』第517号、海人社、1996年11月、 176-181頁、 ISBN 978-4905551577
  • 青木, 栄一「巡洋戦艦 その誕生から終焉まで (特集 巡洋戦艦 軍艦史上の異彩を顧みる)」『世界の艦船』第553号、海人社、1999年6月、 70-77頁、 NAID 40002155515
  • 海人社, 編纂.「近代巡洋艦史」『世界の艦船』、1986年1月、 NCID AN00026307
  • 海人社, 編纂.「イギリス戦艦史」『世界の艦船』第429号、1990年11月、 ISBN 978-4905551362
  • 海人社, 編纂.「日本巡洋艦史」『世界の艦船』、1991年9月、 NCID AN00026307
  • 海人社, 編纂.「アメリカ巡洋艦史」『世界の艦船』、1993年4月、 NCID AN00026307
  • 海人社, 編纂.「フランス巡洋艦史」『世界の艦船』、1998年12月、 NCID AN00026307
  • 海人社, 編纂.「イタリア巡洋艦史」『世界の艦船』、2000年1月、 NAID 40002155703
  • 海人社, 編纂.「ドイツ巡洋艦史」『世界の艦船』、2002年9月、 NAID 40005452758
  • 田村, 尚也「装甲巡洋艦 春日」『歴史群像』第16巻第3号、学習研究社、2007年6月、 18-21頁、 NAID 40015477745
  • 中川, 務「イギリス巡洋艦史」『世界の艦船』第517号、海人社、1996年11月、 ISBN 978-4905551577
  • ポルトフ, アンドレイ V.「ソ連/ロシア巡洋艦建造史」『世界の艦船』第734号、海人社、2010年12月、 NAID 40017391299
  • 本吉, 隆『第二次大戦 世界の巡洋艦完全ガイド』イカロス出版、2018年。ISBN 978-4802206273