角盤町

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角盤町(かくばんちょう)は、鳥取県米子市にある町名。現行行政地名は角盤町一丁目〜角盤町四丁目。

角盤町
—  町丁  —
米子高島屋
角盤町の位置(鳥取県内)
角盤町
角盤町
座標: 北緯35度25分58.6秒 東経133度19分55.7秒 / 北緯35.432944度 東経133.332139度 / 35.432944; 133.332139
Flag of Japan.svg 日本
都道府県 Flag of Tottori Prefecture.svg 鳥取県
市町村 Flag of Yonago, Tottori.svg 米子市
人口 (2017年(平成29年)9月30日現在)[1]
 - 計 1,012人
等時帯 JST (UTC+9)
郵便番号 683-0812
市外局番 0859
ナンバープレート 鳥取

目次

概要編集

米子市では有数の繁華街であり、町域に沿う角盤通りには多くの飲食店居酒屋などが軒を並べる。また、米子高島屋など商業施設、米子市公会堂など公共施設も隣接する。

町名の由来は大山の別称角盤山を望むことによる[2]

歴史編集

成立当時付近一帯は桑畑であった。四日市町東倉吉町の加茂川右岸にわずかに人家があり、米川までの間には田園を隔ててずっと向こうに未解放部落非人部落を設定する程度であった。この広い耕地地帯は米子城下町裏筋の農業者の大切な耕地であったため、明治36年(1903年野坂茂三郎を会長として土地整理委員会がつくられ、同38年までに百七十三町歩を整理した。

明治37年(1904年)には角盤高等小学校中町から移転し、同41年には啓成尋常小学校が開校。同42年には県立となった米子高等女学校が角盤通りから少し離れた北側の畑の中に設立された。

大正3年(1914年)には朝日町出口に映画の米子館が開館し、同14年には尾高町で焼けた坂口氏の日本製糸の新工場が四丁目に新築された。同15年には三丁目に劇場山陰座が開設された。同年には、灘町から後藤駅前、角盤小学校裏を通り皆生線に合流する電車通(大部分は現・鳥取県道157号米子港線)も開設された。

戦後は廃校となった角盤小学校跡に米子市公会堂が昭和33年(1958年)に建設され、啓成小学校が米川沿いに移転した跡には同39年米子高島屋が開店。同45年にはやよいデパートも開店。

昭和10年(1935年)1丁目の一部が冨士見町1~2丁目・冨士見町、2丁目の一部が、日ノ出町錦町1丁目、3丁目の一部が錦町2丁目、4丁目の一部が錦町3丁目となる。

やよいデパートはその後松江市境港市へも進出し、昭和後期は米子高島屋と共に米子市を代表する商業施設として繁栄したが、平成に入ってからは郊外に大型ショッピングセンターが出店したことなどが原因で経営不振に陥り、2016年1月20日の営業を最後に閉店・自己破産した。

主な施設編集

角盤町一丁目編集

角盤町二丁目編集

角盤町三丁目編集

角盤町四丁目編集

参考文献編集

脚注編集

  1. ^ 米子市統計資料…住民基本台帳に基づく人口世帯数表 より、一丁目~四丁目までの合計。2017年10月15日閲覧。
  2. ^ 『角川日本地名大辞典 31鳥取県』

関連項目編集