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酒井忠温 (庄内藩主)

日本の江戸時代の大名、出羽庄内藩の第6代藩主

酒井 忠温(さかい ただあつ)は、出羽庄内藩の第6代藩主左衛門尉酒井家第8代当主。第5代藩主・酒井忠寄の長男。母は前田綱紀の養女(浅野吉長の娘・蝶姫)。正室は筑前福岡藩主・黒田継高の娘、為姫。

 
酒井 忠温
時代 江戸時代中期
生誕 享保17年7月17日1732年9月5日
死没 明和4年1月16日1767年2月14日
戒名 清光院殿安誉浄穏
墓所 東京都品川区の東海寺清光院
官位 従五位下、摂津守、左衛門佐
幕府 江戸幕府
主君 徳川家治
出羽庄内藩
氏族 左衛門尉酒井家第8代当主
父母 酒井忠寄前田綱紀の養女(浅野吉長の娘・蝶姫)
兄弟 忠温植村寿朝本多康伴本多忠久本庄資尹、妹(松平忠刻正室)
正室為姫(心珠院、福岡藩主・黒田継高次女
忠徳忠順

年譜編集

  • 享保17年(1732年)7月17日、庄内藩第5代藩主・酒井忠寄の長男として生まれる。
  • 延享3年(1746年)12月に叙任する。
  • 明和3年(1766年)、家督を継ぎ、庄内藩第6代藩主、左衛門尉酒井家第12代当主となる。
  • 明和4年1月16日、死去。享年36。