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株式会社NICHIJO(にちじょ、英称:NICHIJO CORPORATION)は、日本の建設機械メーカー。

株式会社NICHIJO
NICHIJO CORPORATION
種類 株式会社
本社所在地 日本の旗 日本
006-0835
北海道札幌市手稲区曙5条5丁目1番10号
設立 1962年(昭和37年)4月24日
業種 機械
法人番号 7430001020971
事業内容 ロータリー除雪車およびロータリー除雪装置・凍結防止剤散布車・軌道モーターカー・重量物運搬車・ゲレンデ整備車・その他道路維持用機械
代表者 鈴木 隆好
資本金 1億2千万円
純利益 12億0451万2000円(2019年03月31日時点)[1]
総資産 97億2226万1000円(2019年03月31日時点)[1]
主要株主 川崎重工業(75.02%)
外部リンク https://www.nichijo.jp/
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所在地編集

概要編集

北海道内の炭鉱鉄道であった留萠鉄道(1970年鉄道廃止)の子会社として設立された機械メーカー・三和興業が前身で、1950年代後期から鉄道・道路除雪車両の開発に取り組んできた。除雪車を主力とする、除雪装置の全般的な製造を行っている。またJR北海道の開発したデュアル・モード・ビークル (DMV) の実車の製造を行った企業でもある。

鉄道用除雪車DR101CLの開発編集

1955年12月、前身となる三和興業時代に親会社の留萌鉄道から除雪車開発の依頼を受け、58年12月にロータリー式ディーゼル機関車「DR101CL」(製造は新潟鉄工所に外注)を納入した。当時の国鉄における除雪車両編成が、除雪車とこれを推進する機関車との組み合わせで36人体制だったのに対し(一例)、単車自走型の除雪機関車であるDR101CLはわずか2人で作業ができ、価格も3,000万円(当時)で国鉄の除雪車両の5分の1と破格だった。エンジンが除雪・走行兼用の1台のみで出力不足という欠点はあったものの、鉄道用のディーゼル動力によるロータリー式除雪車として日本での先駆例となり、国鉄でのロータリー除雪車開発・改良にも影響を与えた。この除雪車の功績をたたえるため運輸省(現・国土交通省)は、運輸大臣賞を留萌鉄道社長の田淵助六(後に日本除雪機製作所初代社長)に授与した。

道路除雪車HTR型の開発編集

DR101CLの成果に注目した北海道開発局は、当時所有していた日本初の国産除雪車である三菱製WTR型ロータリ式除雪車の改造を依頼。依頼を受けた三和興業は改造に着手しHTR型と名付けられた。1959年12月、開発局建設機械工作所で他メーカーの除雪車による性能試験でHTR型は他を圧倒し、性能の高さを裏付けた。これを受けて、開発局は三和興業に除雪専用車の開発を打診し、三和興業は札幌市菊水に新たな工場を建て62年3月にHTR2型を完成させた。同年4月、三和興業は社名を「日本除雪機製作所」と改めた。

高速型除雪車の開発編集

1960年代に入ると、国道の除雪延長は飛躍的に伸び、それに伴い除雪車の大型化や馬力の強化など、性能の向上が求められた。1969年、車体中央部が折れ曲がるアーティキュレイト方式を応用した除雪車「MR12型」を開発、除雪装置の可動範囲を広げると共に、除雪作業の効率化を図った。

1993年、北海道開発局建設機械工作所と共同開発で最高速度70キロ、除雪速度20キロのHTR411Sを開発した。これにより高速道路における通行規制をすることなく高速道路を通行できるようになり、除雪スピードを向上させることに貢献した(高速道路では法令により時速50キロ以下で走行することが禁じられているため、時速50キロ以下で設計され法令上特殊車両扱いとなる一般除雪車が移動する際、一般車両の通行規制が必要だった)。

沿革編集

  • 1952年: 留萠鉄道株式会社、子会社として三和興業株式会社を設立(本社は東京で、工場所在地の札幌市は支店)。当初は親会社が炭鉱鉄道という事情もあり、炭鉱・鉱山用機械の製造を手掛けていた。
  • 1962年4月 三和興業の改組により、留萠鉄道の子会社として日本除雪機製作所を設立。本社を札幌市に置く。初代社長:田淵助六(留萠鉄道社長)
  • 1963年:北陸地方で豪雪災害(38豪雪)が発生。同社の除雪車(HTR3型)を約1ヶ月間災害派遣。
  • 1964年:東京事務所を開設
  • 1965年:オーストラリアのスノーウィ・マウンテン社に除雪車(HTR4型)を1台輸出
  • 1970年:留萠鉄道廃業に伴い連鎖倒産。川崎重工業傘下となり会社更生法による更生開始
  • 1973年:更生手続終結。札幌オリンピック特需もあり、当初計画を5年繰り上げて再建成功
  • 1976年:ロータリ除雪車および除雪装置の延べ生産台数が1000台を突破
  • 1980年:資本金を1億2千万円に増資。秋田に出張所を開設。
  • 1981年:テストコースと総合技術研修センター開設
  • 1982年:ロータリ除雪車および除雪装置の延べ生産台数が2000台を突破
  • 1995年:軌道モータカー生産開始。初号機の納入先は黒部峡谷鉄道
  • 2000年:ロータリ除雪車および除雪装置の延べ生産台数が5000台を突破
  • 2002年:定置散布システム導入
  • 2009年:軌道モータカー生産台数100台突破
  • 2011年:業界初のハイブリッドロータリ除雪車発表
  • 2018年:株式会社日本除雪機製作所から株式会社NICHIJOへ商号変更[2]

[3][4]

関連会社編集

脚注編集

  1. ^ a b 株式会社NICHIJO 第57期決算公告
  2. ^ 社名変更に関するお知らせ
  3. ^ 会社の歩みと製品の歴史(NICHIJOホームページ)
  4. ^ 『創立50周年記念社史じょせつき』(2012)

参考文献編集

  • 北海道新聞社編『北の道づくり』北海道新聞社(2004年)

関連項目編集

外部リンク編集