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アシュリー・コール

イングランドのサッカー選手

アシュリー・コールAshley Donovan Cole, 1980年12月20日 - )は、イギリスロンドン出身のサッカー選手EFLチャンピオンシップダービー・カウンティFC所属。ポジョションはディフェンダー。全盛期は「世界最高の左サイドバック」との呼び声も高かった[2]。元イングランド代表。代理人はジョナサン・バーネット

アシュリー・コール Football pictogram.svg
Ashley Cole Chelsea vs AS-Roma 10AUG2013.JPG
チェルシーFC時代のアシュリー・コール(2013年)
名前
本名 アシュリー・ドノヴァン・コール
Ashley Donovan Cole
愛称 アッシュ 
ラテン文字 Ashley COLE
基本情報
国籍 イングランドの旗 イングランド
バルバドスの旗 バルバドス
生年月日 (1980-12-20) 1980年12月20日(38歳)
出身地 ロンドン タワーハムレッツ区
身長 176cm
体重 66kg
選手情報
在籍チーム イングランドの旗 ダービー・カウンティFC
ポジション DF (LSB)
背番号 26
利き足 左足
ユース
1997-1998 イングランドの旗 アーセナル
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
1998-2006 イングランドの旗 アーセナル 156 (8)
1999-2000 イングランドの旗 クリスタル・パレス (loan) 14 (1)
2006-2014 イングランドの旗 チェルシー 229 (7)
2014-2015 イタリアの旗 ASローマ 11 (0)
2016-2018 アメリカ合衆国の旗 LAギャラクシー 86 (3)
2019- イングランドの旗 ダービー
代表歴2
1999 イングランドの旗 イングランド U-20 2 (0)
2002 イングランドの旗 イングランド U-21 5 (1)
2001-2014[1] イングランドの旗 イングランド 107 (0)
1. 国内リーグ戦に限る。2016年11月19日現在。
2. 2014年5月12日現在。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

目次

経歴編集

生い立ち〜クラブ編集

母は白人、父はバルバドスからの移民[3]。歌手のマライア・キャリーと親戚関係にある[4]

地元アーセナルの下部組織に加入し、クリスタル・パレスにレンタル移籍した後、アーセナルに復帰。持ち前の突破力と的確なクロスでレギュラーを掴み、2001-02シーズンにはプレミアリーグとFAカップでそれぞれ優勝を収めた。その後、2003-04シーズンの無敗優勝にも貢献し「世界最高の左サイドバック」と言われるほど評価を高めていく。

2006年8月31日にはウィリアム・ギャラス+700万ユーロのトレードで同じロンドンのライバルであるチェルシーに移籍。この移籍に対してアーセナルファンは大きく反発し、「金目当てで移籍した」「キャッシュリー・コール(キャッシュは金の意味)」と非難されることになった。加入した序盤はあまり馴染めずにいたものの、徐々に順応していった。2008-09シーズンはウェイン・ブリッジが移籍した事もあり、代えの利かないサイドバック選手として活躍し、プレーヤーズ・プレーヤー・オブ・ザ・イヤーを受賞した。

2009-10シーズンは中盤戦に負傷離脱もあったが終盤に復帰。チームメートのアネルカと共に異なる2つのチームでプレミアリーグとFAカップの二冠を経験した史上初の選手となり、またFAカップ史上最多である六度目の優勝を果たした(アーセナルで3度、チェルシーで3度)。ファン投票による2010年度のイングランド・プレイヤー・オブ・ザ・イヤー 2010の最優秀選手に選出された。

2011-12シーズンにFAカップとUEFAチャンピオンズリーグの二冠を達成。

2013-14シーズンは恩師ジョゼ・モウリーニョが復帰するも、自身の負傷もありセサル・アスピリクエタにポジションを奪われた。シーズン終了後の2014年5月、自身のTwitterで退団を明言。

2014年7月、ASローマに自由契約で加入決定[5]。契約は2年間。なお、ASローマの歴史上初のイングランド人選手でもある。しかし、セリエAの環境になじめず、2015-16シーズン開幕前は、背番号3番を剥奪され、新加入のリュカ・ディニュにつけられるという屈辱を味わった。2016年1月に契約を解除し、正式に退団[6]

2016年1月に、イングランド代表のチームメイトのスティーブン・ジェラードの所属するロサンゼルス・ギャラクシーに加入決定[7]。 2018年1月にロサンゼルス・ギャラクシーとの契約を1年間延長した[8]

2019年1月21日、ダービー・カウンティFCとシーズン終了までの契約を結んだ[9]

代表編集

クラブでの活躍が認められ、2001年3月28日アルバニア戦でイングランド代表デビューを果たし、2002年の日韓W杯では5試合に出場した。 これまでにワールドカップ3大会、EURO2大会に出場している。 2013年2月6日のイングランド対ブラジル戦で代表史上7人目の100試合出場達成した。[10]

2014年5月、2014 FIFAワールドカップのメンバー発表前にロイ・ホジソン監督から選外の連絡を受け、自身のTwitterで代表引退を表明した[11]

私生活編集

2006 FIFAワールドカップ後にイギリスの人気アイドルグループ、ガールズ・アラウドシェリル・トウィーディと2年の付き合いの末に結婚したが、2010年5月に離婚した。

タイトル編集

クラブ
アーセナルFC
チェルシーFC

脚注編集

  1. ^ “England Players - Ashley Cole” (英語). England Football Online. http://www.englandfootballonline.com/TeamPlyrsBios/PlayersC/BioColeAsh.html 
  2. ^ [カペッロ「A・コールは世界最高のレフトバック」 Goal.com]
  3. ^ /uk/this-britain/world-cup-familiesand-now-for-the-mads-the-mums-and-dads-405269.html World Cup families...And Now For The Mads (The Mums and Dads)”. The Independent (2006年6月24日). 2010年6月19日閲覧。
  4. ^ I prayed for Nat King Cole, I got Ashley instead.”. dailystar. 2010年6月19日閲覧。
  5. ^ 元イングランド代表DFアシュリー・コールがローマへ移籍”ゲキサカ、2014年7月7日
  6. ^ ローマがアシュリー・コールとの契約解除を発表”超ワールドサッカー、2016年1月20日
  7. ^ A・コール、新天地はアメリカ。LAギャラクシーでジェラードと同僚に”フットボールチャンネル、2016年1月28日
  8. ^ 37歳アシュリー・コール、LAギャラクシーとの契約延長…加入3年目へ”サッカーキング、2018年1月5日
  9. ^ DERBY BOLSTER DEFENSIVE OPTIONS WITH COLE SIGNINGOfficial Website of the Rams 2019年1月26日
  10. ^ アーカイブされたコピー”. 2013年8月14日時点のオリジナル[リンク切れ]よりアーカイブ。2013年4月4日閲覧。
  11. ^ A・コール、W杯に行けず代表引退を決断”. Goal. 2014年5月12日閲覧。

関連項目編集

外部リンク編集