アロウズ・A21は、アロウズ2000年のF1世界選手権参戦用に開発したフォーミュラ1カー。デザイナーはマイク・コフラン。チーム2年目のペドロ・デ・ラ・ロサと、1996年フットワーク時代にも所属したヨス・フェルスタッペンがドライブした。

アロウズ・A21
Arrows A21 Spa-Francorchamps Racing Museum.jpg
カテゴリー F1
コンストラクター アロウズ
デザイナー マイク・コフラン
エグーバル・ハミディ
先代 アロウズ・A20
後継 アロウズ・A22
主要諸元
シャシー カーボンファイバー コンポジット
サスペンション(前) ダブルウィッシュボーン、インボード・スプリング ダンパー、プルロッド
サスペンション(後) ダブルウィッシュボーン、インボード・スプリング ダンパー、プッシュロッド
エンジン スーパーテック FB02 71度 V10
トランスミッション アロウズ/Xtracカーボンファイバー 6速 縦置き セミAT
燃料 レプソル
タイヤ ブリヂストン
主要成績
チーム アロウズ
ドライバー 18. ペドロ・デ・ラ・ロサ
19. ヨス・フェルスタッペン
コンストラクターズタイトル 0
ドライバーズタイトル 0
初戦 2000年オーストラリアグランプリ
出走優勝ポールFラップ
17000
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開発と経緯編集

A21はマクラーレンに倣ったローノーズを持つマシンのひとつであったが、全チームの中で唯一プルロッド式のフロントサスペンションを採用していた。プルロッドはダンパーをモノコック下側に配置するため、重心を下げられるというメリットがある。

エンジンは自社(ハート)製V10から、カスタマー用のスーパーテックV10に変更された。

チームは新たなスポンサーとして、携帯電話キャリアOrangeのスポンサードを得て、そのイメージカラーのオレンジでカラーリングがなされた。

プレシーズンテストでは「スポンサー獲得のために燃料を減らしているのではないか」と疑われるほどの速さをみせた。シーズン中も高速コースでパフォーマンスを発揮し、17戦中7戦で決勝レース中の最高速を記録した(フェルスタッペン4回、デ・ラ・ロサ3回)[1]。他の記録者はマクラーレンメルセデス7回、BARホンダ3回である。

デ・ラ・ロサはドイツGPやオーストリアGPでは表彰台を望める位置で走行したものの、ドイツではスピンにより6位でフィニッシュ、オーストリアではギアボックストラブルでリタイアした。フェルスタッペンも印象に残るパフォーマンスを見せ、カナダGP5位、イタリアGP4位という結果を残した。

しかし、信頼製不足によりリタイアを喫するレースが多く、完走率はフェルスタッペンが18位、デ・ラ・ロサは22位(最下位)だった[2]

チームは、結局7ポイントを得、コンストラクターズランキング7位でシーズンを終えた。

 
2000年イタリアGPにてフェルスタッペンが駆るA21

F1における全成績編集

(key) (太字ポールポジション

チーム エンジン タイヤ ドライバー 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 ポイント 順位
2000年 アロウズ スーパーテック V10 B AUS
 
BRA
 
SMR
 
GBR
 
ESP
 
EUR
 
MON
 
CAN
 
FRA
 
AUT
 
GER
 
HUN
 
BEL
 
ITA
 
USA
 
JPN
 
MAL
 
7 7位
ペドロ・デ・ラ・ロサ Ret 8 Ret Ret Ret 6 DNS Ret Ret Ret 6 16 16 Ret Ret 12 Ret
ヨス・フェルスタッペン Ret 7 14 Ret Ret Ret Ret 5 Ret Ret Ret 13 15 4 Ret Ret 10

参照編集

[脚注の使い方]
  1. ^ 『アズ・エフ 2000F1総集編』、三栄書房、139頁。
  2. ^ 『アズ・エフ 2000F1総集編』、三栄書房、137頁。

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