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イバ・マヨリIva Majoli, 1977年8月12日 - )は、クロアチアザグレブ出身の女子プロテニス選手。1997年全仏オープン女子シングルス優勝者である。自己最高ランキングはシングルス4位、ダブルス24位。身長175cm、体重61kg。右利き、バックハンド・ストロークは両手打ち。WTAツアーでシングルス8勝、ダブルス1勝を挙げた。

イバ・マヨリ
Iva Majoli
Tennis pictogram.svg
Iva Majoli.JPG
イバ・マヨリ
基本情報
国籍 クロアチアの旗 クロアチア
出身地 同・ザグレブ
生年月日 (1977-08-12) 1977年8月12日(42歳)
身長 175cm
体重 61kg
利き手
バックハンド 両手打ち
ツアー経歴
デビュー年 1991年
引退年 2004年
ツアー通算 9勝
シングルス 8勝
ダブルス 1勝
生涯通算成績 415勝349敗
シングルス 316勝225敗
ダブルス 99勝124敗
生涯獲得賞金 $4,405,867
4大大会最高成績・シングルス
全豪 ベスト8(1996)
全仏 優勝(1997)
全英 ベスト8(1997)
全米 4回戦(1994)
優勝回数 1(仏1)
4大大会最高成績・ダブルス
全豪 3回戦(1998)
全仏 3回戦(1997・2002・03)
全英 ベスト8(2001)
全米 ベスト8(1997)
キャリア自己最高ランキング
シングルス 4位(1996年2月5日)
ダブルス 24位(1995年8月21日)

来歴編集

1991年8月にプロ入り。1992年全米オープン4大大会に初出場。1993年から女子テニス国別対抗戦・フェドカップクロアチア代表選手となる。この年の全仏オープンから頭角を現したマヨリは、3回戦で第15シードのザビーネ・ハック英語版ドイツ)を破り、4回戦で第1シードのシュテフィ・グラフに挑戦した。この活躍を評価され、マヨリは1993年度のWTAアワード「最優秀新人賞」を受賞した。

1994年は女子ツアーで3度の準優勝があり、その中には2月第2週に日本大阪大会の決勝でマニュエラ・マレーバ・フラニエールスイス)に敗れた試合も含まれていた。(マレーバ・フラニエールは、この試合を最後に世界ランキング9位で現役を引退した。)1994年から、マヨリは世界ランキング上位16名のみが参加できる女子ツアー年間最終戦「WTAツアー選手権」の出場資格を得た。1995年全仏オープンで第12シードに選ばれたマヨリは、先の全豪オープン優勝で地元フランスの期待を集めていた第3シードのマリー・ピエルスを 6-2, 6-3 で破ったが、初めての準々決勝で日本伊達公子に 5-7, 1-6 で敗れた。

1995年10月、マヨリはスイスの「チューリッヒ・オープン」とドイツ・フィルダーシュタットの「ポルシェ・テニス・グランプリ」で2週連続優勝を果たす。1996年には全豪オープンで初の8強入りを決めた後、日本の「東レ パン・パシフィック・オープン・テニストーナメント」で優勝し、アトランタ五輪でもリンゼイ・ダベンポートとの準々決勝まで勝ち進んだ。マヨリの選手経歴のハイライトは、1997年全仏オープン優勝である。19歳になったマヨリは、決勝戦で当時16歳の最年少女王マルチナ・ヒンギスを 6-4, 6-2 のストレートで破り、クロアチアのテニス選手として最初の4大大会優勝者に輝いた。この年のヒンギスが全仏オープンを除く4大大会年間3冠を獲得したことから、マヨリは「1997年度の4大大会でヒンギスを破った唯一の選手」と称賛された。しかしその後は故障に悩み、4大大会の成績も降下していった。

全仏優勝の年から5年間、マヨリは女子ツアーでも優勝から遠ざかっていたが、2002年4月の「ファミリー・サークル・カップ」決勝でパティ・シュナイダースイス)を 7-6, 6-4 で破り、シングルス8勝目を挙げた。この優勝が最後の優勝になり、2004年のシーズンを最後に、マヨリは27歳で現役を引退した。

マヨリは2006年に結婚し、長女を出産している。結婚後はイバ・マヨリ・マリッチ(Iva Majoli Marić)と名乗っている。2012年からフェドカップのクロアチア代表監督を務めている。

WTAツアー決勝進出結果編集

シングルス: 17回 (8勝9敗)編集

大会グレード
グランドスラム (1–0)
ティア I (3–0)
ティア II (4–5)
ティア III (0–4)
ティア IV & V (0–0)
結果 No. 決勝日 大会 サーフェス 対戦相手 スコア
準優勝 1. 1994年2月23日   大阪 カーペット (室内)   マニュエラ・マレーバ・フラニエール 1–6, 6–4, 5–7
準優勝 2. 1994年4月24日   バルセロナ クレー   アランチャ・サンチェス・ビカリオ 0-6, 2-6
準優勝 3. 1994年10月30日   エッセン カーペット (室内)   ヤナ・ノボトナ 2-6, 4-6
準優勝 4. 1995年4月30日   バルセロナ クレー   アランチャ・サンチェス・ビカリオ 7-5, 0-6, 2-6
優勝 1. 1995年10月8日   チューリッヒ カーペット (室内)   マリー・ピエルス 6–4, 6–4
優勝 2. 1995年10月15日   フィルダーシュタット ハード (室内)   ガブリエラ・サバティーニ 6–4, 7–6(4)
優勝 3. 1996年2月4日   東京 カーペット (室内)   アランチャ・サンチェス・ビカリオ 6–4, 6–1
準優勝 5. 1996年2月18日   パリ カーペット (室内)   ジュリー・アラール=デキュジス 5–7, 6–7(4)
優勝 4. 1996年2月25日   エッセン カーペット (室内)   ヤナ・ノボトナ 7–5, 1–6, 7–6(6)
準優勝 6. 1996年10月6日   ライプツィヒ カーペット (室内)   アンケ・フーバー 7-5, 3-6, 1-6
優勝 5. 1997年2月23日   ハノーファー カーペット (室内)   ヤナ・ノボトナ 4–6, 7–6(2), 6–4
優勝 6. 1997年5月4日   ハンブルク クレー   ルクサンドラ・ドラゴミル 6–3, 6–2
優勝 7. 1997年6月8日   全仏オープン クレー   マルチナ・ヒンギス 6–4, 6–2
準優勝 7. 2000年11月12日   クアラルンプール ハード   ヘンリエッタ・ナギョワ 4-6, 2-6
準優勝 8. 2001年9月23日   ケベックシティ ハード (室内)   メガン・ショーネシー 1–6, 3–6
優勝 8. 2002年4月21日   チャールストン クレー   パティ・シュナイダー 7–6(5), 6–4
準優勝 9. 2002年5月5日   ボル クレー   アサ・スベンソン 3-6, 6-4, 1-6

ダブルス: 5回 (1勝4敗)編集

結果 No. 決勝日 大会 サーフェス パートナー 対戦相手 スコア
準優勝 1. 1995年2月26日   リンツ カーペット (室内)   ペトラ・リッター   メレディス・マグラス
  ナタリー・トージア
1–6, 2–6
準優勝 2. 1995年4月30日   バルセロナ クレー   マリアン・デスウォート   ラリサ・ネーランド
  アランチャ・サンチェス・ビカリオ
5-7, 6-4, 5-7
準優勝 3. 1995年8月20日   トロント ハード   マルチナ・ヒンギス   ブレンダ・シュルツ=マッカーシー
  ガブリエラ・サバティーニ
6-4, 0-6, 3-6
準優勝 4. 1997年5月4日   ハンブルク クレー   ルクサンドラ・ドラゴミル   アンケ・フーバー
  マリー・ピエルス
6-2, 6-7, 2-6
優勝 1. 2001年1月11日   パリ カーペット (室内)   ビルジニ・ラザノ   キンバリー・ポー
  ナタリー・トージア
6–3, 7–5

4大大会優勝編集

大会 対戦相手 試合結果
1997年 全仏オープン   マルチナ・ヒンギス 6-4, 6-2

4大大会シングルス成績編集

略語の説明
W  F  SF QF #R RR Q# LQ A WG Z# PO SF-B S G NMS NH

W=優勝, F=準優勝, SF=ベスト4, QF=ベスト8, #R=#回戦敗退, RR=ラウンドロビン敗退, Q#=予選#回戦敗退, LQ=予選敗退, A=大会不参加
WG=デビスカップワールドグループ, Z#=デビスカップ地域ゾーン, PO=デビスカッププレーオフ, SF-B=オリンピック銅メダル, S=オリンピック銀メダル, G=オリンピック金メダル, NMS=マスターズシリーズから降格, NH=開催なし.

大会 1992 1993 1994 1995 1996 1997 1998 1999 2000 2001 2002 2003 通算成績
全豪オープン A A A A QF 1R 3R A A 3R 2R 1R 9–6
全仏オープン A 4R 4R QF QF W QF A 2R 1R 2R 2R 28–9
ウィンブルドン A A 1R 1R A QF 2R A A 1R 3R 1R 7–7
全米オープン 2R 2R 4R 1R 1R 2R 2R 1R A 3R 3R 1R 11-11

外部リンク編集