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エメリア・エストバキア戦争

エメリア・エストバキア戦争(エメリア・エストバキアせんそう)は、バンダイナムコゲームスXbox 360フライトシューティングゲームエースコンバット6 解放への戦火』の舞台となった架空の戦争。2015年8月30日のエストバキア連邦によるエメリア共和国の首都グレースメリアへの侵攻に端を発し、その後のエメリア軍の反攻により2016年5月に終戦を迎えた戦争である。

本項では便宜上、エメリア・エストバキア戦争の背景となったエストバキア内戦についても取り扱う。

目次

開戦までの経緯編集

ユリシーズ落着編集

1999年の小惑星ユリシーズ落着(『大陸戦争』参照)に際し、その被害を懸念した世界各国は地表に落下してくるであろうユリシーズの破片への対抗策を練っていた。

エストバキアはユージア大陸で運用されたストーンヘンジと同様に、大型レールガンによる隕石の迎撃を目的とした施設“シャンデリア”を、アネア大陸の北洋(北極海)、ラーズグリーズ海峡ソーン島付近に設置する。しかしながら、検証を重ねるごとに砲台は大型化、隕石迎撃の為の照準に必要な基部旋回機構の開発が難航し、隕石迎撃施設として運用することは叶わず、アネア大陸東部に位置するエストバキアにはユリシーズの破片が多数落着することとなる。また、この結果としてエストバキアの経済は破綻する。それに対してエメリア共和国の隕石被害は僅少であった。

なお、この当時のエメリア共和国の中には、この類の隕石迎撃施設の軍事転用を危惧する意見があり、迎撃施設の開発は行われていなかった。ただし、グレースメリア郊外の王制時代の城(グレースメリア城)を始めとする各所に避難民収容用のシェルターを設置するなどの政策をとり、避難民の受け入れ先としても、グレースメリアはオーシア連邦の首都であるオーレッドに次ぐ規模となっていた。

エストバキア内戦編集

経済破綻状態に陥ったエストバキアに対して、当初はエメリアやNGOによる援助が行われていたが、慢性的な物資不足やインフラ復旧の遅延、さらには中央政府の影響力低下に伴う軍閥の地域支配とそれに伴う軍閥間の抗争により、一時凍結を余儀なくされる。2007年4月の「リエース派統一戦線」(LUF)によるエストバキア首都の権力掌握に伴い、エメリアはエストバキアに対する援助を再開するが、LUFはこの支援物資を支配下に置かない地域への弾圧に転用。結果として、「東部軍閥」や「諸島連合」、「北部高地派」、「自主関税同盟」等の勢力が一斉蜂起し、本格的な内戦状況に陥る。また、エメリアによるLUFへの援助は2010年に打ち切られ、翌年にはエストバキアに対する復興支援自体が停止される。

最終的には、2013年に東部軍閥が他勢力を駆逐、糾合したことにより内戦は終結する。統一後のエストバキアは、「将軍たち」と呼ばれる指導者らによる軍事政権が樹立することとなる。東部軍閥の勝利の一因としては、エリートパイロット部隊であるシュトリゴン隊やヴァンピール隊の活躍があるが、ベルカ戦争及びベルカ事変で祖国を追われたベルカ人技術者によってもたらされた最新技術・戦術による所も大きいとされる。

余談だが、このエストバキア内戦が終結した年にタリズマン(本作の主人公)はエメリア空軍東部防空軍に異動している[1]

戦争の経緯編集

グレースメリア侵攻編集

2015年8月30日、エメリア共和国の首都であるグレースメリアに対し、所属不明の航空部隊(後に、エストバキア軍機と判明)による空爆および空挺作戦が始まる。これに対してエメリア軍はグレースメリア基地所属の空軍航空部隊(ガルーダ隊・ウィンドホバー隊他)と近海に展開していた海軍第2艦隊所属艦艇及び第2空母航空団所属航空部隊(アバランチ隊他)、陸軍第9旅団を投入。当初はエメリア軍に状況が傾く。しかし、シュトリゴン隊を始めとする増援部隊と、重巡航管制機アイガイオンから放たれる特殊巡航ミサイル“ニンバス”の前に防衛ラインの維持が不可能となり、エメリア共和国はグレースメリアを放棄。軍は大陸西部への撤退を開始し、グレースメリアはエストバキアの手に落ちることとなる。

なお、この戦闘において、先のエストバキア内戦からシュトリゴン隊を率いていたエリートパイロットであるヴィクトル・ヴォイチェク中佐が機体の被弾により脚を負傷、情報部へ転属している。 また、エストバキア連邦はこのグレースメリア侵攻と同時にエメリア共和国に対して宣戦を布告。これを受けて、エメリア共和国議会はエストバキア連邦に対する開戦決議を全会一致で採決。

大陸放棄編集

グレースメリア陥落の後もエストバキアの侵攻は継続し、11月後半の時点でエストバキアはアネア大陸のほぼ全域及びその西部に位置するケセド島の北部までをその勢力圏に収めていた。これに対して、エメリア共和国は、ケセド島南端部の都市ヴィトーツェ周辺のみを勢力圏とする、文字通り風前の灯火の状況にあった。また、シルワートタウンなどの内陸の都市で籠城戦を続ける残存部隊の疲弊も増しつつあった。

この状況において、11月24日、エストバキア軍は戦争を終結させるべくヴィトーツェへと爆撃機部隊を出撃させる。これに対してエメリア軍はグレースメリアからの撤退に成功した航空部隊(空軍・海軍の所属の別を問わない)を再編成し、カンパーニャ飛行場から迎撃に向かわせた。この航空部隊の活躍により、ヴィトーツェ都市部及びカンパーニャ飛行場の爆撃を予定していた当該爆撃機部隊はその全機が撃墜される。

なおこの時期、大陸に残存したエメリア軍によるグレースメリア奪還作戦『キング&バルーン作戦』が4度に渡って展開されたが、アイガイオンやシュトリゴン隊の活躍によりその全てが失敗に終わっている。

反攻作戦の開始編集

ヴィトーツェに向かった爆撃機部隊とその護衛戦闘機を撃墜したことによりエストバキア軍の航空戦力が一時的に弱体化した隙を突き、ケセド島のエメリア共和国軍は全面的な反攻に転ずる。

11月27日にはシプリ高原に陸軍第3軍第1旅団第1戦車大隊(通称ワーロック隊)、第3軍第1旅団第4機甲大隊(通称クォックス隊)及び第5軍第1旅団第5戦車大隊(通称スティールガンナーズ隊)を投入し、航空部隊との共同作戦で同地域一帯に展開していたエストバキア軍を撃破する。この作戦は稼働戦力の9割を投入したもので、作戦に参加した兵士の中にはこの状況を賭けに例える者もいた。これによりエメリア軍はケセド島中心部まで勢力を拡大する一方、エストバキア軍はケセド島北部のマルチェロ山脈に位置するバルトロメオ要塞まで後退する。エメリア軍は12月27日に同要塞を攻略し、ケセド島からエストバキア軍を撤退させることに成功。大陸上陸への足掛かりを手にする。

なお、地上部隊の主力となるワーロック隊はもともとケセド島に駐屯していた部隊であり、エストバキアからの攻撃をほとんど受けなかったために戦力を温存出来ていた。

大陸本土での反攻作戦編集

ケセド島のエメリア軍は2016年1月16日、アネア大陸西端のラルゴムビーチに陸海空3軍による上陸作戦を展開。ワーロック隊及びクォックス隊、海軍南洋艦隊軍第2艦隊(旗艦マリーゴールド)の作戦行動は、ガルーダ隊を始めとする航空部隊の支援もあって成功する。

2月7日にはガルーダ隊を始めとする航空部隊がシルワートタウンに籠城していた陸軍第2軍第2旅団第6戦車大隊(通称ドラゴンバスターズ隊)を中核とする部隊の救援に向かい、これを包囲するエストバキア軍を撃破。籠城していた部隊の一部はケセド島からの上陸部隊と合流する。また、この作戦において、当地で作戦行動に当たっていたシュトリゴン隊が数機、撃墜されている。

その後エメリア軍は2月12日にセルムナ連峰を経由して地上部隊を東進させる。エストバキアは攻撃機、ジャミング機、超音速爆撃機を含む多数の航空部隊を投入することでこれを阻止せんとするが、ガルーダ隊などの航空部隊によってこれらの航空戦力は大打撃を受ける。しかしエストバキアがこの空域にアイガイオンを投入、ニンバスによる攻撃を仕掛けたためにこれ以上の東部侵攻は停滞を余儀なくされ、ニンバスの攻撃域から一時撤退する。ガルーダ隊は他の部隊の撤退の支援を務め、ニンバスの誘導装置であるマーカードローンを撃墜している。この戦闘においてエメリア軍はニンバスの誘導がUAVによるものであることを突き止め、以後のサン・ロマ強襲につながっていった。

戦局の転換編集

2月15日、アイガイオンの撃墜なくしてグレースメリアの奪還、ひいてはこれ以上の東進は不可能とみたエメリア軍は、アイガイオン撃墜のための橋頭堡として、大陸南部の港湾都市サン・ロマを強襲する。作戦はニンバスによる攻撃を受けるもエメリア軍の勝利に終わり、同都市に隣接するカヴァリア航空基地の奪還に成功する。また、この時期にはガルーダ隊の名はエストバキアでも知る所となっていた。なお、この作戦においてルイス・マクナイト軍曹が車長を務める戦車が消息を絶っている。

2月20日、エメリア軍航空部隊による空中艦隊への攻撃が実施される。これは空中艦隊の旗艦であるアイガイオンの空中給油時の索敵性能の欠陥を利用したものであった。実質的に奇襲とも言えるエメリア軍の攻撃に対し、シュトリゴン隊と空中艦隊が応戦するが、最終的にはそれら全てが撃墜される。これによりエメリア軍は制空権を奪還する。

3月6日、エメリア軍はグラジオ渓谷のラグノ要塞への攻撃を敢行。ラグノ要塞は堅牢を誇り、巨大なダムとそこに隣接する水力発電所から電力を供給され、また渓谷内には船舶による輸送路が設定されていた。このため、ワーロック隊による地上からの進軍に合わせ、東部防空軍第8航空団第15飛行隊(ウィンドホバー隊)を中心とした航空部隊による輸送ルートの封殺及び発電施設への空爆、海軍第3艦隊第1ヘリ部隊(イエロージャケット隊)による要塞内部への直接攻撃も並行して展開された。これらの作戦は成功裏に終わり、エメリアはラグノ要塞の奪還に成功する。

3月25日、エメリア軍はモロク砂漠に進軍し、エストバキアと大規模な戦車戦を展開する。士気も高まっていたエメリア軍は当初エストバキアを圧倒し、モロク砂漠からエストバキア軍を撤退させることに成功する。しかし、これ以上の進軍に対しエストバキア軍がグレースメリアに対して大量破壊兵器を使用することを察知したため、全軍に対し撤退命令を下す。だがそれと時を同じくして特別編成されたシュトリゴン隊6機がモロク砂漠に到着し、ガルーダ隊に対し攻撃を仕掛ける。ガルーダ隊は撤退命令を無視する形でシュトリゴン隊全機を撃墜するが、命令を無視したことにより戦時作戦参加資格を剥奪され、自室での謹慎を命じられる。

3月26日、エメリア軍諜報部はエストバキアの大量破壊兵器の触媒となる物質の所在を掴むが、この触媒は強力な対空レーダー網の傘に覆われた渓谷の下にあった。上層部はこの任務を達成できるのはガルーダ隊のみと判断し、ガルーダ隊とAWACS“ゴーストアイ”の3機を彼の地へ向かわせる。ガルーダ隊はレーダー網をかいくぐる為に、低空飛行で渓谷に侵入し、触媒の破壊に成功する。その後、作戦空域を離脱しようとしたガルーダ隊に対してエストバキア軍の大規模航空部隊が攻撃を仕掛けるが、ウィンドホバー隊を始めとする友軍航空部隊が救援に駆けつけ、全機が無事に帰還した。また、この任務成功によりガルーダ隊への処罰は解かれることとなる。

3月31日、焦土作戦を阻止したエメリア軍はエストバキアの手によって要塞都市と化したグレースメリアに主力部隊を投入し、エストバキア軍もこれを迎え撃つ。作戦は大きく分けて空軍基地奪還(スティールガンナーズ隊担当)・放送局奪還(ワーロック隊担当)・議事堂奪還(ドラゴンバスターズ隊担当)・艦隊撃破(第2艦隊担当)・電子支援機撃墜(ウィンドホバー隊及びアバランチ隊担当)の6つからなる非常に大規模なものであったが、ガルーダ隊を始めとする各員の奮戦によってエストバキア主力部隊の撃破に成功する。しかし、作戦の大勢が決しつつあった段階で、新型ステルス戦闘機CFA-44 ノスフェラト”に搭乗したシュトリゴン隊隊長、イリヤ・パステルナーク少佐がシュトリゴン隊の撤退支援のため殿を務め、無人戦闘機“マーレボルシェ”を帯同してエメリア軍と交戦。シュトリゴン隊の撤退と引き換えに、ガルーダ隊との壮絶な空戦の末に撃墜され、パステルナーク少佐は戦死した。また、グレースメリアより撤退したシュトリゴン隊は、少佐の遺命に従い降伏してでも生き抜く事を主張する隊員と、「生きる事とは戦いである」と徹底抗戦を唱える隊員との間で対立が起こり、トーシャ・ミジャシク中尉がエメリア軍に投降した一方、残りのメンバーのうち7名が最終兵器であるシャンデリアでの戦闘で確認されている。

なお、グレースメリア解放を最初に市民に知らせたのは、2月15日のサン・ロマ攻略の際に消息を絶っていたルイス・マクナイト軍曹らであった。彼らは3月26日の大量破壊兵器触媒破壊作戦の際には現場近くにおり、この時にはグレースメリアを目指していた民間人であるメリッサ・ハーマンとルドミラ・トルスタヤを乗せていた[2]

首都解放後の動向編集

3月31日夜、解放されたグレースメリアの各地では市民が大きく湧き立っていた。しかしエストバキアの脅威が皆無となったわけではなく、ガルーダ隊等の航空部隊の面々には哨戒任務が下される(任務終了後、2週間の休暇が与えられる予定であった)。哨戒飛行中にはこれと言った脅威は確認されなかったが、任務終了後着陸許可が下りる直前のタイミングでAWACSが北東方向から高速で飛来する飛翔物体、及びそこから分裂して出現する巡航ミサイルを捕捉。さらに、巡航ミサイルの飛来と時を同じくしてステルス機を含むエストバキアの航空部隊がグレースメリアを襲撃したため、航空部隊はこれの迎撃に向かう。飛翔物体の射出地点は敵の攻撃が止んでから判明することとなった。

ミサイル攻撃が止んだその後、ヴォイチェクはメリッサに夫の遺品である写真を手渡す一方で彼女にグレースメリアを離れるよう告げる。しかし逆にルドミラに諭され、彼女たちにミサイルの発射施設である北極海上の大型レールガン施設“シャンデリア”のデータを提供することとなる。[3]

4月1日未明、エメリア軍は前日のグレースメリアへの巡航ミサイル攻撃が“シャンデリア”によるものであることを突き止め、ラーズグリーズ海峡付近に存在するソーン島周辺へと航空部隊を派遣する。この際メリッサとグレースメリアのラジオ局スタッフは戦時防空無線に侵入、シャンデリアのデータをエメリア軍に送信する。 シャンデリアに多数設置された対空機関砲・高射砲地対空ミサイルなどの対空兵器群、イージス艦巡洋艦駆逐艦・対空ミサイル艇から成る艦隊、さらにシュトリゴン隊、ステルス戦闘機を含めた大規模な航空部隊によって強力な防空網が形成されており、交戦により複数のエメリア軍機が撃墜されている。この戦闘において、ガルーダ隊の2番機を務めるマーカス・ランパート(TACネーム“シャムロック”)は緊急作動したシャンデリア内部にある非常冷却装置の目標データ送信の為に単機で突入を敢行するも、対空機関砲による迎撃を受けエンジン部に被弾。シャンデリア内部からの脱出は遂げたが、推力を失い海上に墜落してしまう。しかしAWACSにデータを送ることには成功し、またベイルアウトにも成功し生還している。ガルーダ隊1番機“タリズマン”がAWACSから受け取ったデータを元に突入し非常冷却装置を破壊。その後、シャンデリアは最終手段として砲身を開きそこからの直接排熱を行うが、砲身にタリズマンが突入し心臓部とも言える内部コアを破壊。タリズマンが砲身から脱出した直後に爆発・崩壊してその歴史を閉じる。その瞬間は日の出とほぼ同時であった。 結果として、ガルーダ隊の活躍でエメリア軍はグレースメリア防衛に成功する。

その後の情勢編集

4月1日のシャンデリアでの戦闘において、エストバキア軍閥政府の中心人物“将軍たち”の1人であり、エメリア侵攻の推進人物であったグスタフ・ドヴロニクが死亡(基地と運命を共にしたとも、脱出の際に撃墜されたとも言われる[1])、また、エストバキア国内で反政府クーデターが勃発したことにより、エストバキア軍との大規模な戦闘は終結し、停戦協定が結ばれることとなる[4]

なお、奇跡的に生還を果たしたガルーダ2(マーカス・ランパート)は車イスでのリハビリ生活を送っており、シャンデリア攻撃の際に情報をくれたメリッサの元を訪れている[4]。 一方、かつてのシュトリゴン隊隊長であるヴィクトル・ヴォイチェクは捕虜収容所でトーシャとルドミラの結婚式の立会人を務め[4]、本国へ帰還した後『エメリア・エストバキア戦争回顧録』を執筆している。

脚注編集

  1. ^ a b ゲーム内のアサルトレコードより
  2. ^ ゲーム本編Mission12内の無線、および同ミッション終了後のムービーより
  3. ^ ゲーム本編Mission14終了後のムービーより
  4. ^ a b c ゲーム本編エンディングより

参考文献編集

関連項目編集