クリーブランド級軽巡洋艦

クリーブランド級軽巡洋艦
CL-55 USS Cleveland
艦級概観
艦種 軽巡洋艦
艦名 都市名
前級 アトランタ級軽巡洋艦
ブルックリン級軽巡洋艦
次級 ファーゴ級軽巡洋艦
計画 52隻
建造 27隻
中止 3隻[1]
性能諸元[2]
排水量[3] 基準:11,130-11,734l.t (11,309-11,922t)
満載:13,897-14,144l.t (14,120-14,371t)
全長 610ft (185.93m)
全幅 66ft (20.12m)
吃水 25ft (7.62m)
機関 GE式ギヤード蒸気タービン4基/4軸
出力:100,000shp
速力 33kn
航続距離 11,000海里 / 15kn巡航
兵装[4] 6"/47 Mk.16 3連装砲 4基12門
5"/38 Mk.12 連装両用砲 6基12門
40mm/60 4連装機関砲 4基16門
40mm/60 連装機関砲 6基12門
20mm/70 単装機関砲 10基10門
装甲 舷側:3.5-5in (89-127mm)
甲板:2in (51mm)
船内隔壁:5in (127mm)
砲塔前面:6.5in (165mm)
砲塔後面:1.5in (38mm)
砲塔上面:3in (76mm)
乗員 916-1,252名
艦載機 4機 (カタパルト2基)

クリーブランド級軽巡洋艦(クリーブランドきゅう けいじゅんようかん、英語: Cleveland-class light cruisers) はアメリカ海軍軽巡洋艦の艦級。クリーブランド級に改良型のファーゴ(CL-106)以降を含む資料も存在する。

来歴編集

1937年1月1日ロンドン海軍軍縮条約失効に伴い、列強各国に課せられていた巡洋艦の保有制限は解除された。同時にワシントン海軍軍縮条約も失効したことから、各国は一斉に海軍軍備の拡張に乗り出しており、1938年5月には、アメリカでも第2次ヴィンソン海軍法と通称される一大海軍拡張計画が議会を通過した。同計画には10,000トン型軽巡洋艦が盛り込まれていたが、これによって建造されたのが本級である[5]

設計編集

当初は基準排水量8,000トン、6インチ両用砲 連装5基搭載という、アトランタ級の拡大型として計画されたものの、搭載砲の開発が間に合わなかったことから、ブルックリン級軽巡洋艦後期型(セント・ルイス級)の船体設計を踏襲することとされた[6]

主砲としては、セント・ルイス級と同じくMk.16 47口径6インチ砲を3連装砲塔に配して搭載した。ただしセント・ルイス級では、前甲板3基・後甲板2基の計15門搭載であったのに対し、本級では前後甲板に2基ずつに削減された。その一方で、Mk.12 38口径5インチ両用砲は12門(連装6基; セント・ルイス級では連装4基)に増備され、また56口径40mm機銃など高角機銃も多数を搭載するなど、対空砲火力は大幅に強化された[7]

配備編集

まず1940年度計画で4隻の建造が決定され、その後さらに1941年度計画で32隻、1942年度計画で16隻の建造が追加されたことから、合計52隻という大量建造が計画されることとなった[5]

その後、3隻は建造中止され、また13隻は発展型(ファーゴ級)に、9隻は軽空母インディペンデンス級)に設計変更されて建造されたことから、本級として完成したのは27隻であった[5]

同型艦一覧
艦番号 艦名 起工 就役 退役 備考
CL-55 クリーブランド
USS Cleveland
1940年7月 1942年6月 1947年2月
CL-56 コロンビア
USS Columbia
1940年8月 1942年7月 1946年11月
CL-57 モントピリア
USS Montpelier
1940年12月 1942年9月 1947年1月
CL-58 デンバー
USS Denver
1940年12月 1942年10月 1947年2月
CL-59 アムステルダム
USS Amsterdam
1941年5月 1943年1月、CVL-22「インディペンデンス」として就役。
CL-60 サンタフェ
USS Santa Fe
1941年6月 1942年11月 1946年10月
CL-61 タラハシー
USS Tallahassee
1941年6月 1943年2月、CVL-23「プリンストン」として就役。
CL-62 バーミングハム
USS Birmingham
1941年2月 1943年1月 1947年1月
CL-63 モービル
USS Mobile
1941年4月 1943年3月 1947年5月
CL-64 ヴィンセンス
USS Vincennes
1942年3月 1944年1月 1946年9月
CL-65 パサデナ
USS Pasadena
1943年2月 1944年6月 1950年1月
CL-66 スプリングフィールド
USS Springfield
1943年2月 1944年9月 1974年5月 1960年7月、プロビデンス級ミサイル巡洋艦2番艦(CLG-7)として再就役。
CL-67 トピカ
USS Topeka
1943年4月 1944年12月 1969年6月 1960年3月、プロビデンス級ミサイル巡洋艦3番艦(CLG-8)として再就役。
CL-76 ニュー・ヘヴン
USS New Haven
1941年8月 1943年3月、CVL-24「ベロー・ウッド」として就役。
CL-77 ハンチントン
USS Huntington
1941年11月 1943年5月、CVL-25「カウペンス」として就役。
CL-78 デイトン
USS Dayton
1941年12月 1943年6月、CVL-26「モンテレー」として就役。
CL-79 ウィルミントン
USS Wilmington
1942年3月 1943年7月、CVL-28「カボット」として就役。
CL-80 ビロクシ
USS Biloxi
1941年7月 1943年8月 1946年8月
CL-81 ヒューストン
USS Houston
1943年6月
(進水)
1943年12月 1947年12月
CL-82 プロビデンス
USS Providence
1943年7月 1945年5月 1973年8月 1959年9月、プロビデンス級ミサイル巡洋艦1番艦(CLG-6)として再就役。
CL-83 マンチェスター
USS Manchester
1944年9月 1946年10月 1956年6月
CL-84 バッファロー
USS Buffalo
1940年12月、未起工のまま建造計画中止。
CL-85 ファーゴ
USS Fargo
1943年8月、CVL-27「ラングレー」として就役。
CL-86 ヴィックスバーグ
USS Vicksburg
1942年10月 1944年6月 1947年6月
CL-87 ダルース
USS Duluth
1942年11月 1944年9月 1949年6月
CL-88 ニューアーク
USS Newark
※予定
1940年12月、未着手のまま建造計画中止。
CL-89 マイアミ
USS Miami
1941年8月 1943年12月 1947年6月
CL-90 アストリア
USS Astoria
1941年9月 1944年5月 1949年7月
CL-91 オクラホマシティ
USS Oklahoma City
1942年12月 1944年12月 1979年12月 1960年9月、ガルベストン級ミサイル巡洋艦3番艦(CLG-5)として再就役。
CL-92 リトルロック
USS Little Rock
1943年3月 1945年6月 1976年5月 1960年6月、ガルベストン級ミサイル巡洋艦2番艦(CLG-4)として再就役。
CL-93 ガルベストン
USS Galveston
1945年4月
(進水)
1958年5月 1970年5月 1958年5月、ガルベストン級ミサイル巡洋艦1番艦(CLG-3)として再就役。
CL-94 ヤングズタウン
USS Youngstown
1944年9月 1945年8月に建造中止、スクラップ。
CL-99 バッファロー
USS Buffalo
1942年8月 1943年11月、CVL-29「バターン」として就役。
CL-100 ニューアーク
USS Newark
1942年10月 1943年11月、CVL-30「サン・ジャシント」として就役。
CL-101 アムステルダム
USS Amsterdam
1943年3月 1945年1月 1947年6月
CL-102 ポーツマス
USS Portsmouth
1943年6月 1945年6月 1949年6月
CL-103 ウィルクスバリ
USS Wilkes-Barre
1942年12月 1944年7月 1947年10月
CL-104 アトランタ
USS Atlanta
1943年1月 1944年12月 1970年4月
CL-105 デイトン
USS Dayton
1943年3月 1945年1月 1949年3月

運用史編集

本級のクリーブランド、コロンビア、モントピーリア、デンバーは水上戦闘部隊の手駒が切れかかっていた時期の1943年11月2日ブーゲンビル島攻略支援に第39任務部隊の主力として投入された。日本海軍は天候不良とアメリカ軍に察知されたため逆上陸作戦を中止していたが、第39任務部隊の撃滅を目指し、エンプレス・オーガスタ湾に突入してきた。クリーブランド級4隻は悪天候の中、レーダー射撃を有効に利用して日本連合襲撃部隊に打撃と混乱を与え、川内初風を撃沈した。体勢を整えた日本海軍はデンバーと駆逐艦2隻を損傷させたが、煙幕を張って回頭したアメリカ艦隊を撃破、撃沈したものだと誤認して退却した。重巡洋艦2隻、軽巡洋艦2隻、駆逐艦11隻の有力な艦隊に対してクリーブランド級4隻、駆逐艦8隻という劣勢状況下で1隻の沈没なく日本海軍を撃退したことから当級の優秀さが伺える。ソロモン近海の制海権はアメリカ海軍が堅持し、この海戦の約一週間後にはギルバート・マーシャル攻略が開始された。

順次、竣工したクリーブランド級は空母機動部隊の護衛や上陸戦の火力支援(艦砲射撃)などに従事し、アメリカ海軍の反攻を影から支えた。

戦後、1959年から1974年にかけて大半の艦はスクラップとして解体されたが、一部の艦は艦対空ミサイル・システムを搭載してミサイル巡洋艦に改装された。スプリングフィールド、トピカ、プロビデンスはテリア・システムを搭載してプロビデンス級ミサイル巡洋艦、オクラホマシティ、リトルロック、ガルベストンはタロス・システムを搭載してガルベストン級ミサイル巡洋艦に改装されて、1970年代まで現役に留まることとなった。また、ヴィンセンス、ウィルクスバリー、アトランタの3隻は実験艦、標的艦として使用、処分された。

画像集編集

参考文献・外部リンク編集

  1. ^ 軽空母への改装が9隻、ファーゴ級として再発注されたものが13隻。
  2. ^ CL-89 USS Miami – Booklet of General Plans, 1946
    USS Cleveland (CL 55)
    CLEVELAND light cruisers (1942-1958)
    USS CLEVELAND (CL 55)
    The Worlds Warships 3rd Edition
  3. ^ The Worlds Warships 3rd Edition (1965年) では
    基準排水量:10,500l.t (10,668t)、満載排水量:13,755l.t (13,976t) と表記。
  4. ^ 表記している兵装自体は一例であり、実際は年代や艦ごとに異なる。
  5. ^ a b c 青木栄一「アメリカ巡洋艦建造の歩み」『世界の艦船』第464号、海人社、1993年4月、 129-137頁。
  6. ^ 石橋孝夫「アメリカ巡洋艦の技術的特徴」『世界の艦船』第464号、海人社、1993年4月、 138-147頁。
  7. ^ 梅野和夫「アメリカ巡洋艦史」『世界の艦船』第464号、海人社、1993年4月、 13-126頁。

関連項目編集