上北郡

日本の青森県の郡
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青森県上北郡の範囲(1.野辺地町 2.七戸町 3.六戸町 4.横浜町 5.東北町 6.六ヶ所村 7.おいらせ町)

上北郡(かみきたぐん)は、青森県

人口95,628人、面積1,280.32km²、人口密度74.7人/km²。(2017年5月1日、推計人口

以下の6町1村を含む。

目次

郡域編集

1878年(明治11年)に行政区画として発足した当時の郡域は、上記6町1村に三沢市十和田市を加えた区域にあたる。

歴史編集

藩政時代は盛岡藩南部氏の支配に属し、七戸・野辺地に代官所が置かれていた。

郡発足までの沿革編集

知行 村数 村名
藩領 陸奥盛岡藩[1] 14村 野辺地村、有戸村、馬門村、法量村、奥瀬村、大不動村、滝沢村、米田村、藤島村、伝法寺村、横浜村、天間館村、野崎村、中岫村
陸奥七戸藩 34村 甲地村、七戸村、新館村、大浦村、上野村、立崎村、大沢田村、洞内村、八斗沢村、深持村、馬洗場村、切田村、相坂村、折茂村、三本木村、上吉田村、下吉田村、柳町村、小平村、鶴喰村、犬落瀬村、下田村、百石村、天ヶ森村、平沼村、鷹架村、尾駮村、出戸村、泊村、倉内村、花松村、附田村、榎林村、二ツ森村
盛岡藩[1]・七戸藩 1村 沢田村

郡発足以降の沿革編集

  • 明治11年(1878年10月30日 - 郡区町村編制法の青森県での施行により、北郡のうち七戸村ほか50村(旧・第7大区)の区域に行政区画としての上北郡が発足。郡役所が七戸村に設置。
  • 明治13年(1880年) - 百石村の一部(支村三沢村[浜三沢村]・岡三沢村・駒沢村・根井村・谷地頭村・山中村・三川目村・鹿中村・四川目村・五川目村・淋代村・細谷村・六川目村・織笠村・深谷村・南山村・北山村)が分立してが三沢村となる[2](51村)
 
1.野辺地村 2.三本木村 3.天間林村 4.浦野館村 5.法奥沢村 6.四和村 7.百石村 8.三沢村 9.七戸村 10.横浜村 11.甲地村 12.大深内村 13.藤坂村 14.六戸村 15.下田村 16.六ヶ所村(紫:十和田市 桃:三沢市 赤:七戸町 橙:東北町 黄:おいらせ町 青:合併なし)
  • 明治22年(1889年4月1日 - 町村制の施行により以下の各村が発足。(16村)
    • 野辺地村 ← 野辺地村、馬門村、有戸村(現・野辺地町)
    • 三本木村 ← 三本木村、赤沼村、切田村(現・十和田市)
    • 天間林村 ← 天間館村、榎林村、附田村、二ツ森村、野崎村、中岫村、花松村(現・七戸町)
    • 浦野館村 ← 新館村、上野村(現・東北町)、大浦村(現・東北町、三沢市)
    • 法奥沢村 ← 沢田村、奥瀬村、法量村(現・十和田市)
    • 四和村 ← 米田村、滝沢村、大不動村、伝法寺村(現・十和田市)
    • 百石村(単独村制。現・おいらせ町)
    • 三沢村 ← 三沢村、天ヶ森村(現・三沢市)
    • 七戸村(単独村制。現・七戸町)
    • 横浜村(単独村制。現・横浜町)
    • 甲地村(単独村制。現・東北町)
    • 大深内村 ← 洞内村、深持村、大沢田村、立崎村、八斗沢村、馬洗場村(現・十和田市)
    • 藤坂村 ← 相坂村、藤島村(現・十和田市)
    • 六戸村 ← 上吉田村、下吉田村、鶴喰村、柳町村、小平村、折茂村(現・六戸町)、犬落瀬村(現・六戸町、三沢市)
    • 下田村(単独村制。現・おいらせ町、三沢市)
    • 六ヶ所村 ← 平沼村、倉内村、鷹架村、尾駮村、出戸村、泊村(現存
  • 明治24年(1891年)4月1日 - 郡制を施行。
  • 明治30年(1897年9月27日 - 野辺地村が町制施行して野辺地町となる。(1町15村)
  • 明治35年(1902年9月1日 - 七戸村が町制施行して七戸町となる。(2町14村)
  • 明治43年(1910年)9月1日 - 三本木村が町制施行して三本木町となる。(3町13村)
  • 大正12年(1923年)4月1日 - 郡会が廃止。郡役所は存続。
  • 大正15年(1926年)7月1日 - 郡役所が廃止。以降は地域区分名称となる。
  • 昭和4年(1929年4月20日 - 百石村が町制施行して百石町となる。(4町12村)
  • 昭和6年(1931年9月7日 - 法奥沢村が十和田村に改称。
  • 昭和17年(1942年)7月1日 - 「上北地方事務所」が七戸町に設置され、本郡を管轄。
  • 昭和23年(1948年2月1日 - 三沢村および六戸村の一部(犬落瀬の一部)・下田村の一部・浦野館村の一部(大浦の一部)が合併して大三沢町が発足。(5町11村)
  • 昭和30年(1955年
    • 2月1日 - 三本木町・大深内村・藤坂村が合併して三本木市(現・十和田市)が発足し、郡より離脱。(4町9村)
    • 3月1日 - 四和村が三本木市に編入。(4町8村)
    • 4月1日 - 十和田村が町制施行して十和田町となる。(5町7村)
  • 昭和32年(1957年10月1日 - 六戸村が町制施行して六戸町となる。(6町6村)
  • 昭和33年(1958年
    • 4月1日 - 横浜村が町制施行して横浜町となる。(7町5村)
    • 9月1日(7町4村)
      • 大三沢町が市制施行・改称して三沢市となり、郡より離脱。
      • 浦野館村が町制施行・改称して上北町となる。
  • 昭和38年(1963年11月1日 - 甲地村が町制施行・改称して東北町となる。(8町3村)
  • 昭和44年(1969年8月1日 - 下田村が町制施行して下田町となる。(9町2村)
  • 昭和50年(1975年)4月1日 - 十和田町が改称して十和田湖町となる[3]
  • 平成17年(2005年
    • 1月1日 - 十和田湖町が十和田市と合併し、改めて十和田市が発足、郡より離脱。(8町2村)
    • 3月31日(7町1村)
      • 東北町・上北町が合併し、改めて東北町が発足。
      • 七戸町・天間林村が合併し、改めて七戸町が発足。
  • 平成18年(2006年)3月1日 - 下田町・百石町が合併しておいらせ町が発足。(6町1村)

変遷表編集

行政編集

  • 歴代郡長
氏名 就任年月日 退任年月日 備考
1 明治11年(1878年)10月30日
大正15年(1926年)6月30日 郡役所廃止により、廃官

脚注編集

  1. ^ a b 記載はすでに斗南藩。
  2. ^ 百石村本村および藤ヶ森村・堀切川村・二ツ屋村・深沢村・一川目村・二川目村・日ヶ久保村・根嶺村[根岸村]は引き続き百石村に残る。
  3. ^ 1956年に三本木市が十和田市に改称してから、十和田市と十和田町が並存していた。

参考文献編集

関連項目編集

先代:
北郡
行政区の変遷
1878年 -
次代:
(現存)