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地方独立行政法人 下関市立市民病院(ちほうどくりつぎょうせいほうじん しものせきしりつしみんびょういん)は、山口県下関市向洋町(東駅地区)にある病院(総合病院)。

Japanese Map symbol (Hospital) w.svg 下関市立市民病院
Shimonoseki-City-Hospital.JPG
情報
正式名称 地方独立行政法人 下関市立市民病院
英語名称 Shimonoseki City Hospital
前身 下関市立高尾病院
下関市立診療所
日本医療団下関病院
許可病床数

436床
一般病床:430床


感染症病床:6床
職員数 550人
開設者 下関市
管理者 地方独立行政法人下関市立市民病院
開設年月日 1950年3月20日
(下関市立中央病院)
所在地
750-8520
位置 北緯33度57分58.8秒 東経130度55分48.6秒 / 北緯33.966333度 東経130.930167度 / 33.966333; 130.930167 (下関市立市民病院)座標: 北緯33度57分58.8秒 東経130度55分48.6秒 / 北緯33.966333度 東経130.930167度 / 33.966333; 130.930167 (下関市立市民病院)
二次医療圏 下関
法人番号 9250005007404 ウィキデータを編集
PJ 医療機関
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沿革編集

  • 1901年(明治34年)10月28日 - 赤間関市(現・下関市)上田中町高尾に伝染病院赤間関市立高尾病院」設立[1]
  • 1933年(昭和8年)5月 - 市立高尾病院の一部を使用して、一般疾病に対する診療所「下関市立診療所」を開設[1]
  • 1942年(昭和17年) - 下関市新町(後に下関市立図書館が設置された場所)に「日本医療団小倉記念病院下関分院」設立。後に「日本医療団下関病院」に改組[1]
  • 1948年(昭和23年)6月 - 日本医療団下関病院を下関市が買収、「下関市立病院」に改組[1]
  • 1950年(昭和25年)3月20日 - 下関市立高尾病院、下関市立診療所、下関市立病院を統合し、「下関市立中央病院」発足。旧下関市立病院を新町分院とする[2]
  • 1961年(昭和36年)3月 - 本格的な増改築を実施、旧中央病院が新病院になる[2]
  • 1963年(昭和38年)1月 - 県から総合病院の名称の使用が認められる[2]
  • 1965年(昭和40年)2月 - 救急指定病院に指定。
  • 1966年(昭和41年)3月 - 新町分院を廃止[2]
  • 1981年(昭和56年)1月 - 結核病床36床を一般病床に転床、設立以来の結核病床が閉鎖となる[2]
  • 1988年(昭和63年)4月 - 旧病院の北に隣接する下関市営球場跡地に移転。
  • 1998年(平成10年)4月 - 災害拠点病院の指定を受ける。
  • 2003年(平成15年)8月 - 病院機能評価の認定を受ける。2008年にも更新認定を受けているが、2015年現在は更新認定が確認されていない。
  • 2006年(平成18年)8月 - 地域がん診療連携拠点病院の指定を受ける。
  • 2012年(平成24年)4月 - 地方独立行政法人法に基づいて下関市の設立した地方独立行政法人に移管、「地方独立行政法人下関市立市民病院」へ移行。

設置診療科編集

出典編集

  1. ^ a b c d 下関市立市民病院感染管理委員会. “市立高尾病院(上田中町高尾)の時代”. 下関市立市民病院. 2015年4月18日閲覧。
  2. ^ a b c d e 下関市立市民病院感染管理委員会. “下関市立中央病院の誕生-前半”. 下関市立市民病院. 2015年4月18日閲覧。

外部リンク編集