伊是名村
日本の沖縄県の村
いぜなそん 伊是名村 | |
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国 |
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地方 | 九州地方、沖縄地方 |
都道府県 | 沖縄県 |
郡 | 島尻郡 |
市町村コード | 47360-0 |
法人番号 |
5000020473600 ![]() |
面積 |
15.42km2 |
総人口 |
1,391人 [編集] (推計人口、2019年11月1日) |
人口密度 | 90.2人/km2 |
隣接自治体 | なし |
村の木 | ウバメガシ |
村の花 | トウサツキ |
伊是名村役場 | |
村長 | 前田政義 |
所在地 |
〒905-0603 沖縄県島尻郡伊是名村字仲田1203番地 北緯26度55分42秒東経127度56分28.4秒座標: 北緯26度55分42秒 東経127度56分28.4秒 ![]() |
外部リンク | 伊是名村 |
ウィキプロジェクト |
地理編集
人口編集
伊是名村と全国の年齢別人口分布(2005年) | 伊是名村の年齢・男女別人口分布(2005年) |
■紫色 ― 伊是名村
■緑色 ― 日本全国 |
■青色 ― 男性
■赤色 ― 女性 |
► 伊是名村(に相当する地域)の人口の推移 | |
総務省統計局 国勢調査より |
地域編集
字一覧編集
以下の字一覧は、全ての村民が生活している伊是名島のものである。なお、屋那覇島・具志川島・降神島の3島は無人島である。
- 伊是名(いぜな)
- 内花(うちはな)
- 諸見(しょみ)
- 勢理客(せりきゃく)
- 仲田(なかだ)
歴史編集
- 1896年(明治29年)4月1日 - 沖繩縣ノ郡編制ニ關スル件(明治29年勅令第13号)により伊平屋村として島尻郡に編入。
- 1939年(昭和14年)7月1日の分村許可司令により、伊平屋村の一部(伊是名・仲田・諸見・勢理客)が分立し伊是名村が成立[1][2]。
琉球国王第二尚氏の始祖・尚円(金丸)の生まれた島として知られ、2015年には尚円生誕600周年祭が行われた。
沖縄貝塚時代の前半(縄文時代にあたる)時期の遺跡が多く、特に貝塚時代前半の伊是名貝塚からは竪穴式住居や土器などがみつかっている。また、北側にある具志川島遺跡群ではオオベッコウガサガイ製の腕輪(貝輪)をはめた人骨が県内で初めて発見された。
琉球王国においては、伊是名島および伊平屋島は琉球王統発祥の地として王府直轄領とされた。この経緯から1896年(明治29年)に県内において郡制度が施行された際、かつての王府領や聖域も多い沖縄本島南部と同じ島尻郡に属され、現在に至る。
2008年(平成20年)度決算における実質公債費比率が自治体財政健全化法における早期健全化基準を超過したため、翌年度より財政健全化団体となっている。人件費削減と船舶運航事業への繰出削減などにより総額4,600万円を捻出し、2011年(平成23年)度までに実質公債費比率が早期健全化基準を下回ることを目標としている。
2015年、新しいフェリーが就航した。
変遷表編集
経済編集
医療編集
施設名の後にある括弧書きは字名である。
交通編集
主な出身者編集
名所・旧跡編集
脚注・出典編集
関連項目編集
外部リンク編集
- 伊是名村役場
- 伊是名村に関連する地理データ - オープンストリートマップ