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俵信之

日本の競輪選手、自転車競技選手

俵 信之(たわら のぶゆき、1964年9月22日 - )は日本の元競輪選手自転車競技選手。

俵 信之
Nobuyuki Tawara
Cycling (road) pictogram.svg
個人情報
本名 俵 信之
たわら のぶゆき
生年月日 (1964-09-22) 1964年9月22日(55歳)
国籍 日本の旗 日本
身長 174.0cm
体重 79.0kg
チーム情報
所属 日本競輪選手会北海道支部長
分野 競輪 & トラックレース
役割 選手
特徴 追込
プロ所属チーム
1984 - 2018
日本競輪選手会北海道支部
グランツール最高成績
主要レース勝利

Jersey rainbow.svg 世界選手権

プロ・スプリント 1987
日本選手権競輪 1990
ふるさとダービー 1回
新人王 1986
 
獲得メダル
Arc en ciel.svg世界選手権自転車競技大会
1987 ウイーン プロ・スプリント
1986 コロラドスプリングス プロ・スプリント
1988 ガン プロ・スプリント
最終更新日
2018年6月4日

北海道函館市出身(旭川市生まれ)。日本競輪学校第53期卒業。日本競輪選手会北海道支部所属(元支部長)。師匠は新井雄司。初出走は1984年5月3日の函館競輪場で初勝利も同日。血液型はO型。

自転車競技での戦績編集

函館大谷高等学校在学中から自転車競技ジュニア世界選手権のスプリント種目に出場し、競輪選手としてデビュー後の1986年には、世界選手権自転車競技大会のスプリント種目に初出場し、中野浩一松井英幸に次いで3位に入賞。翌年1987年の同大会では優勝し、前年までの中野のV10に続く日本人選手V11を達成した。

競輪選手としての戦績編集

競輪選手としては1984年にデビュー。1986年競輪祭新人王戦で優勝し、1990年には日本選手権競輪で優勝し特別競輪(現在のGI)も制覇した。1991年弥彦競輪場で行なわれたふるさとダービーでも優勝している。

1993年には全ての特別競輪(現在の寛仁親王牌・世界選手権記念トーナメントを除くGI全5レース)で決勝戦まで勝ち上がり[1]、特別表彰を受けている。現在においても国際大会で優勝した後に国内の特別競輪を優勝したのは、中野浩一と俵の2人だけである。

その後は衰えもあり、2018年上期からA級3班に降格。5月27日の別府FIIが最後のレースとなった。同年6月4日で現役引退を表明。地元函館GIIIの開催最終日である翌5日の7R終了後に場内で引退セレモニーを実施しバンクを去った。

2018年6月18日、選手登録消除。通算2629戦419勝、優勝52回(うちGIは競輪祭新人王を含め2回)。通算獲得賞金は9億7,644万5,133円[2][3]

主な獲得タイトル編集

エピソード編集

  • 1000mTTで日本人として初めて1分5秒を切る1分4秒92の日本記録を打ち立てた。

出典編集

  1. ^ 1992年オールスターと競輪祭を合わせて、1993年の競輪祭まで7回連続で特別競輪の決勝戦に進出した。
  2. ^ “俵信之が引退 世界選手権スプリント&ダービーV”. nikkansports.com (日刊スポーツ新聞社). (2018年6月4日). https://www.nikkansports.com/public_race/news/201806040000276.html 2018年6月4日閲覧。 
  3. ^ 【競輪】俵信之 引退セレモニー「中野さんの世界選V10を阻止したかった」 デイリースポーツ 2018年6月5日

関連項目編集

外部リンク編集