吉松町(よしまつちょう)は、鹿児島県姶良郡にあった2005年3月22日栗野町と新設合併し、湧水町となった。

よしまつちょう
吉松町
廃止日 2005年3月22日
廃止理由 新設合併
栗野町吉松町湧水町
現在の自治体 湧水町
廃止時点のデータ
日本の旗 日本
地方 九州地方
都道府県 鹿児島県
姶良郡
団体コード 46447
面積 54.48km².
総人口 4,835
(2005年国勢調査)
隣接自治体 鹿児島県
菱刈町栗野町
宮崎県
えびの市
町の木 ウメ
吉松町役場
所在地 899-6192
鹿児島県鹿児島県姶良郡吉松町中津川603番地
Yusui yoshimatsu.jpg
座標 北緯32度0分52.9秒
東経130度44分40.4秒
Location of Yoshimatsu, Kagoshima, Japan.svg
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目次

地理編集

鹿児島県の北東端に位置しており、霧島山の山麓にあるすり鉢状の盆地状に広がっている。また、中央部には川内川が南北に流れその流域に耕地が多くあり、両岸にある台地上には畑地が多くある[1]

大字編集

大字は川添、川西、鶴丸、中津川、般若寺の5大字から構成されており、合併後も湧水町にそのまま引き継がれている[2]

町名の由来編集

吉松という地名は島津氏による三州統一により菱刈氏を追い北薩を攻略した後に島津義弘が豊後に移る際に亀鶴城を仮住居とした際に鶴亀城の周辺には亀丸と亀沢、南方には竹田村という縁起のよい「亀鶴松竹」という言葉のうち「亀(丸、沢)鶴(亀城)竹(田村)」の地名が揃っており、残りの松を入れることでこの地が永く栄えることを祈願し吉松と改名したことに由来する[3]

歴史編集

原始期編集

川内川の流域にある山麓から台地にかけて、多くの縄文遺跡及び弥生遺跡が発見された。縄文遺跡からは前期より晩期頃のものとみられる土器が見つかっている[1]

中世期編集

建久8年の大隅国図帳には吉松町の区域は筒羽野と称されていたとされ、島津氏による三州統一により菱刈氏を追い北薩を攻略した後に島津義弘が豊後に移る際に亀鶴城を仮住居とした際に筒羽野村から吉松村に改称したとされる[4]

近世期編集

「天保郷帳」に見える江戸期頃の2005年の合併による廃止時に吉松町域にあたる村としては桑原郡吉松郷(外城)に属する吉松村、川添村、鶴丸村、中津川村、般若寺村の5か村が見える[4]。また、吉松村は川西村とも称されており、現在の大字川西の区域に当たる[5]

明治に入り、廃藩置県により1871年(明治4年)7月に鹿児島県に属していたが、同年11月に鹿児島県より分割され都城県に属することとなったが、1873年(明治6年)には再び鹿児島県に編入された。

近現代編集

大区小区制下では桑原郡56大区の1小区及び2小区に属していた。1889年(明治22年)には町村制が施行されたのに伴い、川添村、川西村(吉松村)、鶴丸村、中津川村、般若寺村が合併し吉松村として成立した。その後1896年(明治29年)に郡区画改正が行われ、姶良郡に属するようになった。1953年(昭和28年)2月11日には吉松村が町制施行し、吉松町となった[4]

1968年(昭和43年)に発生したえびの地震は最大規模M6.1と大規模であり、吉松町では震度4~5が観測され、地震による吉松町の被害は死者2名、被害額は10数億円に及んだ[6]

2003年(平成15年)には吉松町は栗野町と合併協議会を設置し、翌年には合併協定調印が行われ、2005年(平成17年)1月26日には廃置分合が告示され、同年3月22日に湧水町が設置されたため自治体としての吉松町は廃止された[7]

行政編集

歴代村長・町長編集

氏名 就任期間
初代村長 中村重安 1888年4月 - 1889年9月
二代村長 古川重親 1889年9月 - 1892年2月
三代村長 大重兼徳 1892年2月 - 1896年4月
四代村長 古川重親 1896年4月 - 1897年6月
五・六代村長 小城親友 1897年6月 - 1905年5月
七代村長 中神頼昌 1905年6月 - 1909年5月
八代村長 萩原正一 1909年6月 - 1913年5月
九代村長 猪俣謙四郎 1913年6月 - 1921年6月
十代村長
十一代村長 中村重治 1921年6月 - 1929年6月
十二代村長
十三代村長 和田盛信 1929年6月 - 1933年6月
十四代村長 鶴永直 1933年6月 - 1938年5月
十五代村長 池島与右エ門 1938年6月 - 1942年6月
十六代村長 別所市太郎 1942年6月 - 1945年10月
十七代村長 徳満登 1945年11月 - 1947年4月
十八代村長
十八代村長 鶴永八二 1947年5月 - 1951年4月
二十代村長 中水千利 1951年4月 - 1967年4月
初代町長
二代町長
三代町長
四代町長
五代町長 東盛武 1967年4月 - 1975年4月
六代町長
七代町長 竹ノ上末盛 1975年5月 - 1983年5月
九代町長 平野正彦 1983年4月 - 1987年4月
十代町長 別所郁夫 1987年4月 - 1995年4月
十一代町長
十二代町長 今藤望 1995年4月 - 2003年4月
十三代町長
十四代町長 永野龍郎 2003年4月 - 2005年3月22日

県の行政機関編集

国の行政機関編集

地域編集

人口編集

凡例

人口(人)
世帯数(戸)
1887年 2,724
615
1921年 5,541
1,286
1930年 6,231
1,191
1940年 6,152
1,135
1950年 8,638
1,689
1960年 8,021
1,741
1970年 5,742
1,614
1980年 4,804
1,668
1990年 5,102
1,822
1995年 4,935
1,821

教育編集

中学校編集

小学校編集

交通編集

航空編集

町域内には空港は所在しておらず、最寄りの空港は鹿児島空港である。

鉄道編集

バス編集

高速バス編集

路線バス編集

道路編集

高速道路編集

町域を九州自動車道が通っており、吉松パーキングエリアが所在しているがインターチェンジは所在していない。最寄りのインターチェンジは栗野インターチェンジ

国道編集

 
国道268号より水俣方面を望む(吉松町中津川)

県道編集

一般県道

名所・旧跡・観光スポット・祭事・催事編集

脚注編集

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  1. ^ a b 『角川日本地名大辞典 46 鹿児島県』角川書店 p.823
  2. ^ 合併に伴う住所変更等 - 湧水町 2011年3月18日閲覧。
  3. ^ 『吉松郷土誌改訂版』 - 吉松町 p.3
  4. ^ a b c 『角川日本地名大辞典 46 鹿児島県』角川書店 p.824
  5. ^ 『角川日本地名大辞典 46 鹿児島県』角川書店 p.226
  6. ^ 『角川日本地名大辞典 46 鹿児島県』角川書店 p.825
  7. ^ 湧水町誕生までの背景 - 湧水町公式ウェブサイト 2011年3月18日閲覧。
  8. ^ ヒガンザクラ自生南限地 - 鹿児島県公式ウェブサイト 2011年3月18日閲覧。

関連項目編集