堀江 淳 (ほりえ じゅん、1960年10月19日 - )は、北海道苫小牧市出身のシンガーソングライター。ブライト所属。血液型はA型。身長162cm、体重48kg。

堀江 淳
出生名 堀江 淳
生誕 (1960-10-19) 1960年10月19日(57歳)
出身地 日本の旗 日本北海道苫小牧市
学歴 北海道苫小牧南高等学校
ジャンル J-POP
職業 シンガーソングライター
活動期間 1981年 -
レーベル CBSソニー
1981年 - 1983年
ビクターエンタテインメント
1994年 - 1996年2013年 - )
Fortune Entertainment
2009年 - )
事務所 株式会社ブライト
公式サイト Jun Horie Official Site

目次

来歴編集

北海道苫小牧市生まれ。苫小牧南高等学校卒業後、札幌のライブハウスを中心にプロデビューを目指して活動する。日本の元祖歌謡ファンクごちゃまぜポップスバンド米米クラブなどで活躍するパーカッショニスト三沢またろうは中学の同級生。娘はモデルの堀江紗彩。

1979年、CBSソニー(現・ソニー・ミュージックエンタテインメント)の第1回SDオーディションに合格し、1981年、「メモリーグラス」でデビュー。中性的な容姿・声も話題になり、デビューシングルは70万枚の大ヒットを記録する[1]。オリコン最高3位。当時の事務所は研音グループのケン企画[2]

1994年ビクターエンタテインメントへ移籍しアルバム「微風通信」をリリースした後、1998年ユニット「spoon」を結成。ライブ活動やインターネットテレビへの出演、アニメ「ドキドキ♡伝説 魔法陣グルグル」のEDテーマを手がける等の活動を行ったが、2004年に活動休止。

以後、ソロ活動に戻り、ラジオ出演、他ミュージシャンのプロデュース、楽曲提供など地道に活動を続ける。2006年、デビュー25周年。

世間では一発屋として認識されており、いわゆる「あの人は今!?」系の番組に頻繁に出演している。

また「メモリーグラス」のヒットからしばらくした1983年、交通事故に遭い負傷したと報道されたことが原因とみられる死亡説が流れたことがあるが、その噂が立った後、自ら健在であることをアピールするため「“生きてますよ”コンサートツアー」と銘打ったツアーを挙行した。しかし、生きているのを知るのは会場に来たファンのみで世間で死亡説は消えず、さらにはアジア移住説までもが流れ「堀江淳をタイで見た」等の目撃証言等も報じられたが、本人は「僕はタイに行った事ないから」と語っている[1]。さらに地元、苫小牧市の水道局に偶然にも同姓同名の職員がおり、「堀江淳は苫小牧に帰り公務員になった」という噂も流れたという。[3]

のちに『さんまのからくりテレビ』の企画「からくり 芸能人替え歌王」に出演した際、これらの様々な噂に加え後述の「実は水割りが苦手」という件を「メモリーグラス」のメロディに乗せた替え歌「誤解だらけ」を披露している。
また1996年には『明石家サンタの史上最大のクリスマスプレゼントショー』に電話出演し、「死亡説が流れました」と言った瞬間に合格が決まり鐘を鳴らされたことがあるほど。

2006年9月までエフエム世田谷『オープンサロン834』を担当していた。三軒茶屋キャロットタワーサテライトスタジオから毎週水曜日生放送を行っていた。

東京・広尾の交差点で昼間に信号待ちをしている時に「水割りを下さい。涙の数だけ」という歌詞とメロディーが思い浮かび、それを元に「メモリーグラス」という曲を書き上げた(酒を提供する店でアルバイトしていた時期があり、客が「水割りを下さい」という言葉が耳に残っており、そこからインスピレーションを膨らませたという)[4]。既に決定していたデビュー曲を押しのけ「メモリーグラス」でデビューを飾る。

「私は北海道出身。当時、水割りと言えば、ウィスキーの水割り」と述べている。

「メモリーグラス」には水割りが登場するが、「水割りは苦手な堀江淳です」と述べている。飲むのはお湯割り[5]。「水割りをください」と言った事はないと言う。
ラジオ番組『ザ・ヒットパレード』では、ニューミュージックではなく演歌ムード歌謡に分類されていた。

1994年、所属事務所を大手広告通信社へ移籍。

ビクターエンタテインメントよりシングル「かなしくてLovin’You」「迷宮~ラビリンス」

アルバム「微風通信」をリリース

2008年3月、所属事務所をFORTUNE(フォーチュン)へ移籍。

2008年4月、グループ会社・タニプロモーション所属に変更。ボイストレーナーとして後進の指導にも当たる。

2013年4月、ビクターエンタテインメントから「花ひとつ 夢ひとつ」をリリース。西田敏行が歌詞を提供した。

2013年4月、所属事務所を株式会社ブライトに移籍。

2015年7月、ひばり児童合唱団とのコラボレーションによるアルバム『四季の音色』~心に残る日本の童謡唱歌~をリリース。

最近は、年間100本以上のライブを行い、オリジナル曲は勿論、カバー曲、童謡・唱歌等を交えたステージで幅広い年齢層に支持されている。

ディスコグラフィー編集

シングル編集

  1. メモリーグラス(1981.4.2)
  2. ルージュ(1981.10.1)※TBS系ドラマ「われら動物家族」主題歌
  3. ラストダンス(1982.3.1)
  4. あとずさり(1982.9.21)
  5. 大いなる愛(1983.6.22)
  6. 思い出ララバイ(1983.9.21)
  7. かなしくてLoving You(1994.11.23)
  8. 迷宮〜ラビリンス〜(1996.4.21)
  9. ありがとう(2009.12.4)
  10. ありがとうII(2010.2.5)
  11. 花ひとつ 夢ひとつ(2013.4.17) ※作詞:西田敏行
  12. メモリーグラス(誤解だらけ)(2013.5.29) ※配信限定シングル

アルバム編集

  1. 硝子通り(1981.4.21)
  2. 夢のあやとり(1982.5.21)
  3. 堀江淳全曲(1982.11.1)
  4. 哀しみ色のえのぐ(1983.11.21)
  5. 微風通信(1995.2.23)
  6. GOLDEN☆BEST 堀江淳 Singles(2004.8.4)
  7. 四季の音色~心に残る日本の童謡唱歌(2015.7.31)

楽曲提供編集

  • アンリ菅野「街・千夜一夜」(作曲)
  • VOICE「桜の道」(作詞)
  • 小倉新二「おはら音頭」(作曲)
  • 蛎崎弘「ロンリーナイト・ララバイ」(作詞)
  • 上窪由加利「東京〜君と過ごした青春〜」(作曲)
  • 北原佐和子「P.M.8:00」(作詞・作曲)
  • ジェロ「なきむし倶楽部」(作曲)
  • 涼風真世「哀しみの星座」(作詞・作曲)
  • そのまんま美川「朧」、「さそりの毒にはかなわない」(作曲)
  • ツートン青木「SIGN」(作詞・作曲)
  • NAOMI「もう迷わない〜WITH YOU WITH LOVE〜」(作詞・作曲)
  • 中森明菜「ドライブ」(作詞・作曲) 
  • まきのめぐみ「ここにある想い出」、「つばさ」(作詞・作曲)
  • 増田恵子「前夜祭―イブ―」(作曲)、「一人の部屋」、「ラストシーン」(作詞・作曲)
  • 松永夏代子「涙ふいてあげる」(作曲)
  • 松原留美子「砂時計」(作詞・作曲)
  • MAMI[要曖昧さ回避]「ずっと…」(作詞・作曲)
  • 美貴じゅん子「青い空と私…そして潮風」(作曲)

主なテレビ出演編集

主なラジオ出演編集

脚注編集

  1. ^ a b 【プレイバック芸能スキャンダル史】原付き事故でさまざまな死亡説が流れた堀江淳日刊ゲンダイ、2012年11月7日掲載。
  2. ^ グループ沿革 KEN-ON Group Official Website
  3. ^ IBCラジオ「大塚富夫のタウン」2014年9月20日放送より
  4. ^ 堀江淳「『メモリーグラス』は広尾の交差点で突然降りてきた」 Smart FLASH 光文社 2016年8月17日
  5. ^ オフィシャルブログのタイトルロゴは「水割り“お湯割り”を下さい。」と、「水割り」が×で消されている。

外部リンク編集