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西田 敏行(にしだ としゆき、1947年11月4日 - )は、日本俳優歌手タレント司会者

にしだ としゆき
西田 敏行
西田 敏行
本名 西田 敏行
(にしだ としゆき)
生年月日 (1947-11-04) 1947年11月4日(70歳)
出生地 日本の旗 日本福島県郡山市
身長 166cm
血液型 B型
職業 俳優
歌手
タレント
司会者
活動期間 1967年 -
活動内容 1967年:デビュー
1968年青年座養成所入所
1970年:同座員になる
1977年:『特捜最前線
1978年:『西遊記
1980年:『池中玄太80キロ
1981年:『おんな太閤記
1986年:『植村直己物語
1988年:『釣りバカ日誌
1990年:『翔ぶが如く
1993年:『学校
1995年:『八代将軍吉宗
2000年:『葵 徳川三代
2002年:『陽はまた昇る
2004年:青年座退団
2008年紫綬褒章
2009年日俳連理事長就任
2018年旭日小綬章
配偶者 既婚
事務所 オフィスコバック
公式サイト 西田敏行 Nishida Toshiyuki2011年11月25日より更新されている)
西田敏行公式HP2013年3月、2年ぶりの更新再開)
主な作品
映画
釣りバカ日誌』シリーズ
植村直己物語
敦煌
学校
陽はまた昇る
旭山動物園物語 ペンギンが空をとぶ
ステキな金縛り
テレビドラマ
特捜最前線
西遊記
池中玄太80キロ
おんな太閤記
山河燃ゆ
武田信玄
翔ぶが如く
八代将軍吉宗
葵 徳川三代
白い巨塔
タイガー&ドラゴン
八重の桜
ドクターX〜外科医・大門未知子〜
バラエティー番組など
探偵!ナイトスクープ
人生の楽園
備考
歌手「もしもピアノが弾けたなら」
探偵!ナイトスクープ』 2代目局長

福島県郡山市出身。オフィスコバック所属。明治大学付属中野高等学校卒業、明治大学農学部中退。身長166cm体重80kg超。主演の映画『釣りバカ日誌』は1988年(昭和63年)から2009年(平成21年)まで22作続いた代表作。日本俳優連合理事長。日本アカデミー賞組織委員会副会長[1]。4歳年下の夫人との間に2女あり。


目次

来歴・人物

幼少・学生時代

西田の父方の祖は和泉国伯太藩家老職を務めた今井家で、幼くして大阪府和泉市出身の父が亡くなり、5歳の時に薩摩藩を祖に持つ郡山市内在住の伯母(母の姉)夫婦の西田家に引き取られた。

少年時代は映画好きの養父に連れられ映画館へ通い、チャンバラ映画に熱中。観る側より映画のスクリーンに映る自分の姿をぼんやり夢想していた。中学校に入り、演劇に興味を持つが、演劇部は女性部員ばかりで、当時、男子生徒の部活動といえば、スポーツが一般的だった風潮もあり、悶々とした3年間を過ごす。映画で「東京弁」に触れるうち、「俺このままずっとこの多感な時期こっちで暮らしていると、福島弁が染みついちゃって、もしかしたら標準語をしゃべれなくなっちゃうんじゃないか」との危機感を感じ始め[2]、演劇が好きでも福島弁でしか演じられない現状に自問し、標準語を習得したいと思い始め、両親を説得の上、中学卒業と共に上京。

高校に進学するとバレーボール部に入部。たまたま男子部員が居なくて困っていた演劇部の女子部員から、男役として部に協力してほしい、と請われ、顧問のような形で演劇部に参加する。

1966年(昭和41年)、明治大学入学と同時に日本演技アカデミー夜間部に入る。同年大学を中退して夜間部から昼間部に移り、翌年に卒業。仲間と劇団『シアター67』を結成するが失敗。ちょうどその頃、1967年昭和42年)に『渥美清の泣いてたまるか』(TBS)でテレビ俳優としてデビューしている。

本格的に役者へ

1968年(昭和43年)、青年座俳優養成所に入り、1970年(昭和45年)に卒業し、青年座座員となる。同年の青年座7月公演『情痴』(作:西島大)で初舞台。1971年(昭和46年)の10月公演『写楽考』(作:矢代静一)では早くも主役に抜擢され大器の片鱗を見せた。その後は役者として不遇の日々を送るが、1976年(昭和51年)にレギュラー出演した『いごこち満点』と『三男三女婿一匹』(共にTBS)で注目を集め、森繁久彌のアドリブにも堂々と渡り合う硬軟自在で個性的な演技と、愛嬌のある顔立ちや体型で人気を獲得。1977年(昭和52年)には『特捜最前線』(テレビ朝日)、1978年(昭和53年)には『西遊記』(日本テレビ)に重要な役でレギュラー出演。さらに1980年(昭和55年)には『池中玄太80キロ』(日本テレビ)と『サンキュー先生』(テレビ朝日)で主演、翌1981年(昭和56年)にもNHK大河ドラマおんな太閤記』で準主役を務めるなど、連続ドラマで活躍。

また、歌手活動も精力的に行い、1981年(昭和56年)4月に発売した『もしもピアノが弾けたなら』(『池中玄太80キロ』第2シリーズ主題歌)は大ヒットとなった。なお、NHK紅白歌合戦において、基本の4パターンである司会、歌手、審査員、応援(ナレーションを含めると5パターン)全てで出演経験があるのは西田のみである。素朴で飾り気のないキャラクターやトーク、アドリブの巧さ、コメディアンエンターテイナーぶりはバラエティ番組やコント番組でも注目され、『みごろ!たべごろ!笑いごろ!』を始め、数多くの番組に出演、その他司会など、演劇活動以外でもマルチな才能を発揮している。

1986年(昭和61年)、映画『植村直己物語』に主演。西田にとっては明大農学部の先輩で、映画公開の2年前、1984年2月にマッキンリーで消息を絶った冒険家・植村直己を演じた。この作品ではモンブランフランス)、エベレストネパール中国)、マッキンリー、北極など植村の足跡を追う5大陸ロケを敢行。話題となったが、7ヶ月に及ぶ長期ロケは過酷なもので西田は死を覚悟して臨んだ[3]。「実際に大自然と対峙し、つくづく抗えないことがあるんだと痛感させられました。同時に、大自然の中に身を置いて芝居をするという経験が、僕に言葉にはならない、いろんなものを与えてくれたという意味で、エポックメーキングになった作品だと思います」と、自身にとって大きな転機となった作品だとしている[4]。2年後の1988年6月公開の映画『敦煌』でも長期の現地ロケに参加。一時は「極地俳優」の異名をとった。

1988年(昭和63年)から映画釣りバカ日誌』シリーズに出演。三國連太郎とのコンビで、最終の第20作(特別編2本を入れると22作)まで約22年に及ぶ長期シリーズとなり、自身の代表作の1つとなった。ちなみに西田の映画初出演作品は、三國主演の『襤褸の旗』(監督:吉村公三郎足尾銅山鉱毒事件を題材にした作品、1974年)で、反体制派農民の一人、多々良治平という役だった[5]

1994年(平成6年)、東宝ミュージカル『屋根の上のバイオリン弾き』で森繁久彌、上條恒彦に次ぐ3代目テヴィエ役に抜擢、その後7年にわたり出演している。

さらなる活躍

2000年(平成12年)、『ネイチァリングスペシャル「風雪の聖地アンデス縦断4000キロ」- 西田敏行53歳 米大陸最高峰アコンカグアに挑む -」』(テレビ朝日2001年5月28日放送)の収録のため、南米最高峰アコンカグア標高 6,962 m)登山に挑戦している。この当時、焼肉とビールをこよなく愛し、大食漢で大酒飲みでありながら、運動と言えば数か月に1度のゴルフ程度の上、1日の喫煙量は80本以上のヘビースモーカーという生活で、体重は94kg。そのため中性脂肪が人並外れて高いなど身体的な不安材料を抱えながらも、8月からネパールでの高地トレーニングを開始。11月上旬にアタックを開始したが、強風や低温など天候に恵まれず、スケジュール的に無理と判断。高度6,830m地点で登頂を断念している。尚、『植村直己物語』の撮影以来、知己の関係である小西浩文を登山隊長に迎え、国内有数の登山家がサポーターとして同行した[6][7]

2001年(平成13年)朝日放送→朝日放送テレビ探偵!ナイトスクープ』の2代目局長に起用され、1月26日放送分からレギュラー出演している(詳しくは後述の「探偵ナイトスクープ」参照)。初代局長・上岡龍太郎2000年3月末で芸能界引退のため降板(番組では4月放送分まで)。西田は番組からの熱心な打診を受け内諾していたものの、大河ドラマ『葵 徳川三代』の収録が完了するや上述のアコンカグア登山のスケジュールに追われており、その収録を終えなければ出演できない状況だった。そのため番組内では登場まで西田の名前を伏せ、局長席に「鋭意交渉中」の札を掛け続けて探偵、顧問が週替わりで進行役を務めた。局長としての初出演は日本への帰国直後、そのままABCホールに直行しての収録となり、ニットシャツにジーンズ、顔中に無精髭をたくわえたワイルドな出で立ちでの登場となった。

同年11月7日、首の骨が変形し、頸椎の神経が圧迫され、手足がしびれる「頸椎性脊髄症」を患い入院。15日に神経圧迫部位を除去する手術を行い、翌月には退院・復帰している[8]

2003年(平成15年)3月3日夜、自宅で心筋梗塞のため倒れ緊急入院[9]。処置が早く、症状も安定していたため28日には退院している[10]。上述の通り肉食中心の生活でヘビースモーカーだったが、入院中、吉永小百合から手紙をもらい、そこに書かれていた「タバコだけはやめてね、西やん」の言葉に一念発起し禁煙宣言した[注釈 2]。また体重も82kgまで減量した。復帰後のインタビューで「ここで死んだら遺作(のタイトル)が『ゲロッパ!』になるが、それだけは避けたかった」と、この時の出演映画の告知とユーモアを交えたコメントを述べ、全快をアピールしている。

2004年(平成16年)1月1日、前日をもって青年座を退団。元青年座スタッフで、長年マネージャーを務めていた小林保男が設立したオフィスコバックに移籍。これは自身の健康上の事とともに2001年10月18日、師事していた青年座元プロデューサーで青年座映画放送代表取締役の金井彰久(声優、かないみかの父)が65歳で死去[11]したことが契機となっている。

2008年(平成20年)11月、長年にわたる演劇界での業績が認められ、紫綬褒章を受章[12]

同年4月からNHKラジオ第1のラジオドラマ番組『新日曜名作座』に竹下景子とともに起用される。森繁久彌と加藤道子のコンビで50年にわたり放送された『日曜名作座』の番組スタイルを継承している。

2009年(平成21年)には里見浩太朗の後を受け、日本俳優連合第5代理事長に就任[13]。俳優の資質や地位の向上・権利問題などにも取り組んでいる。

2010年(平成22年)3月、『釣りバカ日誌』シリーズで、22年の長きにわたり国民に笑いと感動を与え続け、日本映画界へ残した数々の功績を讃えられ、三國連太郎と共に第33回日本アカデミー賞会長功労賞を受賞[14]

2011年(平成23年)3月11日東日本大震災が発生、出身地である福島県も甚大な被害を受けた事を受け、支援ライブへの出演[15]のほか、積極的な支援活動を行っている。震災以降、月に2 - 3回は単身、地元・郡山に戻り長期滞在する生活になっているという[16]

2012年(平成24年)3月15日社団法人日本喜劇人協会主催の喜劇人大賞を受賞[17]

2013年(平成25年)3月27日、『池中玄太80キロ』で恋人役で共演した坂口良子が57歳で死去[18]。西田は談話を発表し「早過ぎるよアッコ・・・池中玄太は号泣しています」と、ドラマ内での役名(暁子=アッコ)で呼びかけ、その無念さを表した[19]。また、4月14日には『釣りバカ日誌』シリーズでコンビを組んだ三國連太郎が急性呼吸不全で死去。7月19日グランドハイアット東京で営まれた「お別れの会」で西田は祭壇に“お別れの言葉”を述べ、故人を偲ぶとともに「実に見事な生涯でした」と、90年の生涯を称賛した[20]

2014年(平成26年)7月1日9月12日16日に開催予定の「第7回したまちコメディ映画祭in台東」でコメディ栄誉賞を受賞することと、リスペクト上映として第1作目の『釣りバカ日誌』の上映が決定した[21][22]

2016年(平成28年)2月1日、自宅ベッドから転落して首を痛め、「頸椎亜脱臼」と診断される[23]。出演中のドラマ『家族ノカタチ』の撮影には参加を続けたが、12日に大阪の朝日放送で予定されていた『探偵!ナイトスクープ』の収録は、大事をとって欠席(3月4日11日放送分)。2月26日に収録に復帰した[24]4月19日腰椎の一部を頸椎に移植する手術を受ける[25]。手術後に胆のう炎を発症。5月6日に予定されていた『探偵!ナイトスクープ』の収録を取りやめ [26]5月12日に胆のうの摘出手術を受けた[27]5月19日、『人生の楽園』のナレーションで仕事復帰。6月3日、『探偵!ナイトスクープ』の収録(6月24日7月1日放送分)でテレビ画面への復帰を果たした[28]6月11日に退院[29]。この際に入院などについて薬物使用疑惑などのデマが流れ、 同年8月、所属事務所により、被害届が警視庁赤坂署に提出され[30]、「違法な書き込みに対して、書き込みした人物を特定し、業務妨害及び名誉毀損を理由として、刑事、民事の責任追及を現在進めているところ」といった警告文が発表され[31]、同年10月4日、ドラマ『ドクターX〜外科医・大門未知子〜』(第4シリーズ)の制作発表会見で、「(2016年4月、5月に頸椎亜脱臼の手術と胆嚢炎の手術のため)入院についても、いろいろネットのニュースで書かれて、『シャブ隠しのために入院したらしいぞ』とまで言われた。私は“シャブ中”ではございませんので、一つよろしくお願いします」と、ネット中の噂話を明確に否定した[32]

2017年7月5日、警視庁赤坂署は実際には(前述の)薬物などの使用の事実はなく、書き込みは虚偽の内容だと判断し、偽計業務妨害容疑で、中傷記事を書き込みしたり転載したりした男女三人を書類送検した[30]

2018年4月の春の叙勲で旭日小綬章を受章。

エピソード

大河ドラマについて

NHK大河ドラマに数多く出演しており、初出演した1972年(昭和47年)の『新・平家物語』から、2013年(平成25年)放送の『八重の桜』まで、出演作品数は計12作にのぼり、『山河燃ゆ1984年(昭和59年)、『翔ぶが如く1990年(平成2年)、『八代将軍吉宗1995年(平成7年)、『葵 徳川三代2000年(平成12年)の4作で主演を務めている。主演4回は57作(2017年現在)放送されている大河ドラマで最多になる。

歴代の徳川将軍家の人物を演じることが多く、『八代将軍吉宗』では徳川吉宗、『葵 徳川三代』では徳川秀忠、『功名が辻』では徳川家康、と、3名の徳川家将軍を演じている。特に『功名が辻』では家康を演じるにあたり、数多く残されている家康の肖像画などの姿により近づけるために、特殊メイクで福耳を施して演じた[注釈 3]。また、『おんな太閤記』では豊臣秀吉を演じ、西田の台詞「おかか」(正室ねねの呼称)は当時の流行語になった。なお、大河ドラマで三英傑のうち二人以上演じたのは西田が唯一である[注釈 4]

1990年(平成2年)の『翔ぶが如く』に西郷隆盛役で出演を依頼された際に故郷(会津)の友人に相談したところ、「長州は駄目だが、薩摩なら大丈夫だ」と言われたので出演を引き受けたとのこと[34]。尚、後に養父(西田家)が薩摩藩士の子孫であった事がNHK総合「ファミリーヒストリー」(2017年10月4日放送)にて判明し、高祖父、祖父が薩英戦争西南戦争に従軍していたことがわかった。また、2013年(平成25年)の『八重の桜』に西郷頼母役で出演をし、両西郷を演じるのは日本テレビの年末時代劇で出演していた里見浩太朗についで二人目である。

松崎しげるらとの親交

互いが売れ始める前(松崎24歳、西田26歳)からの飲み友達で、毎晩のように飲み歩いては、互いの愚痴を吐き出しながら、励まし合う仲だった。そんな中でも知り合いや先輩が経営する飲食店に顔を出してリクエストに応えて歌うと、無料で飲み食いさせてもらえるメリットがあった。そうした中で出来上がったのが「客の出す3つの『お題』を入れて即興で歌を作る」という、落語三題噺のようなネタ。松崎は元より、西田も歌唱力と音楽的センスがあったため、二人の即興デュエットは当時の六本木界隈では有名になった。その噂を聞きつけたTBSのスタッフが二人を進行役に起用したテレビ番組が『ハッスル銀座』(1975年)だった。この番組では、視聴者から寄せられるハガキのエピソードを元に即興で歌を作り、披露するコーナーが評判となった。この番組出演が契機となり、翌1976年には松崎は『愛のメモリー』がCMに起用され、スペインのマジョルカ音楽祭・最優秀歌唱賞を受賞する等注目され始め、西田はTBSのドラマ『三男三女婿一匹』への出演などを経て、その主役を喰うほどの演技力が高く評価される。さらに翌1977年には共にブレイクし、人気を不動のものにしていく。以来、親交は続き、現在でも無二の親友同士である[35]。 また、この松崎に加え、柴俊夫田中健志垣太郎も当時からの親密な友人で、家族ぐるみで親交がある。『即興ソング』は現在でも松崎、西田の十八番ネタである。

武田鉄矢とも親交が深く、NET→テレビ朝日みごろ!たべごろ!笑いごろ!』(1976年10月 - 1978年3月)の番組中のコントで初共演し、二人でコーナーを担当するようになって以来、家族ぐるみの仲である。

田淵幸一との親交

プロ野球は福島県出身ということで東北楽天ゴールデンイーグルスファンクラブ名誉会員として名を連ねているが、自身は大の阪神タイガースファン(阪神ファン)である。2006年5月には、甲子園球場で行われた阪神対ヤクルト戦にて始球式を務めている。

1979年(昭和54年)にはいしいひさいち原作のアニメ映画『がんばれ!!タブチくん!!』で主人公のタブチくんの声を担当した。プロ野球阪神タイガースのファンで、『がんばれ!!タブチくん!!』のタブチ役を演じたことから、映画のモデルである田淵幸一と今日まで長く親交を続けている。ちなみに『探偵!ナイトスクープ』に元阪神の田淵がときどきゲスト出演するのはこの縁からである。

探偵ナイトスクープ

番組の局長(司会者)になって以来、番組以外でも「局長」と呼ばれることが増えている。起用された理由は「同番組の大ファン」だったから。同番組では関西弁交じりで話し、非常に涙もろい一面が伺え、依頼内容に少しでも感動的な要素があると、ほぼもれなく涙を流している。そのあまりに涙もろい点から、大阪で移動にタクシーを利用すると、運転手に「なんであれで泣くの?」と聞かれることがあるという[36]

その他のエピソード

イメージ的に「いい人」的な役回りが多いため、「白い巨塔」では金に物を言わせて根回しをする悪役を演じるにあたり、意地汚いイメージを出そうと西田の提案により、付けにカツラを着用して演じた(作中でカツラ着用者という設定)。製作発表の席で駄洒落交じりで、「私の役名は財前又一(またいち)ですので、財前ヌーとは読まないで下さい。」と、笑いを誘った。それから4年後には白い巨塔と同じ、山崎豊子原作の『華麗なる一族』に又一と比較して「いい人」である大川一郎役で出演している。この役は又一と同じく、主人公万俵鉄平(演:木村拓哉)の妻の父、いわゆる義父である。また、タクシーに乗る際に共演者である勝村政信が顔バレしないか心配し、気を使ったが、西田がドライバーに「俳優の西田敏行です」と語ってしまったことがある。

打ち上げなどでは、『即興ソング』以外にも旺盛なサービス精神と芸達者ぶりを披露し、周囲を笑いに巻き込んでいる。持ちネタとして、エルビス・プレスリー丹波哲郎のものまねなどがあり、最近では「シャンソン風『与作』」北島三郎の『与作』のカラオケに合わせて、でたらめなフランス語を駆使して「シャンソン風」に歌いあげる。シャンソン風なので、サビの部分は「与作」を「ピエール」に変え、語りかける、というもの)が『SMAP×SMAP』など、ゲスト出演したバラエティ番組で紹介されている。

学研の小学生向けに書かれた自伝にて、自らの母について語っており、幼少期に風邪をひいて寝込んでいると、鼻が詰まり眠れずにいたら、母が西田少年の鼻に口を当てて、鼻水を吸い取ったエピソードを引用し、母親の偉大さとありがたみを子供たちに伝えた。

福島生まれだが、高校から東京にいるため、あまり東北弁は話さない。しかし、東北弁が出ることもある。『アウトレイジ ビヨンド』では東北出身者ながら、河内弁で芝居をしていた。

実現しなかった『男はつらいよ』第49作「寅次郎花へんろ」にはマドンナ田中裕子の兄役で出演が予定されており、[37][38]その事が縁で『虹を掴む男』シリーズでは出演を務めた。また二代目寅さん役最有力候補とされていたこともある(渥美清の死去後すぐ報道された)。

東日本大震災に関して

東日本大震災の後に中畑清らと共に復興応援CMに出演していた。

2011年4月2日、故郷の福島県郡山市のスーパーで県産の野菜やイチゴ、キュウリなどを食べて安全性のアピールにひと役買った。このとき涙に目を潤ませながら、「美しい福島を汚したのは誰だ!誰が福島をこんなにしたんだ!本当に本当に腹が立つ。福島はどんなことがあっても負けねぇぞ!」と絶叫した。4日には早朝からTBS系『みのもんたの朝ズバッ!』に生出演し、福島第1原発事故の影響で、福島県産の牛肉について不安を煽るような不確定な発表が行われ、撤回・修正された。これには、「あきれて物が言えないですよ。風評被害というのは、一度立っちゃうと、払拭するまでものすごい時間がかかっちゃう」と怒りをあらわにした。同じ日の朝日新聞朝刊では、「我慢強い人が多い福島ですけど、今度だけは、ね。東京電力や原発を進めてきた政治家たちに怒りの声を張り上げたい」と心境を寄せた。

2011年6月14日、東京都内で行われた東日本大震災被災者支援発表会見に出席した。NPOふるさと回帰支援センターの主催で岩手、宮城、福島3県の被災者に向けた他県への移住支援を発表。福島県出身の西田は「原発の反対は現実的でないと言われてきたが、もろくも事故を引き起こした」と憤慨。宮城県出身の菅原文太も「原発の是非を問う国民投票をすべき。菅首相も最後に大きな仕事になる。ドイツもイタリアも脱原発を決めた。良い意味の三国同盟をつくってほしい」と訴え、二人とも「原発はNO!」と語った。

政治に関して

「団塊世代の役者としてケジメのつけ方がある」「役者も政治的にならなければ」の持ち主で[39]であり、自らの政治信条を度々述べる事がある。

反戦

戦争に反対する思いは母の影響が大きく、「僕も世の中はなんでこう戦火が絶えることがないのか、といつも思っているし、母は僕が子どもの頃から折に触れて、『人間が絶対しちゃいけないことの一つは戦争だ』と口癖のように言っていました。8月6日は広島に原爆が落とされた日なんだよとか。戦争というものは勝者も敗者も何も得るものはないんだという彼女の言葉は強く響いてますね」と述べている[40]

日本国憲法第9条を含め、護憲に対して肯定的な発言をしている[41]

中国との交流

中国との交流も深く、中国の国営テレビ局であるCCTVは、2012年9月尖閣諸島国有化以降、日本の映画やドラマの放送を一切禁じるようにしている(唯一の例外は、2014年12月に、亡くなった「中国人民の古い友達」と呼ばれている高倉健を偲ぶために、高倉の映画作品を放送した)が、2016年2月中旬に西田が怪我で頸椎亜脱臼したことが分かると、恒例を破り、2月27日に、CCTV映画専門チャンネルの『影人1+1』という番組で、「我々中国人民の古い友達・西田敏行さんへのお見舞い」と、『釣りバカ日誌』19、20を二本連続放送した[42]

2016年2月中旬、西田が怪我したことの報道された当日は千通以上のお見舞いメッセージ、そして、2016年11月4日、西田の69歳誕生日の当日はまた千通以上のお祝いメッセージが、中国のファンから西田の所属事務所に届いた。

2017年2月、西田は所属事務所の小林保男社長を通じて、中国のファンによる宣伝用ウェイボーアカウントで、前記CCTV映画専門チャンネルの『影人1+1』と応援している中国のファンへ感謝のメッセージを寄せ、中国旧暦新年への挨拶を送った[43]

田中角栄を演じたい

全日本空輸機内誌『翼の王国』2007年8月号でのインタビュー、2016年10月に出版された自伝『役者人生、泣き笑い』、2016年12月8日に放送された『徹子の部屋』、2016年12月12月に放送された『伊集院光とらじおと』、2017年1月8日号の『朝日新聞』、2017年3月26日に放送された『橋幸夫の地球楽団』などにて、「これからは、機会さえあれば、ぜひ田中角栄元総理を演じてみたい」と度々述べている[44]。西田は田中の魅力を「人としても政治家としても、清濁併せのんだ魅力がある。あの風貌と香具師(やし)のような声。人たらしの才。でも、ヒーローでもヒールでもなく、普通のオヤジが『角栄』を演じ切ったのかもしれないとも思うんです」[45]と語っている。

また、「沖縄返還で佐藤栄作元首相がノーベル平和賞をもらったけど、日中国交回復をなしとげた角栄さんが受賞してもよかったのに、と僕は思ってます」[46]、「中国のトップレベルの俳優に周恩来役をやってもらって」[46]、「日中国交回復で周恩来と体当たりでマオタイ酒を交わした名場面を演じてみたいのです」[47]、「日中の国交が回復した際の周恩来とのやりとりだけを抽出して2時間ぐらいのドラマにしても面白いななんて思っています」[48]と度々述べている。

出演作品

映画

釣りバカ日誌シリーズ

テレビドラマ

舞台

  • 情痴 (青年座劇場、1970年)
  • どらまないと (青年座劇場、1970年)
  • 抱擁家族 (青年座劇場、1971年)
  • 写楽考 (俳優座劇場、1971年),(紀伊国屋ホール、1972年)
  • 悲喜劇おんな系図 (青年座劇場、1971年)
  • 明治の柩 (紀伊国屋ホール、1973年)
  • 神々の死 (紀伊国屋ホール、1973年)
  • 私はルヴィ (俳優座劇場、1975年)
  • 写楽考 (紀伊国屋ホール、1977年)
  • セチュアンの善人 (紀伊国屋ホール、1978年)
  • 盟三五大切国立劇場小劇場、1979年)
  • 欲望という名の電車 (紀伊国屋ホール、1979年)
  • 冒険ダン吉の冒険 (紀伊国屋ホール、1981年)
  • 江戸のろくでなし (サンシャイン劇場、1982年)
  • 弥次喜多 (サンシャイン劇場、1985年)
  • からゆきさん (サンシャイン劇場、1990年)
  • 屋根の上のヴァイオリン弾き帝国劇場、1994年-2001年),(梅田コマ劇場、2001年)
  • つくづく赤い風車-小林一茶- (池袋西口テント劇場、1995年)
  • リセット (紀伊国屋ホール、1999年)

ラジオ

劇場アニメ

吹き替え

洋画

海外アニメ

  • ロボッツ (2005年) - ビッグウェルド博士 役

人形劇

バラエティ

ドキュメンタリー・教養番組

  • 人生の楽園 (テレビ朝日) - 2代目ナレーション
  • こころの遺伝子 〜あなたがいたから〜 (2010年4月-7月、NHK) - 司会
  • “花は咲く”スペシャル
    • “花は咲く”スペシャル〜一つの歌がつむぐ物語〜 (2012年9月5日、NHK)
    • “花は咲く”スペシャル〜復興を願う心のうた〜 (2013年3月14日、NHK)
  • NHKスペシャル 3.11 あの日から2年「福島のいまを知っていますか」 (2013年3月14日、NHK)[58]
  • テレビ未来遺産 震災直後… 生死を分ける72時間になすべきこと (2014年3月10日、TBS) - ナビゲーター
  • あの日が教えてくれること〜東日本大震災から3年〜 (2014年3月11日、フジテレビ) - スペシャルゲスト
  • ETV特集「あの舞をもういちど〜原発事故と民俗芸能」 (2014年6月7日、NHK Eテレ) - 語り

音楽番組

NHK紅白歌合戦出場歴

年度/放送回 曲目 出演順 対戦相手 備考
1981年(昭和56年)/第32回 もしもピアノが弾けたなら 12/22 榊原郁恵
1982年(昭和57年)/第33回 2 ああ上野駅 14/22 小柳ルミ子
1990年(平成2年)/第41回 3 もしもピアノが弾けたなら(2回目) 14/29 青江三奈
2011年(平成23年)/第62回 4 あの街に生まれて 17/25 小林幸子

注意点

    • 曲名の後の(○回目)は紅白で披露された回数を表す。
    • 出演順は「出演順/出場者数」で表す。

CM

音楽

シングル

シングル以外の楽曲

その他

アルバム

  • らぶそんぐ……おれ (1977年)
  • 続 らぶそんぐ……おれ (1977年)
  • 風に抱かれて (1980年)
  • もしもピアノが弾けたなら (1981年)
  • ミュージカルドラマ 夏の王様 (1982年) - 西田は10曲中5曲を歌唱。
  • 西田敏行ライブ〜メルヘン・ロール・イン'82〜 (1982年)
  • 青年座「弥次喜多」オリジナルキャスト盤 (1985年)
  • 虹〜マイ・フェイバリット・コレクション〜 (1989年)
  • 旅立たずにはいられない (1992年)
  • 西田敏行の音楽物語 (1)ピーターと狼 (1993年)
  • 西田敏行の音楽物語 (2)真夏の夜の夢 (1993年)
  • 西田敏行の音楽物語 (3)くるみ割り人形 (1993年)
  • 西田敏行の音楽物語 (4)白鳥の湖 (1993年)
  • 西田敏行の音楽物語 (5)眠りの森の美女 (1993年)

歌詞提供

  • 花ひとつ 夢ひとつ (堀江淳2013年
    • 発売元はビクターエンタテインメント。

PV出演

NHK みんなのうた

  • のらねこ三度笠 (放送時期:1980年6月 - 7月期) 作詞:たかはし雅美、作曲:中村勝彦、、アニメーション:倉橋達治
  • こんな日がほしかった (放送時期:1984年2月 - 3月期) 作詞:杉紀彦、作曲:森田公一、実写

その他

  • 西田敏行さん主演『星守る犬』 (2011年6月3日、朝日新聞夕刊 3面「映画 ART&CULTURE」インタビュー)
  • 映画『星守る犬』公開記念対談 西田敏行×村上たかし (2011年6月3日、朝日新聞朝刊全面広告10面)

著書

栄典

受賞歴

映画賞

ノミネート

日本アカデミー賞

  • 1985年:助演男優賞『天国の駅』
  • 1987年:主演男優賞『植村直己物語』
  • 1993年:主演男優賞『寒椿』
  • 1993年:助演男優賞『おろしや国酔夢譚
  • 1997年:主演男優賞『学校II
  • 2004年:主演男優賞『ゲロッパ!』・『釣りバカ日誌14』
  • 2018年:助演男優賞『ナミヤ雑貨店の奇蹟

脚注

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注釈

  1. ^ 記事には「頸椎性頸髄症」と記載されているが、誤りである。
  2. ^ 徹子の部屋』(2009年12月23日放送分)による。
  3. ^ 2014年1月2日放送予定のテレビ東京新春ワイド時代劇影武者徳川家康』で再び家康を演じている[33]
  4. ^ 但し、大河枠以外の作品を含めた場合は、3人全員演じた俳優(例:中村橋之助)もおり、西田は織田信長を演じていないためこの中には含まれない。
  5. ^ 現存映像は総集編後編のワンシーン。
  6. ^ 特別企画「歌で 会いたい。」の一つとして「花は咲く」歌唱。

出典

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外部リンク