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地理編集

山間に流れる岩木川の支流、平川に沿って町が展開する。豊かな自然と緑に恵まれた、スキー温泉の町。

隣接している自治体編集

行政編集

2010年6月27日に実施された町長選挙では、町を二分する選挙となり、現職(選挙時)の二川原和男候補と新人の山田年伸候補の得票数が3524票の同数となった。そのため、青森県内の市町村長選挙で初めてのくじ引き抽選が行われ、山田候補が初当選した[1]

財政編集

総合保養地域整備法に基づきバブル景気時代に建設された温泉レジャー施設「スパガーデン湯~とぴあ」を運営する第三セクター(大鰐温泉スキー場)は、バブル崩壊とともに多額の債務を生み出した。その損失補償が主な原因で、大鰐町は平成21年度より財政健全化法に基づく早期健全化団体財政再生団体の1つ手前で、破綻寸前とされる)となったが、平成27年度に健全化完了となった。当初の財政健全化計画では人件費削減や固定資産税の改定により総計6億円あまりを捻出し、平成24年度までに将来負担比率が早期健全化基準を下回ることを目標としていた。平成23年に損失補償を第三セクター等改革推進債の発行によって賄うこととしたため、長期にわたり実質公債費比率が早期健全化基準を超過する見通しとなり、財政健全化計画を令和3年度まで延長する変更を行ったが、財政改善により繰り上げ償還が可能となり計画の大幅な前倒しが実現した。実際の施策としては、職員数削減や給与・議員報酬の削減による人件費抑制が大きく、次いで都市公園施設に対する指定管理者制度の導入や運営休止による経費節減、固定資産税の改定による歳入増加などが金額的に大きな効果を上げた[2]。財政悪化の原因となった施設群は、2019年に解体に向けた調査に向けた試算が行われる予定[3]であり、負の遺産の整理が進められている。

財政問題は近隣市町村との合併にも影響があった。弘前市を中心とする中弘南黒地区(弘前市、黒石市中津軽郡南津軽郡)での合併の検討の際には多額の負債が問題となった。結局、旧尾上町、旧平賀町と、道路では接続のない旧碇ヶ関村平川市へと合併したが、その間に位置する大鰐町は合併しなかった。

沿革編集

  • 1889年明治22年)4月1日 - 町村制の施行により宿川原村、三ツ目内村、居土村、早瀬野村、島田村、虹貝村、大鰐村が合併して大鰐村が発足。
  • 1923年大正12年)4月1日 - 大鰐村が町制施行して大鰐町となる。
  • 1954年昭和29年)7月1日 - 大鰐町が蔵館町と合併し、改めて大鰐町となる。
  • 1964年(昭和39年)9月30日 - 弘前市の一部(森山)を編入。

姉妹都市・提携都市編集

国外編集

産業編集

 
大鰐郵便局

郵便編集

  • 大鰐郵便局〔集配局〕(84043)
  • 長峰郵便局(84156)

地域編集

人口編集

平成27年国勢調査より前回調査からの人口増減をみると、11.86%減の9,676人であり、増減率は県下40市町村中33位。

 
大鰐町と全国の年齢別人口分布(2005年) 大鰐町の年齢・男女別人口分布(2005年)
紫色 ― 大鰐町
緑色 ― 日本全国
青色 ― 男性
赤色 ― 女性
 

大鰐町(に相当する地域)の人口の推移
総務省統計局 国勢調査より

高等学校編集

中学校編集

小学校編集

交通編集

名所・旧跡・観光スポット・祭事・催事編集

 
大鰐町地域交流センター「鰐come」
 
大円寺

著名な出身者編集

脚注編集

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  1. ^ くじで落選異議申し出へ 大鰐町長選 デーリー東北・2010年6月29日
  2. ^ 財政健全化計画完了報告書”. 2016年1月26日閲覧。
  3. ^ 大鰐の「湯~とぴあ」解体費試算へ”. 東奥日報 (2019年2月22日). 2019年2月23日閲覧。

外部リンク編集