宇治 家彦(うじ いえひこ、1920年大正9年)3月17日 - )は、日本の元皇族久邇宮多嘉王の第2王子。旧名は家彦王。1942年(昭和17年)10月5日に臣籍降下が認められ、「宇治」の家名を下賜され伯爵となる[1]

家彦王
宇治伯爵(1942年 - 1947年)
Iehiko ou.png
京都帝国大学在学中

身位 臣籍降下
敬称 殿下→臣籍降下
His Imperial Highness
出生 (1920-03-17) 1920年3月17日(99歳)
京都府京都市
配偶者 鷹司量子
子女 宇治嘉彦
宇治家寛
父親 多嘉王
母親 久邇静子(王妃静子
役職 海軍技術大尉
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第三高等学校理科乙類を経て[2]京都帝国大学理学部物理学科[3]卒業。海軍技術大尉。

栄典編集

血縁編集

脚注編集

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  1. ^ 『官報』第4723号「宮内省告示第20号」1942年10月6日。
  2. ^ 第三高等学校一覧 昭和15年度』、2020年2月4日閲覧。
  3. ^ 京都帝国大学一覧 昭和17年度』、2020年2月4日閲覧。
  4. ^ 『官報』第4438号・付録「辞令二」1941年10月23日。
  5. ^ 『官報』第4142号「叙任及辞令」1940年10月26日。
日本の爵位
先代:
叙爵
伯爵
宇治家初代
1942年 - 1947年
次代:
(華族制度廃止)