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小松 洋平(こまつ ようへい、1988年6月25日 - )は、日本男性プロレスラー新日本プロレス所属。宮城県栗原市出身。血液型O型。2017年10月以降は名前の一部をアルファベット表記にしたYOHリングネームで活動している。

YOH
YOHnjpw.jpg
2018年7月21日後楽園ホール
プロフィール
リングネーム YOH
YOHEY
風神
小松 洋平
本名 小松 洋平
ニックネーム 鋼の若獅子
鋼のヤングライオン
スーパースター
HIGH and MIGHTY
身長 171.5cm
体重 85kg
誕生日 1988年6月25日 (31歳)
出身地 宮城県栗原市
所属 新日本プロレス
スポーツ歴 レスリング
トレーナー 内藤哲也
平田淳嗣
デビュー 2012年11月19日
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経歴編集

プロレス好きな両親の影響で、三歳の頃からテレビで観戦する[1]。中学一年の時にプロレスラーになることを志し、それまで活動していた野球部を退部して、二年生から柔道部に転部する[2]。その後、東北工業大学高等学校 (現:仙台城南高等学校)を経て、東洋大学白山キャンパスに進学。高校・大学共にレスリング部に所属していた[1][2]。レスリング最後の試合は、2010年8月、大阪で開催された全日本学生選手権(インカレ)。1回戦を突破した後、2回戦で早稲田大学の播磨幸太郎と対戦し、激闘の末、僅差で敗れた。

大学在学中に新日本プロレス入門テストを受け合格するも、学業を優先し辞退。卒業時に再度受けるが、その年は身長重視だった為不合格となる。

2011年3月、同大学を卒業。卒業後の5月にフリーターとなりながら、プロレス学校(プロレス道場ヤングライオンクラス)に入学し、一年間通う[2]2012年2月、新日本プロレス入門テストに合格を果たす[1]

11月19日、SHIBUYA-AXで行われた若手主体の興行NEVERで、渡辺高章を相手にプロデビューを飾った[3]

2013年10月25日、KUSHIDAのパートナーとしてSUPER Jr. TAG TOURNAMENTにエントリーしたが、BUSHI & バリエンテ組に敗れ、一回戦敗退となった。12月23日、年内最終興行における試合で田中翔と対戦。逆片エビ固めでギブアップを奪い、初勝利を収めた。

2014年1月3日、ディファ有明で開催された「大プロレス祭り 2014」で、翌4日のダーク・マッチに出場予定とされていたタイガーマスクが盲腸のため欠場。これを受けて急遽、東京ドーム出場権を賭けて田中と対戦。この試合に勝利を収め、デビュー1年3ヶ月でレッスルキングダム8に初出場を果たした。

2015年1月4日、東京ドーム大会における第0試合「ニュージャパンランボー」で、バトルロイヤル形式ながらプロレス学校時代のコーチであるヒロ斎藤と初対戦した[4]

5月、BEST OF THE SUPER Jr.に初出場。大会前には優勝を宣言するもリーグ戦全敗で予選敗退。

11月17日、DDTの後楽園大会に参戦。棚橋弘至とのタッグでHARASHIMA大家健と対決。HARASHIMAの蒼魔刀(ダブルニーアタック)を受け止め逆エビ固めに切り返すなど善戦したが、最後はHARASHIMAの蒼魔刀に沈んだ。

2016年1月、「CMLL FANTASTICA MANIA 2016」での試合を最後に、同期の田中と共にCMLLへの無期限海外遠征が決定した。リングネームは風神(Fujin)。

2016年2月2日、アレナコリセオにてOKUMURA雷神とのタッグで、CMLLデビュー。対戦相手はストゥーカエスフェンヘレイ・コメタ

2016年4月、「CMLL Torneo Gran Alternativa 2016」のタッグトーナメントにレイ・エスコルピオンと出場。Aブロック一位通過。決勝で初のアレナ・メヒコメイン出場を果たす。結果はボラドール・ジュニアとスフィンクスに敗れ、準優勝。

2016年9月、田中翔とTHE TEMPURA BOYZとして、拠点をアメリカに移す。リングネームは、YOHEY

2016年9月30日、THE TEMPURA BOYZとしてSHOと組み、vsコルト・カバナダルトン・キャッスルで、ROHデビュー。

2017年7月1日、アメリカにて第5試合でヨシ・タツビリー・ガン田中翔と組んでフィンレー、棚橋、ホワイト、KUSHIDA組と戦った。

2017年7月3日、同にて第1試合にてヨシ・タツ&田中翔と組んでフィンレー、KUSHIDA、ライガー組と対戦。

2017年10月9日、両国にて第3試合にSHOと組み、ロッポンギ3Kとして凱旋帰国。リコシェ、田口組が持つIWGPジュニアタッグ王座に挑戦し、合体技3Kでリコシェから勝利を収め、初戴冠となった。

2019年7月、AB tokyoにて「小松洋平の題名のない作品展」開催。

タイトル歴編集

新日本プロレス

得意技編集

スターゲイザー
AJスタイルズのカーフキラーと同じ技。
真正面から相手の内股に自身の左足を差し込み相手の左足に絡め前転をして相手を後方に倒し、そこから更に回転をさせて相手をうつ伏せにしてしまい、自身の左足を巻き込む形で相手の左足からつま先を自身の両手で掴み、後方に体重をかけて絞り上げる。
ドラゴン・スープレックス・ホールド
2019年4月26日、広島でのIWGPジュニアタッグ防衛戦(相手はBUSHI鷹木信悟組)でBUSHI相手にフィニッシャーとして使用。「今後はドラゴン殺法で行く」とのこと。
ファイナル・カット
ファイブスタークラッチ
ジャパニーズ・レッグロールクラッチの要領で相手を押さえ込む技。通常と違うのは、自身の手で相手の手首を握り、返されにくくしている所である。2018年のBOSJで多く使われた。
飛び付き式コンプリート・ショット
相手に飛びついて大きく下半身を振りかぶって勢いをつけながら落とす変型のフラット・ライナー。
スーパーキック
ランニングダブルニーアタック
風神としてCMLL参戦して以降使用しているフィニッシュ・ホールド
ランニング・カッター
自身が助走し相手に向いランニング・カッターを決める技。
ROLL of K
ヤングライオン時代のフィニッシュ・ホールド。相手が走ってきたところにスライディングしながら片足をとり、つかんだまま自らは後転。そのまま逆片エビ固めを決める。2013年の初勝利時から使用しているが、当初は単に「逆片エビ固め」との表記であった。技名は2016年に週刊プロレス誌上で命名。
ウルトラタイガードロップ
2015年のBEST OF THE SUPER Jr.から使用している。
ファルコン・アロー

合体技編集

 
3K
3K
SHOがフラップジャックで相手を上げたところにYOHがコンプリートショットを決める合体のフェイスバスター。この技でIWGPJrタッグ王座初戴冠となった。
ダブル・ジャンピング ニーアタック
カナディアンバックブリーカ式フェイスバスター+カッター
SHOがカナディアン・バックブリーカーの体勢から、相手を前方に反転させフェイスバスターで相手を投げてYOHがランニングカッターで決める技。

入場曲編集

Resolution
ヤングライオン時代に使用していた入場曲。
Transient Happiness(DOPING PANDA
CMLLで使用していた入場曲。

その他編集

  • マスクマン志望で遠征に行って帰ってくるとしたらマスクマンになってると言っている。
  • 同じ東北出身者である元プロ野球選手・中畑清を恩師としている。中学時代に中畑の野球教室に参加したことがあるため。2014年には11年ぶりに再会した[5]

脚注編集

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  1. ^ a b c 選手名鑑”. 新日本プロレス公式ウェブサイト. 2014年1月26日閲覧。
  2. ^ a b c プロレス学校出身! 両親の影響で3歳からプロレス好き! 11・19『NEVER』でデビューする新人・小松洋平に直前インタビュー!”. 新日本プロレス公式ウェブサイト. 2012年11月18日閲覧。
  3. ^ NEVER 第1試合 新日本プロレス公式ウェブサイト
  4. ^ 新日本1.4東京ドーム大会 棚橋vs.オカダのIWGP戦、中邑vs.飯伏のIC戦、鈴木vs.桜庭”. バトルニュース (2014年1月5日). 2015年10月26日閲覧。
  5. ^ 新日・小松洋平、“恩師”キヨシ監督激励に「これでバッチリです」(1/2ページ)”. SANSPO.COM(サンスポ) (2014年10月28日). 2015年10月26日閲覧。

関連項目編集

外部リンク編集