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日本の観光(にほんのかんこう)では、日本国内の観光の変遷について記す。日本は大幅な観光収支赤字国だったが、世界経済フォーラムによる2017年の旅行・観光競争力ランキングで136カ国中4位の観光大国に変貌した[1]。2016年の訪日外国人旅行者数は2403万人であった。2013年に日本政府は「観光イコール内需」への発想転換で「観光立国」を選択し、訪日外国人の消費金額が2012年の1兆846億円から2017年は4兆4162億円へと急増している[2]姫路城古都京都の文化財古都奈良の文化財など21の世界遺産があり、ほか魅力としては、新幹線による景勝地や温泉巡りなどがある。

目次

江戸時代の旅編集

中世期において人の移動は活発でなく、戦国期には戦国大名など地域領主の領国内には関所が設置され、人や物の移動は制限を受けていた。一方で公家や僧などの文人は諸大名家への来訪や廻国などを行い、各地の名所を訪ね記録資料を残している。

近世・江戸時代の幕藩体制においては引き続き関所や口留番所が存在し人の移動は制限されていたが、一方で江戸期には全国の諸街道や脇往還、水運や海運が発達し、旅行者向けの国絵図や道中案内記などの出版物が生まれ、これらを背景に旅が大衆化する。

江戸期には文人や武士なども諸国を旅し多くの紀行文を残しているが、庶民においても身元や旅の目的を証明する通行手形を所持していれば寺社参詣などを名目として物見遊山の旅が可能になり、旅を楽しむ人々が急増した。街道添いには旅人向けの宿場や茶屋が成立し、各地で名物の物産が生まれた。また、旅の情報は旅日記浮世絵などの絵画資料により普及した。江戸時代には御師が庶民に伊勢信仰を広め、お蔭参りの大ブームが数回発生した。これらは現代でいう観光産業の先駆けともとれる。江戸時代は鎖国が取られており、漂流者などを除いて外国に渡航する日本人はいなかった。観光目的の外国への旅は皆無であった。

明治時代から高度経済成長まで編集

近代には幕藩体制の解体、鉄道・汽船などの交通・物流網、情報の発達で国内の移動が容易となり、旅の情報も普及し観光を目的とした旅行は活発になり、日本各地で観光や保養を目的とした地域づくりが生まれ、観光は産業化する。国内の遠い地方に旅行することが容易になり、満州中国本土など近隣の国外への観光旅行も行われるようになった。

幕末に日本は開国されたが極東に位置していたことと、島国という条件、当時の日本への渡航手段は時間のかかる船しか存在しないという技術的問題により、日本への外国からの訪問者は少なかった。それでも、1899年内地雑居が実施されると、外国人も日本国内で自由に旅行ができるようになり、1912年には日本交通公社が設立された。第二次大戦間での海外への渡航者は、主に移民留学生であり、海外旅行は一部富裕層に限られていた。また、訪日する外国人も、政府が雇ったお雇い外国人や、中国大陸やインドなど比較的近隣のアジアからの移民や留学生が大半であった。戦後、観光産業は一時落ち込むが、戦後復興とともに所得が増加し、鉄道・道路など交通機関のさらなる進歩、出版物やマスメディアによる旅の情報のさらなる普及により観光業が発展した。戦後には特に観光農園など地域の地場産業と組み合わせた形態の観光業が発達する。

高度経済成長以降編集

海外観光編集

日本は高度経済成長によって、日本人の観光は大きく変化した。国民の所得は増加し、1964年海外旅行が自由化されたことにより日本人が海外に出国するのは容易になり、それまでは富裕層でなければ難しかった海外旅行は、庶民の手にも届くものとなっていった。2013年まで日本は世界有数の観光赤字国であった。日本人の訪問先は海外旅行自由化直後はテレビ番組などの影響でハワイが一番人気であったが、その後世界各地に広がり、近年では日本人観光客がいない観光地を探すことの方が困難である。最近の傾向として、近場では、中国韓国東南アジアが人気で、北米ヨーロッパがそれに続いている。また旅行の形態も、エコツーリズム秘境探検、クルーズなど多様化の一途をたどっていた。訪日外国人は増加しつつも出国邦人に比べれば少なかったため、国土交通省ビジット・ジャパン・キャンペーン(VJC)、観光庁設置などで訪日観光客の増加を図っていた

国内観光編集

国内観光は新幹線高速道路網の整備により国民の移動が容易になり、シーズンごとに各交通機関観光地は余暇を過ごす国民で混雑する。

戦後の混乱から脱し、高度成長期に入ると人々の暮らしにもようやく落ち着きが戻り、温泉地等の観光地には人々がごった返した。熱海温泉、鬼怒川温泉、別府温泉等の歓楽地型温泉では旅館ホテルの巨大化が続いた。一方、大阪の万国博覧会を契機に各地で博覧会が開催された。同時代には、結婚観の変化も相まって「新婚旅行」が中流階級以下にも普及し、特に宮崎県が絶大な人気を集めた。

その後、1983年(昭和58年)に開業した東京ディズニーランド(TDL)の盛況にならって、各地に外国や童話等をテーマとしたテーマパーク建設が相次いだが、TDLとUSJ以外はいずれも不振である。バブル期は総合保養地域整備法(通称リゾート法)の制定もあり、各地にゴルフ場、リゾートホテル、マリーナ等が計画されたが、バブル崩壊により一部の施設以外は、不振が続いている。

観光資源編集

日本の世界遺産に関しては厳正保護が目的であり観光化を否定してきたが、2002年にユネスコが「世界遺産と持続可能な観光プログラム」[3]を作成し、保全費用捻出のための収益源として活用する遺産の商品化の方針を発したことで、観光商品化が公認された。これをうけ日本では地域自然資産区域における自然環境の保全及び持続可能な利用の推進に関する法律が成立し、文化遺産文化財を含め観光の際に保全費用の徴収が可能になり、新設された日本遺産制度のような保護も含めた新たな観光スタイルが提言される。

統計編集

 
訪日観光客数(2003-2015年3月)

日本において、観光に関する統計データとしては、国土交通省が実施しているもののほか、自治体や業界団体等が発表している。国土交通省では、2006年度から宿泊統計調査を行っている(ただし小規模・零細な施設は除外)ほか、消費、宿泊、入込についての観光統計の整備を図っている。

2015年度中の訪日観光客は19,737,409人であった(以下の表は2015年のもの)[4]。 日本を訪れる海外からの観光客数は概ね増加傾向にある。2013年にはそれまで年間目標としていた1,000万人を史上初めて突破、2016年3月には月間200万人を超えた。2016年現在、政府は2020年を目途に年間訪日観光客数を4,000万人まで引き上げることを目標としている。

順位 国名  観光客数(人) 比率(%)
1   中国 4,993,689 25.3%
2   韓国 4,002,095 20.3%
3   台湾 3,677,075 18.6%
4   香港中国 1,524,292 7.7%
5   アメリカ 1,033,258 5.2%
6   タイ 796,731 3.7%
7   オーストラリア 376,075 1.9%
8   シンガポール 308,783 1.6%
9   マレーシア 305,447 1.5%
10   フィリピン 268,361 1.4%
その他 2,451,603 12.8%
合計 19,737,409 100%

観光に関する統計は、「入込客数」と「消費額」とに大別される。「消費額」は「入込客数」と単価との積で求められる。入込客数は、地域内客と地域外客あるいは宿泊客数と日帰客数とに分けられる。さらに、地域外客の発地別内訳も調査項目に含む。消費額は、宿泊、飲食、土産、その他に分けられ、単価と総額(消費額)とが発表される。ただ、これらの統計は、あくまでも「推計」である。

脚注編集

関連項目編集