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日産化学株式会社(にっさんかがく)は、日本化学メーカー1887年明治20年)4月、日本初の化学肥料製造会社として誕生した。

日産化学株式会社
Nissan Chemical Corporation
種類 株式会社
市場情報
東証1部 4021
1949年5月16日上場
本社所在地 日本の旗 日本
101-0054
東京都千代田区神田錦町三丁目7番地1
興和一ツ橋ビル
設立 1921年大正10年)4月20日
(スタンダード油脂株式会社)
業種 化学
法人番号 1010001008734
事業内容 化学品、農業化学品、医薬品、他
代表者 木下 小次郎(代表取締役社長)
資本金 189億4,200万円
発行済株式総数 1億6,100万株
売上高 連結:1,636億58百万円
単独:1,213億23百万円
(2014年3月期)
営業利益 連結:222億46百万円
単独:184億89百万円
(2014年3月期)
純利益 連結:167億01百万円
単独:149億95百万円
(2014年3月期)
純資産 連結:1,378億22百万円
単独:1,171億17百万円
(2014年3月31日現在)
総資産 連結:2,079億99百万円
単独:1,809億71百万円
(2014年3月31日現在)
従業員数 連結:2,281人 単独:1,707人
(2014年3月31日現在)
決算期 3月31日
主要株主 日本マスタートラスト信託銀行(信託口) 8.62%
日本トラスティ・サービス信託銀行(信託口) 5.64%
みずほ信託銀行(株)退職給付信託みずほ銀行口再信託受託者資産管理サービス信託銀行(株) 5.08%
(2014年3月31日現在)
主要子会社 日星産業 100%
日産緑化 100%
日産物流 100%
日産エンジニアリング 100%
外部リンク http://www.nissanchem.co.jp/
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目次

概要編集

日産コンツェルンの流れを汲むが、戦後の財閥解体により、現在は日産自動車との資本関係はない。ただし、日産・日立グループの企業で構成される、春光懇話会の会員会社(春光グループ)の一つである。

また、化学肥料商品のほか農薬関連商品ラウンドアップシリーズも展開(中でも特に『ラウンドアップ マックスロード』が有名)している。

沿革編集

  • 1887年明治20年)4月 高峰譲吉博士が、イギリス留学中に化学肥料製造工場を見学した内容を日本に紹介した。これを受けて、渋沢栄一第一銀行創業者)、益田孝(当時の三井財閥有力関係者)など当時の財界の首脳が発起人となって前身である東京人造肥料会社を設立。
  • 1889年(明治22年) 7月 日本舎密製造会社(のちの日本化学肥料株式会社)設立
  • 1892年(明治25年)大阪硫曹株式会社創業[1]
  • 1893年(明治26年)12月 東京人造肥料株式会社に社名変更。
  • 1895年(明治28年)12月 合資会社王子製造所(のちの関東酸曹株式会社)設立
  • 1910年(明治43年)7月 東京人造肥料会社が大日本人造肥料株式会社に商号変更。同年10月、大阪硫曹を合併[2]
  • 1922年(大正11年) 6月 大正運送株式会社(現在の日産物流株式会社)設立
  • 1923年大正12年)5月 関東酸曹株式会社と日本化学肥料株式会社を合併、肥料・酸アルカリ製造の化学会社となる。
  • 1930年(昭和5年) ヤマハ釧路工場を買い取る。
  • 1932年(昭和 7年)10月 株式会社文化農報社(現在の日星産業株式会社)設立
  • 1937年昭和12年)12月 日産化学工業株式会社に商号変更。
  • 1943年(昭和18年)4月 日本鉱業株式会社(現:JXTGホールディングス)に合併、同社の化学部門となる。
  • 1945年(昭和20年)4月 (第1次)日本油脂株式会社が、日本鉱業株式会社の化学部門の営業包括譲渡を受け、日産化学工業株式会社に商号変更。
  • 1949年(昭和24年)5月 証券取引所の再開に伴い、株式上場。
  • 1949年(昭和24年)7月 同社の油脂、塗料、火薬、溶接部門を分離し、(第2次)日本油脂株式会社(現・日油)を設立。
  • 2018年(平成30年)7月 本社を神田錦町三丁目7番地1の興和一ツ橋ビルから日本橋二丁目地区第1種市街地再開発事業 C街区(日本橋高島屋三井ビルディング)へ移転予定と同時に日産化学株式会社に商号変更。

事業所編集

主な製品編集

化学品事業編集

機能性材料事業編集

農業化学品事業編集

医薬品事業編集

健康食品事業編集

関係会社編集

2015年3月末時点の子会社及び関連会社数は36社である[4]

脚注編集

関連項目編集

外部リンク編集