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概要編集

コーエン兄弟が製作した五作目の映画である。映画の脚本は、コーエン兄弟と彼らの師匠筋にあたるサム・ライミ1984年頃から共同で執筆を開始していたものである。脚本は1991年に完成し、かねてよりコーエン兄弟の実力を高く評価していた映画プロデューサーのジョエル・シルバーが全面的にバックアップすることで映画製作が開始された[2]。ライミは脚本のみならず、映画の第二班監督担当やカメオ出演と言う形で作品に貢献した。メインキャストにティム・ロビンスポール・ニューマンといった一流のハリウッドスターを迎え、2500万ドルとも4000万ドルとも言われる巨額の制作費[2][1]を掛けた、当時のコーエン兄弟にとって最大の大作映画となった。

映画は1994年3月11日に北米で公開され、アメリカ国内で約280万ドルの興行収入を挙げた[1]。興行的には稀に見る惨敗だった。配給を担当したワーナー・ブラザースとコーエン兄弟の間に、映画製作を巡って意見の対立が有ったとも言われている。

同年のカンヌ国際映画祭パルム・ドールの候補になったが、クエンティン・タランティーノ監督の『パルプ・フィクション』に敗れ受賞は出来なかった。

ストーリー編集

物語の舞台は1958年アメリカ合衆国。大学を卒業したばかりのノーヴィル・バーンズは、ニューヨークに出て職探しに励む。経験の無さからなかなか仕事が見つからなかったが、ようやくハッドサッカー社の郵便室に職を得た。

一方、ハッドサッカー社の社長ウェアリング・ハッドサッカーは、何を思ったのか会議中に重役室の窓から身投げをしてしまう。取締役シドニー・J・マスバーガーはこれを好機と見て会社の買収に動き出す。会社の株価を下げるため間抜けを社長に据える必要の出たマスバーガー。そんな彼が新社長に選んだのは、青二才のノーヴィルだった。

キャスト編集

脚注編集

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  1. ^ a b c d The Hudsucker Proxy (1994)” (英語). Box Office Mojo. 2010年4月6日閲覧。
  2. ^ a b Carolyn R. Russell (2001). The Films of Joel and Ethan Coen. Jefferson: McFarland & Company, Inc., Publishers, 142. ISBN 0-7864-0973-8.

関連項目編集

外部リンク編集