樋浦勉

1943-, 俳優、声優。

樋浦 勉(ひうら べん、1943年1月25日[2][4] - )は、日本俳優声優。本名:樋浦 勉[4](ひうら つとむ)[1]

ひうら べん
樋浦 勉
本名 樋浦 勉(ひうら つとむ)[1]
生年月日 (1943-01-25) 1943年1月25日(78歳)
出生地 日本の旗 日本東京府(現・東京都
身長 164 cm[2]
血液型 B型[2]
職業 俳優声優
ジャンル 映画テレビドラマ舞台アフレコ
活動期間 1960年代-
活動内容 1960年代:劇団俳優座入団
1965年:映画『血と砂』、『青春とはなんだ』に出演
1977年:映画『八甲田山』に出演
1983年:映画『楢山節考』に出演
2003年:映画『座頭市』に出演
配偶者 あり
著名な家族 娘:樋浦茜子
所属劇団 劇団青年座[3]
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東京府(現:東京都)出身[2][4]玉川学園高等部卒業、劇団俳優座養成所出身[5]劇団俳優座、劇団自由劇場、黒テント、六月劇場[6]、境事務所[4] を経て、2004年から劇団青年座所属[3]

娘に声優の樋浦茜子がいる。

略歴・人物編集

来歴編集

昭和18年1943年)の戦争中に生まれる。当時はまだ混乱しており、父は台湾から引き揚げてくるまで田舎の新潟に疎開していたが、乳幼児であったため記憶は無いとのこと。3歳になる少し前である終戦の約1年後、台北から帰る際に最後の最後に船に乗るものの、はしけが怖くて降りられず泣き出していたところを見知らぬ男性が抱えて降ろしてくれたといい、その頃から記憶があると述べた[7]

終戦の記憶については「田舎でしたから、終戦らしい記憶はないですね」と語り、貧乏な家ではなかったものの、父が帰ってくるまでは祖母の家に居り、封建的な地域だったことから嫁は女中よりも下に見られている風潮が根強かったため、母は苦労したという[7]

札幌に越してから父が東京に転勤になり、吉祥寺に在住する。その後も引越しをしたが自身に物心がついて東京人になったと思ったのは、玉川中学校で寄宿舎に入ってからだとしている[7]

子供の頃は転々と引越しを経験したものの、中学校1年からひとりで寄宿舎に入っていたことの方が、引越しよりも精神的での自身の人格形成に影響が大きかったといい、「当時は早く大人になりたいと誰しもが思っていたんですよ。『ガキっぽいのは嫌だ』『早くヒゲが生えてほしい』という感じでしたから、背伸びしてたんじゃないですかね。中学でガラッと変わりました」と当時の価値観について振り返った[7]

俳優として編集

演劇は中学時代から経験し、俳優座養成所を経て、俳優座に入る前に劇団自由劇場を立ち上げている。

玉川中学校時代は演劇が盛んであったことから、中学生から演劇部に入り、移動演劇などを経験。トラックに乗り暗幕を張りながら『泣いた赤鬼』などを上演していたという。 当時はまだ芸術学部ができる前だったといい、指導者はその後、芸術学部の部長、玉川大学の名誉教授になった岡田陽であった。 演劇部を選んだ理由については「演劇というのは、お絵描きしたり、おママゴトしたりというように、本能的に人間の中にあるんですよね。憑依するというのかな、遊びみたいな感じで。入ってみて、好きで続けたわけですけれど、ただ、その後は悲惨でしたね。勉強なんかしやしない。そんな感じで大学1年生になりました。大学でも演劇ばかりやって、このままじゃロクな人間になれないと感じまして、本気で演劇をやってみようかと俳優座の養成所を受けました。そしたら、運良く受かりまして」と回想している。演劇部では井上孝雄田中信夫と一緒に芝居を経験した[7]

苦学生もいる中で自分はそうではなかったため、「大学を出る22歳くらいまでは、親が面倒をみて当然」と思いバイトはせず、貧乏生活は当たり前、と思い生活をしていたところ卒業したら仕事のオファーが届き、すると「もう仕送りは送りません」と母に言われ約2年後、演劇集団「黒テント」(津野海太郎らが所属する六月劇場、佐藤信らが所属する自由劇場、瓜生良介らが所属する発見の会が1968年に共同で創設した「演劇センター68」の流れをくむ、黒いテントで旅公演を行う演劇集団)を始めたらまた苦労の連続であった[7]

樋浦は俳優座養成所の14期であるが、仲間内に後に自由劇場を立ち上げる佐藤信(演出家)や串田和美(俳優・演出家)、吉田日出子(女優)などの面々がいたために前後にあたる13期、15期と並んで派手だったという。当時は1964年東京オリンピックが始まったばかりで六本木で高速道路や地下鉄を掘る仕事をしながら、養成所のやることとは別に仲間で教室で芝居を行い、その延長線で自分たちでも劇団を立ち上げて、やって行けるんじゃないかと考える。しかし見通しは立たず「もう3月だし、養成所も卒業なのにどうするんだ」と思い、仕方無くみんなそれぞれ好きなところを受けてみようということになり解散。泣く泣く色んなところを受けたところ俳優座に入れればと思っていたが、受からず、劇団雲に合格。同劇団は、先輩の高橋昌也に気に入られ、その縁で入ったといい、これから研究生を育てていくということで、新宿の箪笥町にいい劇場を持っていた中で福田恆存が上手く渡り歩き、政治家から金を引き出しながら財団法人の「現代演劇協会」を立ち上げる。アメリカ大使館の横にある立派な建物であったが、当時は、役者はどんどん別の劇団に移っていく時代であったために3~4年で辞めてしまったという[7]

そこでまた、養成所のようなものを自分たちでやれないかと準備を進めていたら「勝手なことするな」と言われ困っていたところに、俳優座養成所で一緒だった佐藤信に誘われて米倉斉加年福田善之らが所属する劇団である青芸に入団。佐藤は青芸の演出部であり、同じく俳優座養成所の同期の清水紘治も一緒であったが、青芸が解散することになり、今度こそ劇団を作ろうということで、佐藤、清水、と共に当時文学座だった串田和美吉田日出子などに交渉し、劇団自由劇場を立ち上げることに成功した[7]

養成所時代に映像デビューを果たしており、養成所の2年生の頃には1965年山本薩夫監督の大映作品『証人の椅子』に出演し、その後間もなく岡本喜八監督、三船敏郎主演の東宝映画『血と砂』にはトランペットを吹く少年楽団兵の一人として出演[7]。少年楽団兵のほとんどは同年、夏木陽介主演の『青春とはなんだ』の高校生役としてレギュラー出演することになり、ラグビー部のキャプテン・土井として出演した。土井の朴訥ぼくとつだが生真面目な役柄が定着し、青年期はそういった役柄が多かったが、しだいに主に主人公に楯突く役が多くなり、2時間ドラマなどでは、被害者役を演じることがある。映画では『楢山節考』や『八甲田山』ではいずれも悲惨な死に方をする役柄を演じており、北野武監督、主演の『座頭市』では、気弱な飯屋のおやじの姿とは裏腹に真の黒幕であるヤクザの頭領役を演じた。

声優として編集

声優としても活動しており、正義の味方から悪役まで幅広い役柄をこなす。洋画の吹き替えでは、ブルース・ウィリスをはじめ、リチャード・ドレイファスジョン・マルコヴィッチジョー・ペシロバート・デ・ニーロダニー・デヴィートゲイリー・ビジージョン・リスゴーロビン・ウィリアムズなどを担当している。

担当俳優について編集

特にブルース・ウィリスに関して樋浦は他の吹替声優と比べて最も担当回数が多く、2000年に日本コカ・コーラの缶コーヒージョージアのCMにウィリスが半年間出演した際にも吹き替えを担当。ウィリスの代表作である『ダイ・ハード』シリーズのジョン・マクレーン役の吹き替えを日本で初めて担当し、その後も全シリーズに渡って(5作目である『ダイ・ハード/ラスト・デイ』のみソフト版ではなく吹替の帝王版)演じている唯一の人物としても知られている[8]。また、後に本シリーズがテレビ朝日の『日曜洋画劇場』で放映される際にマクレーン役を務めることになる野沢那智も、樋浦の吹替を視聴した際には「俺にはこういう市井の労働者っぽい雰囲気は出せない」と樋浦の演技とその“はまり役”ぶりを高く評価していたと同時に、自身が吹き替えを務める際に参考にしたと語っている[9]。2012年にバンダイナムコゲームスバンプレストレーベルから発売されたクロスオーバー作品であるニンテンドー3DSシミュレーションRPGソフト『PROJECT X ZONE』では『ダイ・ハード』をモデルにしたゲームである『ダイナマイト刑事』からジョン・マクレーンを演じるウィリスをモデルにしたキャラクター、ブルーノ・デリンジャー警部補が登場し、樋浦がその声を担当した。樋浦によるウィリスの吹き替えはビデオソフト収録版の担当が中心であったが、テレビ放送版(主に上述の日曜洋画劇場)を中心に担当していた野沢の療養中に吹替が製作された『ホステージ』ではテレビ朝日版の吹き替えを野沢に代わり担当した。

樋浦はウィリスについて「彼は、実はなかなかの名優。コメディっぽいときもあるし、『シン・シティ』みたいに根暗なおじさんみたいなときもあるしね。俺たちが声でちょこっとやったくらいで簡単に追い付けるものではないです」と俳優として尊敬していると述べており[10][11]、「どんな役どころもこなせる、魅力ある俳優さん。結構、リアリストかも…」とも語った[12]。これまでに演じたウィリスの作品の中でも特に気に入っている役柄として『シン・シティ』のジョン・ハーティガン役[12]と『ラスト・ボーイスカウト』のジョー・ハレンベック役を挙げ、前者に関しては「俺が年取ってからの仕事だったからそれなりに自分らしく、ブルース・ウィリス風ではなくてハーティガン風になれればいいなと思ってやれた」と話し、後者については「『ダイ・ハード』を捉えて作ってるみたいなやさぐれた感じがすごく良い。シークレットサービスでそれに失敗したかなんかで私立探偵になって女房にも逃げられみたいな。それが『ダイ・ハード』の役(ジョン・マクレーン)に似てて、演じててすごく面白かった」と振り返っている[8]

未知との遭遇』や『ジョーズ』で、長年担当したリチャード・ドレイファスについて樋浦は「すごくはまりやすかった」としており[8]、「このしゃべり方をしたら次はこう動くな」と画面を見れば次にドレイファスがどう動くか予測がつくと語っている[13]。また、ドレイファスを吹き替えた作品の中でもVHS・DVD版、BD新録版、日本テレビ(金曜ロードショー)版の3バージョン全てで担当した『オールウェイズ』のピート・サンディッチ役は自身の代表作であるとも述べた[12]

ドレイファスと同様にやりやすい俳優としてジョン・マルコヴィッチを挙げており、「いろんな声を使っていい役だと思うから、自分でもやってて楽しいですね。百面相みたいな顔してやるんだよ」と語り、マルコヴィッチ自身の容姿については「ひょっとこみたいな顔」と評した[10]。2010年の映画『RED/レッド』はウィリス、ドレイファス、マルコヴィッチの共演作であり、樋浦はこの作品においてはマルコヴィッチの声を担当している。

アニメ編集

アニメ作品では『ONE PIECE』のゼフ役を前任者である矢田耕司の死去に伴い、第794話より引き継いでいる。

出演作品(俳優)編集

テレビドラマ編集

映画編集

舞台編集

  • 太平洋序曲(新国立劇場 米国公演、2003年)
  • LOOT薔薇と棺桶(2006年)
  • コリオレイナス(埼玉芸術劇場 英国公演、2007年)

出演作品(声優)編集

吹き替え編集

担当俳優編集

アル・パチーノ
ゲイリー・ビジー
ジョー・ペシ
ジョン・ヴォイト
ジョン・マルコヴィッチ
ジョン・リスゴー
ダニー・グローヴァー
ダニー・デヴィート
チーチ・マリン
ブルース・ウィリス
ボブ・ホスキンス
マイケル・ルーカー
リチャード・ドレイファス
ルトガー・ハウアー
ロバート・デ・ニーロ
ロビン・ウィリアムズ

映画(吹き替え)編集

ドラマ編集

アニメ編集

人形劇編集

テレビアニメ編集

1978年
1999年
2009年
2011年
2013年
2014年
2015年
2016年
2017年
2018年
2020年
2021年

OVA編集

1992年
1996年
2003年

ゲーム編集

1997年
2005年
2012年
2015年
2021年

特撮編集

受賞歴編集

2015年度

脚注編集

[脚注の使い方]

注釈編集

  1. ^ 現代における放送禁止用語・捜査中での交通ルール違反など、警視庁からの厳重な注意があったための再放送自粛による[14]
  2. ^ 大木民夫の代役。
  3. ^ 死去した矢田耕司の後任。

出典編集

  1. ^ a b 『日本タレント名鑑(1981年版)』VIPタイムズ社、1980年、162頁。
  2. ^ a b c d 樋浦勉 - 日本タレント名鑑
  3. ^ a b 樋浦 勉 (PDF)”. 劇団青年座. 2020年1月26日閲覧。
  4. ^ a b c d 日本タレント名鑑'82』VIPタイムズ社、1981年、167頁。全国書誌番号:83045303
  5. ^ 『読売年鑑 2016年版』(読売新聞東京本社、2016年)p.556
  6. ^ 日本タレント名鑑'80』VIPタイムズ社、1979年、165頁。
  7. ^ a b c d e f g h i 吹替の帝王-日本語吹替版専門映画サイト #51:樋浦勉(Wayback Machineによるアーカイブ)
  8. ^ a b c ふきカエルインタビュー 樋浦勉さん(2016年8月16日)
  9. ^ (『『ダイ・ハード/ラスト・デイ〈日本語吹替完全版〉コレクターズ・ブルーレイBOX〔初回生産限定〕』インタビュー集より)
  10. ^ a b 吹替王国#7 声優:樋浦勉(archive.todayによるアーカイブ)
  11. ^ 樋浦勉「ついに俺の出番か!」、「RED」「シン・シティ」など吹替作品5本放送(2016年8月9日) - 映画ナタリー
  12. ^ a b c 日曜洋画劇場 アフレコの現場から(2009/12/13放送 「ホステージ」) (2013年5月2日時点でのアーカイブ)”. テレビ朝日. 2021年2月7日閲覧。
  13. ^ 片渕須直×細馬宏通トークセッション 「この世界の片隅に」の、そのまた片隅に(前編)- 前田隆弘(2017年2月27日)
  14. ^ 岡田晋吉『青春ドラマ夢伝説〜あるプロデューサーのテレビ青春日誌』日本テレビ放送網、2003年、141頁。ISBN 4-8203-9863-6
  15. ^ アンロック/陰謀のコード”. ふきカエル大作戦!! (2018年8月17日). 2018年8月17日閲覧。
  16. ^ ニュー・ポープ 悩める新教皇 #2”. スター・チャンネル. 2021年4月26日閲覧。
  17. ^ RED/レッド〜RED”. 日曜洋画劇場. 2016年4月20日時点のオリジナル[リンク切れ]よりアーカイブ。2016年7月17日閲覧。
  18. ^ アンチ・ライフ Blu-ray&DVDコンボ”. ハピネットピクチャーズ. 2021年3月18日閲覧。
  19. ^ SAAHO/サーホー”. ツイン. 2020年7月1日閲覧。
  20. ^ 『トロールズ ミュージック・パワー』ドリームワークス最新作 音楽は世界をつなぐ!|ニフティニュース” (日本語). ニフティニュース. 2020年10月9日閲覧。
  21. ^ @movietwin2 (25 May 2018). "アニメ版で初登場の新キャラ「プラダン・グル」(吹替声優は樋浦勉!)。謎めいた彼の正体は…!?「バーフバリ 失われた伝説」(7/25(水)DVDリリース)で明らかに―!!" (ツイート). Twitterより。 Cite webテンプレートでは|accessdate=引数が必須です。 (説明)
  22. ^ 団地ともお - 文化庁メディア芸術データベース
  23. ^ サブマリン707R - 文化庁メディア芸術データベース
  24. ^ 『ダイナマイト刑事』シリーズ”. PROJECT X ZONE. 2015年4月13日閲覧。
  25. ^ 登場人物”. ファミコン探偵倶楽部 消えた後継者. 任天堂. 2021年3月26日閲覧。
  26. ^ ビートたけしが「龍三と七人の子分たち」に4冠授ける、東スポ映画大賞発表”. 映画ナタリー (2016年1月26日). 2016年1月27日閲覧。

外部リンク編集