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朴 柱昊[1](パク・チュホ、ハングル박주호1987年1月16日 - )は、大韓民国ソウル特別市出身のサッカー選手。ポジションはディフェンダー(DF)ミッドフィールダー(MF)。日本での登録名はカタカナ表記である。

朴 柱昊 Football pictogram.svg
Park Joo-Ho 2018.jpg
韓国代表での朴柱昊(2018年)
名前
愛称 チュホ
カタカナ パク・チュホ
ラテン文字 PARK Joo Ho
ハングル 박주호
基本情報
国籍 大韓民国の旗 大韓民国
生年月日 (1987-01-16) 1987年1月16日(32歳)
出身地 ソウル特別市
身長 176cm
体重 71kg
選手情報
在籍チーム 大韓民国の旗 蔚山現代FC
ポジション DF (LSB) / MF (DMF/LMF)
背番号 33
利き足 左足
ユース
1999-2001 南大門中学校
2002-2004 光云電子工業高等学校
2005-2007 崇実大学校
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
2008 日本の旗 水戸ホーリーホック 24 (0)
2009 日本の旗 鹿島アントラーズ 19 (0)
2010-2011 日本の旗 ジュビロ磐田 34 (2)
2011-2013 スイスの旗 FCバーゼル 47 (1)
2013-2015 ドイツの旗 マインツ 44 (1)
2015-2017 ドイツの旗 ドルトムント 7 (0)
2017 ドイツの旗 ドルトムントII 6 (0)
2018- 大韓民国の旗 蔚山現代 17 (0)
代表歴2
2006-2007 大韓民国の旗 韓国 U-20 22 (2)
2007-2014 大韓民国の旗 韓国 U-23 8 (1)
2010- 大韓民国の旗 韓国 34 (0)
1. 国内リーグ戦に限る。2018年12月10日現在。
2. 2017年8月31日現在。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

来歴編集

クラブ編集

牛耳(ウイ)小学校時代はテコンドーをしており[2]、南大門(ナンデムン)中学校入学後、13歳でサッカーを始める。光云電子工業高等学校を経て2005年に崇実大学校に入学。1年次から左サイドハーフとしてプレーした[3]。2006年開催のSBSカップ 国際ユースサッカーではU-19韓国代表の一員として参加し、大会優勝を経験した[4]。2007年夏に行われたU-20ワールドカップ・カナダ大会では韓国代表のキャプテンとして2試合に出場。2008年5月15日、大学在学中に日本へ渡り、水戸ホーリーホックへ入団。左サイドの他ボランチでもプレーした[5]

2009年、「アジア枠」が新設されたこともあり、水戸と同じ茨城県のクラブである鹿島アントラーズへ完全移籍。クラブ史上初めてのブラジル人以外の外国籍選手となった。開幕当初はレギュラーとしてプレーし、シーズン後半は新井場徹の控えに回る事となった。

2010年、ジュビロ磐田へ完全移籍[2]1月に初めてフル代表に招集され、1月18日に行われたフィンランド戦で初キャップを得た。さらにチームメイトのイ・グノとともに東アジアサッカー選手権2010の代表にも選出された[6]。J1第5節・G大阪戦では2得点を挙げ、チーム初勝利に貢献した。磐田では左サイドバックのレギュラーとしてプレーしていたが、9月29日のヤマザキナビスコカップ準決勝川崎戦(第1戦)で試合開始直後、森勇介からタックルを受けて腓骨を骨折し、全治3、4か月と診断された[7]

2011年、怪我も癒え開幕戦からスタメンで出場するなど主力として起用されていた。6月23日、スイス・スーパーリーグFCバーゼルへ完全移籍[8]

2013年7月、ドイツ・ブンデスリーガ1.FSVマインツ05へ完全移籍[9]

2年後に兵役を控えていたための格安の移籍金であったとされている(リスティアン・ハイデルSD)。しかし2014仁川アジア大会で金メダル獲得により兵役免除が決定。2015年4月29日に公式サイト上で2017年6月まで契約延長になった旨発表された。

2015年8月30日に2014年にマインツで監督をしていたトーマス・トゥヘルが指揮するボルシア・ドルトムントへの移籍が発表された。9月18日に行われたUEFAヨーロッパリーグクラスノダール戦でドルトムントの選手としてデビューし、1ゴール1アシストの活躍をしてチームの逆転勝利に貢献している[10]

しかし、ドルトムント移籍後はなかなか出場機会に恵まれず、2017年4月からはドルトムントのBチームであるボルシア・ドルトムント IIの試合に出場している。

2017年12月3日、ドルトムントと契約を解消したことをドイツ誌『Kicker』日本語版が報じた[11]

2017年12月18日、蔚山現代FCに加入することが発表された。自身のキャリアで初めて母国のKリーグでプレーする[12]

代表編集

2014年5月、FIFAワールドカップ韓国代表の予備登録メンバーに選ばれたが、負傷で辞退した金珍洙の代役として本大会の出場メンバー23名に登録された。だが出場機会はなかった。

エピソード編集

個人成績編集

国内大会個人成績
年度クラブ背番号リーグ リーグ戦 リーグ杯オープン杯 期間通算
出場得点 出場得点出場得点 出場得点
日本 リーグ戦 リーグ杯天皇杯 期間通算
2008 水戸 16 J2 24 0 - 2 0 26 0
2009 鹿島 35 J1 19 0 0 0 3 0 22 0
2010 磐田 14 23 2 5 1 0 0 28 3
2011 11 0 0 0 - 11 0
スイス リーグ戦 スイス杯オープン杯 期間通算
2011-12 バーゼル 3 スイスリーグ 26 0 - 5 0 31 0
2012-13 21 1 - 3 0 24 1
ドイツ リーグ戦 リーグ杯DFBポカール 期間通算
2013-14 マインツ 24 ブンデス1部 27 1 - 2 0 29 1
2014-15 16 0 - 1 0 17 0
2015-16 1 0 - 1 0 2 0
ドルトムント 3 5 0 - 0 0 5 0
2016-17 2 0 - 0 0 2 0
ドルトムントII 32 レギオナル 2 0 - 0 0 2 0
2017-18 4 0 - 0 0 4 0
韓国 リーグ戦 リーグ杯FA杯 期間通算
2018 蔚山現代 33 Kリーグ1 17 0 - 2 0 19 0
通算 日本 J1 53 2 5 1 3 0 61 3
日本 J2 24 0 - 2 0 26 0
スイス スイスリーグ 47 1 - 8 0 55 1
ドイツ ブンデス1部 51 1 - 4 0 55 1
ドイツ レギオナル 6 0 - 0 0 6 0
韓国 Kリーグ1 17 0 - 2 0 19 0
総通算 198 4 5 1 19 0 222 5
国際大会個人成績
年度 クラブ 背番号 出場 得点 出場 得点
AFCACL-
2009 鹿島 35 6 0 -
UEFAUEFA ELUEFA CL
2011-12 バーゼル 3 - 8 0
2012-13 9 0 -
2015-16 ドルトムント 4 1 -
通算 AFC 6 0 -
UEFA 13 1 8 0

その他の国際公式戦

出場歴

代表歴編集

タイトル編集

脚注編集

  1. ^ パク・チュホ選手が移籍加入 鹿島アントラーズ公式サイト 2009.1.22付ニュースリリース
  2. ^ a b パク チュホ選手 移籍加入内定のお知らせ ジュビロ磐田公式サイト 2009年12月15日
  3. ^ 숭실대학교 U-19 대표팀 주장 박주호, “차근차근 목표에 다가가고 싶다” (朝鮮語) 韓国大学サッカー連盟公式サイト 2006.9.13付
  4. ^ 韓国が大逆転 得失点差で日本かわす (PDF) 静岡新聞 2006.8.16朝刊[要ページ番号]SBSカップ 国際ユースサッカー公式サイト内)。当記事中では「朴主護」と表記されている。
  5. ^ 鹿島アントラーズ パク・チュホインタビュー前編 KFA公式サイト日本語版 2009.8.31付
  6. ^ パク チュホ選手とイ グノ選手が韓国代表メンバーに選出 ジュビロ磐田公式サイト 2010年1月27日
  7. ^ パク チュホ選手の負傷について ジュビロ磐田公式サイト 2010.10.1付ニュースリリース
  8. ^ パク チュホ選手がバーゼル(スイス)へ完全移籍 ジュビロ磐田公式サイト 2011年6月23日
  9. ^ Linksverteidiger gefunden! マインツ05公式サイト 2013.7.17付ニュースリリース
  10. ^ 1得点1アシストの韓国代表MFパク・チュホにトゥヘル監督も太鼓判「100%頼れる存在」フットボールチャンネル 2015.9.18付ニュースリリース
  11. ^ 韓国代表DFパク・チュホ、ドルトムントとの契約を解除…母国復帰へSOCCERKING 2017年12月4日付。
  12. ^ 意外にもキャリア初の母国リーグ…元Jリーガーのパク・チュホが蔚山現代に移籍ゲキサカ 2017年12月18日付。

関連項目編集

外部リンク編集