河野啓三

日本のキーボーディスト、作曲家

河野 啓三(かわの けいぞう、1971年2月4日[1] - )は、日本フュージョンミュージシャンキーボーディスト。所属事務所はT-SQUARE Music Entertainment

河野 啓三
生誕 (1971-02-04) 1971年2月4日(50歳)
出身地 日本の旗 日本東京都
ジャンル フュージョン
職業 ミュージシャン
作曲家
担当楽器 キーボード
活動期間 2000年 -
事務所 T-SQUARE Music Entertainment
共同作業者 T-SQUARE(2004年 - 2020年)

2020年8月までフュージョンバンド・T-SQUAREのキーボーディストを務めた[2]

来歴編集

東京都出身。6歳の頃からエレクトーンの演奏を始める[1]東京都立北園高等学校在学中から兄の影響でピアノ及びシンセサイザーの演奏を始め、岩崎大輔及び稲田保雄に師事する[1]。北園高校卒業後プロのミュージシャンとしての活動を開始。音楽ジャンルを問わず多数の歌手やアーティストのサポート・ミュージシャンを務める[1]

2000年秋よりサポートメンバーとしてT-SQUAREに参加(このころスクェアはバンド形態を解消していた)[1]。T-SQUAREが2003年にデビュー25周年を記念して、『TRUTH』発表時のメンバー(安藤まさひろ伊東たけし須藤満則竹裕之和泉宏隆)が期間限定で再結成し「THE SQUARE」となったときもサポートメンバーとして、カシオペアとのライブなどにも帯同した。

2004年末、T-SQUAREのバンド形態復活に伴い、ドラマーの坂東慧と共に正式メンバーとして加入[1]。T-SQUAREでの活動と並行して、さまざまなセッション活動も展開している[1]。また、リーダーライブも行っている他、ギタリストの吉井俊倫とアコースティック・デュオ「よかろ〜ず」を結成、定期的にライブを行っている。

2005年より、安達久美・則竹裕之により結成されたクラブパンゲア(現・安達久美クラブパンゲア)に参加。

2011年には初のソロアルバム『DREAMS』をリリースした。

2019年2月6日、脳出血のため緊急入院[3]。治療に専念するため、休養に入る[3]

2019年8月27日、T-SQUARE公式サイトを通じて、同年8月23日に半年余りに及ぶ入院生活を経て退院したことを報告した(河野のTwitterは8月28日に半年ぶりに更新された)。発症した病状と経過についても言及しており、

  • 入院時には脳の右被殻に中程度の出血が認められたが、手術は行わずに治療を行った。現在、血腫はない。
  • 左半身の麻痺、軽度の高次脳機能障害が後遺症として残った。
  • 今後、通院治療へ移行しリハビリを継続していくが、以前と同様にピアノを弾くことは難しいであろう。

など、記されている。しかしながら、音楽への情熱は消えるものではなく「現状の左手機能回復段階においても、表現者、クリエイター、としての道が断たれる事に直結するわけではない」「自分に出来る事、自分の道を見つけ進んで行きたい」と自身を奮い立たせている。また、T-SQUARE の次作アルバムへ向けての新曲制作やライブにも何らかの形で参加したい意向を綴っている[4]

2019年12月20日から25日まで神戸CHICKEN GEORGEで行われた『T-SQUARE Family “YEAR-END SPECIAL 2019”』の3日目・22日のライブに出演。およそ1年ぶりとなる演奏を披露した[5]

だが2020年8月27日、T-SQUAREを脱退することを発表した。2019年に発症した脳出血治療後の予後やリハビリなどを憂慮し、現段階の回復状態では十分な演奏活動が困難であると判断した。脱退については退院より前の2019年春より前に意志を固めていたが、リーダー(当時)の安藤から強く反対され「何とかみんなでやっていこう」と慰留された。河野自身も一度は踏みとどまったが、回復の遅れで「事故が起こってしまってからでは遅いし、事故が起きるのが分かっている以上は、自分が言わなければ」と脱退を決めたという[6]。但し、今後も回復ペースと向き合いながら音楽活動は続けていく意向であり、T-SQUAREへの楽曲提供も継続するという。なお、所属事務所も変わらない[2]。在籍期間はサポート時代も含めると20年間で(結成から2021年まで在籍した安藤を除けば)サックスの伊東たけしに次ぐ2番目の長さ、正式メンバーとしても15年間で和泉宏隆に次ぎ3番目に長く在籍していたことになる。

2020年10月28日、T-SQUARE在籍最後の参加となるアルバム『Crème de la Crème』がリリースされた[6][7]

2020年12月31日、日本橋三井ホールで行われた『T-SQUARE "YEAR-END SPECIAL 2020" in TOKYO』にスペシャルゲストとして出演。河野自身の「ファンの皆様に元気な姿をお見せしたい」という意向から出演が決定した[8]

人物編集

T-SQUAREへの参加は、光田健一のサポートで知り合った田中豊雪の紹介によるものだった。正式メンバーに昇格する前からキーボーディストとしてだけではなく、作曲編曲コンピュータープログラミングなどでも活動していた[1]

河野は元々T-SQUAREのフォロワーだった。河野の自宅にはT-SQUAREの楽曲に関する膨大なライブラリーがあり、コンサートで久々にやる楽曲でエンディングがわからないものがあると「〇〇年のこのコンサートではこのようなエンディングにしてました」と言って譜面と共に教えてくれることが多々あったという[9]。前任のキーボーディストである和泉宏隆も自身のソロコンサートでT-SQUAREの曲をやる際に河野に「〇〇の譜面ないか?」と電話すると綺麗に書かれた譜面が送られてきたというエピソードを語っている[10]

こういった過去の楽曲への造詣の深さなどからサウンドメイキングでも重要な役割を担い、T-SQUAREでも「音楽監督」的な存在として活躍していた[1]

ディスコグラフィ編集

  1. DREAMS(2011年11月23日、ヴィレッジレコーズ)

脚注・出典編集

[脚注の使い方]
  1. ^ a b c d e f g h i 河野啓三公式プロフィール - T-SQUARE公式サイト内のページ
  2. ^ a b “いつもT-SQUAREを応援してくださるファンの皆様へ”. T-SQUARE officialsite. (2020年8月27日). https://www.tsquare.jp/news/?id=6039 2020年8月28日閲覧。 
  3. ^ a b “T-SQUAREの河野啓三が脳出血で緊急入院 命に別条なしも当面休養”. デイリースポーツ online (株式会社デイリースポーツ). (2019年2月9日). https://www.daily.co.jp/gossip/2019/02/09/0012052707.shtml 2019年2月9日閲覧。 
  4. ^ 【河野啓三より近況報告がございます】”. T-SQUARE official site (2019年8月27日). 2019年8月30日閲覧。
  5. ^ T-SQUARE公式Twitter 2019年12月23日付
  6. ^ a b 河野啓三「またステージで演奏できるように」…脳出血後遺症でT-SQUARE退団”. デイリースポーツon-line (2020年11月28日). 2020年11月28日閲覧。
  7. ^ T-SQUARE、河野啓三在籍最後のアルバムを緊急発売決定”. BARKS (2020年10月28日). 2020年11月28日閲覧。
  8. ^ T-SQUARE "YEAR-END SPECIAL 2020" in TOKYOに河野啓三がスペシャルゲストとして出演決定!!”. T-SQUARE official site (2020年12月11日). 2021年1月5日閲覧。
  9. ^ 『40th Anniversary Celebration Concert“It's a Wonderful Life!"』収録「40th Anniversary 安藤正容・伊東たけしが語るTHE SQUARE~T-SQUAREの40年」での安藤正容の発言より
  10. ^ 『"FANTASTIC HISTORY" / THE SQUARE Reunion -1987-1990- LIVE @Blue Note TOKYO』での和泉宏隆のMCより

外部リンク編集