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白峯寺

香川県坂出市にある寺院、四国八十八箇所霊場の第八十一番札所

白峯寺(しろみねじ)は、香川県坂出市五色台の白峰中腹にある真言宗御室派寺院四国八十八箇所霊場の第八十一番札所本尊千手観音

白峯寺
白峯寺 山門(重文)
山門(七棟門)重文
所在地 香川県坂出市青海町2635番地
位置 北緯34度20分0.7秒 東経133度55分36.35秒 / 北緯34.333528度 東経133.9267639度 / 34.333528; 133.9267639座標: 北緯34度20分0.7秒 東経133度55分36.35秒 / 北緯34.333528度 東経133.9267639度 / 34.333528; 133.9267639
山号 綾松山
宗派 真言宗御室派
寺格 別格本山
本尊 千手観音
創建年 (伝)弘仁6年(815年
開基 (伝)空海(弘法大師)、円珍(智証大師)
正式名 綾松山 洞林院 白峯寺
札所等 四国八十八箇所81番
文化財 国の重要文化財:石造十三重塔2基、木造頓證寺勅額、本堂、大師堂、阿弥陀堂、行者堂、薬師堂、頓証寺殿、勅額門、御成門、客殿(附:七棟門、勅使門)
公式HP 白峯寺 四国霊場第81番札所
地図
白峯寺の位置(香川県内)
白峯寺
法人番号 2470005003552
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本尊真言:おん ばさら たらま きりく

ご詠歌:霜さむく 露白妙の 寺のうち 御名を称ふる 法の声々

納経印:当寺本尊、奥之院毘沙門天、崇徳天皇念持仏の十一面観音、白峯大権現相模坊(2018.1.1より4年間、散華の授与や記念スタンプあり)

目次

概要編集

すべての干支の守り本尊が各お堂に祀られており、四国で唯一の御陵である白峯陵が隣接する。

年中花が楽しめ、特に春は桜、夏は紫陽花、秋は紅葉が有名で多くの参拝者が訪れる。

また、古来より本尊千手観世音菩薩は身代わり観音として、鎮守白峯大権現(日本八天狗の一狗)は開運招福、勝負事の神様として、崇徳天皇は悪縁切り、芸事の神様として信仰されている。

歴史編集

寺伝[1]よれば、空海(弘法大師)が弘仁6年(815年)この地に訪れ、白峰山頂(標高337m)に如意宝珠を埋めて、仏に供える水を汲む閼伽井を掘り、衆生救済の請願をし創建した。また、円珍(智証大師)が貞観2年(860年)、山頂に輝く瑠光を見て登頂、そのとき白峯大権現の神託を受け、瀬戸内海に浮かぶ不可思議な光を放つ霊木で千手観世音菩薩を刻み安置したと伝えられている。

後に、長寛2年(1164年崇徳上皇讃岐流刑地で没し、遺詔により当寺上の稚児嶽で荼毘に付され陵墓が造られた。その3年後には西行法師が詣で法楽を行った。その後、建久元年(1190年)後鳥羽天皇により、慰霊のため陵墓近くに、崩御までの6年間を過ごした鼓岡の御所である木の丸殿を移築し法華堂が建てられ、さらに、応永21年(1414年)に後小松天皇は上皇の成仏を願い自筆の「頓證寺」と書かれた勅額を奉納し頓証寺殿となった[2]。そして、延宝8年(1680年)には高松藩主により頓証寺殿と勅額門が再建された。

伽藍編集

 
紅葉
白峯寺(境内の上から下り外へ)
  • 本堂:慶長四年(1599年) 再建。毎年7月10日、本尊千手観音が開帳される(時間は午前10時からの法要の時間だけ)。脇侍は愛染明王と馬頭観音であるがいずれも秘仏。
  • 大師堂:文化八年 (1811) 再建。中央に弘法大師、左に稚児大師、右に青面金剛を安置するがすべて秘仏。
  • 地蔵祠:石仏の地蔵菩薩を安置する。
  • 善如龍王祠:安永六年(1777年)再建。
  • 九社明神社祠
  • 仏足石:平成十一年(1999年)建立。本堂と大師堂の間にあり。
  • 石造瑜祇塔:文政十二年(1829年)建立。本堂の向かって左にあり。
  • 阿弥陀堂:万治四年(1661年)建立。中央に阿弥陀如来、脇侍に勢至菩薩、観音菩薩を安置。また背後に千体の阿弥陀仏を安置する。
  • 行者堂:安永八年(1779年)再建。中央に役行者、周りに閻魔尊、十王、地蔵菩薩、虚空蔵菩薩を安置する。
  • 廻向堂:平成十五年(2003年)建立。中央に阿弥陀如来を安置。脇に永代供養者の霊を祀る。裏に永代供養墓がある。
  • 薬師堂:十九世紀前期建立、二層の造り。中央に薬師如来、脇侍に日光菩薩と月光菩薩、手前に眷属の十二神将、向かって左側に金剛界大日如来、向かって右側に胎蔵界大日如来を安置するがすべて秘仏。
  • 鐘楼堂:明治時代の再建。
  • 弁財天祠:十九世紀前期の建立。
  • 水子地蔵(手水舎):昭和五十六年(1981年)建立。
  • 玉章(たまずさ)の木:崇徳上皇がほととぎすの鳴き声に都を偲び、和歌を詠んだところ、ほととぎすはその意を察し、嘴に木の葉を巻いて声を忍んで鳴いたといわれる。その巻いた葉が玉章(手紙)に似ているためほととぎすの落とし文、玉章と呼ばれその葉を懐中すれば必ずよい便りがあると云われ殊に珍重されている。[3]現在の木は古の玉章の木を偲んで植樹されたもので、古木は香川県五色台自然科学館に寄贈されている。
 
護摩堂
 
一ノ門と下乗石(再建)
  • 護摩堂:昭和六十一年(1986年)建立。中央に五大明王、蔵王権現、左に普賢菩薩、弘法大師、右に阿弥陀如来、歴代藩主、歴代先師の位牌を安置。堂内に納経所を併設。本堂・大師堂は長い石段の上にあるため、足腰に不安がある方は堂内の中央に本尊の分身と向かって左側に大師像があり参拝できる。※スロープあり
  • 勅使門:十九世紀前期の建立。
  • 御成門:享保九年(1724年)建立。
  • 客殿:延宝年間建立。十八世紀中期頃に大玄関を増築。
  • 茶堂:明治四十二年(1909年)建立。
  • 山門(七棟門):十八世紀後期の建立。切妻造の高麗門。
  • 白峯五社稲荷社:昭和二十六年(1951年)建立。
  • 修行大師像:昭和五十九年(1984年)建立。
  • 石造十三重塔:東塔と西塔があり、前元号からの重要文化財。
  • 西国三十三観音霊場の写し石仏:明治時代建立。駐車場までの参道(車道)沿いに点在。
  • 一ノ門:県道180号からの参道(車道)の入り口にある柱門。1958年12月に再建された下乗石が門の後ろにある。
頓証寺殿
 
勅額門の随身像
 
頓証寺殿の奥殿(重文)
  • 勅額門:延宝八年(1680年)建立。重要文化財の勅額は宝物館にあり、門にはレプリカが掛けられている。向かって左に源為義[4]、右に源為朝[5]の武者像が守護しているが普段は扉が閉められ見えない。なお、現在の像は新造された像で、元々の像は金刀比羅宮・白峰神社に明治31年移されたと云われている。普段は非公開だが、修正会、正月大護摩法要、大般若お加持法要の際にはご開帳される。※スロープあり
  • 頓証寺殿の拝殿と奥殿:延宝八年(1680年)建立。崇徳天皇廟所である頓証寺殿の奥殿には、三つの社があり、中央に崇徳天皇が祀られ、向って左に鎮守白峯大権現(日本八天狗の一狗)、同右に念持仏十一面観世音菩薩が祀られている。拝殿に文殊菩薩を安置する。2014年9月21日と28日に50年ぶりの開帳があり、崇徳天皇の尊影を拝することができた。
  • 崇徳天皇白峯陵遥拝所:拝殿の向かって左奥にあり。正面に崇徳天皇の歌碑があり、左脇に頓証寺型石燈籠[6]がある。
  • 石造西行法師像:西行が崇徳天皇を詣でた際に腰掛けたと云われる石に安置されている。また、傍らにサヌカイトに刻まれた西行の歌碑[7]がある。
 
崇徳天皇白峯陵
  • 崇徳天皇 白峯陵(すとくてんのう しらみねのみささぎ):白峯寺境内の玉章の木の後ろ入口から約百m、頓証寺殿の後方約20mの所にあり、第75代崇徳天皇の陵墓で陵形は方丘。[8]拝所内の前方一対の石燈籠松平頼恭奉献、後方一対は松平頼重奉献。また拝所下段右側に源為義、左側に源為朝の供養塔が建っている。[9]毎年9月21日に御正宸祭(ごしょうしんさい)の儀[10]が執り行われ、この日に限り奥の柵まで解放され鳥居をくぐり参拝することができる。

参道沿いに石造十三重塔があり、駐車場の奥に稲荷社祠、修行大師像がある。山門をくぐり右に御成門、その先に勅使門があり、その後ろに客殿、本坊がある。左に茶堂と御手洗がある。そのままむと正面に護摩堂があり、中に納経所がある。護摩堂を前に見て左に進むと右に弁財天社祠、水子地蔵・手水舎があり正面に勅額門、その奥に頓証寺殿がある。そして右にはるか上に続く石段が見える。その石段を上って行くと左に薬師堂右に鐘楼堂、つぎは左に行者堂右に廻向堂があり、石段を上り詰めた正面に本堂がある。本堂の右に大師堂、九社明神社祠、地蔵祠、善如龍王祠、左に石造瑜祇塔、阿弥陀堂がある。

  • 宿坊:あり(16名以上の団体のみ宿泊可能:最大80名まで)
  • 駐車場:無料(門前P約30台、石塔横P約10台、第2P約80台、第3P約80台:合計200台)

文化財編集

 
石造十三重塔(重文)
重要文化財
  • 石造十三重塔 - 2基:源頼朝が崇徳天皇の菩提のために建立したと伝えられ、東塔(画像の奥)は総高5.95mの花崗岩製で弘安元年(1278年)建立、西塔(画像の手前)は総高5.62m角レキ凝灰岩製で元亨四年(1324年)建立、昭和29・9・17指定
  • 木造頓證寺勅額:縦139㎝、横115㎝、室町時代作、後小松帝宸翰、明治34・3・27指定
  • 白峯寺 9棟(建造物):平成29・7・31指定[11][12]
    • 本堂(附:厨子)
    • 大師堂(附:厨子、棟札1枚)
    • 阿弥陀堂
    • 行者堂(附:棟札1枚)
    • 薬師堂
    • 頓證寺殿(崇徳上皇殿、本地堂、白峯権現堂、拝殿)(附:棟札7枚)1680年(延宝8年)建立
    • 勅額門
    • 客殿(附:棟札1枚)
    • 御成門(附:棟札3枚)
    • (附指定)勅使門、七棟門
 
石造笠塔婆(摩尼輪塔)県指定有形文化財
 
石燈籠(県指定有形文化財)
 
モミ(香川の保存木)
史跡
  • 讃岐遍路道 根香寺道 - 詳しくは根香寺で。
県指定有形文化財
  • 木造吉祥天立像:台座も含めて榧の一木造り、像高44cm、台座6cm、平安時代作、昭和50.7.31指定
  • 石造笠塔婆(摩尼輪塔):角礫凝灰岩製、元応3年 (1321) 2月18日建立、境内から遍路道を東へ約0.5km行った「下乗」石の脇にある。昭和36.6.6指定
  • 五重塔:花崗岩製、高さ2.15m、客殿の裏庭にある。鎌倉時代作、昭和39.4.9指定
  • 石燈籠:花崗岩製の6角形、総高1.9m、頓証寺殿の拝殿左に建つ。鎌倉時代作、昭和36.6.6指定
坂出市指定有形文化財
  • 生駒近規・一正寄進状 1巻、仙石秀久寄進状 1巻、生駒高俊・藤堂高虎書状 1巻:安土桃山時代作、昭和33.2.21指定
  • 金剛界曼荼羅・胎蔵界曼荼羅:平安から鎌倉時代作、昭和36.11.3指定
  • 十一面千手観音画像:鎌倉時代作、昭和36.11.3指定
  • 十一面観音立像:鎌倉時代作、昭和42.1.10指定
  • 不動明王座像:鎌倉時代作、昭和42.1.10日指定
  • 紺紙金泥妙法蓮華経:平安時代作、昭和54.11.3指定
香川の保存木
  • 白峯寺のモミ:樹高35m、胸高幹周3.5m、昭和54.2.27指定

年中行事編集

  • 1月1日〜3日 元旦修正会(新年祈祷):頓証寺殿・護摩堂
  • 1月最終日曜日 正月大護摩法要(開運火渡り修行):頓証寺殿前
  • 2月3日 星祭(節分):護摩堂
  • 4月最終日曜日 永代土砂加持彼岸法要:護摩堂
  • 7月10日 千日会(本尊千手観音縁日):本堂
  • 9月21日 崇徳天皇御正宸祭:白峯陵
  • 11月第1日曜日 大般若お加持法要:頓証寺殿
  • 12月22日 星祭(冬至):護摩堂
  • 大晦日 除夜の鐘(干支の土鈴を先着で配布):鐘楼堂
  • 1月・4月を除く毎月28日:月例護摩祈願・供養(不動明王縁日):護摩堂

交通アクセス編集

鉄道
道路

奥の院編集

 
毘沙門窟
毘沙門窟 地図
遍路道である根香寺道の途中に毘沙門天の石灯篭があり、そこを入って行くと祠がある。少々崖を下りるため、雨天は足元に注意が必要。※徒歩のみ 白峯寺より約15分 。
(参照)稚児の滝
 
稚児の滝
白峯寺前を通り白峯陵を通過する青海川の支流で、稚児ヶ嶽より流れ落ち大雨の後は約百mの落差の大滝であるが、普段は湿っている程度で水量が少ない。[13]伝説として、昔このあたりに悪魚が出て困っていた。景行天皇は日本武尊(武皷王とも)と八十八の兵士を派遣し退治したが、魚の毒気に当たった兵士達は倒れてしまった。その時、白峰山から神童が現れ持参した瓶に入った水を飲ますと皆蘇った。その神童が飛び帰ったのが稚児ヶ嶽といい、そこから稚児の滝と名付けられた。[14]

周辺の番外霊場編集

 
松浦寺の聞持石
松浦寺遍照院
白峯寺の前札所である。空海が当地に逗留したとき宝珠の形をした巨石が地中から出現したため、閼伽井を掘って仏前に供える水を得て、この岩の上で求聞持法を修した。また、自身の像を作って安置したことから厄除大師として信仰を集めたと云われている。
伽藍:大師堂、阿弥陀堂、十王堂、地蔵堂、毘沙門堂、求聞持石、客殿、本坊(平成29年の解体修理の際に弥勒堂、仁王門は解体された。)
  • 住所:香川県坂出市高屋624 地図
 
後夜嶽岩屋寺の岩窟
後夜嶽岩屋寺(松浦寺遍照院の奥之院)
空海は松浦寺に滞在中に、しばしば当岩山に来て、自ら崖を砕き石窟を造り後夜念踊(夜半から明け方までの勤行)の作法を修めた道場と伝えられている[15]
  • 住所:香川県坂出市加茂町 地図

前後の札所編集

四国八十八箇所
遍路道(徒歩):80 讃岐国分寺 -- (6.5km)-- 81 白峯寺 -- (5.0km)-- 82 根香寺
車道:80 讃岐国分寺 -- (13km)-- 81 白峯寺-- (8.0km)-- 82 根香寺

周辺にある崇徳天皇の霊跡編集

  • 青海神社:(別名:煙ノ宮) - 祭神は崇徳天皇、藤原璋子[16]。香川県坂出市青海町759
  • 高家神社:(別名:血ノ宮) - 祭神は崇徳天皇、待賢門院[17]、天道根神の三柱。香川県坂出市高屋町878
  • 西行法師の道:青海神社から白峯御陵までの道のり1.34キロを「西行法師の道」として平成15年に整備。歌碑88基と石灯籠93基があり、歌碑を詠みながら歩くことができる。

脚注編集

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  1. ^ 『坂出市史・資料』白峯寺縁起より
  2. ^ 先達経典 四国霊場会編[要文献特定詳細情報]より
  3. ^ 『崇徳上皇御遺跡案内』玉章の木より
  4. ^ 保元の乱で崇徳天皇についた武将1096 - 1156
  5. ^ 源為義の八男1139 - 70?
  6. ^ 『崇徳上皇御遺跡案内』崇徳院・西行の歌碑と頓証寺燈籠より
  7. ^ 『崇徳上皇御遺跡案内』西行法師像より
  8. ^ 『崇徳上皇御遺跡案内』崇徳天皇白峯御陵より
  9. ^ 『綾松山白峯寺』上皇の奉儀と白峯御陵より
  10. ^ 『白峯寺案内小冊子』年中行事より
  11. ^ 重要文化財(建造物)の指定について(2017年5月19日)
  12. ^ 平成29年7月31日文部科学省告示第101号
  13. ^ 『崇徳上皇御遺跡案内』稚児ヶ嶽より
  14. ^ https://www.shikoku-np.co.jp/feature/nokoshitai/ より
  15. ^ 四国弘法大師の霊跡巡り 259ページ 川崎一洋著より
  16. ^ 崇徳天皇の御生母
  17. ^ 天皇の御生母

参考文献編集

  • 宮崎建樹『四国遍路ひとり歩き同行二人』地図編 へんろみち保存協力会 2007年(第8版)
  • 香川県文化振興課編集『白峯寺調査報告書第1分冊』香川県・香川県教育委員会 2012年3月
  • 香川県文化振興課編集『白峯寺調査報告書第2分冊』香川県・香川県教育委員会 2013年3月
  • 白峯寺編集『綾松山白峯寺』 (株)三和 2013年9月
  • 白峯寺編集『白峯寺案内小冊子』
  • 鎌田共済会郷土博物館編集『崇徳上皇御遺跡案内』鎌田共済会郷土博物館 1999年5月
  • 綾・松山史編纂委員会編集『綾・松山史』綾・松山史編纂委員会1986年6月
  • 坂出市史編纂委員会編集『坂出市史 資料』香川県坂出市1988年4月
  • 四国八十八ヶ所霊場会編集『先達経典』四国八十八ヶ所霊場会 2006年2月

関連項目編集

外部リンク編集