立川 談笑(たてかわ だんしょう)は江戸東京落語の名跡。当代は六代目と名乗っている。当代以前に談笑は四人ほどおり、談生を入れて六人前後確認されている。

歴代

六代目 立川たてかわ 談笑だんしょう
六代目 立川(たてかわ) 談笑(だんしょう)
丸に左三蓋松は、立川流の定紋である
本名 小田桐おだぎり 英裕ひでひろ
生年月日 (1965-09-23) 1965年9月23日(57歳)
出身地 日本の旗 日本東京都江東区
師匠 七代目立川談志
弟子 立川吉笑
立川笑二
立川談洲
立川笑えもん
立川笑王丸
名跡 1. 立川談生
(1993年 - 2003年)
2. 六代目立川談笑
(2003年 - )
出囃子 野球拳
活動期間 1993年 -
活動内容 落語家
所属 落語立川流
公式サイト 立川談笑Web
主な作品
シャブ浜
イラサリマケー
受賞歴
平成26年度彩の国落語大賞

六代目立川 談笑(たてかわ だんしょう、1965年9月23日 - )は落語立川流所属の落語家である。東京都江東区出身。本名∶小田桐 英裕出囃子は『野球拳』『』。

経歴編集

海城高等学校経て早稲田大学法学部卒業後、司法試験の勉強をしていたが方向転換。「らくごin六本木」で強烈な印象を残した立川藤志楼(高田文夫)に入門しようとするが「落語の弟子はとらない」と断られる。だが、藤志楼に、藤志楼の師匠にあたる立川談志への入門を示唆され[1]1993年2月に七代目立川談志に入門、立川談生(だんしょう)を名乗る。

1996年7月、二ツ目昇進。2003年に六代目立川談笑を襲名。

2005年、真打昇進。2006年国立演芸場の六月上席(1~10日)に出演。1983年落語協会脱会以後、立川流としては初定席。

2015年に平成26年度彩の国落語大賞を受賞する。

2021年5月末に甲状腺乳頭がんの手術を受ける[2]

芸歴編集

人物編集

身長182cm。基本は古典落語だがアレンジ色が強い。

極度の怖がりで『ザ☆ネットスター!』ではちょっとしたことでビックリしてしまい、イスから転げ落ちたりしている。 2008年時点におけるネット歴は「パソ通も入れていいならネット歴20年[3]」との事。

得意演目編集

古典落語を、ブラックジョークを交えながら改作し演じることが多い。

  • 大きく改作した上で、演題も変更することがある。
    • 「シャブ浜」(←「芝浜」)
    • 「イラサリマケー」(←「居酒屋」)
    • 「ジーンズ屋ようこたん」(←「紺屋高尾」)
    • 「シシカバブ問答」(←こんにゃく問答)
    • 「薄型テレビ算」(←「壺算」)
    • 「叙々苑」(←「百川」)

弟子編集

二ツ目
前座
廃業
  • 立川笑吾
  • 立川笑笑わらわら
  • 立川笑坊
  • 立川しょー
  • 立川錦笑

出演編集

戦績0勝2敗 最高193KB
本名の小田桐英裕名義で出演。
前番組同様本名で出演していたが、真打昇進を機に高座名での出演に変更。2018年2月まで。
「薄型テレビ算」「蝦蟇の油」を口演。
「時そば」「金明竹」を口演。

CD編集

  • 『ラクダ、ぼげゲェ』(2006年7月、夢空間)
収録演目:「河内山宗俊」「シシカバブ問答」「金明竹」「時そば」 ※CD2枚組。
  • 『薄型テレビ70%off』(2008年1月、夢空間)
収録演目:「ジーンズ屋ようこたん」「堀の内」「薄型テレビ算」「猿のゆめ」 ※CD2枚組。
収録演目:「猫と金魚」「愛宕山」「イラサリマケー」「粗忽だらけ長屋」「居残り佐平次」 ※CD2枚組。
  • 『福建より愛をこめて』(2011年8月、夢空間)
収録演目:「鼠穴・改」「叙々苑」「看板のピン」「片棒・改」 ※CD2枚組。

著書編集

脚注編集

  1. ^ ベン村さ来 『落語ファン倶楽部 vol.10 立川談笑「立川流が生んだ 平成の改作王」』白夜書房、2010年10月17日、48-51頁。ISBN 9784861916748 
  2. ^ 甲状腺乳頭がん手術立川談笑「思った以上に舌が回った」3席2時間以上熱演”. 日刊スポーツ (2021年6月14日). 2021年6月14日閲覧。
  3. ^ NHK-BS2『ザ☆ネットスター!』公式HPの「出演者紹介」より。

参考文献編集

関連項目編集

外部リンク編集