立川志らく

日本の落語家の名跡

立川 志らく(たてかわ しらく)は、江戸東京落語名跡。この名前を名乗った落語家は、5人前後いるとされている[注釈 1]亭号は立川の他に翁家、升々亭などがあった。


立川たてかわ らく
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"丸に左三蓋松"は、立川流定紋である
本名 新間しんま 一弘かずひろ
生年月日 (1963-08-16) 1963年8月16日(56歳)
出身地 日本の旗 日本東京都世田谷区
師匠 立川談志
弟子 #一門
名跡 立川志らく(1985年 - )
出囃子 花嫁人形
活動期間 1985年 -
活動内容 落語家
映画監督
映画評論家
配偶者 酒井莉加
家族 長女、次女
所属 落語立川流
ワタナベエンターテインメント(マネジメント)
公式サイト 公式サイト
受賞歴
平成12年度彩の国落語大賞
第73回文化庁芸術祭優秀賞
備考
落語立川流理事
日本映画監督協会会員

立川 志らく(たてかわ しらく、本名・新間 一弘〈しんま かずひろ[1]〉、男性、1963年〈昭和38年〉8月16日 - )は、日本落語家映画評論家映画監督コメンテーター落語立川流ワタナベエンターテインメント(文化人部門)所属。出囃子は『花嫁人形』。日本映画監督協会にも所属。初婚は大学生在籍時、バツイチ。現在の妻は女優酒井莉加血液型O型。身長168cm。東京都世田谷区出身。

来歴編集

父親がギタリスト、母親が長唄という芸人の家庭で育ち、中学生の頃から落語と映画を好きになる[2]。落語については、小学校高学年の頃から父親が落語好きで家にあった落語の本とレコードで親しみ始めたという[3]。 祖父は昭和の名師である深谷伊三郎

世田谷区立山崎小学校世田谷区立山崎中学校を卒業後、日大三高から日本大学芸術学部演劇学科[4]に進学、落語研究会(日本大学芸術学部落語研究会)に所属する。

1985年10月、4年生の時、同サークルのOB高田文夫の紹介で7代目立川談志に入門し、前座名立川志らく(師匠の談志がフランス政治家ジャック・シラクにちなんで命名したという[5]。)を名乗る。大学はその後中退。1988年3月に二つ目1995年11月に真打昇進した。2001年彩の国落語大賞受賞。

1990年代には兄弟子朝寝坊のらく立川談春とともに立川ボーイズを結成、深夜番組『ヨタロー』に出演、その後、真打昇進までは古典に打ち込み、真打昇進後はシネマ落語等の分野を開拓。

1992年、彼を筆頭とした落語家らで「“超”放送禁止落語界」と題した寄席を開催。皇室罵倒、差別用語連発の演目を披露「9月にも開催予定だが、もし無くなったら何者かのクレームにより演者が危急に陥ったと云々」と笑いを取っていたが、会場に居合わせていた部落解放同盟関係者が演目を全て録音、同団体からの糾弾を受ける[6]

2003年より劇団下町ダニーローズを主宰し、舞台演出家・脚本家としても活動している。2014年現在まで16回の公演を数えている。

2015年1月から独演会「立川志らく落語大全集」を開始。16年かけて203席を演じる予定[7]

2018年4月 フジテレビのENGEIグランドスラムにて「死神」を披露するが、終始挙動不審で、噛みまくる。そんな中演目の死神に対しての落ちについて、誕生祝いとしてロウソクを吹き消すと言う時代背景や作風を無視した落ちを使い、多数の落語家及び芸能関係者から批判を浴びる事に。これにより、以降のENGEIグランドスラムへは出演を出来ていない。。

人物編集

  • 映画好きで知られ、1997年に『異常暮色』で映画監督デビュー。映画監督として日本映画監督協会にも所属している。『キネマ旬報』に映画エッセイ「立川志らくのシネマ徒然草」の連載を持ち、同連載は1996年1999年に「キネマ旬報ベストテン」の読者賞を受賞した。映画関連では他にも、映画専門チャンネルのスターチャンネル2008年から映画解説者の一員となり[8]、独演会では映画を落語にした「シネマ落語」などの活動を行っている[9]
  • 大林宣彦を敬愛しており[10][11]、大林作品で一番好きな『あした』を2008年6月、劇団『下町ダニーローズ』の第9回公演(紀伊國屋ホール)で『あした~愛の名言集』というタイトルで舞台化した[10][11][12]
  • 現在の日本映画界を嘆いており、小津安二郎黒澤明が撮るような重厚な作品が日本映画界の中心にあるべきだと苦言を呈している[13]。一方で、黒澤明監督の作品を映画賞をもらってから観始めた北野武については、『菊次郎の夏』『Dolls』を傑作と認めている[14]
  • 映画評論でも知られる2代目快楽亭ブラックは、つまらない邦画のベストスリーに、志らく監督作品の『異常暮色』など3作品をランクインさせた。
  • ラジオ番組の影響もあり、歌謡曲ファンとして知られる。戦前歌謡から近年の演歌・歌謡曲まで造詣が深く、演歌歌手の石原詢子香西かおりのファンである[15]。また、IBC岩手放送で歌謡曲を扱うラジオ番組『志らくの歌の花道』のパーソナリティを12年3ヶ月務め、NHK-FMの『今日は一日○○三昧』においても、「戦後歌謡三昧(ざんまい)」(2010年放送)のパーソナリティを務めた。
  • 中日ドラゴンズのファンで、かつてコメンテーターを務めたラジオ番組『くにまるジャパン』では、中日ドラゴンズについて語ることがあった。
  • ひるおび!』のコメンテーターに抜擢されたことにより、2017年上半期のブレイクタレント部門1位にランクインした[16]。2019年9月30日からは自らがMCを務めるワイドショー番組『グッとラック!』がスタート。
  • 『グッとラック!』に関しては、自身の不人気さから低視聴率を続けるが、志らくと同じ事務所に所属する恵の影響で、番組の打ち切りを間逃れている。しかし視聴率が余りにも低いため常に打ち切りの噂が絶えないのが現状である。
  • 世論が暴力問題で揺れると暴力を憎む立場でコメントする人物でもあり、日馬富士による貴ノ岩への傷害事件に関しては、「本来なら解雇すべきであった」と憤慨していた[17]。また、貴ノ岩の付き人暴行事件に関しては、「引退して逃げずに幕下以下からでもやり直すべきだった」という趣旨のコメントをしており、貴ノ岩が引責引退を選んだことに対して激怒した[18]
    • 大相撲に関して様々な批判的コメントをしていたが相撲自体は嫌いではなく、2020年5月場所が2019新型コロナウイルス感染拡大を受けて中止となった際には寧ろ「相撲を休んで…だけども相撲が無いことがどれだけ寂しいことかきっとみんな分かると思うんで」と残念がる立場を示した[19]
  • 基本的に言い返して来れない人物や、団体に対してしか批判が出来ず、反論された時には決まって「自分は落語家だから」と逃げる。また、人間のクズと言う表現を多様するが、自分に対しての批判は一切認めないと言う一面も持ち合わせている。
  • 芸能界の権力者や、反撃に遭う可能性があれば媚びる事が多く、二面性が酷い事から落語界では多くの人間より嫌われている。
  • 2019年5月に川崎市登戸通り魔事件を起こした容疑者について「1人の頭のおかしい人が出てきて、死にたいなら1人で死んでくれよって、そういう人は」と発言し、物議を醸した[20]
  • 2019年8月26日に放送した、TBS系『名医のTHE太鼓判!SP』の番組内で10年ほど前よりバセドウ病を患っていることを告白した[21]

『プレバト!!』関連編集

  • 2019年9月5日の『プレバト!!』において「プレバト!!の収録日は1年間あいている。それだけ俳句に賭けている」事を明かしている[22]。他に、俳句のお題「夏の日光 ハイキング」において、「山は一回も登った事はない」と言う事も明かしている[23]
  • 音楽好きで、ブルースハープミッキー・カーチスから譲って頂いた上に3000円払って、教えてもらったと言う[24]
  • 2019年10月31日の俳句査定で、特待生から名人に上がる。名人への希望は「プレバト四天王、梅沢富美男東国原英夫藤本敏史フルーツポンチ村上健志の4人の内の誰かを蹴落として、そこに私が入りたい」と言う事を挙げた[25]。名人になった一句「色変えぬ松や渋沢栄一像」[25]が渋沢栄一記念館にかざられている[26]
  • 2020年7月2日の俳句査定で、梅沢がTwitterに25年前のドラマ出演の際の顔が立川そっくりの梅沢自身の写真を載せたところ、立川の方までとばっちり大炎上という事があった[27]

一門編集

2019年5月20日、自身のTwitterアカウントで、自分が主宰する劇団の稽古に一門の弟子たちが一度も見学(実際には無償で手伝いに来なかった事を激怒)に来なかったことを嘆くツイートを投稿。その上で「全員、破門にするか前座に降格するか、である。どうせ師匠は優しいから謝れば許してくれると連中はなめている。数年前、同じ騒動が持ち上がった時、破門通達したが皆泣いて詫びたから許してしまった。あの時、破門にしとけばよかった」と、二つ目の弟子全員を降格もしくは破門にする考えを明らかにし[28]、翌21日のツイートで二つ目全員を前座に降格させたことを投稿した[注釈 2][29][30]。その後、同年7月1日付で志獅丸を真打に昇進させ、志奄、らく兵、らく人、がじらの4名を二つ目へ戻した(志ら門、志ら鈴は「二つ目に昇進したばかり」との理由で、この時点では二つ目に復帰させなかった)[31]が、翌2020年1月1日付で志ら門、志ら鈴も二つ目に復帰させた[32]。なお、後述する「↓」印はこの騒動により前座に降格した者を表す。

上記の様に、立場の弱い者にはめっぽう強く、強権を振るう事が多く、弟子から愛想をつかされているのを気付いていない様子が伺える。

又、自身が立川談志に師事している時には、談志の言うこと聞かず許されているにも関わらず、直接落語に関係のない劇団の手伝いに来なかった事を逆恨みし、「師匠に興味が無い」と言う理由で破門や降格を行っている。

真打編集

二ツ目編集

前座編集

  • 立川志ら松
  • 立川らくぼ
  • 立川らくまん
  • 立川志らぴー

卒業(廃業)編集

卒業(=廃業)時期については不明な者が多い。

  • 立川らく坊(一番弟子)1996年5月入門
  • 立川らく丸(三番弟子)
  • 立川らく吉(四番弟子)1996年6月入門
  • 立川こらく 1996年12月入門
  • 立川らくみん 2014年7月入門
  • 立川らく葉(らくば)2014年6月入門
  • 立川うぉるたー 2014年11月入門
  • 立川怒志(ぬし)2015年8月入門
  • 立川らく者(らくしゃ)2014年7月入門[注釈 4]

らく塾(一般人)編集

上記の者以外にも、志らくのファン向けの落語教室「らく塾」受講生で、志らくから名前をもらったものがいる(家元存命時の「Cコース」に相当する)。

また、志ら乃[33]・らく朝[34]・らく次[35]・らく兵[36]など、らく塾受講生から正式に入門した者もいる。

シネマ落語編集

好きな映画を落語で語る。つまり、有名な映画を基に、その舞台を江戸時代に変えて落語に翻案したもの。

著書編集

  • 『立川志らくのシネマ徒然草』 キネマ旬報社、2000年2月
  • 『全身落語家読本』 新潮社、2000年9月 (新潮選書)
  • 『落語は最高のエンターテインメント』講談社DVD book、2004年
  • 『らくご小僧』新潮社、2004年6月
  • 『志らくの落語二四八席辞事典』講談社、2005年4月
  • 『立川志らくの現代映画聖書』講談社、2005年6月
  • 『雨ン中の、らくだ』太田出版、2009年2月
  • 『立川流鎖国論』梧桐書院、2010年11月
  • 『落語進化論』新潮選書、2011年6月
  • 『談志のことば』 徳間文庫、2012年 のち文庫 
  • 『談志・志らくの架空対談 談志降臨!?』講談社 2012年6月
  • 『銀座噺 志らく百点』講談社 2013
  • 『落語名人芸 「ネタ」の裏側 秘蔵資料 三越落語会 十一名人の「感どころ」 』講談社 2013年8月
  • 『立川志らく まくらコレクション 生きている談志』 竹書房文庫 2016年11月
  • 『志らくの言いたい放題』PHP文庫 2018年1月
  • 「長屋紳士録 再考」『小津安二郎 大全』朝日新聞出版、2019年3月に収録
  • 『志らくの食べまくら』双葉社 2020年3月

共著編集

  • 『DNA対談談志の基準』松岡弓子共著 亜紀書房 2012

主な作品編集

映画(監督作・自主制作)編集

  • 異常暮色(1998年)
  • 死神パラダイス(1999年)
  • カメレオンの如き君なりき(2001年)
  • SF小町(2002年)
  • 不幸の伊三郎(2004年)

主な出演編集

演劇編集

劇団『下町ダニーローズ』。主宰、脚本、演出、出演

  • 旗揚げ公演 「ブルーフロッグマンの憂鬱」池袋シアターグリーン、2003年6月
  • 第2回公演 「未来ポリスマンの横恋慕」笹塚劇場、2003年12月
  • 第3回公演 「エクソシスト達の憂さ晴らし」アートボックスホール、2004年11月
  • 第4回公演 「いわゆるトイストーリーのようなもの リカちゃんと怪獣」シアターイワト、2005年5月
  • 第5回公演 向田邦子原作「あ・うん」シアターイワト、2005年11月
  • 第6回公演 「はなび」シアターイワト、2006年6月
  • 特別 公演 向田邦子原作「あ・うん」再演 新宿シアターモリエール、2006年12月
  • 第7回公演 シェークスピア原作「ヴェニスの商人?」アイピット目白、2007年6月
  • 第8回公演 「どん底」アイピット目白、2007年12月
  • 第9回公演 「あした~愛の名言集」(大林宣彦監督作品/赤川次郎原作:午前0時の忘れもの)新宿紀伊國屋ホール、2008年6月
  • 第10回公演 「文学狂男」(原作:室生犀星 あにいもうと)千本桜ホール、2009年2月
  • 第11回公演 「演劇らくご『鉄拐』」紀伊國屋ホール、2009年8月
  • 第12回公演 「演劇らくご『疝気の虫』」シアターグリーン、2010年6月
  • 第13回公演 「演劇らくご『ヴェニスの商人?火焔太鼓の真実』」シアターグリーン、2011年9月
  • 第14回公演 立川談志追悼特別公演「演劇らくご『談志のおもちゃ箱』~ヴェニスの商人?黄金餅後日談」新宿シアターモリエール、2012年5月
  • 第15回公演 「演劇らくご『死神が舞い降りる街』」赤坂レッドシアター、2013年6月
  • 第16回公演 「演劇らくご『芝浜』」池袋シアターグリーン、2014年5月

劇団『謎のキューピー』。脚本、出演

  • 旗揚げ公演 「白いゲルニカ」中野スタジオあくとれ、2011年7月
  • 第2回公演 「せんきの虫」中野スタジオあくとれ、2012年2月
  • 第3回公演 「異常暮色」下北沢Geki地下Liberty、2013年9月
  • 第4回公演 「鯨岡桃子が、殺された理由」中野スタジオあくとれ、2014年2月
  • 第5回公演 「鯨岡桃子が、殺された理由」再演 中野スタジオあくとれ、2014年9月
  • 第6回公演 「地獄の同窓会」下北沢Geki地下Liberty、2015年2月

テレビドラマ編集

映画編集

テレビ番組編集

ラジオ番組編集

演じた俳優編集

関連項目編集

脚注編集

[脚注の使い方]

注釈編集

  1. ^ 1963年生まれの当代の前に3人いたとする説もある。
  2. ^ ただし、夏に真打昇進が決定している志獅丸に関しては「真打ち昇進前日」までとし、他の者についても期限を決めたうえで前座修行をやり直させる方針。
  3. ^ 2014年にいったん破門され、翌年に復帰を許されている。条件として「立川」の亭号を剥奪されている。
  4. ^ 現・立川志ら乃門下「のゝ乃家らく者」。

出典編集

  1. ^ プロフィル(立川志らく)”. 2015年11月23日閲覧。
  2. ^ 『天才たちのDNA』p.174。
  3. ^ 『天才たちのDNA』pp.175-176
  4. ^ 立川志らく・インタビュー”. 公益社団法人横浜中法人会 (2014年1月). 2018年8月11日閲覧。
  5. ^ “立川志らく、仏シラク元大統領悼む 談志師匠の名付け秘話「フランスに行けば有名人だぞ」”. Sponichi ANNEX. スポーツニッポン新聞社. (2019年9月26日). https://www.sponichi.co.jp/entertainment/news/2019/09/26/kiji/20190926s00041000306000c.html 2019年9月26日閲覧。 
  6. ^ 筒井康隆「断筆」めぐる大論争 創出版 1995年
  7. ^ 志らく落語大全集 特設ページ
  8. ^ 「立川志らくのシネマ徒然草 284」『キネマ旬報』2008年10月下旬号。
  9. ^ シネマ落語とは立川志らくのシネマ落語
  10. ^ a b 高橋千秋「特別対談1 大林宣彦×立川志らく」『キネマ旬報』2008年6月上旬号、キネマ旬報社、 125 - 132頁。
  11. ^ a b 下町ダニーローズ特別公演 あした~愛の名言集
  12. ^ 井上秀樹 (2008年6月12日). “立川志らく「劇団ダニーローズ」が「あした」上演”. 朝日新聞デジタル (朝日新聞社). オリジナルの2019年10月7日時点におけるアーカイブ。. https://megalodon.jp/2019-1007-1809-26/www.asahi.com/showbiz/stage/theater/TKY200806120195.html 2019年10月7日閲覧。 
  13. ^ 田山力哉『さよなら映画、また近いうちに』キネマ旬報社、1997年、p.159.
  14. ^ 立川志らく『立川志らくの現代映画聖書』講談社、2005年、pp.327,334
  15. ^ 立川志らく (2016年10月2日). “Twitter”. 2018年9月24日閲覧。
  16. ^ 【上半期TV出演本数】ブレイク1位は立川志らく 話題の芸人も多数ランクイン
  17. ^ 志らく、元日馬富士は上から目線「あんたが殴ったからこういうことになったんだろ」 SANSPO.COM 2018.10.31 14:08(産経新聞社、2019年1月24日閲覧)
  18. ^ 志らく、貴ノ岩引退の意向に激怒「逃げるんじゃないよ、逃げとしか思えない」 SANSPO.COM 2018.12.7 14:08 (産経新聞社、2019年1月24日閲覧)
  19. ^ 立川志らく 大相撲夏場所中止もやむなし「相撲が無いことがどれだけ寂しいことか…分かると思う」 Sponichi Annex 2020年5月1日 11:39(2020年5月8日閲覧)
  20. ^ 川崎殺傷「1人で死ねば」の声 事件や自殺誘うと懸念も”. 朝日新聞 (2019年5月31日). 2019年6月2日閲覧。
  21. ^ 立川志らく、番組でバセドー病告白「10年くらい。薬飲んでます」”. sanspo.com (2019年8月27日). 2019年8月27日閲覧。
  22. ^ もう一度楽しむプレバト俳句 | MBSコラム スーパーアイドルたちが恐怖の最下位争い! 夏井先生「どいつが作ったんだ?」
  23. ^ もう一度楽しむプレバト俳句 | MBSコラム キスマイ横尾渉が覚悟の一句で1年ぶりの昇格!夏井先生「言葉を信じている」
  24. ^ もう一度楽しむプレバト俳句 | MBSコラム 「ぶっ飛んだ俳句は夏井先生のせい」立川志らくがプライドをかける言葉のセンス
  25. ^ a b もう一度楽しむプレバト俳句 | MBSコラム 立川志らくが悲観の名人昇格!夏井先生も大興奮!
  26. ^ もう一度楽しむプレバト俳句 | MBSコラム 俳句・冬麗戦「どんな手を使っても…」帝王・梅沢富美男の必勝策にブーイングの嵐
  27. ^ もう一度楽しむプレバト俳句 | MBSコラム 立川志らくが梅沢富美男にクレーム?!「薄気味悪い写真を載せないで」”とばっちり炎上”
  28. ^ 志らく、芝居稽古見に来ない弟子に「破門にするか」 - 日刊スポーツ 2019年5月20日
  29. ^ 志らくツイート - Twitter 2019年5月21日
  30. ^ 立川志らく、二つ目の弟子全員を前座に降格処分 - 日刊スポーツ 2019年5月21日
  31. ^ 立川志らく、志獅丸を真打ちに昇進「戻さないといろんな人に迷惑がかかる」 - SANSPO.COM 2019年7月14日
  32. ^ 立川志らくの弟子、志ら鈴と志ら門が二つ目復帰!新年の節目に決断 - SANSPO.COM 2020年1月1日
  33. ^ 立川志ら乃 (2010年5月10日). “志ら乃学習帳 最終回「落語家 立川志ら乃」”. ナビブラ神保町. 風讃社. 2020年5月10日閲覧。
  34. ^ 立川らく朝. “プロフィール”. 2020年5月10日閲覧。
  35. ^ 彩の国さいたま芸術劇場開館20周年記念 彩の国さいたま寄席 四季彩亭 ~立川志らくと精鋭若手落語会”. 公益財団法人埼玉県芸術文化振興財団 (2014年4月19日). 2020年5月10日閲覧。 “素人時代から立川志らく主催の落語塾「らく塾」で学ぶ。”
  36. ^ らく兵 (2018年9月9日). “粋な春風亭正太郎兄さん兄さんに捧げる、ちょいとやぼな都々逸です”. 【志らくに読ませたい らく兵の浮世日記】. 産経新聞. 2020年5月10日閲覧。 “私はその頃、師匠、立川志らくの落語講座「らく塾」に通っていました。素人として落語を教わっていたのです。”
  37. ^ “『ひるおび!』10月より35分前倒し 立川志らくがコメンテーター加入”. ORICON STYLE. (2016年8月31日). http://www.oricon.co.jp/news/2077641/full/ 2016年8月31日閲覧。 

出典編集

参考文献編集

外部リンク編集