辰韓
辰韓
辰国 紀元前2世紀 - 356年 新羅
辰韓の位置
朝鮮半島の地図
首都 不明
元首等
xxxx年 - xxxx年 不明
変遷
不明 xxxx年xx月xx日
現在大韓民国の旗 韓国[1]
  1. ^ 慶尚北道

辰韓(しんかん、紀元前2世紀 - 356年[1])は、朝鮮半島南部にあった三韓の一つ。帯方郡の南、後の新羅と重なる場所にあった地域である。その境は、南にある弁韓と接しており、入り組んでいた。もともと6国であったが、後に分かれて12国になった。そのうちの斯蘆が後の新羅になった。辰韓人は穀物とを育て、養蚕を生業としていた。『後漢書』弁辰伝や『三国志』魏書弁辰伝によると、馬韓人とは言語が異なっていたが、弁韓人とは互いに雑居し、風俗や言語は似通っていたという。ゆえに他国や他民族からは弁韓、辰韓をまとめて『弁辰』や『秦人』とも呼ばれていた。

辰韓
各種表記
ハングル 진한
漢字 辰韓
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朝鮮歷史
朝鮮の歴史
考古学 櫛目文土器時代 8000 BC-1500 BC
無文土器時代 1500 BC-300 BC
伝説 檀君朝鮮
古朝鮮 箕子朝鮮
辰国 衛氏朝鮮
原三国 辰韓 弁韓 漢四郡
馬韓 帯方郡 楽浪郡

三国 伽耶
42-
562
百済
高句麗
新羅
南北国 熊津都督府安東都護府
統一新羅
鶏林州都督府
676-892
安東都護府

668-756
渤海
698
-926
後三国 新羅
-935

百済

892
-936
後高句麗
901
-918
女真
統一
王朝
高麗 918-
遼陽行省
東寧双城耽羅
元朝
高麗 1356-1392
李氏朝鮮 1392-1897
大韓帝国 1897-1910
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現代 連合軍軍政期 1945-1948
アメリカ占領区 ソビエト占領区
北朝鮮人民委員会
大韓民国
1948-
朝鮮民主主義
人民共和国

1948-
Portal:朝鮮

辰韓 成立過程編集

辰韓王権は、地方の集落を征服してその民衆を農民にした。『三国志』には、辰韓人の言語は馬韓人の言語とは異なると記録されている[2]

辰韓と新羅の関係編集

韓国歴史教科書は『三国史記』の神話に基づいて、「新羅の建国年は、紀元前57年」と記述しているが[3]、韓國古代史學會(朝鮮語: 한국고대사학회)は、新羅は通常、西暦4世紀半ば以降に建国し、それ以前は辰韓の斯蘆国であると主張している[4]。金昌錫(朝鮮語: 김창석江原大学)は、「西暦4世紀半ば頃まで新羅はまだ建国されておらず、辰韓の斯蘆国である」「三国時代初期の歴史は三韓体制で、新羅は辰韓のなかの斯蘆国に過ぎない」「三国時代初期は原三国時代であり、新羅は西暦4世紀半ば頃まで辰韓体制のなかにあった」「新羅は辰韓の斯蘆国から誕生し、西暦4世紀半ばに古代国家になったというのが一般的見解」「西暦4世紀半ば以前は新羅の歴史ではなく辰韓の歴史」と述べており、「新羅が西暦4世紀半ばに建国されたのならば、それ以前の数百年間は歴史の空白期間ではないか」という質問に対して、「数百年の歴史の空白期間は、南部は村落社会で蠢く辰韓である」と回答している[4]

辰韓12カ国編集

出所[5]
  1. 已柢国(己柢国)
  2. 不斯国
  3. 勤耆国
  4. 弁辰彌離彌凍国
  5. 弁辰楽奴国
  6. 冉奚国
  7. 軍彌国
  8. 如湛国
  9. 戸路国
  10. 州鮮国(馬延国)
  11. 斯盧国
  12. 優由国

脚注編集

  1. ^ 当然ながら、韓国の国定教科書では建国神話にもとづいた紀元前57年説を採用している。この点について、日韓歴史共同研究委員会の日本側メンバーである井上直樹は、報告書で、「新羅の場合も『(中学校用)国史』『(高等学校用)国史』ともに紀元前57年とする。これは『三国史記』に基づいたものであるが、『三国史記』が当該期の政治的意図から新羅中心に編纂され、新羅の建国時期を意図的に高句麗以前に設定したと考えられていることを前提とすれば、その内容を史実かの如く、教科書に記載するのは問題であろう」と批判している。井上直樹 (2010年3月). “韓国・日本の歴史教科書の古代史記述” (PDF). 日韓歴史共同研究報告書(第2期) (日韓歴史共同研究): p. 413. オリジナルの2015年1月15日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20150615115639/http://www.jkcf.or.jp/history_arch/second/4-16j.pdf 
  2. ^ 甘 2009, p. 90-91
  3. ^ 井上直樹 (2010年3月). “韓国・日本の歴史教科書の古代史記述” (PDF). 日韓歴史共同研究報告書(第2期) (日韓歴史共同研究): p. 413. オリジナルの2015年1月15日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20150615115639/http://www.jkcf.or.jp/history_arch/second/4-16j.pdf 
  4. ^ a b “김창석 교수,‘서기4세기 중반까지 신라는 없었다’”. 코리아 히스토리 타임스. (2017年11月27日). オリジナルの2021年11月30日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20211130131310/http://www.koreahiti.com/news/articleView.html?idxno=2387 
  5. ^ 三國志/卷30

参考文献編集

  • 延恩株「新羅の始祖神話と日神信仰の考察 : 三氏(朴・昔・金)の始祖説話と娑蘇神母説話を中心に」『桜美林論考. 言語文化研究』第2巻、桜美林大学、2011年3月、 83-100頁、 ISSN 2185-0674
  • 甘懐真 (2009年6月). “東北亞古代的移民與王權發展:以樂浪郡成立為中心” (PDF). 成大歷史學報 (国立成功大学) (36號). オリジナルの2020年2月16日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20200216221821/http://www.his.ncku.edu.tw/chinese/uploadeds/364.pdf 

関連項目編集