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近藤 岳登(こんどう がくと、1981年2月10日 - )は、愛知県豊川市出身の元サッカー選手でサッカー解説者、指導者、タレント[1]。。現役時代のポジションはサイドバック

近藤 岳登 Football pictogram.svg
名前
愛称 Gacht、ガクト
カタカナ コンドウ ガクト
ラテン文字 KONDO Gakuto
基本情報
国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1981-02-10) 1981年2月10日(38歳)
出身地 愛知県豊川市
身長 174cm
体重 71kg
選手情報
ポジション DF (SB)
利き足 右足
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

来歴編集

高校時代は2年連続で国体メンバーに選ばれるものの、大阪体育大学は1ヵ月で中退。サーフィンやスノーボードに明け暮れる日々を過ごす。

しかし、「その生活には満足できず、自然に体がサッカーを求めた」と、2001年愛知県リーグ所属の東海理化SCに入団し、サッカーを再開。2003年にはびわこ成蹊スポーツ大学に入学し、2年連続で関西学生選抜に選ばれる活躍を見せる。

その後、2007年ヴィッセル神戸に入団。26歳にして新人という異色の選手であり[2]、注目されていたが前十字靭帯損傷によりシーズンを棒に振った。2008年はサイドバックにも挑戦している。同年、8月9日のアウェイ・磐田戦で念願のリーグ戦デビューを果たした。2009年の夏場にサイドバックで出場機会を得ると積極的なドリブルでこの時期神戸は上昇気流に乗った。2010年7月25日大宮戦でJ初得点を記録。解説の山野孝義はワールドカップで活躍したブラジルのマイコンの名前を挙げて「和製マイコン」と評価した。

2011年は低調なパフォーマンスが続く時期もあったが、終盤には石櫃洋祐から右サイドバックのレギュラーを奪い、自己最多となる19試合に出場した。初めてJ開幕戦スタメンも飾った2012年はホーム開幕戦でゴールを決めたが、その後ルーキー奥井諒にポジションを奪われ出番が激減。シーズン後6シーズン在籍したクラブから戦力外通告を受けた。

2013年に水戸ホーリーホックに完全移籍。シーズン終了後、契約満了により1年で水戸を退団した[3]

2014年FC大阪へ移籍[4]。移籍後、半月板を損傷し、その過程で外傷性軟骨欠損症が発覚。多くの選手が引退していく膝の故障だが、近藤は「這いつくばっててもサッカーを続ける」と決意し、手術を選択[5]。一方で、同年9月19日吉本興業とマネジメント契約を締結[6]

2017年、約2年に渡る治療の末復帰を果たしたものの、最後まで出場機会は得られず[7]、同年11月28日にFC大阪を契約満了となった。一時期は現役続行を希望していたものの[8]2018年1月31日に現役を引退をすることが発表された[2]

エピソード編集

  • 所属するクラブではムードメーカーを務め、どのクラブでもサポーター人気は高かった。
  • 水戸ホーリーホック移籍決定後に「僕が移籍することで、神戸のサポーターのほとんどが水戸のサポーターになり、神戸の観客動員が激減するのではないかと懸念しています」とコメント。
  • 2009年鹿島戦後にサポーターとともに神戸讃歌を歌うように選手たちに促し、熱唱、現在は神戸のホームゲームで勝利を収めると必ず選手がゴール裏のサポーターと共に神戸賛歌を歌うようになっている。
  • 夏ごろに活躍し、夏の終わりに怪我で離脱していたことから、チームメートから「セミ」と呼ばれた時期があった。
  • 長渕剛の大ファン。ライブ映像に北本久仁衛と共に偶然映ったことがあり、イベントで自ら弾き語りを披露することもある。
  • 2018年によしもとクリエイティブ・エージェンシーに所属するタレントで結成するアイドルグループ吉本坂46のオーディションを受ける[9]も最終審査で落ちてメンバー入りはならなかった。
  • R-1ぐらんぷり2019にてJリーガーをネタにしたフリップ芸でエントリーし、準決勝に進出した[10]

所属クラブ編集

個人成績編集

国内大会個人成績
年度クラブ背番号リーグ リーグ戦 リーグ杯オープン杯 期間通算
出場得点 出場得点出場得点 出場得点
日本 リーグ戦 リーグ杯天皇杯 期間通算
2001 東海理化 愛知県1部 - -
2002 - -
2005 びわスポ大 10 - - - 3 2 3 2
2006 - - 3 4 3 4
2007 神戸 24 J1 0 0 0 0 0 0 0 0
2008 23 1 0 3 0 0 0 4 0
2009 4 0 0 0 0 0 4 0
2010 7 1 1 0 1 0 9 1
2011 2 19 0 0 0 1 0 20 0
2012 4 1 1 0 0 0 5 1
2013 水戸 J2 14 0 - 0 0 14 0
2014 FC大阪 関西1部 4 0 - 0 0 4 0
2015 JFL 0 0 - 0 0 0 0
2016 0 0 - - 0 0
2017 0 0 - 0 0 0 0
通算 日本 J1 35 2 5 0 2 0 42 2
日本 J2 14 0 - 0 0 14 0
日本 JFL 0 0 - 0 0 0 0
日本 関西1部 4 0 - 0 0 4 0
日本 愛知県1部 - -
日本 - - 6 6 6 6
総通算 5 0 8 6

脚注編集

  1. ^ 関西が生み出した“チャレンジの塊””. one (2018年7月17日). 2018年8月5日閲覧。
  2. ^ a b FC大阪・近藤岳登が現役引退「一生挑戦」 26歳でJデビューした異色選手”. スポニチアネックス (2018年1月31日). 2018年1月31日閲覧。
  3. ^ 契約満了選手のお知らせ”. 水戸ホーリーホック (2013年11月29日). 2013年11月29日閲覧。
  4. ^ DF 近藤岳登選手 完全移籍加入決定のお知らせ”. FC大阪 (2014年1月17日). 2014年1月17日閲覧。
  5. ^ 近藤岳登ロングインタビュー再生医療ナビ
  6. ^ FC大阪・近藤岳登が吉本興業と契約”. デイリースポーツ (2014年9月19日). 2018年1月31日閲覧。
  7. ^ 【インタビュー】サッカー界を盛り上げた“情熱の男”近藤岳登が現役引退を表明「後悔しかない」”. サッカーキング (2018年1月31日). 2018年1月31日閲覧。
  8. ^ 「運命よそこをどけ、俺が通る」…FC大阪と契約満了DF近藤岳登が“熱い”長文コメントで現役続行意欲”. ゲキサカ (2017年11月28日). 2018年1月31日閲覧。
  9. ^ 「吉本坂46」目指す元Jリーガーを大久保嘉人ら応援ゲキサカ 2018年5月10日
  10. ^ 元J1神戸・近藤岳登 R―1準決勝進出!“鉄板”Jリーガーネタで決めた

関連項目編集

外部リンク編集