近藤 弘基(こんどう ひろき、1993年2月12日 - )は、愛知県名古屋市出身の元プロ野球選手外野手)。右投右打[1]

近藤 弘基
H.Kondo.jpg
2018年5月26日 ナゴヤ球場にて
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 愛知県名古屋市東区
生年月日 (1993-02-12) 1993年2月12日(27歳)
身長
体重
179 cm
78 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 外野手
プロ入り 2014年 育成選手ドラフト4位
初出場 2016年8月2日
最終出場 2018年8月24日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

実父は中日ドラゴンズに所属していた近藤真市で、現役時代は親子で中日へ在籍していた。

経歴編集

プロ入り前編集

父の影響で小学校3年頃から野球を始め、中学時代には軟式野球部に所属したが練習嫌いであったという[2][3]。進学先に悩んでいた中学3年の時、親類の家にあった父が第68回全国高等学校野球選手権大会に出場して登板した享栄対高知商戦のビデオを見たことがきっかけになり、享栄高等学校に進学して野球漬けの高校生活を送った[3]。2年でベンチ入りしてその後副主将も務めたが春・夏いずれも甲子園には届かず[3]、卒業後に名城大学法学部法学科に進学。

大学野球部では2年まで三塁手と外野手を兼任したが、3年から外野のみとなってレギュラーに定着した[4]。愛知大学リーグでは3年の春・秋と連続でベストナインに選出され[4]、4年にはキャプテンを務めて春季リーグ戦で敢闘賞を受賞[5]、また3年・4年時と2年連続で愛知大学野球連盟の選抜チームに選出されている[6][7]

当初、社会人野球入りを希望していたが[4]、将来性を買った中日の落合博満GMが指名を望んだことから[4]、2014年の育成ドラフト4位で指名されて中日入りした[8][9][10]。背番号は213

中日時代編集

 
育成選手時代(2015年)

2015年は支配下登録ならず、二軍成績は22試合出場で0本塁打、2打点、打率.125に終わる[11]

2016年7月14日に支配下登録され、背番号が67に変更された[12]。8月2日対巨人戦にて2番・左翼手でプロ初スタメン初出場。第2打席にプロ初安打となるセンター前ヒットを放ち、第3打席ではプロ初打点を挙げた。その後も1安打を放ち、プロ初スタメンで猛打賞を記録し父と同様に派手なデビュー戦となった。8月14日の阪神タイガース戦では岩崎優からプロ初ホームランを放った。二軍成績は49試合出場で4本塁打、17打点、打率.231を記録[13]

2017年は14試合の出場に終わり、2018年は5試合に出場して無安打に終わった。

2019年は二軍で自己最多の80試合に出場するも、3本塁打、17打点、6盗塁、打率.215と低打率にあえぐ[14]。支配下登録になってから初の一軍出場なしに終わり、10月1日に戦力外通告を受けた[15][16]。11月12日に開催された12球団合同トライアウトに参加するも4打席ともフライアウトに終わった[17]。NPB他球団から獲得のオファーはなく、同月27日に現役からの引退を表明した[18]。引退表明時点での年齢は26歳で、享栄高校からの入団8年後(1994年)に引退した真市と同じだった[19]。12月2日付で、NPBから自由契約選手として公示[20]

現役引退後編集

中日球団から戦力外通告を受けた際の打診がきっかけで、2020年シーズンから二軍のサブマネジャーを担当する。中日では真市もコーチ退任後の2019年からスカウトとして活動しているが、実の親子が同じ時期に同じ球団のスタッフを務めることは、NPBでは異例である[19]

詳細情報編集

年度別打撃成績編集

















































O
P
S
2016 中日 21 49 43 5 8 2 0 2 16 4 0 0 2 0 3 0 1 13 0 .186 .255 .372 .627
2017 14 33 29 5 6 1 0 1 10 1 0 0 1 0 3 0 0 7 1 .207 .281 .345 .626
2018 5 4 4 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 3 0 .000 .000 .000 .000
NPB:3年 40 86 76 10 14 3 0 3 26 5 0 0 3 0 6 0 1 23 1 .184 .253 .342 .595
  • 2019年度シーズン終了時

年度別守備成績編集



一塁 外野
























2016 中日 1 2 0 0 0 1.000 14 12 0 0 0 1.000
2017 - 14 17 0 0 0 1.000
通算 1 2 0 0 0 1.000 28 29 0 0 0 1.000
  • 2019年度シーズン終了時

記録編集

背番号編集

  • 213 (2015年 - 2016年7月13日)
  • 67 (2016年7月14日 - 2019年)

入場曲編集

  • 「Sexy And I Know It」LMFAO(2016年-2019年)

脚注編集

[脚注の使い方]
  1. ^ 選手名鑑 - 近藤 弘基(外野手)”. 中日ドラゴンズ. 2015年6月1日閲覧。
  2. ^ 中日育成2位 近藤弘基外野手 偉大な父の影を払拭”. 週刊ベースボールONLINE (2014年12月1日). 2015年6月1日閲覧。
  3. ^ a b c “「真市の息子」いつか父超える 享栄・近藤弘基君 愛知”. asahi.com. (2010年7月20日). http://www.asahi.com/koshien/92/aichi/news/NGY201007200009.html 2015年6月1日閲覧。 
  4. ^ a b c d ““オレ流視察”の成果だ 中日が近藤コーチの長男獲得へ”. 東京スポーツ. (2014年10月22日). http://www.tokyo-sports.co.jp/sports/baseball/325489/ 2015年6月1日閲覧。 
  5. ^ リーグ戦1部表彰選手”. 愛知大学野球連盟. 2015年6月1日閲覧。
  6. ^ 平成25年度 愛知大学野球連盟選抜チーム一覧 (PDF)”. 愛知大学野球連盟 (2013年7月12日). 2015年6月1日閲覧。
  7. ^ 平成26年度 愛知大学野球連盟選抜チーム一覧 (PDF)”. 愛知大学野球連盟 (2014年7月14日). 2015年6月1日閲覧。
  8. ^ 中日ドラフト隠し球、近藤コーチの長男 - 日刊スポーツ 2014年10月13日
  9. ^ 中日 近藤投手コーチの長男・弘基を育成で指名 - スポーツニッポン 2014年10月23日
  10. ^ 2014年 ドラフト入団選手 近藤 弘基”. 中日ドラゴンズ. 2015年6月1日閲覧。
  11. ^ 2015年度 中日ドラゴンズ 個人打撃成績(ウエスタン・リーグ)”. NPB.jp 日本野球機構. 2019年12月13日閲覧。
  12. ^ 近藤弘基選手が支配下登録に-中日ドラゴンズ公式サイト 2016年7月14日配信
  13. ^ 2016年度 中日ドラゴンズ 個人打撃成績(ウエスタン・リーグ)”. NPB.jp 日本野球機構. 2019年12月13日閲覧。
  14. ^ 2019年度 中日ドラゴンズ 個人打撃成績(ウエスタン・リーグ)”. NPB.jp 日本野球機構. 2019年12月13日閲覧。
  15. ^ 来季の契約について 中日ドラゴンズ公式サイト ドラゴンズニュース
  16. ^ “中日、近藤に戦力外通告 今季は1軍出場なし…父・真市氏は「今後の人生の方が長い」と助言”. Sponichi Annnex. (2019年10月1日). https://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2019/10/01/kiji/20191001s00001173250000c.html 2019年12月13日閲覧。 
  17. ^ “[トライアウト]近藤弘基は4打席フライで出塁できず 中日戦力外の4選手ら43人挑戦”. 中日スポーツ. (2019年11月12日). https://www.chunichi.co.jp/chuspo/article/dragons/news/201911/CK2019111202100015.html 2019年12月13日閲覧。 
  18. ^ “中日で“親子鷹”戦力外の近藤弘基が引退表明「別の仕事でしっかり」16年には父の前で猛打賞”. 中日スポーツ. (2019年11月27日). https://www.chunichi.co.jp/chuspo/article/dragons/news/201911/CK2019112702100079.html 2019年12月13日閲覧。 
  19. ^ a b “親子鷹の中日近藤弘基「恩返し」/さよならプロ野球”. 日刊スポーツ. (2019年12月14日). https://www.nikkansports.com/baseball/column/baseballcountry/news/201912140000137.html 2019年12月16日閲覧。 
  20. ^ 自由契約選手 2019年度 NPB日本野球機構

関連項目編集

外部リンク編集