養浩館庭園(ようこうかんていえん)は、福井県福井市宝永3丁目に所在する日本庭園。国の名勝に指定[1]されている。

養浩館西門
庭園
庭園
櫛形ノ間

目次

概要編集

養浩館庭園は福井城本丸の北約400メートルの場所に位置している。旧福井藩松平家の別邸で、江戸時代には「お泉水(せんすい)屋敷」と呼ばれていた。成立の経緯ははっきりしないが、明暦2年(1656年)で、第4代藩主松平光通の側室が、この屋敷にて子息(権蔵。のちの松平直堅)を産んだ、とされているのが現在のところ最も古く確認されている[2]。現在の規模の建物と回遊式林泉庭園が完成したのは元禄12年(1699年)で、その後拡大と縮小を繰り返した。宝永5年(1708年)、第7代藩主松平吉品が御泉水屋敷を改築し、同時に自らの隠居屋敷として敷地を増設した上で新建造物を増築したが、吉品死後に増築部分は縮小されたとされる。戦前まで残っていた建物は、この改築時の屋敷であろうと推測される。「養浩館」の名前は明治になってから、同屋敷を所有していた元藩主の松平春嶽が名付けたものである。

大正11年(1922年)、敷地内に宝永小学校が建てられた。昭和20年(1945年7月19日福井空襲で建物は消失している。戦後は昭和22年(1947年)に宝永小学校が移転し、跡地に市営テニスコートや福井県立図書館が存在した(県立図書館は同市城東に移転後、現在地の同市下馬町に移転)。

平成16年(2004年)には、足羽山から隣接地に新築移転となった福井市立郷土歴史博物館とともに、お泉水公園など周辺の整備が完了した。

米国の日本庭園専門雑誌『数寄屋リビング(ジャーナル・オブ・ジャパニーズ・ガーデニング)』が毎年行っている日本庭園ランキングには、2006年以来[3]登場している。2008年から2010年にかけては3年連続で第3位に選ばれる[4]など、高い評価がなされている[5]

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