サーティース・TS16

サーティース・TS16 (Surtees TS16) は、サーティース1974年および1975年1976年F1世界選手権に投入したフォーミュラ1カージョン・サーティースによって設計された[1] [2]

サーティース・TS16
ヨッヘン・マスのドライブするTS16、1974年イギリスグランプリ
カテゴリー F1
コンストラクター サーティース
デザイナー ジョン・サーティース
先代 サーティース・TS14
後継 サーティース・TS19
主要諸元
シャシー アルミニウムモノコック
エンジン フォード コスワースDFV 2,993 cc (182.6 cu in) V8 自然吸気 ミッドエンジン, 縦置き
トランスミッション ヒューランド FG 400 5速 マニュアル
タイヤ 1974年: ファイアストン
1975年-1976年: グッドイヤー
主要成績
チーム チーム・サーティース
バング&オルフセン チーム・サーティース
メンフィス・インターナショナル チーム・サーティース
チーム・サーティース ウィズ ナショナル・オーガンズ
AAWレーシング
シェルスポーツ/ホワイティング
ドライバー ブラジルの旗 ホセ・カルロス・パーチェ
ドイツの旗 ヨッヘン・マス
イギリスの旗 デレック・ベル
フランスの旗 ジャン=ピエール・ジャブイーユ
イギリスの旗 ジョン・ワトソン
初戦 1974年アルゼンチングランプリ
出走優勝ポールFラップ
26000
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レース戦績編集

1974-1975: サーティース編集

1974年シーズンの開幕戦、アルゼンチンGPサーティースブラジル人ドライバーのホセ・カルロス・パーチェとドイツ人ドライバーのヨッヘン・マスで挑んだが、パーチェはサスペンショントラブル、マスはエンジントラブルと両名ともリタイアとなった[3]ブラジルGPではパーチェが4位に入り、地元の観衆を喜ばせた。マスは17位に終わった[4]南アフリカGPではパーチェが11位となったが、マスはサスペンショントラブルでリタイアした[5]スペインGPでパーチェは13位となり、マスはギアボックストラブルでリタイアした[6]ベルギーGPではパーチェはハンドリングの悪化、マスはサスペンショントラブルで両者ともリタイアとなった[7]モナコGPではマスはスタートせず、パーチェはジャン=ピエール・ベルトワーズBRM)、デニス・ハルムマクラーレン)、アルトゥーロ・メルツァリオイソ・マールボロ)、ヴィットリオ・ブランビラマーチ・エンジニアリング)、ブライアン・レッドマンシャドウ)、ティム・シェンケントロージャン)らとのクラッシュに巻き込まれリタイアした[8]スウェーデンGPではパーチェはハンドリング悪化、マスはサスペンショントラブルでリタイアした[9]。パーチェはこの後チームを離脱し、ブラバムに移籍した。オランダGPにマスの1台体制で臨んだチームであったが、マスはトランスミッションのトラブルでリタイアとなった[10]フランスGPではジョセ・ドレムが起用されたが、ドレムは予選落ちし、マスはクラッチトラブルでリタイアした[11]イギリスGPではドレムに代わってデレック・ベルが起用されたが、ベルは予選落ちし、マスは14位となった[12]ドイツGPでベルは11位となったが、マスはエンジントラブルでリタイアした[13]オーストリアGPではマスに代わってジャン=ピエール・ジャブイーユが起用されたが、ベル、ジャブイーユ共に予選落ちした。チームはこの両名に加えてディーター・クエスターを起用し、クエスターは9位となった[14]イタリアGPではドレム、ベル共に予選落ちした[15]カナダGPではドレムに代わってヘルムート・コイニクが起用され、コイニクは10位となった一方、ベルは予選落ちした[16]。最終戦アメリカGPではベルに代わってドレムが起用された。ドレムは25周でリタイアした。コイニクは10周目にリアタイヤがパンクしコースバリアに衝突、リタイアした[17]。サーティースは3ポイントを獲得し、ランキング11位に終わったが、1975年シーズンは予算不足のためジョン・ワトソンの1台体制に戻った。

 
1975年イギリスGPでTS16をドライブするジョン・ワトソン

1975年シーズン開幕戦アルゼンチンGPでワトソンは燃料パイプがゆるんでしまい、コースサイドで修理を試みた後に失格となった[18]ブラジルGPでは10位となる[19]南アフリカGPではクラッチトラブルでリタイアに終わった[20]スペインGPは8位となる[21]モナコGPではスピンでリタイアとなった[22]ベルギーGPでは10位となる[23]スウェーデンGPでは16位となる[24]オランダGPでは異常振動のためリタイアした[25]フランスGPは13位で終わっている[26]イギリスGPでワトソンは11位となり、チームはこのGPでデイヴ・モーガンも起用し、モーガンは18位となった[27]。チームはドイツGPを欠場、オーストリアGPでは再びワトソン1台体制となった。レースは豪雨となり、グランプリ・ドライバーズ・アソシエーションとオーガナイザーが話し合って29周で中止となった。ワトソンは10位に終わった[28]。チームは来シーズンに投入するTS19の開発に集中するため終盤2戦を欠場した。

1974: AAWレーシング編集

アンティ・アーニオ=ウィフリ英語版はAAWレーシングを結成し、サーティースからTS16を購入、フィンランド人ドライバーのレオ・キヌーネンを起用して1974年ベルギーグランプリに参戦したが、予選落ちした。続いてスウェーデンGPに出場、このときは決勝に進出しエンジントラブルでリタイアしている。その後フランスGPイギリスGPにも出場したが、いずれも予選落ちしている。一戦おいてオーストリアGPイタリアGPにも出場したが、これらも予選落ちに終わった。この後チームは予算不足のためF1から撤退した。

1976: シェルスポーツ/ホワイティング編集

シェルスポーツ/ホワイティングは、ニック・ホワイティングが創設し、シェルの燃料を使用した。チームはTS16を購入、ディビナ・ガリカを起用してイギリスGPに参戦したが、予選落ちに終わった[29]

F1における全成績編集

(key) (太字ポールポジション斜体ファステストラップ

チーム エンジン タイヤ ドライバー 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 ポイント 順位
1974年 チーム・サーティース
バング&オルフセン チーム・サーティース
フォード コスワースDFV 3.0 V8 F ARG
 
BRA
 
RSA
 
ESP
 
BEL
 
MON
 
SWE
 
NED
 
FRA
 
GBR
 
GER
 
AUT
 
ITA
 
CAN
 
USA
 
3 11位
ホセ・カルロス・パーチェ Ret 4 11 13 Ret Ret Ret
ヨッヘン・マス Ret 17 Ret Ret Ret DNS Ret Ret Ret 14 Ret
デレック・ベル DNQ 11 DNQ DNQ DNQ
ジョセ・ドレム DNQ DNQ Ret
ジャン=ピエール・ジャブイーユ DNQ
ヘルムート・コイニク 10 Ret
メンフィス・インターナショナル チーム・サーティース ディーター・クエスター 9
AAWレーシング レオ・キヌーネン DNQ Ret DNQ DNQ DNQ DNQ
1975年 チーム・サーティース フォード コスワースDFV 3.0 V8 G ARG
 
BRA
 
RSA
 
ESP
 
MON
 
BEL
 
SWE
 
NED
 
FRA
 
GBR
 
GER
 
AUT
 
ITA
 
USA
 
0 14位
ジョン・ワトソン DSQ 10 Ret 8 Ret 10 16 Ret 13 11 10
チーム・サーティース ウィズ ナショナル・オーガンズ デイヴ・モーガン 18
1976年 シェルスポーツ/ホワイティング フォード コスワースDFV 3.0 V8 G BRA
 
RSA
 
USW
 
ESP
 
BEL
 
MON
 
SWE
 
FRA
 
GBR
 
GER
 
AUT
 
NED
 
ITA
 
CAN
 
USA
 
JPN
 
7 10位
ディビナ・ガリカ DNQ

ノンタイトル戦における全成績編集

(key) (太字ポールポジション) (斜体ファステストラップ

チーム エンジン タイヤ ドライバー 1 2 3
1974年 チーム・サーティース
バング&オルフセン チーム・サーティース
フォード コスワースDFV 3.0 V8 F PRE ROC INT
  ヨッヘン・マス 4 DNS 2
  カルロス・パーチェ 9
1975年 チーム・サーティース フォード コスワースDFV 3.0 V8 G ROC INT SUI
  ジョン・ワトソン 2 4 5

参照編集

  1. ^ Surtees Ford”. Stats F1. 2016年2月27日閲覧。
  2. ^ Surtees TS16”. Jonathan Davies. 2016年2月27日閲覧。
  3. ^ Grand Prix results, Argentine GP 1974”. grandprix.com. 2016年2月27日閲覧。
  4. ^ Grand Prix results, Brazilian GP 1974”. grandprix.com. 2016年2月27日閲覧。
  5. ^ Grand Prix results, South African GP 1974”. grandprix.com. 2016年2月27日閲覧。
  6. ^ Grand Prix results, Spanish GP 1974”. grandprix.com. 2016年2月27日閲覧。
  7. ^ Grand Prix results, Belgian GP 1974”. grandprix.com. 2016年2月27日閲覧。
  8. ^ Grand Prix results, Monaco GP 1974”. grandprix.com. 2016年2月27日閲覧。
  9. ^ Grand Prix results, Swedish GP 1974”. grandprix.com. 2016年2月27日閲覧。
  10. ^ Grand Prix results, Dutch GP 1974”. grandprix.com. 2016年2月27日閲覧。
  11. ^ Grand Prix results, French GP 1974”. grandprix.com. 2016年2月27日閲覧。
  12. ^ Grand Prix results, British GP 1974”. grandprix.com. 2016年2月27日閲覧。
  13. ^ Grand Prix results, German GP 1974”. grandprix.com. 2016年2月27日閲覧。
  14. ^ Grand Prix results, Austrian GP 1974”. grandprix.com. 2016年2月27日閲覧。
  15. ^ Grand Prix results, Italian GP 1974”. grandprix.com. 2016年2月27日閲覧。
  16. ^ Grand Prix results, Canadian GP 1974”. grandprix.com. 2016年2月27日閲覧。
  17. ^ Grand Prix results, United States GP 1974”. grandprix.com. 2016年2月27日閲覧。
  18. ^ Grand Prix results, Argentine GP 1975”. grandprix.com. 2016年2月27日閲覧。
  19. ^ Grand Prix results, Brazilian GP 1975”. grandprix.com. 2016年2月27日閲覧。
  20. ^ Grand Prix results, South African GP 1975”. grandprix.com. 2016年2月27日閲覧。
  21. ^ Grand Prix results, Spanish GP 1975”. grandprix.com. 2016年2月27日閲覧。
  22. ^ Grand Prix results, Monaco GP 1975”. grandprix.com. 2016年2月27日閲覧。
  23. ^ Grand Prix results, Belgian GP 1975”. grandprix.com. 2016年2月27日閲覧。
  24. ^ Grand Prix results, Swedish GP 1975”. grandprix.com. 2016年2月27日閲覧。
  25. ^ Grand Prix results, Dutch GP 1975”. grandprix.com. 2016年2月27日閲覧。
  26. ^ Grand Prix results, French GP 1975”. grandprix.com. 2016年2月27日閲覧。
  27. ^ Grand Prix results, British GP 1975”. grandprix.com. 2016年2月27日閲覧。
  28. ^ Grand Prix results, Austrian GP 1975”. grandprix.com. 2016年2月27日閲覧。
  29. ^ Grand Prix results, British GP 1976”. grandprix.com. 2016年2月27日閲覧。

外部リンク編集