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ミッドシップエンジン + 後輪駆動の概念図
ミッドシップの例フェラーリ・F40

ミッドシップ (Mid-Ship) とは自動車などのエンジンの搭載位置による分類のひとつで、直訳の「(シップ)の中央」という語が示す通り、エンジンを車体の中央付近に配置する方式である。「ミドシップ」「ミッドエンジン」などとも言う。

概要編集

ミッドシップ・レイアウトには以下のような種類がある。

 
フォーミュラーカーはミッドシップレイアウトを持つ
(リヤ)ミッドシップ

これを指して単に「ミッドシップ」とすることも多い。運転席の後ろにエンジンを積みリアを駆動する。レーシングカーや多くのスーパーカーが採用している。MRと略すことがある(en:Rear mid-engine, rear-wheel-drive layout)。現代のメジャーな車ではごく稀だが、運転席の横に配置する例もある。たとえば、インディカーのSTP-パクストン・ターボカーはサイドミッドシップにガスタービンエンジンを配置している。またサイドへの配置はカート類などでは一般的である。あるいは運転席の下(アンダーフロア)のこともある。バス車両では車両中央の客席部分の床下にエンジンを搭載する(センターアンダーフロアエンジン)。このページでは主にリヤ・ミッドシップを解説する。

フロントミッドシップ

フロントエンジンで、エンジンが前輪の車軸と運転席の間にあるものは「フロントミッドシップ」と言われる。この場合は前輪駆動の場合もある(FFミッドシップ)。前輪駆動では駆動輪に重量を掛けることがほぼ必須であるため、リアミッドエンジンで前輪のみを駆動する形式はほとんど例がない。

ミッドシップ四輪駆動

ミッドシップエンジンで前後輪を駆動するミッドシップ四輪駆動もある。著名な例としては、アウディ傘下に入って以降のランボルギーニ車はすべてリアミッドシップの四駆である。

利点と欠点編集

 
省スペース目的の例
ツェンダップ・ヤヌス 1950年代
背中合わせの座席の間に2ストローク 単気筒エンジンを置く

車体において最も質量の大きいエンジンの質量中心(重心)と、車体のそれ以外の質量中心が近くなることで、ヨーイングピッチング慣性モーメントが小さくなり、旋回に入りやすくまた旋回を止めやすい。よって機敏に走れてコーナーリング限界も大変高い駆動レイアウトである。また、駆動輪である後輪に荷重がかかることから、駆動力が効果的に路面に伝わることは利点である。これはリアエンジンとも共通する利点だが、操安性はリアエンジンとは大きく異なる。その他に、FRの場合に必須なプロペラシャフトが必要無いなど構造を単純化でき、重量軽減にも有利である。

ただしトランスミッションをエンジン前方に置き、そこから後車軸までプロペラシャフトで伝達するような配置などもある。そのような配置では、プロペラシャフトは存在するものの、長さがFRのものよりは短い点は有利ではあるが、エンジンの下にシャフトを通すような配置とした場合、エンジン配置位置、ひいては車体の質量中心が上がってしまっている場合もある(ランボルギーニの例では、そのようにしてシャフトをエンジン下中央に通すのがカウンタック以来の伝統の配置でありこれに該当するが、ムルシエラゴで改善が図られた)。

一方で、限界を超えるとスピンに入りやすいという弱点がある。オーバースピードでコーナーに進入してしまうと、フロントエンジンでは質量中心のある前側が外側に行こうとするため穏やかなアンダーステアになるが、リアミッドシップでは後側が外側に行こうとしてオーバーステアとなり、しかもブレーキングによって前に荷重を掛けてもオーバー(ステア)に、逆に駆動力を強く掛けてもパワーオーバー(ステア)によってオーバーステアとなるので、適切且つ微妙なカウンターステアを当てたりしたとしても対処が極めて難しい。よって「本格的」なリアミッドシップ車はスポーツカーやレースカーに限られ、一般ドライバー向けの車ではそのようなピーキーな設定にはされない。

また運転席と後輪の間にエンジンがあるため、ほとんどの場合は後席を設けられず2人乗りに限定され、荷室も広く取れない。まれに横3人乗りや非常に狭い後席付き(2+2)の例もあるが、いずれにせよ一般的な乗用車に採用するには実用性において不利になっている。

歴史編集

レーシングカー編集

 
アウトウニオン・タイプC

(リア)ミッドシップにエンジンを置くことは、前述のような利点から、レーシングカーから採用が始まった。著名な例としては、1934年にフェルディナント・ポルシェが設計した、アウトウニオンのPヴァーゲン(タイプA〜D)がある。

Pヴァーゲンの成功があったものの、フォーミュラカーを含むレーシングカーの大半は、第二次大戦後もしばらくは多くがフロントエンジンだった。しかしミッドシップの採用例もあり、早くも1947年にクーパークーパー・500(後のF3となる)でミッドシップを採用した。クーパーはF2F1などにもミッドシップを採用し好成績を挙げたことから、追従するコンストラクターもあった。

 
ロータス38。オーバルコースであるインディアナポリス専用車のため、左右のサスペンションの長さが異なっている

F1が本格的にミッドシップに移行したのは、やはり前述のクーパーのT43(en:Cooper T43)が1958年のアルゼンチングランプリで、初の優勝したミッドシップエンジン車になったことに始まる。1959年が「移行の年」であり、1960年にはほぼ全ての優勝車がミッドシップで、フロントエンジンによる最後の優勝車はフェラーリ・246F1であった。インディカーでは1965年のインディ500(en:1965 Indianapolis 500)が、33台中フロントエンジンは6台のみで、ロータス38が初優勝したミッドシップ車となった「ミッドシップへの移行が決定付けられた」レースとされる。このようにして、1960年代以降のフォーミュラカーでは、フロントエンジンに代わってミッドシップ縦置きが標準的なレイアウトとなった。

続いてラリーカーでも、1970年代にはランチア・ストラトスなど、ミッドシップエンジン車が活躍するようになる。これらでは横置きされた。日本ではあまり知られいない例では、共産圏(ソ連)のFF車ラーダ・サマーラをベースとした特殊改造モデルのラリーカーにもエンジンをミッドに配したものがある。さらにラリーでは、1980年代に入ると、その名も4駆をうたったアウディ・クワトロ(フロントエンジン)が登場し好成績を見せると、4駆化がトレンドとなった。ミッドシップ4駆の嚆矢は1984年途中から参戦のプジョー・205ターボ16である。翌85年と86年には、グループBにミッドシップ4駆のモンスターマシンが登場したが、ヘンリ・トイヴォネンの死亡事故をはじめとする大事故が続発、1986年限りでグループBによる世界ラリー選手権は中止され、ミッドシップ4駆のラリー車も消えていった。日本勢ではトヨタ・222D日産・MID4などの試作車があった(なお同時期のもう一台の「幻の日本勢ラリー車」であるスタリオン4WDラリーはフロントミッド)。

4輪駆動

F1ではミッドシップ化に引き続き、4駆もあらわれた。1960年代に存在した4駆F1(en:Four-wheel drive in Formula One)はフロントエンジンのFerguson P99を除きミッドシップ4駆である。前述のようにグループBのマシンにもミッドシップ4駆が多くある。

横置き

レーシングカー、特にフォーミュラカーでは通常縦置きミッドシップであるが、横置きミッドシップのフォーミュラカーの例もある。

ホンダの最初のF1マシンであるRA271が、V12エンジンを横置きで搭載していた。「2輪車メーカーとしての経験から、横置き(2輪車の大半はエンジン横置き)のほうが設計しやすかったため」という説がある。ただし整備性に難があったことに加え、1966年にF1のレギュレーション変更でエンジン排気量が3リッターに拡大され、V12エンジンのサイズ的に横置きが困難となったことから、同年のRA273以降は縦置き配置に改められている。また日本独自のフォーミュラだったFL500などは、エンジン横置きFFの軽自動車のパワーユニットを使用している例が多く、やはりエンジン横置きが主流だった。

スーパーカー・スポーツカー編集

 
世界初の量産ミッドシップカー
マトラ・ジェット 1962-1968
写真はV S(5型S)

1960年代以後は市販のスーパーカースポーツカーにも、ミッドシップを採用する例が見られるようになった。

一般に、乗用車にミッドシップ・レイアウトを採用すると車室やトランクのスペースが大きく制限されてしまい、車としての実用性が低下する。エンジンをフレームの一部としてしまうような構成すら一般的なレーシングカーとは異なり、車室後部と後輪の間に大穴を開けてパワーユニットを配置するのは剛性の確保も難しい。操縦性の面でも、前部が軽いことがクイックなコーナリングのために荷重移動を必須とし、進入で適切な荷重移動ができていないと前側への荷重不足のために曲がり始めにアンダーステアをもたらす一方、定常円旋回では後寄りの重心が発生する遠心力により後側が外側に出るオーバステア傾向がある、といったいわゆるアンダー・オーバー特性や、ピッチングとヨーイングのモーメントが小さいことによる反応の早さ[1]は、レーシングドライバーにとってはポテンシャルの高い車でも、一般の運転者には扱いが難しい。整備のための開口部を広く取れないため、整備性があまり良くなく作業工数が多くなることから整備工賃が高い傾向にあることも市販乗用車に向かない面と言える。

以上のような特性から、以前は、レース専用のレーシングカーや非常に高価なスーパーカーに限られ、一般的な乗用車としての例は皆無ではないにしても大量生産されたものは少ない特殊なレイアウトという扱いだった。しかし、1970年代以降、前輪駆動(FF)の小型乗用車が大量生産されるようになると、そのパワーユニット(いわゆる「ジアコーサ配置」)を運転席の後部にそっくり移設するという手法により、大量生産されるものも見られるようになった。

以下、だいたい登場時代順に説明する。

市販された世界初のミッドシップ車は、1960年代、ルネ・ボネ~マトラのジェットとされる。それに、デ・トマソ・ヴァレルンガロータス・ヨーロッパディーノマトラ・M530ポルシェ・914などが続く。これらのエンジンはいずれも排気量2リッター弱であり、生産台数は100前後~数千台程度が多い。914はフォルクスワーゲン社との共同企画ということもあり数万台が生産された。(GT40M1などレース用モデルのホモロゲーションのため、といった形で生産・販売された車もあるが、ここではそれらには触れない)

 
フェラーリ・512BBiのエンジン

続いて、4リッター前後のハイパワーなエンジンを積んだ、いわゆるスーパーカーたちが登場する。代表的なところでは、365GT4BBに始まるフェラーリ車、ミウラにはじまるランボルギーニ車や、前述のヴァレルンガに続くマングスタパンテーラなどがある。また、レーシングカーの節で前述した、ストラトスなどのラリーカーもスーパーカーとして扱われることが多い。ランボルギーニのディアブロ以降など、スーパーカーにはミッドシップ4駆も1990年代以降増えている。珍しい事例では初代から長年FRレイアウトを貫いてきたシボレー・コルベットが2019年のフルモデルチェンジでミッドシップレイアウトに変更されている。

これらのスーパーカーで使われているV12のような細長いエンジンを縦置きし、トランスミッション、デフ、と順に並べてしまうと、乗用車としては後部が長すぎる車になってしまう。そのため、たとえばカウンタック以後の全てのランボルギーニ車は、エンジンを前後逆に置いてトランスミッションをその前に置き、そこから折り返してドライブシャフトを後方に伸ばしてデフに接続する、という配置とするなどの工夫をしている。この配置には、フロアシフトのシフトレバーが直接トランスミッションから生えているためフィールが良いという利点と、シャフトを通すためエンジンの位置が上がるという欠点がある。

FFの量産車のパワーユニットを流用することで、量産車にミッドシップを採用する手法は、フィアット・X1/9(後にベルトーネブランドに変更)などがさきがけで、量産車のパワーユニットを流用しているため価格を安く抑えられ、ミッドシップを一般大衆の手が届く存在にした。ポンティアックフィエロトヨタ・MR2ローバーMG Fなどもこの手法で作られたミッドシップ車である。日本では軽自動車にもいくつか例がある。

横置きと縦置き編集

 
横置きミッドシップであるランボルギーニ・ミウラのシャシー

横置きミッドシップは、FF用のトランスミッションとトランスアクスルを流用しているかぎり重心が後車軸寄りとなり、車体中心に重心のある縦置きのような重量配分は得られない場合が多い。それゆえ、レーシングカーやスーパーカーの大半は、重心位置設定の自由度が高い縦置きミッドシップを採用している。ただしレーシングカーやスーパーカーとして扱われることもあるが、ラリーカーのランチア・ストラトスなどでは(ラリーカーで重視される旋回特性では、全長やホイールベースの短さも重要なため、横置きでコンパクトにまとまるレイアウトが勝るとも言える)横置きである。

フェラーリは従来、12気筒のフラッグシップはエンジン縦置き、下位モデルのV型6気筒とV型8気筒(206・246(V6)、308・328(V8)の各シリーズはエンジン横置きだった。しかし、モンディアルT348シリーズ以降、トランスミッションは横置きのまま、エンジンとクラッチを縦置きに変更している(なお、スペシャルモデル以外では12気筒のMR車はF512Mを最後に途絶えている)。ライバルのランボルギーニでは、ミウラは横置き、カウンタックとそれ以降は縦置きである。他にエンジン横置きのスーパーカーの例としては、チゼータ・V16T(V16エンジンを横置きし、トランスミッションを縦置き。「T」はその配置に由来する)などが挙げられる。

リアミッドシップ以外の配置編集

1978年に登場したRX-7が、前車軸と運転席の間にコンパクトなロータリーエンジンを搭載した上で、これを「フロント・ミッドシップ」と呼称した。これ以降、同様のエンジン配置になっているカプチーノなどの車種も「フロントミッドシップ」と称する例が見られるようになった。ただしこの配置自体は20世紀初頭から一般的に採られており、呼称の確立時点では特に目新しいものではなく、第二次世界大戦前の国産車も当たり前のようにこの配置であった。

商用車などでエンジンを車室のフロア下に置く形態を「センターミッドシップ」などと呼称する例も現れた。日野自動車では「センターアンダーフロアエンジンバス」と呼称している(後述)[2]。リアシート(ラゲッジ)下にエンジンをマウントする三菱・iは「リア・ミッドシップ」構成と主張している。

以下、日本における例について記述する。

日本車編集

軽自動車編集

 
日本オートサンダル自動車「オートサンダルFS型」

日本国内の例では、1952年に少数ながら市販もされた日本最初の軽四輪乗用車である、日本オートサンダル自動車フリクション変速機仕様車・オートサンダルFS型が最初の例である。運転席後方、後車軸の前方に空冷単気筒エンジンを搭載しており、当時は「リアエンジン」の範疇として捉えられていたものの、構造的にはミッドシップである。変速機構造の特殊性によりこのようなレイアウトになったとみられ、FSの姉妹車である手動変速機タイプのFN型は完全なリアエンジン式である。

その後の軽自動車では、ホープ自動車愛知機械工業の一連の貨物車愛知機械工業#かつての車種などを参照)、本田技研工業ホンダ・TN360や初代バモスがある。その後のモデルとしては、軽トラックではTN360の後継として位置づけられるアクティスズキ・エブリイの3代目などが挙げられる。

1998年(平成10年)に発売の軽乗用車ホンダ・Z(2代目)は、前述のアクティのエンジン等を流用する形でミッドシップ化している(4輪駆動)。2006年発売の軽乗用車三菱・i(MR・4輪駆動)は、リアシート(ラゲッジ)下にエンジンを配置し、リアミッドシップと称している(後車軸よりもクランク軸が若干前にある)。

バス編集

 
日野自動車のセンターアンダーフロアエンジンバス「ブルーリボン」BT11
大阪市営バス保存車両

バス車両では、日野自動車1952年末に発売した大型路線バス「ブルーリボン」 (BD・BG・BK・BT系等) [2]をはじめ、ボルボ・B10Mシャーシ(国内市場では1980年代後半より「アステローペ」連節バスとして使用)、日産ディーゼル1993年に発売した小型貸切バス「スペースランナー7 」(EN系) などで、前後車軸間の床下にエンジンを搭載している。

日野自動車では、ブルーリボン(BD系等)を「センターアンダーフロアエンジンバス」と呼称しており、前身の東京瓦斯電気工業時代にも「ちよだバストレーラー」として、鉄道省省営バス向けにセンターアンダーフロアエンジンバスを製造していた実績がある[2]。床下にエンジンを置く形式はミッドシップというよりアンダーフロアとすることもある。

バス車両の場合は客席部分の床下にエンジンを搭載するため、床面を段差なくフラットにすることができ、乗用車とは逆に車内スペースが広く取れ、乗車定員を増加することが可能になるが、ワンステップバスノンステップバスなどの低床化に対応できないなどの欠点もあり、現在ではリアエンジンリアドライブ (RR) が主流になっている。日野自動車でも1960年代以降のRE/RC系ではRRに移行した(なお「ブルーリボン」の愛称は現行車種に至るまで使用されている)[2]

スポーツカー編集

 
トヨタ・MR2(初代・前期型)
MEGAWEB展示車両

スポーツカーとしてミッドシップエンジン・リアドライブのレイアウトを本格的に採用した例は、1969年東京モーターショーに出品されたいすゞ自動車ベレット1600MXがある。このモデルは翌年の東京モーターショーにも改良型が出品されたが、結果的には市販に至らなかった。

その後、日本車初のミッドシップ量産車は1984年発売の初代トヨタ・MR2(AW10系)となった。海外車種に関して前述したような、量産FF車のパワーユニットを車室と後車軸の間に配置する、という手法によるものであり、スタイリング的にもAW10にはX1/9の影響があるように見える。バブル期には数種類のミッドシップ車が発売された。1989年の2代目MR2(SW20型)、1990年ホンダ・NSX1991年ホンダ・ビート1992年マツダ・オートザムAZ-1(およびそのOEM車種スズキ・キャラ)である。これらのうち特にNSXは他の車種と違い、海外含め2万台ほどが量産されたが、量産車というよりスーパーカー的な開発のされた車であった。しかし室内が狭くトランクスペースの少ない実用面の低さが敬遠されたことや、バブル崩壊後はトールワゴンミニバンといった車種に押され、その多くが販売台数を稼げないまま製造販売を中止した。

国産のミッドシップスポーツカーは2007年トヨタ・MR-Sの製造終了以降は光岡・オロチのみであったが、これも2014年に製造終了したため、2015年ホンダ・S660の発売まで、国産のミッドシップスポーツカーが途絶える事になった。またMR2・MR-S・NSXとも、生産分のほとんどは海外向け(輸出仕様)だった。ミッドシップレイアウトの弱点として、トランクスペースが存在しないことが多いが、光岡・オロチはボディ寸法に対して比較的小型のV6エンジンを横置きにしてあるため、エンジンからボディの後端まで間に小型のトランクスペースが存在する。また、トヨタのMR2もエンジンルームのさらに後方(リアエンド)に小さいながらもトランクルームを有している。

国産ミッドシップ4輪駆動のスポーツカーは、1990年前後に日産のMID4/MID4-II、トヨタの222Dがあったが、どちらもコンセプトカーにとどまった。その後、前輪を独立して電動機で駆動するハイブリッド方式が有望になり、2016年にホンダからNSXが発売されている。

一般乗用車編集

一般乗用車では、1990年(平成2年)発売のトヨタ・エスティマは、床下(前後の車軸間)にエンジンを横倒し(スラント)で搭載し、後輪を駆動させるアンダーフロア式のMR車で、スラント・ミッドシップと称した。

バンワゴンでは、日産・ラルゴセレナなどがある。これらは日産ブランドで販売されたが、実は設計製造は前述の愛知機械工業である。ボンネットが無い形態からキャブオーバーと混同されることがあるが、キャブオーバーは「運転台(キャブ)がエンジンの上にある」という配置のことであり、フロント・ミッド・リアのエンジン配置の分類とは定義上は独立である。

オートバイ編集

なお、一般にMRとして認識されることはないが、オートバイのエンジン位置と駆動輪は、そのほとんどがMRである。オート三輪などオートバイを拡大したようなタイプの車両は、やはりMRと認識されることはないがその方式を引き継いでおり、前述の軽貨物車はいずれもオート三輪メーカー製でその流れにあるものである。また商用車のミッドシップ位置のエンジンもそれらに類した配置と考えることができる。フォーミュラカー設計者(デザイナー)のゴードン・マレーによるスポーツカー「ロケット」もエンジンと駆動系にオートバイのそれを流用したMR車である。

その他編集

玩具編集

田宮模型ミニ四駆のシャーシに「フロント・ミッドシップ」を称するものがある(FMシャーシ、スーパーFMシャーシ)。実はレーサーミニ四駆の初期型であるタイプ1シャーシからモーターは後車軸の前にあり「ミッドシップ」であったが、特にそのように称してはいなかった。フロントモーターのシャーシの登場にあたり特に称したものである(レトロニム)。

航空機編集

プロペラ機においてはほとんどの機体が、自動車でいうところのフロントエンジンに近いと言えるが、P-39のようにエンジンをコクピット直後に配置し、延長軸で機体先端のプロペラを駆動する例もある。P-39では慣性モーメントが小さくなることによる運動性の向上や、機体形状の洗練による速度性能の向上が期待されたが、その反面、高空性能や加速性能に劣り、総合的な評価は芳しいものではなかった。

初期のジェット機の多くは、ジェットエンジンを機体の中央付近に配置していた。また、そのジェット流をダクトにより機体後部に導く方式を採用した例も多く、これは自動車のミッドシップに近いコンセプトと言える。しかし長いダクトにはデメリットもあり、その後のジェット機ではエンジン自体を機体の後尾に配置するリアエンジン配置が主流である(リアエンジン#航空機のリアエンジン)。爆撃機や旅客機や輸送機などに見られる、主翼の胴体から離れた位置にジェットエンジンを配置する方式は、ピッチに関しては自動車のミッドシップに近いと言えるが、左右については機体の質量中心から遠くにエンジンを配しており、ピッチ以外の(ロールとヨー)方向に関してはモーメントが大きく、近年の戦闘機などにおいては採用例はみられない。

脚注編集

  1. ^ ここでは角速度の絶対的な「速さ」ではなく、操作に対する反応・遅延のことを言っているので「早さ」。
  2. ^ a b c d バスラマ・インターナショナル スペシャル 臨時増刊号1995 リエッセ&日野バスファミリー』「日野バスファミリーの系譜」1995年11月15日発行、ぽると出版ISBN 4-938677-75-X