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ジェイソン・ケイ(Jason Kay, 1969年12月30日 - )は、ジェイ・ケイの名前で知られるイギリスのシンガーソングライター。ジャミロクワイを率いて同バンドでの活動でグラミー賞を受賞しており、20世紀最後の大物と言われた。[要出典]

ジェイソン・ケイ
Jason Kay
Jason Kay.jpg
2007年、ガムボール3000にて.
基本情報
生誕 (1969-12-30) 1969年12月30日(49歳)
出身地 イングランドの旗 イングランドグレーター・マンチェスター
ジャンル アシッドジャズファンクディスコブルー・アイド・ソウルエレクトロニカ
職業 ミュージシャン
担当楽器 ボーカル
活動期間 1992 - 現在
共同作業者 Jamiroquai

目次

略歴編集

双子として生まれるが、兄は生まれて数週間で死亡した(この兄は、彼の歌に頻繁に登場する)。母はジャズシンガーであり、幼児期に母の仕事場やライブツアーに付き添ったことによりステージセンスや音楽的素養が培われた。母は実父とは別の男性と結婚し、継父に育てられた。実父はポルトガル人のギタリストであり、ジェイが26歳になってからレコード会社の計らいで初めて対面した。それでも家族は母だけという感情を常に抱いてきていたため、近年自分のふたりの娘を授かったことには特別な感慨があったという。少年期に母はテレビの深夜帯で既存のヒット曲やスタンダードナンバーをショー形式で歌う番組をもっていて、クイズ番組の回答者などテレビタレント的な仕事もしていたため、息子を私立の寄宿学校に入れていたが、「多動傾向」で「やんちゃ」すぎた故に15歳で退学になっている。

16歳で家を出て音楽機材を買うために様々なアルバイトをしながら、当時のアシッドジャズ、レア・グルーヴシーンのただ中のクラブ文化に居場所を見出す。やがて、ヤング・ディサイプルズのフェミの弟と出会い(彼はごく初期のマネージャーとなった)ブランニュー・ヘヴィーズの曲を歌ったデモをアシッド・ジャズ・レコードに持ち込んだことを契機に、同レーベルからのデビュー、ジャミロクワイの構想へと扉を開いて行った。[1]

人物編集

彼は熱心な環境活動家で知られており、ジャミロクワイの曲などでも環境破壊について憂う歌詞が多く見受けられる。しかしフェラーリランボルギーニなどのスーパーカーを何台も所持しており、インタビュー嫌いでもあることから、よく言行の矛盾を指摘されている。彼に言わせると、「何台所有していても乗るのはたまに一台だけ、つまり他の分の所有車を排気ガスを出すことからガードしてるだろう。」 環境保護に関する歌詞については理想主義、ナイーブであると批判を受けたこともあり、「若い時はみんな音楽が世界を変えられると思っていた。でも見てごらん、何も変えられやしないのさ。」「ブギーが好きな人たちは、説教くさいことは好きじゃないんだ。」などと、非常に現実的な対応を見せつつ、ある時期はテーマカラーをグリーンにしたり、環境やグローバリズム、行きすぎたテクノロジー化などには一定の意識を持ちつづけ、歌詞に織り交ぜている。乗り物全般が大好きのようで、コレクションにはクラシックの名車、ホンダのミニバイク、ヘリコプターからセグウェイまである。多くのイギリス人カーコレクターがそうであるように、しばしばオークションなどで売ったり買ったりしている。

乗り物と共に帽子で有名である。ステージ衣装としてのアメリカ先住民のウォー・ボンネット(このかぶり物はアメリカ本土でよく「文化の盗用」問題の槍玉に上がる。それはデビュー当初からであり、ジェイはナーバスになりながら「Manifest Destiny」という過去の白人政策を嘆く曲を書いた)を模した大きなものから、ストリート風のワッチキャップ、モードなハットなど、大量に所持している。デビュー初期にはよく母親手作りのニット帽にオーバーサイズのフリース、またはアディダスのジャージにアディダスのスニーカーというファッションが定番だったが、グッチプラダなどの高級ブランドを身につけることも多くなっている。しかしアディダスのスニーカーは現在でも愛用している模様。

72エーカーの敷地と11のゲストルームがある邸宅を28歳で購入した。音楽スタジオを併設してそこでの静かな自然に囲まれた生活を楽しむ一方で、高級車を飛ばしたりパーティに明け暮れ刺激を求めた日々を振り返り「双子だったので二人分の側面を持っている感じがする」と述べている。[2]

ブレイクダンスパントマイムスケートボードなどに基づく独自のダンススタイルを持ち、ライブの高揚に合わせて非常に即興的に踊る。1997年MTV Video Music Awardsでは、「Virtual Insanity」ビデオにおいて振り付け部門で本人がノミネートされた。 作曲過程では曲の全体像がまずイメージとして浮かび、すべての楽器に対して演奏してほしいメロディを歌って教えることでトラックを作り上げていくという。その上に乗せる歌唱はやはり随所において自由で即興的であり、ライブでは全身でバンドを指揮している。

脚注編集

  1. ^ https://www.standard.co.uk/showbiz/jay-talking-7207521.html 2005年イブニングスタンダード誌インタビュー
  2. ^ https://dangennoe.wordpress.com/journalism/jay-kay-esquire/ 2001年エスクワイア誌インタビュー

外部リンク編集