ブレイクダンス

競技ダンスとしての「ブレイキン」

ブレイクダンスbreakin')は、ストリートダンスの一つ。全盛期は1980年代前半。英語圏ではブレイキン(breakin')、B-ボーイング、B-ガーリングとも呼ばれ、ダンサーをBボーイやBガールと呼ぶ。Bボーイ、Bガールの“B”はブラックの“B”と誤解されがちだが、これは誤りであり、Bボーイとはブレイク(突破)する者[1]、もしくはブレイクビーツで踊る者の事である。

宵闇のブレイクダンス - 代々木公園

「ブレイクダンス」「ブレイキン」という呼称は、1980年代前半に世界的に広く知られるようになった。1984年には映画ブレイクダンス(原題:Breakin')』公開され、オリー&ジェリーの「ブレイキン・・ゼアズ・ノー・ストッピン・アス」は全米ポップ・チャートでもヒットとなった。日本では、同年末に風見慎吾(現・風見しんご)が発売した曲『涙のtake a chance』でブレイクダンスが浸透したとの説もある[2][3][4][5][6][7][8]

ヒップホップ三大要素、もしくは四大要素の一つ。

概要/起源編集

ブレイクダンスは1970年代ニューヨークのサウスブロンクス地区のアフリカ系アメリカ人ラテンアメリカ人の若者達によって発展したストリートダンスのスタイルである。[9]。また、アフリカ・バンバータの提案でギャングが抗争をまとめる為に銃撃戦の代わりにブレイクダンスのバトルを用い、発展に繋がったと言われている。映画『ワイルドスタイル』(1982)はブレイクダンスを知らしめるに充分だった。

後に、ニューヨークのロックステディークルー(Rock Steady Crew)などのクルー同士による大規模な抗争がメディアの関心を受け、これがダンスチームの急速な成長へと繋がった。ディスコクラブやテレビ番組、公のイベントなどにもブレイクダンサーは進出していった。人気は1980年代後半には下火となったが、アフリカの民族舞踊などの動きなどが取り入れられ地味ながら安定した人気もある。Battle of the YearやUK B-Boy Championships、Freestyle Session等の世界大会も行われるようになっている。

詳細/特徴編集

 
コペンハーゲン街頭でのブレイクダンス

音楽編集

音楽はブレイクダンスにとって大切な要素である。ブレイクダンスの音楽であるブレイクビーツの元となった原曲は、1970年代から1980年代頃のファンクソウルジャズ・ファンク、ラテン、ディスコミュージック、R&Bなどの間奏に見られる。これらの異なった曲をDJが編集したものが用いられる。この手法はDJクール・ハークにより生み出された。さらにハークの友人であるグランドマスター・フラッシュや、アフリカ・バンバータらがこれを発展させた。やがてブレイクビーツのほかにスクラッチも、ブレイクダンスを盛り上げる要素として、加えられていった。

ブレイクダンスに適した音楽であればジャンルは制限されず、異なった音楽のジャンルであるエレクトロ、ロックなども使用される。ブレイクダンスの課題曲としては、ジェームス・ブラウンの「ギブ・イット・アップ・オア・ターン・イット・ルーズ」やジミー・キャスター・バンチの「イッツ・ジャスト・ビガン」、インクレディブル・ボンゴ・バンドの「アパッチ」[10] などがある。

世界のブレイクダンス編集

アメリカでは、ロック・ステディ・クルーのメンバーも、ファブ・ファイブ・スレディ、ビッグ・ダディ・ケインもBボーイという用語を使用し、ブレイクダンスの普及に貢献した[11]。またNYC.BREAKERSなどがメディアで活躍し、アメリカ国内でブームを巻き起こすも、ブレイクダンスのブームは80年代後半には下火になってしまった。だが、80年代にはブレイクダンスはヨーロッパや日本にも伝わり、人気を得ることになる。1990年にはドイツで世界大会Battle of the Yearが開催されるまでになり、アメリカでも人気を盛り返す。90年代、現在のブレイクダンスの基礎を築いたロック・ステディ・クルーRock Steady CrewのPrince Kenswiftの影響を色濃く受けたアメリカのSTYLE ELEMENTSはブレイクダンスを一つ上のレベルまで押し上げたと言われ、後のシーンにも多大な影響を与えている。

2000年代に入り、斬新なダンスを見せるB-Boyがフランスなどのヨーロッパ諸国や、韓国から次々と登場した。韓国の代表チームは、著名な世界大会のタイトルを次々と獲得し、確固たる地位を築いている。韓国ではブレイクダンスのプロとして活躍しているダンサーも多く、政府までが支援に乗り出している。さらにイベント会場も、クラブのようなアンダーグラウンドな場所ではなく、一般のホールなどを借りて行われることも多い。

その他の地域でもシーンの広がりはめざましく、北アメリカ、ヨーロッパ以外にも、東アジア、東南アジア、西アジア、アフリカ、オセアニア、南米(ブラジルなど)など、はてはロシアのチームが2008年の著名な世界大会で準優勝するなど、B-boy B-girlは世界中に存在するといっても過言ではない。現にBOTY参加国は年々増加している。

2000年代は「Battle of the Year」と「UK Bboy Championships」、「Freestyle Session」が世界三大大会と称されていたが、「Red Bull BC One」や「R16 Korea」、「World Bboy Classic」、「IBE」等、世界規模の大会が開催され、メディアへの露出機会も増えた為、世界規模のシーン拡大に貢献している。

構成編集

ブレイクダンスは主にトップロック(エントリー)、ダウンロック(フットワーク)、パワームーブ、フリーズの四つの要素から成る。一度に全ての要素を盛り込む必要はなく、どの動きに重点を置くかはそれぞれのダンサーにより異なる。これらをより高度なレベルでこなすには柔軟性や筋力、リズム感が必要不可欠であり、即興性も求められる。

  • トップロック…立った状態での踊りのことで、代表的なものにエントリーアップロックブロンクスステップなどがあるが、ブレイクダンスにおける立ち踊り全般をトップロックと呼ぶこともある。
  • ダウンロック…屈んだ状態で素早く足を動かしたり挑発したりする動きのことで、代表的なものにフットワーク、シックスステップ、ツーステップ、などがあるがこれらは教える際に伝えやすい為に作られたものである。フットワークを中心に様々な動きをするものを総括してスタイル、リズムブレイキンなどと呼ぶ[12]
  • パワームーブ…全身(主に上半身)を使い、回ったり跳ねたりするアクロバティックな動きのこと。代表的なものに、背中や肩で回転するウィンドミル、頭で回るヘッドスピンなどがある。基本的には脚を地面につけることのないムーブであるが、スワイプスなど脚を地面につける技もあり、うつ伏せで体を浮かし手のひらで回転するクリケットや開脚旋回のトーマスフレアなどもある。一般にブレイクダンスと言うと大抵このパワームーブを思い浮かべるであろう。ダンスバトルなど披露する際は一般的に、一つの技のみを披露するのではなく、いろいろなパワームーブをおりまぜた(コンビネーション繋ぎと呼ばれている)連続技を披露する。
  • フリーズ…フットワークやパワームーブの一連の流れの中から音に合わせて体、動きを固めて止めること。代表的なものに、チェアーマックスアローバックなどがある。起承転結で言えば結の部分。

フットワークを中心に踊る人をスタイラー、パワームーブを中心に踊る人をパワームーバーと呼ぶが、そういったものに分類されない多彩なダンススタイルもある。分類としては、他に「パワー」「アブストラクト」「ブロウアップ」「フレイバ」などがある。また、地域別の分類としては「トラディショナル・ニューヨーク・スタイル」「ユーロ・スタイル」「トロント・スタイル」(カナダ)などもある。

ダンスバトル編集

ブレイクダンスにおいてはダンスバトルが主な表現の場である。もともとはいわゆるストリートの少年たちが喧嘩するかわりにダンスで勝負したり、練習場所を争うために自然に行われるものであった。

現在ではバトルイベントとしてオーガナイズされたものが中心であり、音楽を流すDJ、その場をしきるMC、勝敗を決めるジャッジがおり、個々のダンサー、あるいはクルーがフロアの左右に分かれ、その間のフロアでお互いがダンスを披露する。それぞれのクルーが交互に踊らなければいけない、相手に触れてはいけないというのが暗黙の了解であり、基本的にそれ以外のルールは存在しない。

またDJの選曲は、ダンサーのテンションやバトルの流れに大きな影響を及ぼすので、DJの実力が試される場でもある。勝敗は全てジャッジの裁量に委ねられるが、基準となるものはなく、どこに重点をおいて評価するかはそれぞれのジャッジにより異なる。そのためバトルイベントのジャッジはかならず複数いる。

  • サークルバトル

クラブのDJタイムなどに行われる、ジャッジやMCのいないサークルバトルというのも存在する。イベントバトルと違い自分の好きな相手に好きなだけバトルを挑むことができる場であり、またバトル経験の浅い、あるいは全くない人の実戦練習の場としても重宝されている。色々な人が各々のタイミングでただ単に技を披露するだけのサークルと呼ばれるものも存在する。

  • ショーケース

クルーが様々な楽曲(ブレイクビーツに限らず、クラシックなども使用される)を編集してある程度の長さの曲を創り、その曲に合わせてクルー全員でエントリーをしたり、ソロパートを設けたりして創る振り付けのことである。Battle of the Yearでは予選から、ShowSideとして各クルーがショーケースを披露することを義務付けられている。

ファッション編集

Bボーイのファッションは個性であるとともに、機能性と密接に関わっている。 まず靴は、軽量でよりグリップ性、耐久性があるもの(主にスニーカー)が求められる。頭にかぶるものは特にヘッドスピンなどのパワームーブから頭を保護したり、動きを容易にする為にニット帽やヘルメットが用いられている。またこれらの下にバンダナを巻くことによって、髪が引っかかる不快さから守っている。

1980年代のBボーイは分厚く、しっかりとした型の紐靴を履いていた。また、Bボーイはより機能的でオシャレなものを身に着けるようになり、摩擦の少ないシャツや、フードのついた個性的なものを着ていた。またアイテムとして、ゲットー・ブラスターなどの大型のラジカセや、ストリートでの公演に使う段ボールを持ち歩いていた。クルーでの一様性や連帯感を出すために帽子やシャツ、靴を合わせて使うこともあった。クルーで統一するグループは多い。

ブレイクダンスを支援する大手ブランドもある。これらはブレイクダンスイベントも後援している。一方でナイキは、渋谷宮下公演の民営化問題で、厳しく批判された。

テクニック編集

近年は、技の増加により、はっきりとした名称が付けられていない技が増えてきた。これはパワームーヴ、フリーズなどでも言えることである。さらに、ダンサーの「オリジナルの技」をシグネチャー・ムーブと呼ぶこともあり、それらを真似することをバイトと言って批判の的になることがある。しかしながらウインドミルやシックスステップのように、シグネチャー・ムーブも時が流れるにつれてブレイクダンスの基礎としてバイトの枠から除外されることがあり、バイトの定義は曖昧である。

また、地域による技名の違いもある。例えば、以下のギャラリーにある「ジョーダン」というフリーズは、日本以外ではパイク(pike、槍の意)と呼ばれることが多い。更に、日本では足や手の形によって技の名称が異なることが多いが、海外では総称して1つの技名で呼ばれることが多い。

フォト・ギャラリー編集

日本のシーン編集

1983年に映画「ワイルド・スタイル」で来日した『ロックステディクルー(w:Rock Steady Crew)』が日本にブレイクダンスを紹介した。それまではほとんどメディアに紹介される事はなかったが、西武デパートの記念イベント[13][14]としてテレビの11PMで放映した[15]。その時の放映で『ファンキージャム[16]』がエレクトリックブギを教えていることが紹介される。ファンキージャム・ブレーカーズが誕生し、日本各地でショーをしたことで広く知られる事となる[17]。1984年11月には、風見慎吾が楽曲『涙のtake a chance』を発売し、テレビを通じて一般にも知られるようになった[2][3][5]。ストリートで練習する若者が増え現在に至っている[2][3][4][5][6]

しかし公共の場である駅やビル前で大音量で音楽を流したり、道を塞いだり、ゴミを捨てて帰るようなモラルを欠いたダンサーも現れ、そういったダンサーの為にダンス禁止の看板が掲げられる場所もある。日本のタレントではTRFのSAMや、DA PUMPナインティナイン岡村隆史らがブレイクダンスを得意としているが、黒人の模倣との見方もある。

2005年以降はネット上で世界中から動画を集めて更新するサイトが登場し、若年層における新規参入者の増加に貢献した。代表的なサイトは激走ぶろぐBREAK DANCE JAPAN Breakin' Cypher がある。しかし、ネットでは饒舌であるがバトルにも行ったことがない、大したスキルを持っていない人をネットブレイカーと呼ばれた。2010年代から、ETVをはじめとしてテレビのダンス番組が増え、更に若い層の新規参入に貢献している。

The Floorriorz、MORTAL COMBAT、ARIYAなどのチームがある。キッズブレイクダンサーの活躍も顕著で、Bガールのダンス・レベルも高い。日本のブレイクダンスシーンには年齢性別問わず、幅広い層が存在する。

外部リンク編集

Battle of the Year公式(世界最大規模の大会)

UK Bboy Championships(同上)

Red Bull BC One(同上)

R16 Korea(同上)

激走ぶろぐ(日本の動画紹介サイト)

BREAK DANCE JAPAN(ブレイクダンスの総合情報サイト)

Breakin' Cypher(Bboy, Bgirlの動画紹介サイト)

Bboyworld(海外の交流コミュニティ)

株式会社IAM(ブレイクダンスを中心としたストリートエンターテイメント事業)

関連項目編集

参考出典編集

映画「ワイルドスタイル」来日イベント
ファンキージャム・ブレーカーズの結成

脚注編集

  1. ^ アフリカ・バンバータは、突破する者のことと説明している
  2. ^ a b c 吉永岳央 (2017年5月26日). “「僕のブレークダンス古い?でも幸せ」 風見しんごさん”. 朝日新聞デジタル (朝日新聞社). オリジナルの2017年5月26日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20170526102231/https://www.asahi.com/articles/ASK5V00VQK5TUTQP027.html 2018年1月11日閲覧。 吉永岳央、吉村真吾 (2017年5月26日). “「ブレークダンスを五輪競技に」日本の10代、世界屈指”. 朝日新聞デジタル (朝日新聞社). オリジナルの2017年6月12日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20170612222504/https://www.asahi.com/articles/ASK5D440YK5DUTQP00S.html 2018年1月11日閲覧。 
  3. ^ a b c ダンスブームの先駆け・風見しんご 今もキレあるダンス披露 - NEWSポストセブン 2013年5月6日
  4. ^ a b ブレイクダンス先駆者 風見しんご×世界的ダンサー ISOPP 初共演『サラリーマン交渉バトル』”. ORICON NEWS. オリコン (2017年6月17日). 2018年1月11日時点のオリジナルよりアーカイブ。2018年1月11日閲覧。
  5. ^ a b c ブレイクダンスがあったから、自信が持てた――風見しんご”. Red Bull BC One World Final 2016 (2016年11月28日). 2017年6月17日時点のオリジナルよりアーカイブ。2016年11月30日閲覧。
  6. ^ a b TAKAHIRO “世界が尊敬するダンサー”が抱く夢と挑戦 - スポーツニッポン 2016年5月21日
  7. ^ 風見慎吾 ゴールデンベスト 〜FRIDAY TROUBLE+ ... - Sony Music ShopSony Music Shop | 風見 しんご・ゆるら風見しんご FOR LIFE MUSIC ENTERTAINMENT,INC.(Internet Archive)、風見慎吾/Beat on Panic(7インチ) - MEGURU RECORDS山野楽器:MEG-CD(メグCD)のご案内(Internet Archive)
  8. ^ nikkei TRENDYnet(日経トレンディネット) 作家・平野啓一郎による現代の仕事人伝
  9. ^ https://historyofthehiphop.wordpress.com/hip-hop-cultures/break-dancingdance/  title=Breakdancing, B-boying, Breaking|publisher=History of Hip Hop
  10. ^ Francois Marchand, "Breaking down Apache (with video): New film Sample This examines ‘national anthem of hip-hop’ recorded in Vancouver", Vancouver Sun, December 20, 2019.
  11. ^ Edwards, Paul, 2009, How to Rap: The Art & Science of the Hip-Hop MC, Chicago Review Press, p. 302
  12. ^ Marylou, K. (2014). Trends in Hip-Hop Dance. Mitchell Lane Publishers. p. 21. ISBN 978-1-61228-595-5. https://books.google.com/books?id=GOqXBgAAQBAJ&pg=PA21 
  13. ^ 日本のヒップホップはここから始まった
  14. ^ 1983年『ワイルド・スタイル』初公開の熱気と「文化の衝突」―葛井克亮さんとフラン・クズイさん語る
  15. ^ twitter 磯部涼 2015年3月31日
  16. ^ ファンキージャム
  17. ^ ファンキージャム・ブレーカーズの結成