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パンク・ジャズ

パンク・ジャズ (: Punk jazz) は (特に1960年代から1970年代のフリー・ジャズジャズフュージョンといった) 伝統的なジャズの要素と、パンク・ロックの楽器の演奏方法における伝統、つまりはパンク・ロックの伝統的な考え方 (典型的にはノー・ウェーブハードコア・パンクのように不協和な旋律) を組み合わせたものを指す。著名なパンク・ジャズの演奏家としてはジョン・ゾーン (John Zorn) の率いる音楽バンドであるネイキッド・シティ (Naked City) やジェームス・チャンス・アンド・ザ・コントーションズ (James Chance and the Contortions)、ラウンジ・リザーズ英語版 (The Lounge Lizards)、ユニバーサル・コングレス・オブ英語版 (Universal Congress Of)、ラフィングクラウン英語版 (Laughing Clowns)、ミドリ (Midori) が挙げられる。

パンク・ジャズ
様式的起源 パンク・ロック
フリー・ジャズ
ジャズフュージョン
ジャズ
文化的起源 1970年代半ば、アメリカ合衆国
サブジャンル
ジャズコア
関連項目

目次

歴史編集

1970年代編集

オーネット・コールマンや音楽バンドであるテレヴィジョンとの協力を求めていたパティ・スミスによって、ジャズの影響を受けしなやかかつ即興的なパンクの旋律が形作られた[1]

イングランドにおいて、ロル・コックスヒル 英語版ダムドと共に収録を行っていたサクソフォーン奏者であり、演奏中にパンク調の演技をするジャズの音楽家であった[2]。ジャズの音楽バンドにおけるパンク調のドラム奏者としては、ストラングラーズのジェット・ブラックやザ・クラッシュのトッパー・ヒードンがいた。

1970年代半ばにオーストラリアにおけるパンク・ロック英語版が広まりだしたのはジャズに影響されてのことであった。セインツ英語版による1978年発表のプレヒストリックサウンド英語版というアルバムの中でスウィングを揃えたことと金管楽器パートを取り入れたことはエド・クーパー英語版 (Ed Kuepper) が後に立ち上げた音楽バンドであるラフィングクラウン英語版に受け継がれた[3]サン・ラファラオ・サンダースジョン・コルトレーンのような、「en:Sheets of sound」の美学に基づいたフリー・ジャズをクーパーは作り出そうとした[4][5]オリー・オルセン英語版によって初期に行われたパンクの企画もまたオーネット・コールマンなどのフリー・ジャズから着想を得たものであった[6]。1970年代終わりには、後にバースディ・パーティとして知られることになるボーイズ・ネクスト・ドア英語版という音楽バンドによって、パンクにジャズの要素が様々に組み入れられていた。オーストラリアのこうしたパンクの音楽バンドによってもたらされた影響は「desert jazz」として説明された[7]

1980年代編集

 
ジェームス・チャンス (1981年、ベルリン)

1980年代中には、ポスト・パンクの登場を伴った正統主義の薄まりによってジャズが再評価されることになった。

ロンドンでは、ポップ・グループがフリー・ジャズとダブ・レゲエを合わせて独自のパンク・ロックをつくり始めた[8]

バースディ・パーティ英語版はポップ・グループの「ウィー・アー・プロスティテューツ英語版」という歌の影響を大きく受けたとニック・ケイヴは述べている[9]。ある記者はバースディ・パーティによるジャンクヤード英語版 (1982) という曲の音を「ノー・ウェーブのギター、フリー・ジャズの激しさ、キャプテン・ビーフハートのとげとげしさ」を混ぜ合わせたものであると表現している[10]

ニューヨークでは、ノー・ウェーブはパンクとフリー・ジャズの影響を受けた。リディア・ランチ英語版のアルバムであるクイーン・オブ・シャム英語版、ファンク、フリー・ジャズ、パンク・ロックを合わせたジェームス・チャンス・アンド・ザ・コントーションズによる作品、グレーによる作品、最初に自らのことをパンク・ジャズといい始めたラウンジ・リザーズ英語版による作品などがこの作風を受けている[11]ビル・ラズウェルと自身の音楽バンドであるマテリアル英語版ではファンク、フリー・ジャズ、パンク・ロックが合わせられた[12]のに対して、別の音楽バンドであるマサカー英語版ではロックに即興での演奏を取り入れた[13]。ラズウェルはアメリカのフリー・ジャズバンドであるラスト・エクスィット英語版[14]ペイン・キラー[15]のメンバーを務めていた。

ジェイムズ・ブラッド・アルマー英語版はコールマンのハーモルディック英語版スタイルをギターに適用してノー・ウェーブとのつながりを模索した[16]。ハードコアスタイルの基礎を築いたことで広く認められているバッド・ブレインズジャズフュージョンへの試みによって始められた音楽バンドである[17]アルバート・アイラーに影響されたグループであるユニバーサル・コングラス・オブ英語版内でギター奏者であるジョー・ベイザ英語版サッカリン・トラスト英語版とともにパンクとフリー・ジャズを自身で組み合わせて演奏した[18]ブラック・フラッグのメンバーであるグレッグ・ギン英語版は特にブラック・フラッグによる1985年発表のEP盤による器楽曲であるプロセス・オブ・ウィーディング・アウト英語版内でギターの演奏にフリー・ジャズの要素を取り入れた[19]ヘンリー・ローリンズ英語版はフリー・ジャズのことを称賛しており、自身のレコードラベルでマシュー・シップ英語版のアルバムを出す[20]チャールズ・ゲイル英語版と協力するなどしている[21]ミニットメンはジャズ、フォーク、ファンクに影響を受けた。そのグループのメンバーであるマイク・ワット英語版はジョーン・コルトレーンの演奏を聞いて影響を受けたと話している[22]

オランダの無政府主義パンク英語版の音楽バンドであるEx英語版は、ハン・ベニンク英語版インスタント・コンポーサーズ・プール英語版の他のメンバーといっしょになって、フリー・ジャズの要素、特に自由即興英語版の要素を取り入れた[23]

ギリシャ人とアメリカ人のハーフの歌手であるディアマンダ・ギャラス英語版は題材的にも作風的にも反対の観点からジャズの伝統に取り組んだ。シンガー英語版というアルバムはボーカルとピアノの演奏にパンク・ジャズを適用した典型である。ニック・ケイヴ・アンド・ザ・バッド・シーズ英語版のベース奏者であるバリー・アダムソンは自身の収録したモス・サイド・ストーリー英語版というアルバムにおいて管楽器による伝統的なジャズにもパンクやノイズ・ロックの観点を持ち込んでおり、またそのアルバム中にはギャラスが歌っているトラックが存在する[24]

1990年代編集

1990年代初期のアメリカではフリー・ジャズはポスト・ハードコアの活動の中で大きな影響を与えていた。ドライヴ・ライク・ジーヒューブラック・フラッグにおける無調独奏から進んで、音の立ち上がりに2種類のギター音を重ねるようにした。ネイション・オブ・ユリシーズ英語版ではイアン・スヴェノニウスがボーカルとトランペットの二役をしていて、歌の複雑な構造、奇数拍子、またライブショーの熱狂性はフリー・ジャズと同じくらいハードコア・パンクの特徴をも持っていた。プレイズ・プリティ・ベイビー英語版というアルバム内でジョン・コルトレーン至上の愛の短時間の収録も行っているが、題名は「ザ・サウンド・オブ・ジャズ・トゥー・カム」でありオーネット・コールマンの古典的な名作アルバムであるジャズ来るべきもの (The Shape of Jazz to Come) から取られている。シカゴの音楽バンドであるキャップン・ジャズ英語版もまたフリー・ジャズにおける奇数拍子やギターの旋律を取り入れ、ハードコアでの叫び方と愛好家によるチューバの演奏と組み合わせている。スェーデンの音楽バンドであるリフューズド英語版はこうした背景に影響を受けてザ・シェイプ・オブ・パンク・ツー・カム英語版という題名のアルバムを収録しており、そのアルバムには激しいハードコア・パンクの曲とゆっくりとしたジャズ風の歌が交互に収録されている。

2000年代から2010年代編集

ヘビー・メタルとフリー・ジャズ、サイケデリックを組み合わせているという点で、シカゴの音楽バンドであるヤクザ英語版カンディリア英語版はよく似ている。イタリアの音楽バンドであるエフェル・ドゥアス英語版ペインターズ・パレット英語版 (2003年)、ペイン・ネセサリー・トゥ・ノウ英語版 (2005年) というアルバムの中で偶然にもジャズコアを再現した功績があるにもかかわらず、フランク・ザッパのような前衛的ロックのさらなる深遠を求めジャズコアからは離れた。

その他のパンク・ジャズにおいての活動としては、385、the 5th Plateau、ヘラ英語版ミドリ、La Part Maudite[25]オマー・ロドリゲス・ロペス、 Talibam!en:Youngblood Brass Band英語版ガットバケット英語版[26]キングクルール (バンド)英語版[27]が挙げられる。

ジャズコア編集

ジャズコア
様式的起源 パンク・ジャズ
ハードコア・パンク
文化的起源 1980年代中頃、アメリカ合衆国および南ヨーロッパ
関連項目

ジャズコア (: Jazzcore) という表現がハードコア・パンクに影響を受けたパンク・ジャズバンドに対して使われることがあり、そのような音楽バンドとしては英語版16-17英語版ペイン・キラーエフェル・ドゥアス英語版などが挙げられる。

関連文献編集

  • Berrendt, Joachim E.. “The Styles of Jazz: From the Eighties to the Nineties”. The Jazz Book: From Ragtime to Fusion and Beyond. ブルックリン: Lawrence Hill Books. pp. 57-59. ISBN 1-55652-098-0. 
  • Byrne, David; Sherman, Cindy; Branca, Glenn (2008). New York Noise: Art and Music from the New York Underground 1978–88. Soul Jazz Records. ISBN 0-9554817-0-8. .
  • Hegarty, Paul (2007). Noise/Music: A History. Continuum International. ISBN 0-8264-1727-2. 
  • Heylin, Clinton (1993). From the Velvets to the Voidoids: The Birth of American Punk Rock. ISBN 1-55652-575-3. 
  • McNeil, Legs; McCain, Gillian (1997). Please Kill Me: The Uncensored Oral History of Punk. Grove Press. ISBN 0-8021-4264-8. 
  • Masters, Marc (2008). No Wave. Black Dog Publishing. ISBN 1-906155-02-X. 
  • Mudrian, Albert (2000). Choosing Death: The Improbable History of Death Metal and Grindcore. Feral House. ISBN 1-932595-04-X. 
  • Reynolds, Simon (2006). Rip It Up and Start Again: Postpunk 1978-1984. Penguin. ISBN 0-14-303672-6. 
  • Sharpe-Young, Garry (2005). New Wave of American Heavy Metal. Zonda Books. ISBN 0-9582684-0-1. 
  • Zorn, John, ed (2000). Arcana: Musicians on Music. Granary Books. ISBN 1-887123-27-X. 

参考文献編集

  1. ^ Stephen Thomas Erlewine. “Television bio”. AllMusic. 2012年1月2日時点のオリジナルよりアーカイブ。2008年10月8日閲覧。
  2. ^ Smith, Stewart (2008年7月22日). “Burt MacDonald with Lol Coxhill”. LIST.CO.UK. 2009年5月23日閲覧。
  3. ^ Laughing Clowns - All Tomorrow's Parties”. All Tomorrow's Parties. 2018年9月19日閲覧。
  4. ^ The Laughing Clowns play at Brisbane's GoMA”. 2016年7月22日閲覧。[リンク切れ]
  5. ^ McFarlane, lan (1999). The Encyclopedia of Australian Rock and Pop. Allen & Unwin. ISBN 978-1865080727. オリジナルの2001-08-16時点によるアーカイブ。. http://www.whammo.com.au/encyclopedia.asp?articleid=1005 2018年9月19日閲覧。.  (Laughing Clownsの項目)
  6. ^ Michael Hutchence – A tribute from his family, created by his father Kelland Hutchence.”. 2016年7月22日閲覧。
  7. ^ Clifford, Dave. “Australian Punk: The Birthday Party”. 2009年9月25日時点のオリジナルよりアーカイブ。2009年1月20日閲覧。
  8. ^ Lang, Dave (1999年2月). “Perfect Sound Forever”. 2008年11月15日閲覧。
  9. ^ jarvizcocker (2010年7月20日). “Nick Cave on The Pop Group (1999)”. 2016年7月22日閲覧。
  10. ^ The Birthday Party: Junkyard [PA [Remaster] - Buddha Records - COLB 74465996942 - 744659969423]”. 2016年4月21日時点のオリジナルよりアーカイブ。2016年7月22日閲覧。
  11. ^ Bangs, Lester (1979年). “Free Jazz / Punk Rock”. Musician Magazine. http://www.notbored.org/bangs.html 2008年7月20日閲覧。. 
  12. ^ Material”. AllMusic. 2018年8月17日閲覧。
  13. ^ Killing Time”. AllMusic. 2018年8月17日閲覧。
  14. ^ Last Exit”. AllMusic. 2018年8月17日閲覧。
  15. ^ Pain Killer”. AllMusic. 2018年8月17日閲覧。
  16. ^ James Blood Ulmer Biography”. www.musicianguide.com. 2018年8月17日閲覧。
  17. ^ Bad Brains”. Punknews.org (2010年7月13日). 2012年8月15日閲覧。
  18. ^ Sharp, Charles Michael (2008). Improvisation, Identity and Tradition: Experimental Music Communities in Los Angeles. ProQuest. p. 224. ISBN 9781109123777. 
  19. ^ www.citizine.net”. www.citizine.net. 2012年8月15日閲覧。
  20. ^ LOkennedyWEBdesignDOTcom. “Matthew Shipp”. Matthewshipp.com. 2012年8月15日閲覧。
  21. ^ Charles Gayle Biography”. Musicianguide.com. 2012年8月15日閲覧。
  22. ^ Sharp, Charles Michael (2008). Improvisation, Identity and Tradition: Experimental Music Communities in Los Angeles. ProQuest. p. 217. ISBN 9781109123777. 
  23. ^ Misha Mengelberg and Han Bennink in Berlin” (英語). All About Jazz (2006年5月11日). 2018年8月17日閲覧。
  24. ^ Garden, Joe (1998年8月12日). “Barry Adamson | Interview”. The A.V. Club. 2007年12月6日時点のオリジナルよりアーカイブ。2012年8月15日閲覧。
  25. ^ La Part maudite - actuellecd - The New & Avant-garde Music Store”. actuellecd. 2018年9月12日閲覧。
  26. ^ “Gutbucket Addresses Their Flock - PopMatters”. PopMatters英語版. (2011年6月30日). http://www.popmatters.com/post/144183-gutbucket-addresses-their-flock/ 2014年1月23日閲覧。 
  27. ^ Brown, August (2013年12月19日). “Review: King Krule's spooky, angry musings at the Fonda”. The Los Angeles Times. http://www.latimes.com/entertainment/music/posts/la-et-ms-review-king-krule-spooky-angry-musings-fonda-20131219,0,3310150.story#axzz2oL5a3xyQ 2013年12月23日閲覧. "Sometimes, his debts to jammy jazz-fusion went on a little long, and some concision in the writing and playing would have sharpened the emotional fangs that these songs have at their core. But who knew the time was so right for a disaffected jazz-punk balladeer in a baggy suit?"