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ベニテングタケ(ベニテングダケ、紅天狗茸、学名: Amanita muscaria)は、ハラタケ目テングタケ科テングタケ属キノコ。その鮮やかな色とは裏腹に、猛毒ではない担子菌類である。特に寒冷地にて育成する。ヨーロッパロシアアジア北アメリカなどの各地で広くみられる。英語ではフライ・アガリック(ハエキノコ)と呼ばれる[1][2]岩手におけるアシタカベニタケ[3]。寒冷のヨーロッパでは身近なキノコであり、幸福を呼ぶキノコとして人気である[4]

ベニテングタケ
2006-10-25 Amanita muscaria crop.jpg

Rdeča mušnica (Amanita muscaria).jpg

分類
: 菌界 Fungus
: 担子菌門 Basidiomycota
: 菌じん綱 Hymenomycetes
: ハラタケ目 Agaricales
: テングタケ科 Amanitaceae
: テングタケ属 Amanita
: ベニテングタケ muscaria
学名
Amanita muscaria (L. : Fr.) Hook.
和名
ベニテングタケ
英名
Fly Agaric

特徴編集

 
黄色の傘をもつベニテングタケの亜種(アメリカ、マサチューセッツ州)

深紅色のには、つぼが崩れてできた白色のイボがある。完全に成長したベニテングタケの傘は、たいてい直径8-20cmであるが、さらに巨大なものも発見されている。激しい雨でイボがとれると、タマゴタケに見えるので注意[5]は白色で高さ5 - 20センチ・メートル、ささくれがあり、つばが付いている。根元は球根状にふくらんでいる。

ベニテングタケは主に、高原のシラカバマツ林に生育し、針葉樹広葉樹の双方に外菌根を形成する菌根菌である。おもに北半球の温暖地域から寒冷地域でみられる。比較的暖かい気候のヒンドゥークシュ山脈や、地中海中央アメリカにも生息する。

近年の研究では、シベリアベーリング地域を起源とし、そこからアジア、ヨーロッパ、北アメリカへ広がったと考えられている[6]。オーストラリアや南アフリカなどの南半球へも広く繁殖し、世界各地でみることのできるキノコとなった。

日本では夏から秋にかけて、白樺、ダケカンバ、コメツガ、トウヒなどに発生し、分布の中心は北国や標高の高い地域であり、南日本ではほとんど見かけない[5]

なお、人工的な栽培はできないとされる[2]

食味編集

毒について
本種を乾燥させると、イボテン酸がより安定した成分であるムッシモールに変化する。また、微量ながらドクツルタケのような猛毒テングタケ類の主な毒成分であるアマトキシン類も含むため、長期間食べ続けると肝臓などが冒されるという。
毒成分は水溶性であるため、薄く刻んで、何度か水にさらしたり[7]、何度か茹でると無毒化される[8]
食用例
本種の毒成分であるイボテン酸は、強い旨味成分でもあり[注釈 1]、少量摂取では重篤な中毒症状に至らないことから、長野県の一部地域では塩漬けにして摂食されている場合がある[9]。長野・小諸地方では、乾燥して蓄え、煮物やうどんのだしとしても利用した[4]。煮こぼし塩漬けで2、3ヵ月保存すれば毒が緩和されるので食べ物の少ない冬に備えた[10]。傘より柄の方が毒が少なく、よく煮こぼして水に晒して大根おろしを添えれば、味も歯切れもよい[10]
あまり広まらなかったが[11]、早くとも19世紀以降のヨーロッパ地域、特にシベリアに入植したロシア人が何度も茹でて無毒化して食した。1823年に、ロシアの博物学者ゲオルク・ハインリッヒ・フォン・ラングスドルフが無毒化の方法を記している。19世紀後期の北米ではアフリカ系アメリカ人のキノコ販売者が、湯がいて酢につけてステーキソースとしていた。

毒および薬理編集

毒性はさほど強くない(しかし近縁種には猛毒キノコがある)[12]。ベニテングタケの主な成分はイボテン酸ムッシモールムスカリンなど。食べてから20-30分で瞳孔は開いて眩しくなり、弱い酒酔い状態となるが、それ以上の向精神作用、例えば虹を見るような幻覚を起こしたといった例はない。食べすぎると腹痛、嘔吐下痢を起こす[13]。どちらかというと、うま味成分でもあるイボテン酸の味に魅せられ、他のキノコは要らないといったキノコ採りも増えている[14]。少しかじる程度であれば、のぼせて腹痛がするくらいの症状であるが、焼いただけの400グラム程度であれば、瞳孔が拡大して自転車も運転できないようになり、嘔吐や下痢の症状が発生する[15]。より重い中毒であれば、混乱、幻覚といったせん妄症状や昏睡がおきる。症状は2日以上続く場合もあるが、たいていは12 - 24時間程度でおさまる。

ベニテングタケの中毒症状による死亡例は非常にまれで、北米では2件報告されているのみである[16]。ヨーロッパでのベニテングの致死量は、生の状態で5キログラムと推定されているが、この量は食べられる量ではない[2]。とはいえ、8月に収穫したものは効力が強く、9月に収穫したものは吐き気のような体への影響が強いなどとも記され、環境や個体差の影響も大きい[2]

本種は、マジックマッシュルームとは異なり、遊びや気晴らしに摂取されることは少ない。現在のところ、国際連合の条約で未規制のため、ほとんどの国でその所持や使用は規制されていない。

規制されていないことから興味を持つ者も多く、その体験談は様々に寄せられている[2]。30分か1時間すると独特の吐き気やムカつきと眠気を感じ、もう少し経った後に酩酊感がくるとされる[2]。後述するキノコの研究者のワッソンは、1965年と1966年にベニテングタケを日本で試したが、その毒性の効果に失望したと記している。吐き気を感じ、そのうち何人かは吐き、眠くなって眠り、そして一度だけうまくいったときには、今関六也が高揚し、アルコールによる多弁ともまた異なった感じで喋り続けた、とある[17]テレンス・マッケナによれば、コロラド州で採取した生のベニテングダケでは、よだれが垂れ、腹痛になっただけであり、カルフォルニア州北部で、採取した乾燥ベニテングタケ5グラムを摂取したが、吐き気を感じ、よだれが垂れ、目がかすみ、目を閉じると見えるものがあったが、たいして面白いものでもなかったとある[17]

ハエ作用を持つことから、洋の東西を問わずハエ取りに用いられてきた[18]フランスではハエ殺し (une amanite tue-mouche) と呼ばれ、キノコ片を用いたし、日本でも東北や長野[3]でアカハエトリとも呼ばれ信州では米とこねて板に張り付けてハエを捕獲した[1]

江戸時代1830年から1844年にかけて96巻が刊行された『本草図譜』の58巻には、「こうたけ」と記されたベニテングダタケの絵が描かれ、食べると嘔吐すると書かれている[19][20]

薬理作用編集

本種には複数の生理活性物質がある。1869年に発見されたムスカリンが、中毒症状をおこす原因であると長い間信じられていたが、他の毒キノコと比較すると、ベニテングタケに含まれるムスカリンはごくわずかである。主要な中毒物質は、ムッシモールイボテン酸である。20世紀半ば、日本、イギリス、スイスで同時に発見されたこの2種の物質が、中毒症状をおこす成分だと判明した。ムッシモールは抑制系神経伝達物質GABAアゴニスト活性が、イボテン酸は、神経の働きを司るNMDA型グルタミン酸受容体のアゴニスト活性がある。

シャーマニズムとの関連編集

本種を摂食した際の中毒症状として、幻覚作用を起こすことが知られている。東シベリアカムチャッカでは酩酊薬として使用されてきた歴史があったり、西シベリアではシャーマン変性意識状態になるための手段として使われてきたように、ベニテングタケはシベリアの文化や宗教において重要な役割を果たしてきた。

また、趣味で菌類の研究をしていたアメリカの銀行家、ゴードン・ワッソン古代インドの聖典『リグ・ヴェーダ』に登場する聖なる飲料「ソーマ」の正体が、ベニテングタケではないかという説を発表した[21]。著書『聖なるキノコ―ソーマ』である[17]。この説には、人類学者が反論を唱えた[注釈 2]が、1968年にワッソンの著書が出版された当時は広く信じられた。ワッソン自身もベニテングタケの効果に失望していたが、なぜか最後の著書『ペルセポネの探求』(未訳)ではベニテングタケを褒めたたえている[17]

13世紀のキリスト教では、宗教的シンボルとなっており、フランスのプランクロール大修道院の礼拝堂には、知恵の木になっているベニテングタケが描かれている[1]

大衆文化に登場するベニテングタケ編集

切手のモチーフにも使われている。上、東ドイツ、下、アゼルバイジャン。ポーランド、ルーマニア、キューバでも切手になったことがある[20]

ヨーロッパでは、幸福を呼ぶキノコとして人気がある。装飾品や玩具のモチーフによく使われている[4]。白い水玉の赤キノコの配色は、絵本やアニメ映画、ビデオゲームなどにしばしば登場することで、なじみのあるものとなっている。

特に有名なものに、テレビゲームソフト『スーパーマリオブラザーズ』におけるパワーアップキノコのデザインや[24]、1940年のディズニー映画『ファンタジア』がある[25]

ルネッサンス期から、絵画の中でもしばしば描かれている。また、幸運のシンボルとして、1900年ごろからクリスマスカードのイラストにしばしば採用された。オリヴァー・ゴールドスミスの『世界市民』には、幻覚剤としての使用に言及した箇所がある。ベニテングタケを食べた際、物体の大きさに対する知覚が変化したという記録を残したモルデカイ・キュービット・クックの書物は、1865年の『不思議の国のアリス』のモデルになったと考えられている[26]

脚注編集

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注釈編集

  1. ^ うま味調味料などに使用されるグルタミン酸ナトリウムの約16倍。
  2. ^ 1971年にケンブリッジ大学のジョン・ブラフより反論が提出されている[22][23]

出典編集

  1. ^ a b c ニコラス・P.マネー『キノコと人間 医薬・幻覚・毒キノコ』小川真訳、築地書館、2016年、172-173頁。ISBN 978-4-8067-1522-1 Mushroom, 2011.
  2. ^ a b c d e f ジム・デコーン『ドラッグ・シャーマニズム』竹田純子、高城恭子訳、1996年、241-248頁。ISBN 4-7872-3127-8Psychedelic Shamanism, 1994.
  3. ^ a b ロラン・サバティエ『きのこの名優たち』本郷次雄監修、永井真貴子訳、山と溪谷社、1998年、24頁。ISBN 4-635-58804-1 La Gratin Des CHAMPIGNONS, 1986.
  4. ^ a b c 小山昇平 1999, p. 52.
  5. ^ a b 井口 潔『いきなりきのこ採り名人』小学館、2008年、30頁。ISBN 978-4-09-104278-1
  6. ^ Geml J, Laursen GA, O'neill K, Nusbaum HC, Taylor DL (January 2006). “Beringian origins and cryptic speciation events in the fly agaric (Amanita muscaria)”. Mol. Ecol. 15 (1): 225–39. doi:10.1111/j.1365-294X.2005.02799.x. PMID 16367842. https://s3.amazonaws.com/academia.edu.documents/38874488/Geml_Amanita_ME2006.pdf?AWSAccessKeyId=AKIAIWOWYYGZ2Y53UL3A&Expires=1513652538&Signature=1VkZjrMoOcvKos62CThzG%2BYrXpY%3D&response-content-disposition=inline%3B%20filename%3DBeringian_origins_and_cryptic_speciation.pdf. 
  7. ^ Rubel, W.; Arora, D. (2008). “A Study of Cultural Bias in Field Guide Determinations of Mushroom Edibility Using the Iconic Mushroom, Amanita Muscaria,as an Example” (PDF). Economic Botany 62 (3): 223–43. doi:10.1007/s12231-008-9040-9. http://www.davidarora.com/uploads/muscaria_revised.pdf. 
  8. ^ ロシアで食されるやばいキノコ6種(2017年8月29日 著:アレクサンドラ・クラフチェンコ、ロシアビヨンド)
  9. ^ 『科学大事典―MEGA』 講談社。
  10. ^ a b 小山昇平 1999, p. 32.
  11. ^ Viess, Debbie. "Further Reflections on Amanita muscaria as an Edible Species" Archived 2015-10-06 at the Wayback Machine., Mushroom: The Journal of Wild Mushrooming, Idaho, Fall 2011 - Winter 2012. Retrieved on 26 April 2015.
  12. ^ 根田仁『きのこミュージアム―森と菌との関係から文化史・食毒まで』八坂書房、2014年、279頁。ISBN 978-4-89694-179-1
  13. ^ 小山昇平 1999, p. 30.
  14. ^ 小山昇平 1999, p. 50.
  15. ^ 小山昇平 1999, pp. 57-58.
  16. ^ Cagliari GE. (1897). Mushroom Poisoning. Medical Record 52: 298.
  17. ^ a b c d テレンス・マッケナ『神々の糧(ドラッグ)―太古の知恵の木を求めて』小山田義文、中村功訳、第三書館;、2003年、134-140頁。ISBN 4-8074-0324-9 Food of Gods, 1992
  18. ^ 小宮山勝司『ヤマケイポケットガイド15 きのこ』
  19. ^ 岩崎常正「こうたけ」『本草図譜 第8冊 巻58菜部芝〔ジ〕類4』、200。
  20. ^ a b 飯沢耕太郎『マジカル・ミステリアス・マッシュルーム・ツアー』東京キララ社・河出書房新社、2010年、48-49、94-95頁。ISBN 978-4-309-90879-3
  21. ^ G.C.エインズワース、小川眞訳 『キノコ・カビの研究史』p202 京都大学学術出版会、2010年10月20日発行、ISBN 978-4-87698-935-5
  22. ^ John Brough (1971). “Soma and "Amanita muscaria"”. Bulletin of the School of Oriental and African Studies, University of London 34 (2): 331-362. https://www.jstor.org/stable/612695. 
  23. ^ 山本昌木「古代インドにおける植物病害と菌類について」『日本植物病理学会報』第51巻第3号、1985年、 251頁。
  24. ^ Li C, Oberlies NH (December 2005). “The most widely recognized mushroom: chemistry of the genus Amanita”. Life Sciences 78 (5): 532-38. PMID 16203016. 
  25. ^ Ramsbottom J (1953). Mushrooms & Toadstools. Collins. ISBN 1870630092. 
  26. ^ Letcher, Andy (2006). Shroom: A Cultural history of the magic mushroom. London: Faber and Faber. ISBN 0-571-22770-8. 

参考文献編集

  • 小山昇平『毒きのこ・絶品きのこ狂騒記―山の中の食欲・物欲・独占欲バトル』講談社、1999年。ISBN 4-06-209840-7

関連項目編集

外部リンク編集